原子力委員会関係

 原子力委員会が正式に発足したのは本年の1月1日である。それより前、昭和30年12月22日に政府は、原子力委員会委員長として国務大臣正力松太郎氏をあて、委員には国会の同意をえて次の各氏を任命した。
   石川 一郎(経団連会長)
   湯川 秀樹(京大教授)
   藤岡 由夫(教育大教授)
   有沢 広巳(東大教授)

 4名の委員のうち石川、湯川両委員は任期3年、藤岡、有沢両委員は任期1年6月とし、また石川、藤岡両委員は常勤、湯川、有沢両委員は非常勤とされた(資料:原子力委員会設置法参照)。

 原子力委員会はこうして昭和31年の年明けとともに成立したが、その第1回会合は1月4日に開かれた。この会議には委員長はじめ全委員が出席し、委員会は毎週1回金曜日に定例会議を開くこと、その他委員会の運営方法に、ついて申合せが行われた。折から国会開会中であり、昭和31年度予算案の提出時期にあたっていたため、委員会は設立早々、原子力予算および原子力関係法案の審議に連日のごとく臨時委員会を開催し、精力的にその任務を遂行した。その状況は、1月中の委員会開催が10回の多きに及んだことからもうかがわれよう。

 以下においては、発足以来だいたい3月中旬ごろまでの、原子力委員会における主な審議事項および決定事項を項目別に述べることとする。なお委員会の開催その他の記録については、委員会日誌を参照されたい。

昭和31年度原子力予算について

1.31年度原子力予算の査定と勧告

 原子力に関する予算の見積り、あるいは配分計画を審議、決定することは原子力委員会の重要な仕事である(原子力委員会設置法第2条参照)が図らずもこの作業が委員会発足後第1の仕事となった。すなわちわが国原子力開発のための資金はその大部分を国家資金に依存しなければならないことは何人も異論のないことであって、予算がどのように決定するかはその年度の原子力の研究開発のスケールを決定する重要問題である。委員会は本年1月1日に正式に誕生したが、昭和31年度予算はこのころ既に編成の最終段階にあって、休会明け国会に提出するため、1月15日には政府の最後案を決定する必要があるとされていた。したがって普通に考えれば委員会の予算に関する任務は31年度予算について時間に合わせることは不可能の状態であるが、上記のような重要性にかんがみ、それでは31年度の研究開発の規模について委員会の発言の機会が失われてしまうので、ぜひとも意見をとりまとめて予算編成に綴り込むことが望ましいというところから、新春早々4日には第1回の委員会を開催し、翌日から早速この仕事に当ることとなったものである。

 予算は一般に秋には各省庁から大蔵省に要求がなされる。31年度の原子力予算ももちろんこの例に洩れず、大蔵省に提出された各省庁の要求額の合計は昨年12月経済企画庁原子力室の調査では第1表のとおり68億を超えると推定され、これに見合う30年度の予算5億6000万円に対し10倍以上に上っていた。そしてこれらの予算要求に対して大蔵省は通常各省別の担当主計官によって査定する原則によらず、1人の担当主計官を定めてまとめて査定することとし、原子力委員会の出方を注目しつつ査定の準備を進めていた。

第1表 昭和31年度原子力関係予算要求額一覧

 一方国会の原子力合同委員会では、やはり昨年9月以来社会党志村茂冶議員を予算小委員長として予算に対する合同委員会の考え方をまとめていた。もちろんその過程においては各省の要求内容を聴取し、また国会側の意見を各省に伝えて各省に要求提出を勧める等各省との連絡は図られていたから、その内容は前記第1表と大きな相違はないが、合同委員会の有力な4議員が昨年9月4日欧米視察から帰朝したときに発表されたいわゆる「羽田声明」に謳われた「原子力予算は3年間に300億」という線に沿った考え方でまとめられたもので、その総額は第2表に明らかなように85億円を超えるものであった。

 委員会は4日の初顔合せで今後の方針等打合せを行い、引き続き5日臨時委員会を開いて、まず国会側の案の説明を志村、中曽根両議員から聞き、次いで原子力予算の骨格となる研究所の予算については駒形副理事長の、また燃料公社予算については兼子地質調査所長等の説明を聞いて検討した。そして6、7両日は常勤委員の下で更に検討を進め、委委会案の作成に当ることとし、三島、大山、小川各博士等専門家の来訪を求めてその意見をきく等短期間ではあったが終日熱心に審査を進めた。

 この間7日午後原子力予算に関して大蔵省側から内示が行われた。その額は第3表のとおり約13億2000万円で前年度に比べれば2倍以上の増加ではあるが、ようやく調査の時期から研究開発の実施時代に入る31年度の経費としては少なすぎ、前記国会及び各省庁の要求とへだたること遠く、これらを審議する委員諸氏も予算の確保が容易でないことを痛感、審議もまた一層慎重かつ入念の度を加えた。


 かくて9日には再び臨時委員会を開催し、まず常勤委員の手元で審査の上作成された委員会原案を中心に論議の結果、31年度の予算の見積りの方針を次のとおり決定した。

 「昭和31年度における経費の見積りに当っては、昭和30年12月原子力利用準備調査会が決定した原子力研究開発計画に基づき、
(イ)昭和33年度末を期限とする国産実験用原子炉の完成
(ロ)昭和34年度における動力試験用原子炉建設の着手等わが国たおける自主的な原子力開発を目途とし、昭和31年度においてはそれがための必要な準備を行い得るよう、下記施策に重点を置くものとする。
(1)原子力研究所の研究態勢の充実
(2)各種器材の国産化のための研究
(3)ウラン資源の探査及び精査
(4)所要技術者の養成訓練(海外に対する留学生の派遣を含む。)
(5)海外事情調査及び資料の収集
(6)原子力行政機構の充実  」そして主として原子力局所管のいわば原子力の骨格となる予算について、第4表のとおり約36億円を必要と認めることを決定し、即日原子力委員会設置法第3条の規定によって内閣総理大臣に報告した。同条によれば委員会の決定について報告があったときは、内閣総理大臣はこれを尊重しなければならないことになっているので、委員会がはじめて行ったこの決定が政府によってどのように取り扱われるかは、今後の委員会のありかたに大きな影響を与えるものとして注目され、特に委員側にはぜひともこの決定どおり予算案が組まれることを切望する空気が強く、10日には委員長はじめ全委員が大蔵大臣を訪問して決定の説明を行うとともにその実現を強く要望した。

 前述のようにこの36億の委員会案はいわぱ原子力予算の骨格をなすものではあるが必ずしもそのすべてではない。したがってその決定に当っても備考をつけて「上記のほか農林、通産、厚生、文部、建設、運輸、外務等の各省及び学術会議、国会図書館等の原子力顕係予算についても極力所要経費の充足を図ること」としたが、これ等各省の予算についても9日に引続き常勤委員の下でそれぞれ説明を聴取し審議の上意見を第5表のとおりとりまとめ、11日開催の臨時委員会に付議してこれを決定した。すなわちこの表に見られるとおり今回は金額的な査定は行わず意見のみを付したのであるが、この意見に従って金額を推定すれば要求額8億7000万円余に対して概算2億ないし2億5000万円ていどとなる。もっとも「原子力委員会設置法」が臨時国会で審議された際「関係行政機関の原子力利用に関する経費には、大学における研究経費を含まないものとする」旨附帯決議がなされた関係もあって文部省関係予算は審議の対象から除外された。また国会図書館の原子力関係図書購入費は3億6000万円にも上ったが、これも行政機関でない立法府所属の機関なので同じく審議の対象としなかった。

第5表 関係行政機関の原子力利用に関する経費についての意見

 
 かくて委員会としてなすべき原子力関係予算の見積り作業は時日に余裕がなかったにもかかわらず、各委員の熱心な努力によって一応終ったわけであるが、なにぶんにも36億プラス2億余に見合う大蔵省側第1次査定は前記13億のうち9億4800万円にすぎず、委員会の決定を大蔵省に認めさせて政府原案とすることは必ずしも容易でなく、またその内容についても特に原子力研究所の性格をどのようなものとするかについては大きな問題として残っていた。そのため14日の委員会には特に大蔵省鳩山主計官の出席を求めて懇談を行い、あるいは委員長が大蔵大臣及び国会方面と折衝を重ねた結果、20日ようやく各方面の意見が折り合い、ここに昭和31年度原子力予算案が最終的に決定した。その大要は第6表のとおりで、その総額は36億円余りとなっている。したがって原子力委員会の決定した線はおおむね守られているが、問題は二つばかりある。

 まず第1点はその36億の中に、追加して意見を付した各省関係分が含まれているのはもちろん、委員会が決定した対象外のもの(前述した文部省の大学関係及び国会図書館並びに新設の金属材料研究所分)約5億3700万円が含まれているので、やはり委員会の決定どおりというにはほど遠いということである。

 第2点は36億円のうち現実に予算に計上せられたものは約20億円で、残り16億円は国庫債務負担行為とされていることである。債務負担行為とはいわゆる予算外契約であって、予算総則別冊にたとえば「政府は総理本府における原子力平和利用のため、1,550,000円を限り昭和32年度において国庫の負坦となる行為を昭和31年度においてすることができる。」とあるのがそれである。予算の財源に余裕なくやむなくこのような措置に出たものであるが、大蔵当局側に36億円は使いきれないのではないかという気持があったことも否めないであろう。こうして予算の政府原案は総額においても内容においても必ずしも委員会の決定どおりというわけにはいかなかったが、ともかく30年度に比べても8倍、大蔵省内示に比してもその4倍のスケールのものとなって、いわば曲りなりにも委員会の主張と努力が実を結んだものといえるであろう。

2.原子力予算の内容

 さて予算はその後衆参両院における審議に特筆するほどのこともなく成立を見たが、一口に16億(1,000万ドル)予算といわれる原子力予算そのものの内容についてその概略をうかがって見よう。
 (1)原子力研究所
  原子力研究所の性格をいかなるものとするか(国立か、公社か、特殊法人か)について予算編成の際大いに論議されたことは前述したが、その結果確定的な結論は得られずその結末は法律立案の際にゆだねることにして一応は大蔵省側の主張に従って予算では国立として組むことになった。ただし研究所の性格が正式に決ったとき(その後民間資本をも入れた特殊法人となったことは周知のとおりである。)予算の使用が不可能となることを避けるため、予算総則第34条において原子力研究所費と原子力平和利用研究助成費の間に移用を認めることを明らかにし、原子力研究所に対する出資金または補助金の形で支出可能の措置が講ぜられている。研究所に関する予算の総額は1,951,888千円で委員会の決定とほとんど同額が認められた。ただしそのうち前述の国庫債務負担行為が12億5,000万円もはいっていることは若干この予算を使いにくいものとしているが、研究所が特殊法人となることに決った以上、この債務負担行為は出資の予約の形で行われることになると思われるので、それを見返りに市中の短期融資を仰ぐことが可能と考えられ研究所の建設計画の遂行には支障をきたすことはあるまいと思われる。なお19億の内訳は一応第7表のとおり定められているが、特殊法人になったこと及び研究所敷地が決定したこと等予算編成のころよりも現実が明らかになってきたので新研究所の設立と同時に改めて実行予算が作成されることは当然である。なお原子炉に使用される濃縮ウランの借賃は政府が支払うものであるので別途150万円が総理府の経費の中に組まれている。

第7表 昭和31年度原子力研究所予算額内訳


(2)留学生の派遣と原子力アタッシェ
 当面原子力の研究開発のためには技術者、研究者を海外に派遣して留学せしめることが必要であり、また海外の情報を迅速正確にキャッチして通報するため技術者を海外に駐在させることもきわめて適切であろう。留学生の経費としては委員会は長期63人、短期74人を計上したが、最終的には長期にして約30名分6,120万円と決定した。その内訳は旅費4,500万円、授業料1,620万円である。また原子力アタッシェとしては米・英・仏3国に各2名ずつ4,860万円と査定したが、結局米・英に各1名ずつ1,164万円が認められた。いずれも委員会の意見を相当下回るものではあるが、前者にしても金額的に従来の5倍以上に当り、後者は全然新規であるからやはり劃期的なものであり期待される。なお留学生は各省庁の公務員のほか原子力研究所の職員の分を含むものであり、原子力アタッシェの経費は外務省予算に組まれている。
(3)原子力委員会及び原子力局
 これは委員会及び原子力局の人件費、旅費、庁費等の費用で総額5,545万円である。この予算で原子力局の定員は従来の19名から68名に増員され、また従来の3課制を5課制とし局次長を新設して、機構的に一応の態勢を終えることができた。
(4)核原料物質の探鉱と原子燃料公社
 ウラン、トリウム等核原料物質を国内に期待するため、至急大規模な探鉱を行うことの必要が痛感されるので、工業技術院地質調査所に1億円を計上して科学的かつ組織的な概査を行わしめることにした。また原子燃料公社は地質調査所の行う概査の結果に基づき、有望の他について更に精密な企業化調査を行い、進んで採鉱、精錬の事業に当るため、近く設立されるものであるが、本年はとりあえず数ヵ所の企業化調査と、精錬の研究を行わしめることとしてこれに1億5,000万円(内5,000万円は債務負担行為)を計上した。また民間企業で探鉱を行う者に対しては場合により探鉱奨励金を与えることとして通産省鉱山局に3,000万円を組むこととした。
(5)原子炉関連技術研究
 当初原子炉は輸入にまたねばならぬことは当然であるとしても、将来国産の原子炉を築造するためには、原子炉材料をはじめ関連機材の国産化のための研究を進める必要があり、昨年度もそのための予算はあったが、本年は民間企業の行う研究に対する補助金として4億4,665万円(うち債務負担行為2億5,000万円)、また工業技術院傘下の関係国立試験所の研究経費として9,472万円が計上された。これによって重水、黒鉛、金属材料、遮蔽材料等の原子炉材料や計測器をはじめとする各種機械装置の生産のための研究や、燃料精錬技術、廃棄物処理の技術等の研究は一段とその向上が期待できよう。
(6)アイソトープ利用研究
 原子炉関係の研究と並んで放射性同位元素の利用に関する研究はより手っとり早く産業能率の改善、国民生活の向上に役立つものとして期待される。したがって本年度は農林省を中心に通産省及び建設省の試験研究機関に重点的に総額9,150万円が計上された。すなわち農林省には主として農水産物の殺菌貯蔵、農作物の品種改良、作物に対する施肥等の研究のため5,600万円が、通産省には高分子化合物の研究、発酵菌の突然変異の研究等のため2,000万円が、また建設省には漂砂及び積雪測定の研究及び耐放射線構造物の研究等のために1,550万円が計上されている。
(7)放射線障害防止及び治療
 原子力の研究開発に当っては放射線による障害の防止を図るために万全の対策を考慮すべきことはいうまでもなく、人体に対する最大許容量や障苔予防、診断、治療の研究はゆるがせにできない。そのためまたアイソトープ利用による医療の研究をも含めて、国立の放射線医学研究所を設立する計画が文部、厚生両省にあったが、委員会はこれを総合した研究所を設立することが望ましいという見解に立ち、本年度はその準備期として厚生省に4,122万円の予算をつけた。また本年度に立法を予定されている放射線障害防止法の施行に備えて厚生及び通産両省に合計100万円が認められている。
(8)図書費及び調査費
 日本における原子力研究の現段階では、海外の文献を入手して研究を進める必要があるが、国会図書館に1,400万円が計上されたほか、原子力局や原子力研究所においてはそれぞれ上述の予算のなかに相当額の図書購入費が見込まれており、なおまた通産省公益事業局、特許庁、外務省、運輸省、農林省、厚生省、建設省、その他各省庁にも若干ずつ図書費、調査費等が組まれた。
(9)そ の 他
 原子力予算と称せられるものの中には以上のほか文部省関係4億2,300万円(原子核研究所3億6,530万円、原子炉関係費5,000万円、重水研究費770万円)、通産省の金属材料研究所費1億円及び国会図書館に1,400万円が計上されているが、前述したようにいずれも原子力委員会が審議の対像としなかったものだけにその内容は必ずしも明らかでなく、ここで説明することは差し控えたい。

 以上原子力予算の概要を説明したが、それぞれ決定した金額によって研究内容その他実行面で多少の変更を生ずることはもちろんである。原子力委員会は単に予算の査定のみならず、それが原子力開発のための有機的関係の下に有効に運用されるよう配慮しなければならないので、4月に入って改めて各省ごとの説明を聴取し、打合せを行って万全を期している次第である。