第1章 新しい長期計画の策定
1.新長期計画の基本的考え方

(3)新長期計画に示した我が国の原子力開発利用の在り方

 以上に述べたような認識にたって新長期計画では地球規模で見た原子力の平和利用の役割が,
 i)エネルギーの安定供給等により豊かで潤いのある生活の実現を図ること,
 ii)資源制約を緩和し,また二酸化炭素の排出を抑制して地球環境と調和した人類社会の持続的な発展を図ること,
 iii)エネルギー資源をめぐる国際状況の不安定要因を取り除くなど21世紀地球社会の条件整備へ寄与すること,
 の3点にあるとしている。

(我が国の原子力開発利用の目標)
 このような地球規模での原子力平和利用の役割を踏まえ,新長期計画では我が国が原子力開発利用を進めていく上での目標として,「エネルギーの安定的確保と国民生活の質の向上」と「人類社会の福祉の向上」を掲げた。
 我が国のエネルギー需要は,今後相当程度省エネルギーに努めたとしても,2010年度には1991年度の約1.2倍に増加する見通しである。
 また,1970年度には約26%であった電力化率(一次エネルギー総供給量に占める電力向け投入量の割合)が,1991年度には約40%に高まっており,エネルギーの中でも便利で安全な電力の消費量は,情報化社会の進展等により今後とも増大することが予想される。
 我が国のエネルギー供給構造は極めて脆弱であり,エネルギーの輸入依存度は8割を超え,エネルギーの石油依存度は約6割に達し,その石油のほぼ全量を輸入に依存している。これは,米国,ドイツ,フランス,英国などの主要先進国に比べて極端に不安定なエネルギー供給構造と言える。
 原子力は,技術集約型エネルギーとしての特長などに注目すると準国産エネルギーと考えることができ,我が国のエネルギー供給構造の脆弱性の克服に貢献する基軸エネルギーとして位置付け,これを推進することが必要である。
 さらに,原子力の利用については,エネルギーの利用のみならず,「国民生活の質の向上」との観点から,放射線の利用も重要であり,既に基礎研究,工業,農業,医療,環境保全など広範な分野で普及している。重粒子線によるがん治療法など放射線利用に対する期待は高まっており,今後は,身の回りの生活を豊かなものとする上で一層その役割が大きくなると考えられる。

 また,我が国が原子力開発利用を進めるに当たっては,それにより,独り我が国の短期的繁栄のみを目指すのではなく,常に人類社会への貢献という視点を持ちつつ,これに取り組むことが必要である。
 我が国が原子力発電を導入することは,化石エネルギーの安定供給の観点や地球環境保全の観点から,それ自体が国際貢献になっているとも言えるが,さらに,エネルギー資源を大量に消費する一方,豊かな経済力と高度の科学技術を併せ持つ我が国は,常に人類社会への貢献という視点を持ちつつ,原子力開発利用に取り組んでいく。

 また,我が国が原子力開発利用に取り組むに当たっては,人類にとってのエネルギー供給の多様化を図るという姿勢が重要であり,この観点からは,まず現在原子力発電を行っている国が原子力発電システムの信頼性を一層向上させていくこと,さらにそれを世界的に普及させていくことが重要である。核燃料リサイクルについては,技術的・経済的な能力や核不拡散の確保を考慮すれば,短中期的にはこれに取り組むことのできる国は限られており,我が国としても直ちにこれを世界に普及させていくことには十分慎重でなければならない。しかしながら,核燃料リサイクルは有限なウラン資源を飛躍的に有効利用でき,長期的には人類社会にとって重要な役割を担うことが期待できるものである。したがって,これを必要と・して,そのための能力を有する我が国としては,将来の人類のエネルギー供給源の選択肢を拡げるという認識でこれに取り組む。さらに,核融合は,必要な燃料資源等が世界中に広く豊富に存在し,人類の恒久的なエネルギー源の一つになることが期待されるものであり,わが国は主体的な国際協力の推進を図りつつ,これに積極的に取り組んでいく。このようにわが国は科学技術先進国として,核燃料リサイクルを推進するとともに,太陽光などの新エネルギーや核融合などの研究開発を推進し,多様なエネルギー技術がお互いに補完し合いながら使われていく人類社会の実現を目指すことが重要である。

(原子力開発利用の大前提)
 新長期計画においては,我が国の原子力開発利用は,厳に平和の目的に限り,安全の確保に万全を期することを改めて大前提として示した。
 特に平和利用の堅持という点では,平和利用分野における我が国の原子力開発利用,特に核燃料リサイクルの進展や,核拡散をめぐる国際動向,とりわけ北朝鮮の核兵器開発疑惑等を背景として,一部の海外の論調に見られた,我が国が将来核兵器を開発するのではないか,との疑惑に対し「我が国が核兵器を持つことは決してない」旨を特に表明し,日本は,自由貿易体制の中で,国際協調を基調として繁栄を享受していく道を選択しており,核兵器開発により我が国にもたらされるものは,アジアを中心にした国際的緊張と反発,総合安全保障の喪失,国際的孤立とそれに伴う国内経済社会の破綻であり,何ら益がないことを強調した。
 これによって,今後とも,我が国は原子力基本法の精神にのつとり,我が国の原子力開発利用を厳に平和利用に限り推進するとともに,核兵器の不拡散に関する条約(NPT)を厳守し,世界の核不拡散体制の維持・強化にも引き続き貢献していくものであり,また,原子力開発利用に関する国際協力に当たっても,この精神を尊重しつつ具体的な国際協力に取り組んでいくとの従来からの立場を一層明確に示した。
 安全の確保については,我が国の原子力施設の運転実績は,国際的にも高い評価を受けているが,これに安住することなく今後とも厳重な安全規制,管理,防災対策の実施により安全の確保に万全を期すとともに,原子力発電所の高経年化対策などの安全対策や安全研究を一層充実させることにより,安全優先の高い意識を持った人間,技術基盤,組織体制などに支えられたより高度な「原子力安全文化」の構築を続けることが重要である。安全水準の向上に努める一方,安全水準の向上が必ずしも国民の安心感につながらないという実態も踏まえなければならない。各種の原子力に関する世論調査の結果を見ても,原子力に対し漠然とした不安感を国民が抱いている様相がうかがわれる。しかしながらこれらを払拭して安心感を醸成していくには,地道に安全運転の実績を積み重ねることが何よりも基本である。
 さらに,諸外国の安全確保の状況は我が国の原子力開発利用にも影響を与えかねないとの観点も踏まえ,我が国としても国際的な原子力安全確保に積極的に貢献することが必要である。

(原子力開発利用の基本方針)
 前述のような目標と大前提の下に,新長期計画では我が国の採るべき基本方針として,
・原子力平和利用国家としての原子力政策の展開
・整合性のある軽水炉原子力発電体系の確立
・将来を展望した核燃料リサイクルの着実な展開
・原子力科学技術の多様な展開と基礎的な研究の強化
 の4つを掲げた。それぞれの方針の内容と,それに基づく具体的将来計画の主要な点を次に示したい。

①原子力平和利用国家としての原子力政策の展開
 我が国は核不拡散についての国際的信頼を確保するため,NPTとこれに基づいたIAEA保障措置体制を維持・強化するとともに自発的な努力をしていく。
 NPTは原子力平和利用と核不拡散を両立させる枢要な国際的枠組みであり,原子力の平和利用の円滑な推進のためには核不拡散体制の維持・強化が不可欠であることにかんがみ,NPTの無期限延長の支持は妥当と考える。このことは現在の核兵器国による核兵器の保有の恒久化を意味するものであってはならず,我が国としては未加入国に対し,早期加入を促すことによりNPTの普遍性を高めるように努めるとともに,核兵器国に対しては一層の核軍縮努力を促すことが重要である。また,NPTに基づく保障措置を厳格に受けている我が国は,NPT締約非核兵器国として,NPT体制の中で原子力平和利用の利益を最大限享受出来ることを自ら示す必要がある。さらにNPT体制から要求される義務に加えて,余剰のプルトニウムを持たないとの原則を堅持し,核燃料リサイクル計画の透明性をより高めるための国際的な枠組みの具体化に向けて努力するなどの自発的な政策を採る。
 さらに,平和利用を指向した技術開発として,保障措置や核物質防護の技術開発を進めるほか,アクチニドのリサイクル技術の研究開発にも取り組んでいく。また,平和目的に限った原子力利用の普遍化を図ること,各国の原子力開発利用の安全性の向上に貢献することを基本としつつ,近隣アジア地域の原子力発電への展開も含む原子力利用に対する国情に応じた長期的継続的な協力や基盤整備等への協力,旧ソ連共和国の核兵器解体等への支援,旧ソ連,中・東欧諸国における原子力の安全確保への貢献,あるいは核融合における国際熱核融合実験炉(ITER)計画への主体的参加,先端的研究開発施設の国際的な開放など平和利用先進国にふさわしい国際対応に取り組んでいく。
 また,原子力の平和利用と情報の公開は密接不可分であり,原子力が国民生活に密接に関連していることを踏まえ,「国民とともにある原子力」であるよう,国民参加型の意見交換の場等を通じた行政運営にも配慮しつつ,国民が原子力について判断する基礎となる情報の公開,提供の施策の一層の充実を図っていく。

②整合性ある軽水炉原子力発電体系の確立
 軽水炉による原子力発電は今日,我が国の総発電電力量の約3割を賄うまでになっており,軽水炉は高い信頼性を持つ炉型として定着している。近年の天然ウランの需給の緩和基調や,高速増殖炉の実用化までには取り組むべき技術的課題が残されていることなどから,今後とも相当長期にわたり軽水炉が原子力発電の主流になることが予想される。
 原子力発電規模については2000年において約4,560万キロワット,2010年において約7,050万キロワットの設備容量を達成することを目標とし,このための立地円滑化の観点から,地元と施設が共生できるよう,関係省庁も一体となってこれを支援していく。
 軽水炉主流時代の長期化をにらんで,軽水炉発電については,安全性,信頼性を確保しつつ,経済性の向上に対しても不断の努力を続けることが望まれる。具体的には,原子炉の高経年化対策など総合的な予防保全対策の一層の充実に努めつつ,ヒューマンファクターに係る対策,作業員の被ばく低減等を図るための自動化技術の高度化,さらには長期的視点を踏まえた燃料・炉心の高度化に取り組む。
 軽水炉原子力発電を安定的に継続していくためには,ウラン資源を安定的に確保していくとともに,ウラン濃縮,ウラン燃料加工などをその規模や時期などの観点で,適切かつ合理的に進めていくことが重要である。ウラン濃縮については濃縮ウランの安定供給や核燃料サイクルの自主性確保の観点から,経済性を考慮しつつ国内における事業化を進めることとし,その目標として,当面2000年過ぎころ1,500トンSWU*/年規模の安定操業の実現に取り組む。
 整合性のある原子力発電体系の観点から残された最も重要な課題は,放射性廃棄物の処理処分と原子力施設の廃止措置を適切に実施するための方策を確立することである。


*SWU:分離作業単位(Separative Work Unit)SWUは,天然ウランを濃縮する際に必要とする濃縮度の濃縮ウランを得るための仕事量を表す単位である。ウラン濃縮度を高めるほど,また廃棄濃縮度を低くするほど,SWUは大きくなる。例えば,約0.7%の天然ウランから4%の濃縮ウランをlトン生産するためには,廃棄濃縮度が0.25%の場合,約5.8トンSWUの分離作業量が必要である。

 特に高レベル放射性廃棄物の処分は重要な課題であり,国は処分が適切かつ確実に行われることに対して責任を負いつつ,高レベル放射性廃棄物は地層処分することを基本的な方針とし,国の重要プロジェクトとして地層処分の研究開発を進める。また,処分事業の実施主体は2000年を目途に設立することとし,実施主体は地元の了承を得て処分予定地の選定,同地における処分技術の実証を行い,さらに所要の許認可を経て,2030年代から遅くとも2040年代半ばまでの処分場の操業開始を目途とする。

③将来を展望した核燃料リサイクルの着実な展開
 化石エネルギー資源と同様にウラン資源も有限であり,軽水炉利用を中心としてこのまま推移すれば21世紀半ばころにもウラン需給が逼迫する可能性は否定できない。
 ウラン資源の確認可採埋蔵量を現在の年消費量で除して得られる値で40年程度であるが,今後長期的に見たときの世界の原子力発電の拡大の見通しから,この数字はより厳しい方向に推移することが予想される。また先に見たように(財)日本エネルギー経済研究所の行った21世紀全体を見通した世界全体の超長期的なエネルギー需給試算によっても,21世紀半ばには,現在の確認資源が消費されてしまう結果が示されている。
 我が国にはウラン資源がほとんど存在しないことを踏まえると,ウラン資源を最大限有効に利用する考え方が重要であり,我が国は将来を展望しながらエネルギーセキュリティーの確保を図っていくために,使用済燃料を再処理して回収したプルトニウム,ウランなどを再び燃料として使用する核燃料リサイクルの実用化を目指して着実に研究開発を進めることとしている。核燃料リサイクルは資源や環境を大切にし,また,放射性廃棄物の処理処分を適切なものにする観点からも有意義である。
 高速増殖炉は,発電しながら消費した以上の核燃料を生成することができ,ウラン資源の利用効率を飛躍的に高めることができることから,将来的に核燃料リサイクル体系の中核として位置付けられるものである。このため高速増殖炉を,相当期間にわたる軽水炉との併用期間を経て将来の原子力発電の主流にしていくべきものとして,その開発を官民協力して継続的に着実に行う。具体的には1994年4月に初臨界を達成した原型炉「もんじゅ」は1995年末の本格運転を目指し,「もんじゅ」までの開発成果に基づいて,電気事業者がこれに続く実証炉を建設していく段階に入りつつある。実証炉は1号炉を2000年代初頭に着工することを目標に計画を進める。さらにこれに続いて2号炉の建設を行い,再処理,ウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料加工等の燃料サイクル技術の開発と整合性をとりつつ,2030年ごろまでには実用化が可能になるよう技術体系の確立を目指す。
 また,将来の高速増殖炉時代に必要なプルトニウム利用に係る広範な技術体系の確立,長期的な核燃料リサイクルの総合的な経済性向上を図っていく観点から,一定規模の核燃料リサイクルを実現することが重要である。このため現在建設中の六ケ所再処理工場(年間処理能力800トン)については2000年過ぎの操業開始を目指すこととし,その建設,運転を通じて商業規模での再処理技術の着実な定着を図る。
 軽水炉によるMOX燃料の利用を,エネルギー供給面で一定の役割を果たすことにも留意して,再処理施設の規模等を勘案しつつ,計画的に進めていく。さらに新型転換炉実証炉の建設,運転等によるMOX燃料利用を進める。
 これらの核燃料リサイクルを進めるに当たっては,核拡散に係わる国際的な疑念を生じないよう核物質管理に厳重を期すことはもとより,①でも述べたように,我が国において計画遂行に必要な量以上のプルトニウム,すなわち余剰のプルトニウムを持たないとの原則を堅持しつつ,合理的かつ整合性のある計画の下でその透明性の確保に努める。

④原子力科学技術の多様な展開と基礎的な研究の強化
 原子力技術の応用範囲は極めて広範であり,今後とも多様な展開を図る。
 多様化,高度化する原子力のニーズに適切に対応し,国民の福祉の一層の向上を図る観点や国際公共財ともいうべき知的ストックの蓄積に我が国が貢献する観点から,既存の原子力技術の高度化のみならず,新しい原子力技術の高度化が必要である。このため,原理・現象に立ち返った研究開発を積極的に進めていくこととし,原子核・原子科学に関する研究,TRUや未知の超重元素に関する研究,各種ビームの゛発生と利用に関する研究等に取り組む。さらに既存の原子力技術にブレークスルーを引き起こす可能性のあるフロンティア領域や将来の新たな技術開発の進展を生み出す基盤を形成する可能性のある技術領域として,放射線生物影響分野,ビーム利用分野,原子力用材料技術分野,ソフト系科学技術分野及び,計算科学分野について当面の対象として研究を重点的に進める。
 また,原子力によるエネルギーの生産と原子力利用分野の拡大を図るため,受動的安全性を高めた原子炉等新しい概念の原子力システムに関する研究開発,1998年ごろの臨界を目指した高温工学試験研究炉の建設などの高温工学試験研究,原子力船研究開発等に取り組む。
 放射線利用は医療分野における高度診断,がん治療,あるいは農業分野における害虫防除,食品照射等,さらには工業分野における計測・検査など広範な分野への展開を通じて国民生活や福祉の向上に大きく貢献するものであり,エネルギー利用と並ぶ原子力開発利用の重要な柱として推進していく。医療や電子線による排煙処理といった環境保全など生活者を重視した利用技術の普及促進を図るとともに,加速器を用いたビーム発生・利用技術及び研究用原子炉を用いた中性子照射・利用技術に関する研究開発を進めていく。特に次世代の大型放射光施設(Spring-8)の整備を引き続き進め,その利用を図るとともに,イオンビームを用いたがんの照射治療等に関する研究開発等に取り組んでいく。


*TRU:超ウラン元素(Transuranic),ウランより元素番号の大きい元素の総称

 核融合については,これまでトカマク型の臨界プラズマ試験装置(JT-60)による研究開発を通じて炉心プラズマ技術等に著しい進展が見られており,今後は自己点火条件の達成,長時間燃焼の実現,原型炉の開発に必要な炉工学技術の基礎を形成することを主要な目標に研究開発を進めていく。このための実験炉の開発が我が国にとって不可欠なものとなっており,JT-60に続いてトカマク型の実験炉の開発を進める。現在そのような実験炉の開発を目指してITER計画の工学設計活動が行われており,これに主体的に参加する。
 さらに,原子力開発利用全体に係る課題であるが,原子力開発利用の安全の確保の一層の充実や関連する先端的技術開発の着実な進展を図っていくためには,その担い手となる優秀な人材の養成と確保にたゆまず努力することが不可欠である。特に多くの若者が原子力に対して客観的な判断力を持つことは人材のすそ野を広げることにもなるため,青少年期における正しい原子力知識の普及活動を充実・強化する。


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