第1章 国民とともにある原子力

 我が国は,エネルギー資源に恵まれず,エネルギーの8割以上を海外に依存している。世界のエネルギーに目を向ければ,一次エネルギーの年間消費量は,19世紀半ばには石油換算で約1億トンであったが,1990年には,約80億トンと急激に増大している。約80億トンのうち,石油,石炭,天然ガスなど化石燃料が全体の約90パーセントを占めており,原子力は7パーセント程度である。近年アジア諸国のエネルギー需要が石油を中心として大きく伸びており,日本を除くアジアの石油輸入量は日本を超えるまでになった。アジア地域の石油は,大きく中東に依存しており,アジア域外への依存度は1992年の55.4パーセントから2010年には69.2パーセントにも達すると予想されている*。今後さらにアジアを中心とした開発途上国では,エネルギー消費の大きな増加が予想されており,このまま化石燃料の消費が続けば,太古より数億年の時をかけて培ってきた使い勝手のよいエネルギー源である化石燃料を一瞬ともいうべき数百年のうちに消費してしまうことになりかねない。


*総合エネルギー調査会国際エネルギー部会中間報告(平成7年6月)による。

 このように今後のエネルギー問題を考える上では,自国のエネルギー事情のみならず,世界のエネルギー需給,経済動向などについて,歴史的視点も加味しながら十分配慮する必要がある。
 我が国は,平和目的の活動のみに厳しく限定することと安全確保に万全を期すことを何よりも大前提とした上で,原子力開発利用を進めてきた。その政策の基本は,核燃料サイクルを確立し,エネルギーの安定確保を図ることである。すなわち,我が国は国情の安定した国々との長期購入購人計画などによりウラン資源の安定確保に努めるとともに,ウラン資源を有効に活用するため,燃料を1回だけ原子炉で使用するのではなく,使用済燃料を再処理して,原子炉内で新たに生み出されたプルトニウムや燃え残りのウランを回収し,再び燃料として有効に利用する(核燃料リサイクル)ことを目指してきた。
40年以上にわたるたゆまぬ努力の結果,供給安定性,経済性,環境特性などの面で優れた原子力発電は,今日では51基の原子力発電所が稼働し,総発電電力量に占める原子力発電の割合が約3割を担い,米国,仏国に次ぐ世界第3位の原子力発電設備を有する国となっている。また,青森県六ヶ所村に核燃料サイクル事業が展開し,消費した以上の核燃料を生成する高速増殖炉*の開発も原型炉*の試運転の段階にまで達した。
 しかしながら,1995年12月に高速増殖原型炉「もんじゅ」の2次系ナトリウムの漏えい事故が発生した。この事故を契機として,原子力に対する不安感などが高まった。また,1996年8月には,新潟県巻町で巻原子力発電所の建設の賛否に関する住民投票が行われ,巻原子力発電所の建設に反対する投票が過半数を占めた。これらのことは,原子力開発利用の展開に当たり,様々なことを示唆している。


*高速増殖炉:速度の速い中性子(高速中性子)で核分裂を起こすことなどにより,燃えないウラン238を燃えるプルトニウム239に変える割合が大きく,消費した以上の燃料を作り出す(増殖)ことができる原子炉。
*原型炉:通常,新型炉の開発は,実験炉,原型炉,実証炉,実用炉の順により行われている。もんじゅは原型炉。

 原子力開発利用に当たっては,国民の信頼感,安心感を得ることが重要であることは言うまでもない。従来より,国は,原子力に関する情報を国民に広くわかりやすく提供する努力を行ってきたが,まだ,十分な状況とは言えない。こうした状況を踏まえ,国は昨今の原子力政策に対する不安感などの高まりを真摯に受け止め,積極的な対応を取ることとし,その一歩を踏み出した。
 これは,単に政策を説明し,理解と協力を求めるだけではなく,情報をわかりやすく,かつ積極的に公開し,国民一人一人の現状についての正しい理解に基づく率直な議論を通して得られるものを明日の原子力政策へ的確に反映しようとするものである。
 原子力委員会は,「原子力の研究,開発及び利用に関する長期計画」(以下,「原子力開発利用長期計画」という。)策定に際して実施した「ご意見を聞く会」(1994年3月)のように,これまでもこうした努力を行ってきたが,本年,原子力委員が国民各界各層の方々と直接議論を行った原子力政策円卓会議の開催,そして原子力委員会の専門部会等の公開,その報告書案に関して国民に意見を求める決定など,このような方向の努力を積み重ねてきている。
 本章では,原子力委員会が設置した原子力政策円卓会議での議論などを記述し,原子力開発利用に関する国民的な合意形成に資するための国の努力について解説する。


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