日本原子力研究所法案立案の経緯について

 日本原子力研究所法案は目下参議院において審議中であるが、今国会中に可決成立を見ることはほぼ確実と見られており、したがって6日ごろにはこの法律に基づく日本原子力研究所が発足を見ることとなろう。この場合現在の財団法人原子力研究所は発展的に解消し、新しい日本原子力研究所にその業務の全般を引き継ぐこととなるわけである。

 以下主として原子力委員会を中心に法案の作成並びにその審議の概要を顧みることとする。

 原子力研究所の性格をいかなるものとし、またその規模、業務をどのようにすべきかについては昭和29年内閣に原子力利用準備調査会が設けられて以来、原子力行政機構のあり方とともに1年以上にわたり論議されてきたが、当時調査会の一応の結論としては、従来の既成概念からはかなりかけ離れた特殊法人とすることが望ましい旨ほぼ意見の一致を見、これが具体化のため種々検討が加えられてきた。

 原子力研究所の設立に関しては、以上のように相当な日数を費やしで慎重に検討を加えてきたが昨年6月濃縮ウランの受入を規定した日米原子力協定が仮調印され、また8月スイスのジュネーヴで開催された原子力平和利用国際会議の輝かしい成果に刺激され、わが国においても原子力平和利用のための研究開発体制を早急に整備すべしとの意見がわき起り、研究開発の担当機関としての原子力研究所の設立が促進されることとなった。とくに研究所設立の推進力となったのは国会において超党派的に結成された国会原子力合同委員会(任意機関)で、国会代表としてジュネーヴ会議に参加した中曽根(自)前田(自)松前(社)志村(社)の諸代議士が中心となり、研究所改案の作所に尽力された。

 以上の情勢を背景として昨年末第23臨時国会において、原子力基本法、原子力委員会設置法及び総理府設置法の一部改正法(原子力局の設置)のいわゆる原子力3法が成立し、わが国における原子力開発の基本方針があきらかにされると同時に本年1月を期し原子力委員会及び総理府原子力局がそれぞれ発足し、ここに原子力行政機構が整備されることとなった。

 一方研究開発の実施機関としての原子力研究所は上述のような情勢の下に、一日もすみやかに発足させることの必要と、これがため他面には法的措置を至急講ずることの困難な事情とから、政府においてもとりあえず財団法人として発足させることを適当と認め(昭30.7.29.閣議了解)昨年11月30日財団法人原子力研究所として発足を見るにいたった。

 しかしながら、このことはあくまで当面の措置であり、わが国における原子力の研究開発が他国に比べいちじるしい立ち遅れを示していること、これが回復のためには広く各界の協力を得て有能な研究者を結集し効率的に研究を遂行しうるような体制を整備する必要があること、原子力の研究開発に当っては多額の資金を必要とするがこれをきわめて効率的に使用することが特にわが国の財政経済の実情から望ましいこと、等各般の要請からすみやかに何らかの立法措置を講じ、法的根拠に基づく原子力研究所をすみやかに整備することが必要であり、原子力委員会及び原子力局は本年1月その発足以来これが検討に忙殺された。

 委員会及び局においては、原子力研究所の性格を従来考えられてきた特殊法人とする線に沿ったものとして考えていた。すなわちこれは、
1.原子力の研究開発を進めるに当っては不測の事態がきわめて多くしたがってその予算に弾力性を与えることが必要で、これがためには国立研究所とすることは不適当であり、また従来の公社公団方式でも不充分であること。
2.わが国における原子力の研究者、技術者はその数も少なく、またこれが各界に分散しているので、これらを迎え入れ有能な研究者による自由な研究を推進させることが必要であるが、上記のような従来の体制ではそれが不可能、不十分であり、かつ給与の面からも困難があること。
3.西欧諸国にも例が見られるごとく、特にわが国のような後進国においては官民一致による研究体制が不可欠であるが、かかる要請を満たすうえにおいて、従来の体制は不適当であること。
4.原子力の研究開発には多額の資金を要し、特にわが国の財政経済の現状から将来にわたり多額の国家資金のみに依存することはきわめて困難であるので、広く産業界の資金的協力を仰ぐ必要があるが、さりとてこれに株主的発言を与えることは原子力開発の特殊性から不適当であるので株主的発言権を制限する必要があり、この意味において従来の会社等とは異なった性格のものであること。
等原子力研究の特殊性を深く検討しての結論に基づくものであった。

 他方国会原子力合同委においては、研究所は公社とすべきであるとの主張を唱え、原子力利用準備調査会時代から政府と合同委員会との間には、この点について意見の対立があったわけである。

 合同委員会の公社論の論拠は大体以下のごときものであった。すなわち、
1.わが国の原子力研究体制整備の上に、イギリスの例はきわめて参考になると考えられるが、イギリスでは公社形式をとっている。
2.わが国の原子力の研究開発はこれから着手するのでありしたがって諸外国に比しいちじるしい立遅れを示しているので、強力な国家意志によりこれを推進することが必要でありかつ妥当である。したがって民間資金にたよらず全額国家出資で強力に推進すべきである。これがためには公社形体が望ましい。
3.原子力開発には以上のように多額の国家資金が必要となりしたがってこれがための予算を確保することが不可欠であるが、国会合同委としては公社形体をとる場合の方が予算確保上確実であると考える。
等の諸点に基づくものであった。

 以上のような意見の対立も見られたが、原子力委員会においては発足早々31年度原子力予算を早急に取りまとめる必要に迫られたため、研究所法案は当初主として合同委員会において検討され、法案化された上原子力委員会に手渡された。

 以後原子力委員会においては、独自の立場で数次にわたり慎重に換討を加え、更に国会合同委員会と調整を図るとともに大蔵事務当局とも接衝を重ねた結果、諸般の調整を完了し、3月2日閣議の議を経て3月5日国会に上程の運びとなった。

 日本原子力研究所法案の委員会における審議の経過、問題点及び大蔵省並びに国会合同委員会との接衝調整の経緯等は以下のごとくである。

 合同委員会から原子力委員会に手渡された原案は公社案であった。

 また大蔵省の意見としては国立の研究所ということであった。これは財政当局としての財政負担上の理由に基づくものである。

 したがって原子力委員会における研究所改案の審議に当たり最も問題となったのは当然この研究所の性格をどうするか−−特殊法人か、公社か、または国立研究所か−−という点であった。

 まず原子力委員会においては、研究所はその性格上次のような要請を満たすべきものであるとされた。
1 官民一致の体制をとる必要があること。これがためには従来の国立研究所または公社等では民間から見て敷居が高く協力体制を整える上に難点がある。
2 広く有能な人材を集めるとともに、各界との交流を図り、かつ研究段階の進展に応じ常に必要な人員の充足を図りうること。これがためには、従来の国立研究機関では定員等が確定され、また年度中において不測の人員の充足が不可能である。またこのことはていどの差こそあれ公社等においても同様であり、これが難点である。
3 原子力の研究開発は、その性質上不確定要素がきわめて多く、これを乗りこえて研究を円滑に行うためにはその予算等はきわめて弾力性に富んだものとすることが不可欠の要請であり、この意味から従来の形体では無理があり不適当である。

 以上のような原子力委員会の意見については、特に1.と関連して民間資金を入れるべきや否やに関し委員会内部においても意見の調整を要する問題があった。

 すなわち官民一致の協力体制ということをその資金面から考える場合、当然民間資金の参加という形で具現され、このことが一面研究所の性格を国立または公社等と異ったものとする要因となるものであるが、他面、かかる民間資金は当然財界、産業界からの出資ということとなり、これに従来の概念上考えられる株主的発言権を認めることは、ようやくその緒につかんとするわが国の原子力開発に対し産業界から好ましからざる影響があるのではないかとの懸念があり、むしろ考え方としては国立の、すなわち資金面は全額国家資金で、ただ従来の国立ないし公社の欠点を匡正したらどうかとの意見も出された。

 しかしながら国会原子力合同委員会としては、上述の理由から公社論を譲らず。
1.官民一致の体制を確保するのに公社では民間から、敷居が高く感ぜられるという点については、各界一体で運営委員会を作り従来の欠点を補ったらよい。
2.民間出資の問題は将来動力用炉が実現される段階で十分に活用することとし、その際所要の立法措置を講ずればよい。
3.予算の弾力性、予算の確保等については合同委としても十分努力する。
等の点を指摘した。

 原子力委員会においても数次にわたり調整を試みたが、合同委員会でも資金関係を除いては従来の公社概念とは相当に異なったいわゆる特殊法人の線に近いものと変ってきたので、31年度予算との関連もあり至急に改案を整備し国会に提出する必要があるとの理由から、原子力委員会においても、とりあえずは民間出資はとりやめ全額政府出資の公社として、ただ国立の研究機関とはしないとの結論に達し大蔵当局と接衝に当ることとなった。

 大蔵当局とは数次にわたり調整を試みたが、依然国立研究所説を主張した。その要点は次のとおりである。

 諸外国では半官半民の例もあるが日本ではなかなかうまくいかない。研究所は当分投下資金の回収が不可能だ。定員給与等についても便法も考えられる。民間の協力ということも運用方法いかんによるもので可能だ。

 これに対し原子力委員会は、従来の国立研究機関の欠点をあげ、また原子力開発の特殊性を強調して、委員長及び委員が大蔵大臣とも数次にわたり会見し、翻意を求めたが妥結せず、一時政府部内における意見の不統一のため政府提案も危ぶまれ、場合によっては議員提案となる可能性も生じてきたが、この方法によることは原子力予算との関連上好ましくなく、更に政府部内の意見の調整に努めた結果、大蔵省当局から次のような妥協案が示された。

 すなわち国が資金の全額を負担するものについてはぜひ国立としたいが、半官半民となれぼ問題はおのずから異なるということであった。

 これに対し原子力委員会としては、民間資金も入れた特殊法人とすることにつき検討を加えたが民間出資については、前述のように株主的発言権に対する懸念について委員の中においても慎重に検討を要する旨の意見があり、これについては従来の株主的な発言権は一切認めず、従って研究所の業務の運営、人事等には一切介入を許さず、単に業務についての報告を受けるとともに将来研究所の運営が軌道に乗り経営上剰余が生じた場合、一定限度の剰余分配を受けうるにとどまるていどの−−この点が従来の会社または特殊会社と異なる点である−−権能しか認めないいわゆる特殊法人とすることで委員会の意見の一致を見た。

 以上の原子力研究所の性格に関する原子力委員会の意見に関しては、更に国会原子力合同委員会とも意見調整を行い、更に大蔵省事務当局とも原則に関しほぼ意見の一致を見たので、改めてこの方針に沿って原子力局において原案を作成し、更に委員会において、役員の任命方法、基本計画との関連、業務運営資金、政府貸付等の具体的内容について換討を加え、−応委員会として最善と考えられる原案の作成を完了し、内閣法制局の審議に入るとともに、更に内容の細部にわたって大蔵当局その他の関係省庁と接衝を行った。

 この段階において問題とされたのは以下の点であった。
1 利益金及び損失金の処理について
 大蔵当局としては、その資金の大部分が財政資金でまかなわれる関係上、利益金の分配を法定することは好ましくなく、また法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律の規定を排除することもまた不適当であるとしたが、原子力委員会としては、この規定は特殊法人としての性格をもたせる上に不可欠のものであると主張して原案のままとすることとなった。
2 長期借入金及び政府の債務保証について
 大蔵省としては、研究所は業務の性格上当分利益を計上することができず、したがってその資金の大部分は財政資金によりまかなわれるものであるから、長期借入金を許すことは結局予算の先食となり、また政府の債務保証は外貨債務または債券等に限り行う方針であるとして反対し、結局この規定は削除された。
3 給与及び退職手当の支給の基準について
 大蔵省としては給与等の支給の基準を定めることを大蔵大臣への協議事項として法定するととを主張したが、結局法律案からは削除された。
4 国有財産の無償貸付について
 原子力委員会としては、研究所敷地として国有地を充てる可能性が多いので、この場合無償で貸付を受けうるよう規定しようとしたが、大蔵当局では国有財産法の体系上不可能であり、むしろ現物出資を希望し、この線に沿って原案が改められた。

 以上のような経緯を経て政府部内の意見の調整を終え、法制局の審議に入ったが、法制局においても、研究所の性格が従来の例と相当に異なったものであるため、慎重に法律的検討を加えたが、ようやく成案を得たので閣議の議を経て3月5日国会上程の運びとなった次第である。