「原子力委員会の発足に際して」  (昭和31年1月13日)

原子力委員会委員長 正 力 松 太 郎

 1956年の年明けとともに本原子力委員会が正式に発足し得たことは、まことに欣びに堪えません世界で唯一の原爆被害国たる日本が、受難の洗礼を乗り越えて原子力平和利用への積極的な国家活動を開始したことは、ひとり邦家のためばかりでなく、世界的にもまた大きな意義を持つものと確信します。

 日本は原爆の恐しさを身をもって体験した国だけに、二度と再びかかる惨禍を世界のいかなる人類にも及ぼしてはならないという固い悲願をもっております。われわれもまた当然原子力基本法の定めるところに従い、すべての努力を平和利用の一点に集中して、いささかたりとも戦争の具こ供するが如きことのないよう誓を新たにしているものであります。

 人類がかって想像すろことも出来なかった巨大をエネルギーが、原子核の分裂による許りでなく、更にまたその融合反応によっても生れ出るものであることを、われわれは知るに至りました。われわれは単に科学の進歩の速さと偉大さに目をみはるばかりでなく、これによって人間社会を改善し、世界の平和と繁栄のために尽すべき一層の責務を痛感するものであります。

 御承知の通り、その国の生活文化の水準は、エネルギーの消費量にほぼ比例するものといわれます。わが国が今後とも正常な発展を続けるためには20年後には現在水準の2倍に近いエネルギーを必要とすると推測されます。他方、わが国の主要エネルギー源である石炭、水力等についてみれば、資源的にもまた経済的にもその限度に達しつつあり、次第に需要に追いつかなくなることは火をみるよりも明らかであります。これではわが国の経済発展の将来性すらも危ぶまれるといわざるを得ません。われわれが原子力発電を速やかに実現して、わが国産業経済の興隆に資したいと念願している大きな理由もここにあります。米ソ両国では既にその実駿に成功している前例もあり、われわれとしても今後5ヵ年間に原子力発電の実現に成功したい意気込であります。更に原子力のエネルギーへの利用は、その一面にすぎず、それから同時に生ずるアイソトープの利用は、医療、農業、工業の各万両にわたって、前者に勝るとも劣らぬ積極的な意義をもっております。われわれは即時役立つものから次々とその活用普及を図って行きたいと考えます。

 これらの目的のため、われわれはまず第一着手として濃縮ウランの受入に関する「日米原子力協定」に基き、早急に実験原子炉を米国より導入し、進んで先進技術を取入れつつ、急ぎわが国独自の自主的基盤を固めなければならないと考えております。

 ただ、今日われわれが原子力開発の仕事に献身する決意を固めたのは、単に日本及び日本国民の利益のためばかりでなく、いささかでも全世界の人々の平和と福祉に寄与したいと念願しているが故に外なりません。殊にアジアの現状をみるとき、その生活水準は世界の他の地域にくらべ、極めて低く、これが改善のため、われわれはわが国自体の発展に努力するとともに、原子力の研究開発の進展に伴い、アジア全体のエネルギー開発と生活水準の向上にも協力いたしたいと念願する次第であります。どうか国民各位並びに友邦諸外国の心からなる理解と支持をねがう次第であります。