第1章 原子力開発利用の推進をめぐる諸課題
1章原子力開発利用の推進をめぐる諸課題

1.核不拡散等をめぐる国際動向

 原子力開発の歴史は,その黎明期より,軍事利用がその半面を占めて来ており,その前提が東西冷戦構造であった。この東西対立構造が崩壊した今日,原子力の分野にも,その様々な影響が現れている。冷戦終了後,核兵器等の拡散防止,究極的な核兵器廃絶に向けた取組のあり方が国際政治の中で大きな課題となってきている。特に,ここ1年は,「核兵器の不拡散に関する条約(NPT*)」の延長問題をめぐる議論,北朝鮮の核開発問題解決に向けた活動等,核不拡散に対する関心が非常に高まった。以下,このような新たな課題にどのような対応が図られてきたかについて検討してみたい。

(1)NPT再検討・延長会議の結果
 NPTは,核兵器の拡散防止を図ることを目的とする国際的な枠組みであり,非核兵器国に対しては核兵器の取得を禁じ国際原子力機関(IAEA*)の保障措置の受入れを義務付け,一方,米国,ロシア,英国,フランス及び中国の5つの核兵器国には核軍縮のための交渉を推進することを義務付けている。
 180ヶ国(1995年9月現在)が加人しているこの条約は,今や,核不拡散を図る上で極めて普遍性の高い国際的枠組みとなっている。
 NPT第10条2項は,条約発効後の25年目にその後の延長期間を決定する会議を開催することを規定し,このNPT再検討・延長会議は,本年4月から5月にかけてニューヨークの国連本部で開催された。原子力委員会は,1993年8月の委員長談話において,本条約が,原子力平和利用と核不拡散を両立させる枢要な国際的枠組みであり,原子力平和利用の円滑な推進にとって核不拡散体制の維持・強化が不可欠であることから,NPTの無期限延長を支持することは妥当であるとの認識を示した。


*NPT : Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons
*IAEA : International Atomic Energy Agency

 再検討・延長会議では,核不拡散体制の維持のために無期限延長を主張する我が国を含む国々と,NPTが核兵器国と非核兵器国との間の区別を恒久化するものであると無期限延長に反対の立場をとる国々との間で意見の相違が見られたが,核軍縮等条約の意義をより明確にする合意と組合せにすることにより,投票によらない条約の無期限延長が決定された。
 具体的には,条約の無期限延長とともに,「条約の再検討プロセスの強化」及び「核不拡散及び核軍縮のための原則と目標」の2文書が採択された。そのうち,「核不拡散及び核軍縮のための原則と目標」では,1996年までの「全面核実験禁止条約(CTBT*)」交渉の完了,その間の核実験の抑制及び「核兵器その他核爆発装置用核分裂性物質の生産禁止(カットオフ)条約」交渉の即時開始と早期締結が明記された。
 原子力委員会は,この会議の結果を受けて,従来から表明していた本条約の無期限延長が,投票によらず決定されたことを歓迎し,特に以下の3点に留意しつつ,世界の核不拡散体制の維持・強化に貢献していくこと及びNPTの普遍性をより高めていくことが重要である旨の原子力委員会委員長談話を本年5月12日に発表した。

①NPTが,今後とも締約国に対し,原子力平和利用による利益享受を最大限保証するとともに,放射性廃棄物管理を含めた安全の確保等原子力平和利用に当たっての基本的考え方が示されること。
②NPTについては,国際的な保障措置の適用の拡大とその一層効果的な実施を求めること。
③究極的核兵器廃絶に向けて,核兵器国の更なる核軍縮努力の具体的な方向が示されること。

 全面的な核実験禁止を目的とするCTBTは,ジュネーブ軍縮会議において1996年度中の妥結を目指し,精力的な交渉が進められている。


*CTBT : Comprehensive Test-Ban Treaty
*「資料編」の「2.原子力委員会等の決定」を参照

(2)核実験をめぐる動向
 すべての核兵器国(米・露・仏・英・中)もCTBTを支持しており,国際的に核実験禁止に向けた気運が高まりを見せている。
 しかしながら,核実験については,現在,米国,ロシア及び英国が停止しているものの,中国は,昨年6月及び10月に続きNPTの無期限延長が決定された直後の本年5月15日に地下核実験を行った。我が国は,その直前の村山首相の訪中に際して,李鵬首相に対し核兵器国の核実験停止を強く申し入れていただけに,本核実験に対して極めて遺憾との意を表した。さらに中国は,その3ヶ月後の8月17日に再び地下核実験を実施した。
 また,フランスは核実験を1992年以降停止していたが,本年9月に再開し遅くとも1996年5月までに最終的に停止することをハリファックス(カナダ)・サミット前にシラク大統領が表明した。これに対し,我が国は,サミット後の日仏首脳会談において村山首相よりシラク大統領に停止を要請した。さらに,8月には核実験停止を求める国会決議が行われた。しかしながら,フランスは,9月6日(日本時間)に南太平洋のフランス領ポリネシア・ムルロア環礁において,また10月2日(日本時間)にも同領ポリネシア・ファンガタウファ環礁において,実験を実施した。

 中国とフランスによる核実験は,CTBT成立に向けて高まっている国際社会の気運に水を差しかねないものであり,我が国も河野外相からフランス外相,在京フランス大使への申し入れ,松永政府代表のフランスへの派遣,IAEA総会における浦野科学技術庁長官による政府代表演説等を通じて核実験実施に対する遺憾の意を表明し,核実験の停止を強く求めてきている。我が国としては,今後ともあらゆる機会をとらえ核実験の停止に向けた一層の働きかけを行うと同時に,CTBTの早期妥結に向け尽力していくことが重要であると認識している。

(3)北朝鮮の核開発問題
1985年にNPTに加入した北朝鮮は,1992年にIAEAとの間で保障措置協定を締結した。しかし,IAEAが追加情報の提供と追加施設への査察の実施を求めたところこれを拒否し,北朝鮮は1993年3月にNPTから脱退する旨決定するに至った。その後,北朝鮮は,米朝協議を通じてNPTからの脱退発効の中断を表明したが,北朝鮮の核開発に対する国際的疑惑は高まった。その後も,北朝鮮は,1994年に放射化学研究所に対する査察等に関するIAEAの要求を十分に受け入れなかった。これを受けIAEA理事会が,すべての保障措置に関する情報及び場所へのアクセス要求の決議を採択したところ,北朝鮮は,1994年6月IAEAからの即時脱退,今後のIAEA査察の拒否等を表明した。
 その後,カーター元米国大統領と金日成北朝鮮主席との会談等を契機として,1994年10月,米国及び北朝鮮は,以下の4点を柱とする枠組みについて合意した。

①北朝鮮の黒鉛減速炉の軽水炉への転換
②両国の政治的・経済的関係の完全な正常化
③核なき朝鮮半島の平和と安全保障への努力
④国際的な核不拡散体制の強化への努力

 この米朝枠組み合意は,対話,協議を通じ朝鮮半島の非核化を達成するための具体的枠組みを提供するものであり,北朝鮮による核開発問題は解決に向けて動き出した。今後は,IAEA保障措置の完全な履行の実現,その他枠組み合意に基づく合意事項の完全履行が図られるよう注視していく必要がある。
 この米朝枠組み合意を受けて,1995年3月には,軽水炉支援等のための国際コンソーシアムとして朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO*)が,日本,米国及び韓国により設立された。
 KEDOは,出力約100万キロワットの韓国標準型軽水炉2基を北朝鮮に供与することや,黒鉛炉に代わる暫定的な代替エネルギーを供給すること等を目的としており,日本,米国及び韓国の代表から構成される理事会,全加盟国により構成され理事会に対し勧告等を行う総会,プロジェクトに関し理事会等に助言する諮問委員会等から組織されている。
 その後米朝交渉は,供与される原子炉の炉型等をめぐり紛糾したが,本年6月,炉型を「KEDOにより選択される」ものとすること等で合意した。一方,KEDOも合意の同日に理事会を開催し,供給炉がウルチン(蔚珍)3,4号機を参照炉とする韓国標準型軽水炉であること等を決定した。
 本年8月にニューヨークで開催されたKEDOの第1回総会では,日本,米国及び韓国の原加盟3ヶ国を始め32ヶ国1国際機関が参加し,軽水炉供与に関する現地調査団の派遣が決定され,また使用済燃料棒や軽水炉プロジェクトに関する諮問委員会も開催された。
 KEDOによる現地調査団は,本年8月に候補地の1つであるシンポ(新浦)の予備調査を実施した。
 今後とも,原子炉の安全性確保が大前提であると認識し,KEDOと緊密に協議しながら,国際的枠組みを通じて協力を進めていくことが重要である。


*KEDO : Korean Peninsula Energy Development Organization

(4)プルトニウム平和利用の透明性向上のための国際的枠組み
 使用済燃料を再処理して,回収したプルトニウム,ウランなどを再び燃料として使用する核燃料リサイクルを進めるに当たっては,核拡散に係る国際的な疑念を生じないよう核物質管理に厳重を期すことが必要である。
 核兵器の解体に伴うプルトニウム等及び平和利用のプルトニウムに対する国際的な関心の高まりを背景として,1994年2月から,関係9ヶ国(日・米・英・仏・露・中・独・ベルギー・スイス)により,プルトニウム利用の透明性向上等のための国際的枠組みに係る検討が進められている。これまでに,参加国が自国の民生用プルトニウムの管理状況すなわち施設の区分毎に存在するプルトニウムの量を共通の形で揃って公表することについて合意ができたところであり,今後は具体的な公表の仕組み等枠組み全体について極力早期に合意できるよう引き続き精力的な作業が行われる。
 原子力委員会は,1994年6月にとりまとめた「原子力の研究,開発及び利用に関する長期計画」(以下,「原子力長期計画」という)においても明らかにしたとおり,核燃料リサイクル計画を国際的信頼を得つつ実施していくために,NPT体制から要求される義務に加え,余剰のプルトニウムを持たないとの原則を堅持しつつ,合理的かつ整合性ある計画の下で計画の透明性の確保に努めるとともに,上述の国際的枠組みの具体化に向けて努力するなど,自発的な核不拡散努力を行うこととしている。この方針に従い,今後とも国際的枠組みの実現に向けて積極的に努力していく。
 また,我が国は,核燃料リサイクル計画の透明性を向上させるとの観点から,原子力長期計画においても2010年までの我が国のプルトニウム需給見通しを公表し,需給がバランスしていることを示すとともに,昨年の原子力白書から,関係国に先駆けて分離プルトニウムの管理状況を公表している。(本年白書では,第2章第1節「核不拡散へ向けての国際的信頼の確立」参照)

(5)核物質の密輸問題
1994年夏以降,ドイツ等での核物質密輸の摘発などが相次いだことから,核物質密輸に関する国際的懸念が拡大した。この事態を踏まえIAEAでは,核物質密輸防止策を検討するための組織が設けられ,現在,各国の核物質防護要員の研修訓練協力,密輸に関するデータベースの構築等密輸防止の具体策が検討されている。
 また,本年6月のハリファックス・サミットの議長声明においても,核物質管理体制の強化やIAEA,国際刑事警察機構(INTERPOL*)等により核物質の盗難,密輸に対処していくとの決意表明がなされた。
 我が国は,これまで核物質の密輸を防止するための国際的な検討に積極的に参加しており,今後とも密輸問題に対する取組に協力していく。

(6)原子力安全に関する特別サミット
 原子力の安全確保は,原子力開発利用を進める上での大前提であるが,ハリファックス・サミットでは,ロシアのエリツィン大統領より,来春にモスクワにおいて原子力安全に関する特別サミットを開催することが提案され原則的に了承された。その際,村山首相より原子力安全のみならず放射性廃棄物の海洋投棄の問題についても議論に含めることが提案され賛同を得た。
 現在,関係国間で本サミットに向けた準備が進められている。


*INTERPOL : International Criminal Police Organization,ICPO


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