第1章 新しい長期計画の策定
1.新長期計画の基本的考え方

(1)新長期計画の時代的,国際的環境

 原子力委員会は1956年以来,長期計画を8回策定したこととなるが,今回の長期計画は過去7回のものに比べ,原子力開発利用の背景となる内外の情勢がいわば質的に大きな変化を遂げつつあり,原子力開発利用が進むべき方向をその理念とともに示すことが特に重要となっている状況の中で策定されたものということができる。
 このような内外情熱の変化とはおおむね次のような点である。

(冷戦構造の崩壊)
 原子力の誕生以来,その歴史の半面を占めてきたのは軍事利用であり,またそれを背景に維持されてきた戦後の世界秩序が東西の冷戦構造であり,その東西の冷戦構造が崩壊し,政治,経済,社会など様々な分野で新たな動きが起こっており,これは原子力の分野に及んでいる。
 冷戦の終了により現実化した核兵器の大幅な削減は,究極的な核兵器の廃絶に向けて歓迎すべき動きである一方,これに伴う核兵器解体の結果取り出されるプルトニウム等の核物質の取扱いが大きな課題となっている。また,情報公開の進展により,旧ソ連,中・東欧諸国における原子力発電所の実態が一層明らかになり,その安全性に対する懸念が以前にも増して高まるとともに旧ソ連・ロシアによる放射性廃棄物の海洋投棄に対する不安も生じている。このような問題へは当事国が第一義的な責任をもって対処すべきであるが,長期的な解決のためには国際社会が協力して対処していくことが重要になってきている。
 また,冷戦時代の東西対立の中に隠れていた不安定地域における地域紛争が顕在化し,北朝鮮,イラクの核兵器開発疑惑等を背景に新たな核兵器の拡散への懸念が高まっている。の技術やアクチニドのリサイクルの研究開発等の平和利用を指向した原子力技術の開発を一層重要なものにしており,この点を踏まえた展開が必要になってきている。

(地球環境問題への意識と国際的取組の高まり)
 地球環境問題は,1970年代初めから,地球の持つ包容力の限界という意味で認識され始めた。1980年代末からは温室効果による地球温暖化やオゾン層破壊などの地球規模の環境問題に国際社会が協力して取り組み,具体的な方途を国際政治の場において論じ,行動を起こしていく方向がでてきている。1992年には「国連環境開発会議」が開かれ「アジェンダ21」が取りまとめられ,また二酸化炭素の排出抑制等するための措置等を含む計画を作成,実施すること等を先進締約国の主要な義務とする「気候変動に関する国際連合枠組条約」も作成されている。
 今後,原子力開発利用も地球環境問題への対応の観点を十分考慮することが必要になっている。

(我が国の原子力開発利用の進展と海外からの視点)
 我が国は原子力開発利用に着手した当初より核燃料サイクルの確立を政策の基本とし,累次にわたる長期計画にもそのことを示してきた。


*アクチニドのリサイクル:使用済燃料を再利用して,ウラン,プルトニウムに加え核燃料として利用できるアメリシウム,ネプツウム等のアクニチド元素を回収して,高速増殖炉の燃料として再利用すること。こうしたリサイクルの活用により環境負荷の低減等に資し,核不拡散への配慮を示すことになる。
*核燃料サイクル:ウラン濃縮,加工,照射,再処理等の核燃料がたどる過程に関する施設の一連のシステム

1990年代に入り,ウラン濃縮などの民間事業化が実現し,また,民間再処理工場の建設に着工するなど,我が国が当初より採ってきた原子力政策の基本である核燃料サイクルの確立に向けた施設の整備が実証的な規模から,商業規模へと段階が進んだ。また,現行の日米原子力協定下での初のプルトニウムの国際輸送の実施,高速増殖原型炉「もんじゅ」の臨界達成など原子力開発利用はおおむね着実に進展している。
 他方,国際的には,冷戦構造の崩壊に伴い新たな国際秩序の模索される状況の中で,プルトニウムの存在やその取扱いが核兵器の拡散につながるとの懸念から大きな関心を呼ぶとともに,これまで原子力開発利用において先進的な地位にあった多くの欧米諸国において種々の事情から原子力開発利用が停滞する傾向が見られ,前述のように比較的着実に核燃料リサイクル政策を展開してきた我が国の政策や行動が,「プルトニウム利用を自らは行わない」とする米国の立場との関係や前述の冷戦後の新たな核不拡散動向の中で,内外から大きく注目されている。
 また,我が国内において原子力発電が30年の実績を重ねるに至り,原子力の利用が現実のものとなり,国民生活に不可欠なものとなったが,今後の電力需要の増加等が予想される中での原子力施設の新規立地の促進や原子力利用の多様化等を目指した新しい展開の方向が求められている。
 *核燃料リサイクル:使用済燃料を再処理し,生成したプルトニウムや残存ウラン等を回収して再利用すること。


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