2.原子力委員会の決定等

(1)原子力委員会決定等一覧


(2)原子力委員会委員長談話

「高レベル放射性廃棄物対策の進め方について」

 平成4年8月28日
 原子力委員会委員長

1.原子力発電は我が国のエネルギー需給の一躍を担うまでに成長した。他方,原子力の研究開発利用に伴い不可避的に発生する放射性廃棄物は適切に処理処分すべきであり,このための適時的確な対策をとっていくことは原子力によるメリットを享受している我々の責務である。特に高レベル放射性廃棄物の処分は,核燃料サイクルを確立する上で重要な課題であり,その確立なくして将来の原子力研究開発利用の円滑な推進は望めないものである。

2.我が国の放射性廃棄物の処理処分対策の現状は,低レベル放射性廃棄物については,埋設事業の操業が間近に予定される等着実に進展が図られているものの,高レベル放射性廃棄物については,その対策の確立に向け,より一層努力を傾注すべき状況にある。当委員会は,本日,放射性廃棄物対策専門部会より,高レベル放射性廃棄物対策の推進方策について,その検討結果の報告を受けた。本報告書においては,処分対策全体の手順及びスケジュール,研究開発の進め方等,高レベル放射性廃棄物処分の進め方に関する具体的ビジョンが示されているものと考える。今後は,本報告の趣旨に沿い,国民各位の理解と協力の下,高レベル放射性廃棄物対策を着実に推進していくことが必要である。

3.原子力発電及び核燃料サイクル事業化の進展等の状況を考慮すれば,高レベル放射性廃棄物処分対策に関し,今や本格的な取組みを開始すべき時期に来ており,実施主体の組織形態等の検討をはじめ高レベル放射性廃棄物の対策を強力に推進していくため,その中核となる組織を早期に設置すべきであると考える。

4.関係各機関においては,高レベル放射性廃棄物の処分に関し,国民の理解と協力を得るため,旧に倍する努力を行い,必要な取組みを積極的に展開されんことを望むものである。


「日本原燃(株)六ケ所再処理・廃棄物事業所における
再処理事業の指定に係る答申に当たって」

 平成4年12月15日
 原子力委員会委員長

 標記の件に関しては,内閣総理大臣からの諮問に対し,本日,原子力委員会としての調査審議の結果を内閣総理大臣あて答申した。

 日本原燃(株)六ケ所再処理施設は,原子力開発利用長期計画における民間第一再処理工場に該当するものであり,我が国の核燃料リサイクル計画を推進するに当たって,中心的な役割を担うことが期待されている。同施設において,使用済燃料から分離されるプルトニウムについては,ウラン,プルトニウム混合酸化物の形状で製品として生産され,原子炉で燃料として使用される等平和の目的に限り利用されることになっている。また,年間最大再処理能力である800トンの規模については,国内の原子力発電所の規模等から判断して,妥当なものと認められる。
 核燃料リサイクルの推進に当たって,その安全確保に万全を期すべきことは論をまたないところである。同時に,プルトニウムについては,核不拡散上,機微な物質であることにかんがみ,その核物質管理に厳重を期すこと及び厳格な保障措置を適用することが必要不可欠である。さらに,我が国の核燃料リサイクルについて,広く内外の理解を得るためには,その計画の透明性を確保しつつ,同計画に必要な量以上のプルトニウムを持たないようにすることが重要である。このためには,プルトニウムを原子炉の燃料として利用していくための環境整備等,今後の核燃料リサイクル計画を着実に進めていく必要がある。また,プルトニウムをめぐる国際動向にも注意を払い,それに適切に対応していくことが重要である。
 これらの観点から,関係省庁及び関係民間事業者等においては,核燃料リサイクル計画を円滑に実施していくために,一層の努力を払うことが望まれる。また,本委員会としても,今後とも,核燃料リサイクル計画の進展を踏まえつつ,所要の調査審議をして参りたいと考えている。


「核兵器の廃棄等に係る協力に当たって」

平成5年5月14日
原子力委員会委員長

 本日,政府は,旧ソ連における核兵器の廃棄等を中心とする軍縮努力の支援策を決定した。
 冷戦の終了,ソ連の崩壊等に伴い第二次大戦後の体制が激変する中で,旧ソ連等における核兵器の廃棄等を進め,核軍縮を中心とする軍縮の大幅な進展を図ることが,今後の国際社会の平和と安定にとって重要かつ喫緊の課題となっている。
 我が国は歴史上唯一の被爆国であり,究極的な核廃絶への国民の願いは極めて強い。我が国の原子力平和利用を推進していくに当たり,核兵器の拡散防止に積極的に貢献していくことは我が国の基本政策である。旧ソ連における核軍縮を進展させることは,第一義的には当事国が責任を持って対処すべきものであるが,現下の国際情勢と我が国に求められる役割に鑑みれば,我が国が,これまでに培ってきた原子力平和利用の技術と経験を活かし,旧ソ連の核兵器の廃棄等平和に向けた国際的努力に積極的に協力することは,核軍縮と核兵器の拡散防止に貢献する上で重要な意義を持つものとして評価されるべきである。
 もとより,我が国は,原子力基本法に基づき平和の目的に限り原子力の研究開発利用を推進するとの基本原則を堅持し,また,原子力に係る国際協力においても平和の目的に限って実施してきたところである。原子力委員会としては,核兵器の廃棄等に係る支援策の実施に当たっても,原子力に係る我が国の国際協力が,今後とも,基本原則に則って適切に遂行されるべきと認識しており,その立場から本委員会の責務を果たしていく所存であるが,関係省庁等においても,我が国の原子力政策が益益国際的に展開する中で,その平和に向けた協力が,国内外の理解を得つつ推進されるよう一層配慮されることを期待する。


「核兵器の不拡散に関する条約の延長について」

平成5年8月23日
原子力委員会委員長

 本日,細川内閣総理大臣の第127回国会における所信表明演説において,核兵器の不拡散に関する条約に関して,無期限延長を支持していくことが表明された。
 本条約が,原子力平和利用と核不拡散を両立させる枢要な国際的枠組みであり,原子力平和利用の円滑な推進のためには核不拡散体制の維持・強化が不可欠であることを考えれば,本委員会としても本条約の無期限延長を支持することが妥当と考える。
 同時に本委員会としては,1995年に開催される本条約の延長を検討する会議に向けて,以下の点を主張していくことにより,本条約の普遍性をより高めることが重要であると考える。

 第一に,本条約がこれまで締約国の原子力平和利用を円滑に推進する上で果たしてきた重要な役割に鑑み,今後とも,本条約が締約国に対し原子力平和利用による利益の享受を最大限保障するものであることが再確認されるべきである。

 第二に,人類の核兵器廃絶への願いを考えれば,本条約の無期限延長が核兵器国による核兵器の保有を無期限とするものではなく,全ての核兵器国が自らに課された核軍縮努力の責務をより一層重いものとして受けとめ,具体的かつ早期に核兵器削減を実行することを強く望むものである。

 また,本条約の延長をより有意義なものとするため,本条約の下での核不拡散体制の強化を図ることが必要であり,関係国と協調して,我が国として積極的に貢献していくべきである。


(3)平成5年度原子力開発利用基本計画

(1993年3月30日議決報告)
 原 子 力 委 員 会
(1993年3月26日議決報告)
 原 子 力 安 全 委 員 会
(1993年3月30日決定)
 内 閣 総 理 大 臣

はしがき
 原子力開発利用基本計画は,昭和31年3月23日付けの原子力委員会決定等に基づき,原子力開発利用を計画的かつ効率的に推進させることを目的として毎年度策定される計画であり,原子力開発利用長期計画において示された基本方針を具体化するための現実に即した実施計画としての性格を有する。
 本基本計画策定の手続きとしては,原子力委員会及び原子力安全委員会がそれぞれ所掌に応じて策定する計画に基づき,内閣総理大臣が基本計画案をとりまとめ,これを両委員会に付議し,それぞれの議決を経た後,決定するものである。

I.総論
 我が国の原子力開発利用は,平和利用の堅持と安全の確保を大前提に,着実に進展している。原子力発電は,我が国の総発電電力量の約3割を賄うに至っており,今や原子力は国民生活及び産業活動に必要不可欠なエネルギー源となっている。
 我が国のエネルギー需要は,近時比較的高い伸び率で推移してきており,今後においても,民生用需要の堅調な伸びを背景に着実な伸びが予想されている。これに対し,エネルギー供給構造の脆弱性等の問題を抱えている我が国としては,引き続きエネルギー需要の増大を抑制し,石油依存度の低減及び石油代替エネルギーの開発・導入を進めていくことが必要である。石油代替エネルギーの中でも特に原子力は,優れた供給安定性,経済性を有するため,基軸エネルギーとして位置づけ,その開発利用を着実に推進していくことが必要である。
 また,地球規模の環境問題の解決は人類共通の重要な課題であり,二酸化炭素や窒素酸化物等を排出しない原子力は,地球温暖化や酸性雨の対策に貢献するなど,地球環境保全においても重要な役割を果たすものである。゛さらに,原子力エネルギーの利用は,病気の診断,治療等を始め,非発電分野への利用も進み,更に大きな発展可能性を有している。このため,放射線利用等の高度化や新たな利用法の開拓を積極的に進め,非発電分野の利用における新しい技術や知識の創出を強化していくことも重要である。
 ところで,先般の仏国からのプルトニウムの返還輸送を契機に,我が国のプルトニウム利用に対して内外から強い関心が寄せられた。使用済燃料の再処理によって回収されるプルトニウムは,技術によって生み出された貴重なエネルギー資源であり,これを長期的な観点から核燃料として平和利用していくことは,エネルギー資源に恵まれない我が国にとって重要な課題である。
 今後ともその安全確保に万全を期すことは勿論のこと,核燃料リサイクル計画の透明性を十分確保すること等により,広く内外の理解を得られるよう最大限の努力をしつつ,プルトニウム利用の着実な推進が必要である。
 一方,近年,米国及び旧ソ連による核兵器の削減計画について画期的な進展がみられつつあるが,同時に,旧ソ連の核兵器解体後の核物質管理問題,あるいは,イラクの国際原子力機関(IAEA)への未申告核物質の保有問題,北朝鮮の核兵器開発疑惑問題等世界で抱えている問題は多く,世界の核不拡散体制の強化が一層重要性を増してきている。我が国は,従来より,厳に平和目的に限ることを国是として原子力の開発利用を進めるとともに,核不拡散条約上の義務を完全に履行してきたところであるが,原子力平和利用の厳格な推進者として,IAEA保障措置の整備・強化等に積極的役割を果たし,世界の核不拡散体制の一層の強化に貢献することにより,その責務を果たしていくことが必要である。
 また,昭和61年のチェルノブイル原子力発電所事故や,昨年3月のレニングラード原子力発電所事故に関し,事故の影響が国際的に懸念されたように,原子力発電所の安全性の確保は,一国のみの問題ではなく,国際的に取り組む課題である。特に,旧ソ連・東欧における原子力発電所の安全性向上については,昨年のミュンヘンサミットにおいても,焦眉の課題として,国際的な支援の必要性が取り上げられたところであり,我が国としでも,これらの地域の原子力の安全性向上のために積極的に貢献していくことが必要である。
 こうした原子力を巡る内外の情勢を踏まえ,原子力委員会は昨年9月より原子力開発長期計画の見直しのための調査審議を行っているところである。
 我が国としては,今後とも,厳正な安全規制等のもとに,安全確保の実績を着実に積み重ねていくとともに,原子力の開発利用に対する国民の理解と協力の増進を図りつつ,原子力発電の推進,核燃料サイクルの確立,プルトニウム利用の技術体制の確立,核融合を始めとする先導的プロジェクトの推進等を行うとともに,積極的な国際貢献を果たし,原子力の開発利用の着実な発展を図っていくことが重要である。
 以上を踏まえ,平成5年度は,原子力開発利用長期計画に沿って,以下に示す各分野の具体的施策を講じ,原子力開発利用の総合的かつ計画的な推進を図るものとする。

1,安全確保対策の総合的強化
 原子力の開発利用を進めるに当たっては,これまでも厳重な規制を実施し,安全の確保に万全を期してきたところであるが,原子力開発利用の進展に対応した安全確保対策をさらに充実し,安全性の一層の向上を図っていく。
 このため,原子力発電所の高経年化対策の強化など原子力安全規制行政の一層の充実を図るとともに,安全研究を推進する。また,防災対策及び環境放射能調査の強化を図るとともに,安全確保に係る国際協力を積極的に行う。

2,原子力発電の推進
 軽水炉については,信頼性及び稼動率の向上,作業員の被ばく低減化等の観点から,技術の高度化を図るとともに,安全性・信頼性を実証するための実証試験等を実施する。
 また,日本原子力研究所の動力試験炉(JPDR)をモデルとして解体実地試験を行うなど原子炉の解体に係る技術開発等を行う。

3,核燃料サイクルの確立
 ウラン資源を有効に活用し,原子力発電の供給安定性を高めるためには,核燃料サイクルを確立することが不可欠である。このため,ウラン資源確保策の推進,ウラン濃縮国産化の推進,再処理技術の実証と確立,放射線廃棄物対策の推進,核燃料物質等輸送対策の推進等を行う。
 また,青森県六ケ所村において進められている核燃料サイクル施設計画については,国としても,安全の確保に万全を期すとともに,その推進に必要な措置を講じ,円滑な事業化を促進する。

4.新型動力炉の開発及びプルトニウムの利用

(1)高速増殖炉
ウラン資源の利用効率が圧倒的に優れている高速増殖炉についでは,将来の原子力発電の主流となすべきものとして開発を進めることとし,原型炉「もんじゅ」の臨界を達成するとともに,性能試験等を進める。また,実証炉の開発については,電気事業者及び動力炉・核燃料開発事業団等が相互に連絡・調整をとりながらメーカーの協力を得て進める。一方,実験炉「常陽」についでは,高度化改造に着手する。
(2)新型転換炉
新型転換炉については,原型炉「ふげん」の連続運転を実施して,実証炉設計等へ反映するための運転試験及びデータの蓄積と評価を進めるほか,実証炉計画の推進を図る。
(3)プルトニウム燃料加工技術の開発等
プルトニウム利用に係る広範な技術体系の確立等を図るため,高速増殖炉の利用に先立ち,軽水炉及び新型転換炉におけるプルトニウム利用を進める。
また,ウラン・プルトニウム混合酸化物燃料の加工技術の開発を推進することが重要であり,動力炉・核燃料開発事業団において,プルトニウム燃料製造施設の操業等を行う。さらに,プルトニウム利用についての国内外の理解を得るための施策を推進する。

5.先導的プロジェクトの推進

(1)核融合の研究
核融合については,これが実用化された場合,人類が恒久的なエネルギー源を確保することを可能にするものであり,日本原子力研究所においてトカマク方式による大規模な研究開発,国立試験研究機関において基礎的研究等を推進する。
特に,日本,米国,EC,ロシア連邦により進められている国際熱核融合実験炉(ITER)計画については,工学設計活動に関する協定に基づき,日本,米国,ECに設置された共同中央チーム等においで設計作業を積極的に実施するとともに,工学設計活動に必要な工学及び物理研究開発を着実に進める。また,臨界プラズマ試験装置(JT-60)による重水素を用いた高性能化実験等を実施する。
(2)放射線利用の推進
放射線利用については,医療,工業,農業等の分野への幅広い応用を通じ,国民生活の向上に大きく貢献するものであり,その一層の普及・拡大及び利用技術の高度化を図ることが必要である。
平成5年度の臨床試行の開始を目指し,難治性がんの治療を可能とする重粒子線がん治療装置の建設を進めるとともに,治療体制の整備を進める。また,原子力研究を始め広範な分野の基礎研究に飛躍的成果をもたらす大型放射光施設(Spring-8)の建設を進める。
(3)原子力船の研究開発
原子力船「むつ」の解役を進めるとともに,実験航海により得られた種々の知見,実験データ等の解析・整備を進め,これをシミュレーション試験等に活用し,引き続き将来の舶用炉の開発のための研究を進める。
(4)高温工学試験研究
高温ガス炉の技術基盤の確立・高度化及び高温工学に関する先端的基礎研究を行うため,高温工学試験研究炉の建設を進める。

6.基盤技術開発等の推進
 原子力技術の高度化を図るとともに,技術革新を生み出しうる基盤技術開発として,材料技術,人工知能技術,レーザー技術及び放射線リスク評価・低減化技術に関する研究を進める。また,燃料・材料の照射試験研究等の基礎研究の推進を図る。
 また,原子力関係科学技術者の養成訓練を行うとともに,原子力発電所等の運転員の資質向上を図る。

7,主体的・能動的な国際貢献
 原子力分野における我が国の国際貢献への要請に応えるべく,二国間協力,近隣地域協力,国際機関対応等を積極的に行い,主体的・能動的な国際貢献を果たしていくこととする。さらに,近隣諸国及び旧ソ連・東欧諸国の原子力関係者に対する原子力安全確保についての研修等を拡充するとともに,旧ソ連・東欧諸国の原子力発電所の運転上の安全対策,事故等の防止のための応急的な技術改良等を通じて,当該諸国の原子力の安全性向上に資する。
 また,国際科学技術センターに対して,研究プロジェクトを提案するとともに,関連資金を提供する。
 さらに,我が国は原子力平和利用の厳格な推進者として,保障措置,核物質防護等の充実・強化を図るとともに,世界の核不拡散体制の維持強化に貢献する。

8.国民の理解と協力
 原子力の開発利用を円滑に進めていくためには,立地地域住民を始めとする国民全般の原子力に関する理解と協力を得ることが極めて重要である。このため,安全性,必要性等について,正確な知識及び情報を国民に伝えるための施策を推進するとともに,電源三法等を活用し,立地初期地点に係る施策や既設地域の自立的・長期的な振興施策を充実・強化すること等により,立地の一層の促進を図る。

II.各論

1,安全確保対策の総合的強化
 原子力の研究開発利用を進めるに当たっては,これまでも厳重な規制と管理を実施し,安全の確保に万全を期してきたところであるが,原子力発電所の高経年化が進みつつあることを踏まえ,総合的な予防保全対策を強化する等原子力の安全確保対策を更に充実し,安全性の一層の向上を図つでいく必要がある。さらに,原子力の安全確保対策としては,原子力発電の推進,高速増殖炉原型炉の運転,新型転換炉実証炉の建設計画,再処理工場等核燃料サイクル施設の建設・運転,放射性廃棄物処理処分対策の推進,放射線物質の輸送の増大及び多様化等今後における原子力研究開発利用の進展に対応していく必要がある。
(1)原子力安全規制行政の充実
 原子力の安全確保のための規制については,行政庁において法令に基づき,従来から厳正な安全規制を行っているが,今後とも,安全審査,運転管理監督体制等のより一層の充実・強化などにより安全確保を図る。
 原子力安全委員会においては,行政庁の行った設置許可等に係る安全審査についてダブルチェックを行うほか,設置許可等の後の各段階においても必要に応じ審議し,それぞれの行政庁の行う安全規制の統一的評価を行い,原子力の安全確保に万全を期する。
 原子力安全委員会の調査・審議に当たっては,原子炉安全専門審査会及び核燃料安全専門審査会の調査・審議等においで,独自の安全解析を行うなど審査機能等の充実・強化を図り,客観性・合理性の確保に努める。また,行政庁の行った原子力発電所等主要原子力施設設置許可等に係る審査についてダブルチェックを行う際には,当該施設の安全性に関し,公開ヒアリング等を実施する。
 また,安全規制に必要な各種安全審査指針・基準等の整備を行うほか,原子力発電所の高経年化対策を中心としだ総合的な予防保全対策を強化する。なお,原子力安全委員会において,安全確保対策の充実やその研究に資するという観点から,設計基事象の範囲を越えた事象であるシビアアクシデントについての基本的考え方がとりまとめられ,具体的対応について,引き続き検討を進める。
 放射性物質の輸送の増大,多様化に対処し,輸送の安全確保を図るため,放射性物質の輸送の安全評価等のための調査検討を進めるとともに,プルトニウムの安全輸送対策等についての検討を行う。
 さらに,国際原子力機関(IAEA)における原子炉の安全基準改訂に関する検討,放射性廃棄物安全基準策定に関する検討,放射線防護の諸指針作成に関する検討及び放射性物質の安全輸送に関する検討並びに経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)における原子力施設安全規制国際協力事業への参加並びに米国,フランス,旧ソ連等との間での安全規制の情報交換の一層充実に努め,原子力安全に関する国際協力を一層推進し,我が国の安全審査指針・基準等の整備等安全規制の充実に資するとともに,諸外国からの専門家の招へい,IAEAにおける原子力安全に関する国際条約策定の,,検討への参加等世界の原子力安全確保の向上に貢献するよう努める。
 また,放射性同位元素等の利用の拡大に対処して,より一層の安全確保に努める。
 国際放射線防護委員会(ICRP)の1990年勧告については,放射線審議会で調査審議等を行う。
(2)安全研究の推進
 安全規制の裏付けとなる科学技術的知見を蓄積し,各種安全審査指針・基準等の整備・充実及び原子力施設等の安全性の向上を図り,軽水炉,新型炉,再処理施設等に関する原子力施設等安全研究,環境中における放射能の挙動及びその影響に関する研究等の環境放射能安全研究及び放射性廃棄物安全研究を推進する。
① 原子力施設等安全研究
 軽水炉に関する工学的安全研究については,日本原子力研究所を中心に,国立試験研究機関の協力の下に,総合的かつ計画的に実施する。特に,日本原子力研究所においては,大型非定常ループ(LSTF)等による加圧水型軽水炉のシビアアクシデントの拡大防止に関する実験(ROSA-V計画),原子炉安全性研究炉(NSRR)による反応度事故に関する試験研究,材料試験炉(JMTR)及び実用燃料照射後試験施設(大型ホットラボ)による燃料の安全研究,事故時格納容器挙動試験等のシビアアクシデント時の安全研究等を実施する。さらに,圧力容器寿命に与える加圧熱衝撃(PTS)の影響評価研究を実施する。
 また,新型転換炉については,動力炉・核燃料開発事業団において,ウラン・プルトニウム混合酸化物燃料(MOX燃料)の健全性評価に関する研究,シビアアクシデントに関する研究等を行う。
 高速増殖炉については,動力炉・核燃料開発事業団等において安全設計及び評価方針の策定に関する研究,事故防止及び緩和に関する研究,シビアアクシデントに関する研究等を行う。
 核燃料施設に関する工学的安全研究については,日本原子力研究所,動力炉・核燃料開発事業団等において,核燃料施設に共通な分野として臨界安全性に関する研究,遮へい安全性に関する研究,事故評価手法に関する研究,放射線管理技術の研究等を,再処理施設の安全研究では耐食安全性に関する研究,再処理プロセスの安全性に関する研究等を実施する。特に,日本原子力研究所においては,各種安全解析コードの開発等を行うとともに,臨界安全性,TRU核種を含む放射性廃棄物に関する安全研究等を行う燃料サイクル安全工学研究施設(NUCEF)の建設を進める。また,動力炉・核燃料開発事業団においては,未臨界確保に関する安全研究等を進める。
 このほか,放射性物質輸送の安全性に関する研究,原子力施設の耐震安全性に関する研究等を船舶技術研究所,建築研究所等の国立試験研究機関等において実施する。
 また,確率論的安全評価に関する研究についでは,日本原子力研究所及び動力炉・核燃料開発事業団を中心として引き続き進める。
 さらに,国際協力による安全研究としては,軽水炉に関して日本原子力研究所が,燃料の性能,信頼性等に関する研究を行うハルデン計画,炉心損傷事故時の燃料挙動等に関する研究を行うCSARP(SFD)計画等に引き続き参加するほか,日本原子力研究所のNSRR,加圧水型軽水炉のシビアアクシデントの拡大防止に関する実験(ROSA-V計画)等に関し,米国,ドイツ,フランス等との間の研究協力を行う。また,高速増殖炉について,反応度挿入事故時の燃料挙動の試験等に関し,動力炉・核燃料開発事業団が引き続き国際協力による研究に参加する。
② 環境放射能安全研究
 環境放射能安全研究については,環境における放射能挙動等に関する研究,低レベル放射線の人体に及ぼす身体的・遺伝的影響の機構の解明及びそのリスクの評価に関する研究等を実施する。
 低レベル放射線の人体に及ぼす影響については,放射線医学総合研究所において,低線量域における線量効果関係の実証等,人体に対する放射線リスクの評価に係る研究を推進するとともに低線量放射線の刺激効果に関する研究を実施する。また,プルトニウム等の内部被ばくに関する研究を行う。さらに,国立公衆衛生院等の国立試験研究機関において,ガンマ線照射における生体防護効果に関する研究等を実施する。
 環境放射能の挙動等に関する研究については,放射線医学総合研究所その他の国立試験研究機関,日本原子力研究所,動力炉・核燃料開発事業団等において,環境放射線モニタリング及び公衆の被ばく線量評価に関する調査研究,一般環境及び人体内の放射能の挙動と水準並びに食品中の放射能水準の調査を引き続き行う。日本原子力研究所においては,緊急時においてより広範な放射能影響を予測するためのシステムの開発を進める。
③ 放射性廃棄物安全研究
 低レベル放射性個体廃棄物の陸地処分に関する安全研究については,日本原子力研究所等において,環境シミュレーション試験等を実施する。
 高レベル放射性廃棄物の地層処分に関する安全性については,日本原子力研究所,動力炉・核燃料開発事業団,地質調査所等において,安全に関する基本的考え方と安全評価の考え方に関する研究,地層処分システムの長期安定性に関する研究等を進めるほか,多重バリアシステムに係る試験研究として,人工バリア要素の安全評価に関する研究,人工バリアシステムにおける放射性核種の移行に関する研究,地下水の水理地質学的特性に関する研究,天然バリアにおける放射性核種の移行に関する研究,天然バリアの性能を評価するための類似の自然現象(ナチュラルアナログ)に関する調査研究等を実施する。特に,天然バリアに係る試験については,カナダ等との二国間又は国際機関における情報交換,人的交流等による国際協力を積極的に推進する。さらに,地層処分システムの総合安全評価手法に関する研究等を進める。
 なお,TRU核種を含む放射性廃棄物の処分に関する安全研究については,日本原子力研究所及び動力炉・核燃料開発事業団において,TRU核種を含む放射性廃棄物の安全性評価手法に関する研究等を実施する。
(3)防災対策の充実・強化
 原子力施設の万一の緊急時における防災対策を推進するため,緊急時連絡網,緊急時医療体制,防災活動資機材の整備,原子力防災に関する知識の普及等の充実を図る。また,原子力防災支援機能に関する検討,緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステムの整備,緊急技術助言組織による助言の迅速・的確化等のためのシステムの整備,航空機による緊急時モニタリングシステムの整備等の緊急時環境放射能監視体制の整備,防災支援機能の高度化等の充実・強化を図るほか,防災研修の充実・強化により防災業務関係者の資質の向上を図る。さらに,原子力安全委員会において,ソ連原子力発電所事故調査特別委員会報告書を踏まえ,防護対策等のより一層の充実について検討を進める。
(4)環境放射能調査の充実・強化
 原子力発電施設等の周辺における環境放射能の的確な監視体制の整備・充実を図るとともに,海洋モニタリングシステムの整備,食品等に関する放射能調査,原子力発電施設等周辺海域における海洋環境放射能総合評価調査等の充実を図る。また,放射性降下物等の影響を調査し,国民の健康と安全を確保するため環境放射能水準調査等の充実を図る。さらに,環境放射能分析技術の研修を強化し,データの信頼性の向上を図るとともに,環境放射線のデータ等を迅速に収集するためのシステムの整備を進める。
(5)放射線業務従事者の被ばく管理対策の充実
 放射線業務従事者の被ばく管理については,核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律,放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律,労働安全衛生法等に基づき,今後ともその徹底を図る。さらに,定期検査等における従事者の被ばくの低減化対策の充実を図る。
(6)核燃料サイクルの確立,新型炉の開発等に当たっての安全確保
 使用済燃料の再処理等核燃料サイクルの確立,原子炉の廃止措置に関する技術開発の推進,高速増殖炉,新型転換炉及び高温工学試験研究炉の開発,核融合の研究開発等の進展に即応して,必要な安全審査指針・基準等の検討及び安全性に関する研究開発を進める。

2.原子力発電の推進
 軽水炉についでは,信頼性及び稼働率の向上,作業員の被ばく低減化等の観点から,自主技術を基本として技術の高度化を図り,日本型軽水炉の確立するための調査を行うとともに,原子力発電検査技術の開発を行い,また,民間における原子力発電支援システムの開発の助成を行う。
 また,軽水炉の安全性・信頼性を実証するため,大型再冠水効果実証試験,配管信頼性実証試験,耐震信頼性実証試験,原子力発電施設安全性実証解析等を実施する。さらに,作業員の被ばく低減化のための技術開発を実施するとともに高機能炉に関する技術調査,高燃焼度等燃料確証試験をその実用化のため引き続き実施し,また,次世代の軽水炉に適用し得る高度安全システムの調査についても実施する。また,軽水炉の長寿命化及び稼働率向上のだめの技術開発,原子力発電所内における使用済燃料貯蔵対策の調査等を実施し,その実用化の促進を図るとともに,実用原子力発電所のヒューマンファクター関連技術開発,確率論的安全評価手法の改良・整備を実施する。さらに,高い転換比により,核燃料の利用効率を格段に向上し得る高転換炉の技術開発を実施する。
 実用発電用原子炉の廃止の時期に備えて,日本原子力研究所の動力試験炉(JPDR)をモデルとして解体実地試験を行うなど原子炉の解体技術開発を推進し,さらに,原子炉解体技術の高度化を進めるとともに,JPDRの解体における放射性廃棄物の除去に係る安全性実証試験を引き続き実施する。また,実用発電用原子炉の廃止措置に使用される設備について確証試験を行うとともに,原子炉施設の廃止措置に伴って生ずる放射性廃棄物の処理処分方策に係る調査を行う。さらに,原子炉施設の耐用年数に関する調査研究を行うとともに,原子力発電所の新立地技術として高耐震構造立地技術の確証試験及び原子力施設の支持基盤安定性評価技術に関する調査を実施する。

3,核燃料サイクルの確立
 我が国の自主的核燃料サイクルを早期に確立するため,海外ウラン探鉱活動の推進,ウラン濃縮国産化対策の推進,国内再処理事業の確立のための施策の推進,放射性廃棄物の処理処分対策の推進,核燃料物質等輸送対策の推進等を行う。また,民間核燃料サイクル施設の計画と有機的に連携しつつ,長期的な視点に立って,当該地域における原子力試験研究機関等の展開を図るための所要の措置を講じる。

(1)ウラン資源確保策の推進
動力炉・核燃料開発事業団によるオーストラリア,カナダ,ニジェール等における単独又は諸外国の機関と共同で行う海外ウラン調査探鉱活動を実施する。また,金属鉱業事業団の出融資制度等により,民間企業による海外ウラン探鉱開発活動を助成する。
(2)ウラン濃縮国産化対策の推進
遠心分離法によるウラン濃縮の国産化を図るため,動力炉・核燃料開発事業団においてウラン濃縮原型プラントの運転試験を継続するとともに,新素材高性能遠心分離機の実用規模カスケード試験装置による試験を進める。さらに,高度化遠心機の開発に着手するとともに,遠心分離機に係る先導的な研究開発を行う。また,運転を終了した遠心機の解体・処理技術開発を進める。
 また,民間によるウラン濃縮商業プラントの円滑な操業を推進するほか,ウラン濃縮の事業化に関する調査,テールウランの再転換貯蔵システム技術の確立等を行うとともに,民間によるウラン濃縮遠心分離機開発を効率的に行うための試験装置の開発に対して助成を行う。
 ウラン濃縮新技術については,原子力委員会のチェック・アンド・レビューを踏まえ,所要の研究開発を進める。まず,原子レーザー法に関しては,日本原子力研究所において基礎的な研究を行うとともに,レーザー濃縮技術研究組合が実施するシステムの最適化を目指した要素技術等の開発に対する助成を行う。また,金属鉱業事業団において,原子レーザー法ウラン濃縮用の金属ウラン生産システムの調査・開発を行う。分子レーザー法については,理化学研究所において従来までの成果を踏まえ,レーザー及び反応に関するブレークスルー研究を行う。動力炉・核燃料開発事業団においでも,理化学研究所の協力を得つつ,工学実証試験を実施する。
 このほか,引き続きウラン濃縮施設に関する安全性実証試験を行う。
(3)使用済燃料の再処理及び回収ウランの利用の推進
 再処理技術の実証と確立を図るため,動力炉・核燃料開発事業団の東海再処理施設及びプルトニウム転換施設の操業を行うとともに,所要の施設整備を行う。また,同事業団等において再処理技術の高度化等の研究開発を進める。
 一方,民間による再処理工場の建設計画を推進することとし,動力炉・核燃料開発事業団の東海再処理施設の建設及び運転によって得られた技術等を活用し,所要の協力を行う。また,大型再処理施設の環境安全の確保,保障措置の適用のための技術開発等を引き続き行うほか,民間再処理施設における海外技術の国内定着化等を図るため,民間事業者の行う技術確証等に対し助成を行うとともに,高燃焼度燃料の再処理に関する試験研究及び再処理プロセス解析コードの開発並びに使用済燃料管理に関する技術開発及び原子力発電所内における貯蔵技術の確証を行う。
 さらに,再処理施設の安全解析コードの整備,再処理施設の安全性実証試験等を引き続き実施するとともに,再処理技術の高度化に関する技術開発等を行う。また,大型再処理施設等からの周辺環境への影響を適切に評価するための継続的・体系的な放射能影響調査を行うための経費の交付を行う。
 また,高速増殖炉の使用済燃料を再処理する技術を確立するため,動力炉・核燃料開発事業団において実際の炉で照射した燃料を用いた工学規模の試験を行うためのリサイクル機器試験施設(RETF)の建設工事を開始するとともに,所要の研究開発を進める。回収ウランの利用に関しては,その利用方策について検討するとともに,技術の確立を図るため,動力炉・核燃料開発事業団においてMOX燃料の母材としての利用,UF6転換及び再濃縮に関する調査研究を進める。
(4)放射性廃棄物の処理処分対策の推進
 低レベル放射性廃棄物については,原子力発電の進展に伴い,今後発生量の増大が予想されているところであり,その適正な処理処分のための技術開発を推進するとともに,発生から処理処分に至る効率的な全体システムの確立に資する調査等を進める。
 低レベル放射性廃棄物の陸地処分については,引き続き日本原子力研究所において,環境シミュレーション試験等の安全評価に関する試験研究等を推進する。また,民間による低レベル放射性廃棄物の埋設計画を推進するとともに,安全性実証試験を継続する。さらに,放射性廃棄物処分の安全解析コードの整備,埋設処分を行うことが具体化している放射能濃度の上限値を上回る低レベル放射性廃棄物の処分技術の開発等を推進する。
 海洋処分については,関係国の懸念を無視して行わないとの考え方の下に,その実施については慎重に対処する。
 原子力施設の解体等から発生する放射能濃度の極めて低い廃棄物について,合理的処分に係る安全性実証試験,原子炉施設の安全貯蔵にががる安全性実証試験,再利用技術開発等を進めるとともに,解体炉内構造物等の処理処分技術の開発等を進める。また,核燃料施設の解体に伴って生じる放射性廃棄物の処理処分方策に係る調査を進める。
 高レベル放射性廃棄物の処理処分の研究開発については,動力炉・核燃料開発事業団を中心に進める。動力炉・核燃料開発事業団においでは,ガラス固化処理の関連技術開発を進めるとともにガラス固化技術開発施設の試験運転を実施する。また,地層処分技術を確立するための深地層試験等の研究開発と高レベル放射性廃棄物等の貯蔵を行う貯蔵工学センターについでは,深地層試験場,ガラス固化体貯蔵プラント等の懸念設計等を進めるほか,同センター計画についての地元の理解を深めるための広報活動を行う。さらに,地層処分に関しては,地層処分技術の確立を目指した研究開発を国の重要プロジェクトとして引き続き推進し,地層に関する調査研究,人工バリア,天然バリア,地層処分システム,サイト特性調査技術等に関する研究開発,地質環境等の適性を評価するための全国的な調査等を行う。また,ガラス固化体の放射線源としての利用に係る技術開発を行う。
 日本原子力研究所においては,高レベル放射性廃棄物の処理処分に関する安全性評価試験等を引き続き実施する。また,国立試験研究機関等においても,処理処分に関する基礎的調査研究を実施する。さらに,国際協力の分野においては,日豪協力によるシンロック固化処理の研究,日加協力による地層処分の研究等を進めるほか,OECD/NEAにおける豪州のウラン鉱床を用いた天然バリアの隔離機能等の評価研究に引き続き参加していく。
 また,動力炉・核燃料開発事業団及び日本原子力研究所においで,高レベル放射性廃棄物の処分の効率化及び有用核種の資源化の観点から高レベル放射性廃棄物の核種分離,長寿命核種の消滅処理等の研究開発等を長期的な課題として積極的に推進するとともに,OECD/NEAにおける核種分離・消滅処理技術の情報交換計画(オメガ計画)に積極的に参加する。
 また,日本原子力研究所等においてアルファ核種を含む廃棄物の処理処分に関する調査を引き続き行う。TRU核種を含む放射性廃棄物の処理処分については,動力炉・核燃料開発事業団のプルトニウム廃棄物処理開発施設の運転を進めるとともに,動力炉・核燃料開発事業団及び日本原子力研究所における発生量の低減化,減容,固化技術等の処分技術及び天然バリア中における核種移行に関する研究等の処分技術の開発を行う。さらに,TRU核種を含む放射性廃棄物の固化等の処理についての安全性実証試験を行う。
 使用済燃料の海外再処理委託に伴う返還廃棄物に関しては,我が国への受入れが円滑に行えるよう,受入れ検査機器の開発を行う。また,放射性廃棄物輸送容器等の安全性実証試験を行う。
 さらに,動力炉・核燃料開発事業団の幌延町における貯蔵工学センター計画については,重要電源等立地推進対策補助金等を用いた広報活動等の積極的な展開を図る。
 以上のほか,核燃料サイクル分野における民間への技術協力体制の充実を図るとともに,技術移転の円滑化方策,核燃料サイクル支援基盤技術等の調査及び核燃料施設の解体技術に関する調査を行うとともに,再処理施設の解体技術開発を行う。また,動力炉・核燃料開発事業団において,核燃料施設の解体技術の開発や,金属燃料等の新型燃料による核燃料サイクルに関する技術についての調査・研究を行う。さらに,核燃料物質等の輸送についての国内外の理解を得るための施策を推進する。

4,新型動力炉の開発及びプルトニウムの利用
 核燃料の有効利用を目指す新型動力炉である高速増殖炉及び新型転換炉の開発を推進する。
(1)高速増殖炉
 高速増殖炉の開発については,動力炉・核燃料開発事業団において,実験炉「常陽」において熱出力10万kWの照射用炉心での定格運転を行い,燃料,材料の照射試験等を実施するとともに,「常用」の高度化改造に着手する。
 また,同原型炉「もんじゅ」については,臨界を達成するとともに,性能試験等を進める。さらに,機器システム,燃料,材料,安全性等の研究開発を進める。
 同実証炉の開発については,電気事業者及び動力炉・核燃料開発事業団等が相互に連絡・調整をとりながらメーカーの協力を得て進めるが,動力炉・核燃料開発事業団では,原子炉上部からの冷却材流出入方式の特性を明らかにするための,原子炉冷却系総合試験の予備検討に着手する。
 また,大型構造設計に関する技術確証試験を行う。
(2)新型転換炉
 新型転換炉原型炉「ふげん」については,連続運転を実施しで,実証炉設計等へ反映するための運転経験及びデータの蓄積と評価を進めるほか,プラント運転技術等の開発を進める。
 同実証炉については,平成13年度運転開始を目途に建設・運転の実施主体である電源開発株式会社において用地取得等を進める。また,動力炉・核燃料開発事業団においては,プルトニウム燃料の改良・加工に関連する研究開発を進める。
 また,同実証炉の安全解析コードの整備を進めるとともに,建設及び運転に必要な技術確証試験等を行う。
(3)プルトニウム燃料加工技術の開発等
 動力炉・核燃料開発事業団において,高速増殖炉「常陽」,「もんじゅ」及び新型転換炉「ふげん」等に使用するプルトニウム燃料の開発のため,引き続きプルトニウム燃料製造施設の操業等を行う。また,新型動力炉原型炉の各種機器・機材等の寿命信頼性等に関する実証試験及び安全性に関する実証解析等を進める。
 軽水炉用プルトニウム燃料の加工について,燃料棒の溶接,組立及び検査技術の確証を行う。さらに,プルトニウム燃料加工事業体制確立のための調査及び核燃料のリサイクル利用システム最適化方策についての調査を行う。
 また,軽水炉及び新型転換炉におけるプルトニウム,回収ウラン及びテールウランの利用方策に関する調査並びにプルトニウム及びウランの効率的かつ計画的な利用を促進するため,核燃料サイクル評価システムの確立を図る。
 さらに,プルトニウム利用についての国内外の理解を得るための施策を推進する。

5,先導的プロジェクトの推進
(1)核融合の研究
 核融合については,大学における各種研究の進展を考慮し,国際協力の推進にも留意しつつ,日本原子力研究所におけるトカマク方式による大規模な研究開発,国立試験研究機関による研究等を計画的に推進する。
 日本,米国,EC,ロシア連邦の4極間の国際協力により進められている国際熱核融合実験炉(ITER)計画については,工学設計活動に関する協定に基づき,日本原子力研究所がこれに参加し,日本,米国,ECに設置された共同中央チーム等において設計作業を積極的に実施する。特に,我が国に設置された真空容器外機器の設計を担当する共同中央チームについては,必要な施設等の整備を行う。また,主体的な貢献を果たすべく工学設計活動に必要な工学及び物理研究開発を着実に進める。
 また,日本原子力研究所においては,大電流化等の改造を行った臨界プラズマ試験装置(JT-60)を用いて,プラズマ閉じ込め性能等の一層の向上を図る高性能化実験を進め,その一環として,実燃料使用時のプラズマの振舞を模擬した研究等を行うため,重水素を使用した実験を行う。
 さらに,非円形断面トーラスプラズマの研究を一層推進するため,高性能トカマク開発試験装置(JFT-2M)の増力を行うとともに,プラズマ加熱を始めとする核融合炉心工学技術及び超電導磁石技術,トリチウム取扱い技術を始めとする炉工学技術の研究開発を進める。
 電子技術総合研究所においては,高ベータ・プラズマの研究のため逆磁場ピンチ型核融合装置(TPE-IRM15及びTPE-2M)による実験を進めて,プラズマの高性能化を図る。また,金属材料技術研究所,名古屋工業技術試験所及び軽量研究所においては,核融合炉に関連する材料等の基礎的研究を行う。
 さらに,米国のダブレット-IIIを使った共同実験,核融合材料の共同照射研究,トリチウムの大量取扱い技術の取得を目指したトリチウムシステムの試験施設(TSTA)計画,新しいプラズマ加熱方法に関する研究等の日米間の共同研究及び日-EC核融合協力協定に基づくプラズマ対向材料及び機器に関する共同研究等の二国間協力を推進する。さらに,経済協力開発機構国際エネルギー機関(OECD/IEA)の下で,米国のTFTR,ECのJET及び我が国のJT-60との間における大型トカマク装置の多国間研究協力等を推進する。
(2)放射線利用の推進
 放射線利用については,医療分野における各種疾病の診断,重粒子線等によるがん治療等に関する研究,工業分野における放射線化学等の研究開発,農林水産分野における放射線育種等の研究開発等を推進する。このため,放射線医学総合研究所において,サイクロトロンを用いて速中性子線及び陽子線によるがん治療研究を引き続き進めるとともに,がん細胞の殺傷力が大きく,かつ正常組織の損傷が少ないことから,従来の放射線に比べがん治療成績の著しい向上が期待される重粒子線によるがん治療法に関する調査研究を行うほか,平成5年度の臨床試行の開始を目指し,重粒子線がん治療装置の建設及び治療体制の整備を行うとともに,重粒子治療センターを設置する。また,ポジトロン核種による診断に関する研究開発等,短寿命放射性同位元素による画像診断技術の開発を推進する。
 日本原子力研究所においては,放射線化学関係の研究並びに放射性同位元素の生産及び利用を推進するとともに,種々の粒子線の多重照射等により,耐放射性極限環境材料,機能材料の研究開発やライフサイエンス等の分野において画期的な新材料の開発,新技術の創出に寄与できる研究とし産・学・官の研究者から強い要望が寄せられている放射線高度利用研究を行うため,イオン照射設備及び建屋の整備等を推進する。さらに,環境保全のための放射線利用を進めるため,電子線を用いた石炭排煙処理及び都市ごみ燃焼排煙処理のパイロット試験を行う。
 理化学研究所においては,AVF型入射器及び線型加速器を前段加速器として,リングサイクロトロンを主加速器とした重イオン科学用加速器を用いて,原子核・原子・素粒子物理等の広い分野にわたった重イオン科学総合研究を推進する。また,重イオン科学総合研究の一環として,ミュオンに関する研究を英国ラザフォード研究所との共同により行う。
 また,日本原子力研究所と理化学研究所においては,関係する研究者の協力の下,原子力分野の研究の基盤を形成すると期待される大型放射光施設(Spring-8)の加速器機器の製作及び建屋等の建設を進めるとともに,必要な研究開発を進める。
 国立試験研究機関においても,電子技術総合研究所において放射線標準に関する研究,国立病院等において放射性同位元素を用いた疾病の診断及び治療に関する研究,農林水産省各試験場において放射線による品種改良,トレーサー利用による生理生態研究,国立衛生試験所等において食品照射に関する研究を行うほか,国立環境研究所等において放射性同位元素を用いた環境影響の機構解明及び対策手法に関する研究等を実施する。
 さらに,鹿児島奄美諸島及び沖縄県下の諸島における放射線照射によるウリミバエ防除事業に対して必要な助成を行う。
(3)原子力船の研究開発
 原子力船「むつ」の解役については,燃料取り出し,補機質撤去工事,原子炉保管建屋建設等所要の措置を講じる。また,原子力船「むつ」の実験航海によって得られた種々の知見,実験データ等の解析を進め,データベースを整備するとともに,これをシミュレーション試験等に活用し,引き続き将来の舶用炉の開発のための研究を進める。
(4)高温工学試験研究日本原子力研究所において,高温熱供給,高熱効率,高い固有の安全性等優れた特性を有する高温ガス炉の技術基盤の確立・高度化及び高温工学に関する先端的基礎研究を行うための中核的な研究施設である高温工学試験研究炉の建設を進める。平成5年度においては,前年度に引き続き原子炉建屋の建設,原子炉圧力容器,原子炉冷却設備の製作等を行うとともに,計測制御設備の設計・製作等を開始する。さらに,大洗ガスループ1号(OGL-1),高温ガス炉臨界実験装置(VHTRC)等既存の施設を活用し,高温ガス炉の要素技術の開発を行うほか,燃料・材料試験,高温計装技術開発,高温熱利用の研究等各種の分野において共同研究,情報交換等の国際協力を積極的に展開していく。

6,基盤技術開発等の推進
(1)基盤技術開発及び基礎研究の推進
21世紀の原子力技術体系を構築することを目的として,我が国独自の原子力技術の高度化,多様化に対応することを可能にし,現在の原子力技術体系に大きな波及効果を与え得る革新技術の創出が期待できる基盤技術開発を推進する。当面,原子力用材料,原子力用人工知能,原子力用レーザー及び放射線リスク評価・低減化の4つの技術領域についで,日本原子力研究所,動力炉・核燃料開発事業団,理化学研究所,国立試験研究機関等において蓄積されたポテンシャルを活用する。これら基盤技術の推進に当り,特に各機関が研究ポテンシャルを結集して行うべき技術開発課題を原子力基盤技術総合的研究として設定し,国際交流を含む産・学・官の連携の下に研究開発を進める。
 また,日本原子力研究所において,革新的技術の創出に資する基礎研究を一層効果的に推進するために新たに先端基礎研究センターを設置するほか,汎用研究炉(JRR-3),材料試験炉(JMTR)等による各種の研究,燃料・材料の照射試験等を引き続き実施する。さらに,タンデム型重イオン加速器の一層の性能向上を図るとともに,核データの取得のための研究等を行う。
 高転換軽水炉については,熱水力の研究を行う。また,高い固有の安全性を有する原子炉の概念設計等を行うとともに,原子炉の設計システムの高度化を図るための調査検討を行う。
 新超電導技術に関しては,日本原子力研究所において,耐放射線性の解析のための試験,中性子線回析による構造解析等を行うとともに,動力炉・核燃料開発事業団において,原子力分野における超電導技術の利用に関する調査を進める。
 このほか,国立試験研究機関においても,核融合,安全研究,放射線利用等の分野で基礎研究を実施する。
(2)科学技術者等の養成訓練
 原子力関係科学技術者の養成訓練については,大学に期待するほか,海外留学生として派遣し,その資質向上に努める。また,日本原子力研究所において従来のラジオアイソトープ・原子炉研修所を改組した原子力総合研修センター及び放射線医学総合研究所における養成訓練を引き続き実施する。
 また,引き続き,原子力発電所等の運転員の長期養成計画,資格制度等の運用により運転員の資質向上を図る。

7,主体的・能動的な国際貢献
 原子力分野における我が国の国際貢献への要請に応えるべく,原子力開発利用について核不拡散との両立を図るとともに,安全確保の重要性を認識しつつ,主体的・能動的な国際貢献を果たしていくこととする。
(1)二国間協力等
 先進国との協力についでは,原子炉の安全研究,新型動力炉・高温ガス炉,核融合,放射性廃棄物処理処分,廃炉等の研究開発等の各分野に関し,米国,ドイツ,フランス,イギリス,オーストラリア,カナダ,韓国等との二国間協力及び多国間協力を進める。また,我が国原子力施設の規制の充実に資するため,米国,フランス,ドイツ,旧ソ連等との規制情報交換を進める。
 開発途上国との協力については,原子力関係要人及び専門家の我が国への招へい,原子力技術アドバイザーの開発途上国への派遣,原子力関係管理者研修,原子力専門家の登録・派遣あっせん事業並びに開発途上国関連情報の収集・提供を引き続き行う。さらに,開発途上国の原子力研究者の我が国研究機関への招へい及び我が国の研究者の開発途上国への派遣を充実・強化する。
 また,チェルノブイル原子力発電所周辺地域の放射線影響等の調査を行う。さらに,IAEAの「原子力科学技術に関ずる研究,開発及び訓練のための地域協力協定」(RCA)に基づくRI・放射線利用分野等の協力を引き続き進めていく。
 さらに,近隣諸国及び旧ソ連・東欧諸国の原子力関係者に対する原子力安全確保についての研修等を拡充するとともに,旧ソ連・東欧諸国の原子力発電所の運転員,技術者等の資質向上等運転上の安全対策,事故等の防止のための応急的な技術改良等を通じて,当該諸国の原子力の安全性向上に資する。
 また,国際科学技術センターに対しで,研究プロジェクトを提案するとともに,関連資金を提供する。
(2)近隣地域協力
 近隣アジア地域の原子力分野における放射線利用,研究炉利用,安全確保対策等の共通課題の解決に当たっては,本地域の限られた研究開発資源を効果的・効率的に活用するとの観点から,地域として一体の協力を進めることが必要である。このため,引き続き近隣アジア地域の原子力行政の責任者を招へいして地域協力について検討する。また,安全規制担当官の間での情報交換等を行う。
(3)国際機関対応
 IAEAの保障措置業務の改元に協力していくとともに,IAEAを中心として行われている原子力国際協力の枠組みについで国際的検討の場に積極的に参加する。
 また,IAEAでの原子炉の安全基準改定事業,放射性廃棄物安全基準制定事業,OECD/NEAにおけるオメガ計画等に参加するなど,IAEA,OECD/NEA等の国際機関の活動に積極的に貢献するとともに,我が国の原子力活動に対する国際社会の理解の増進を図るため,これら国際機関会合の招致等を行う。
(4)国内環境整備
 我が国の国際対応を円滑に進めていくため,適切な国内環境の整備を進めていくこととし,増大する外国人研究者の受入れに対処するための宿舎の整備,外国人研究者の受入れ制度(リサーチフェロー制度等)による受け入れ,国際人材養成研修等を行うとともに,日本原子力研究所の国際研究交流実験棟の整備を行う。
(5)核不拡散対応の強化
 我が国の核不拡散対応を一層明確かつ主体的なものとして確立するため,種々の検討を積極的に進める。
 保障措置については,原子力の平和利用を確保し,核兵器の不拡散に関する条約を履行するため,国内保障措置体制の拡充・強化を図る必要がある。
 このため,核物質に関する情報処理,試料の分析,査察等の業務を充実・強化するとともに,その支援体制の一層の充実を図る。また,IAEA等との協力を強化し,大型再処理施設等に係る保障措置の有効性向上のための技術開発,保障措置の効率化システムの調査検討,プルトニウム利用に係る核拡散抵抗性の調査,設計情報等の管理システムの開発調査等を行う。
 このほか,最近の国際動向を踏まえ,核物質等の新たな国籍別管理システムの開発を行う。
 また,核不拡散の観点から,旧ソ連の核兵器の解体に伴い発生する核物質の平和利用に関する技術的検討を行う。
 核物質防護については,我が国の核物質防護体制の充実を図るとともに,国際的に核物質防護についての検討を行う。また,大型再処理施設に対する核物質防護システムの検討,動力炉・核燃料開発事業団における核物質防護に関する技術開発等関連調査研究等を行う。

8,国民の理解と協力
 原子力の研究開発利用を円滑に進めていくためには,原子力施設立地地域住民を始めとする国民全般の原子力に関する理解と協力を得ることが極めて重要である。このため,原子力施設の安全運転の実績を積み重ね,国民の信頼感を得るとともに,原子力の安全性,必要性等について,正確な知識及び情報を国民に伝えるための施策を関係機関との密接な連携の下に推進していく必要がある。さらに,原子力施設の立地による波及効果を立地地域の長期的発展へ結び付けていくとの観点から,地域振興方策を充実していくこととする。
(1)広報活動等の推移
 原子力の研究開発利用に関する国民の正しい認識を深め,原子力発電及び核燃料サイクルを始めとする原子力の研究開発利用を一層円滑に推進するため,一般国民各層を対象とした適時的確で懇切丁寧な広報活動を展開する。
 そのため,個別地点対策として,原子力発電所,核燃料サイクル施設等の立地予定地域を対象とした広報素材の作成,テレビ等マスメディアを活用した広報活動等の実施,原子力講座・フォーラム及び講習会の開催等の原子力施設の立地についての地元住民の理解と協力を得るための施策を進め,地方自治体の行う広報対策等への助成を行う。
 また,地方支分部局等の機能的な活動により,原子力発電所の立地に係る地元調製を推進するとともに,原子力発電所の立地地域及び核燃料サイクル施設の立地予定地域については,原子力連絡調製官等による地元と国との密接な連絡調整を進める。
 さらに,全国を対象として,新聞,テレビ,ラジオ等マスメディアを活用した広報事業,映画・ビデオ等各種広報素材の作成・提供のほか,説明会・講習会の開催等を行う。
 また,国民の理解と協力を得るための施策の推進に当たっては,国際的な連携を強化することが必要であることから,諸外国との密接な情報交換等を行うとともに,IAEA及びOECD/NEAと協力しつつ,パブリック・アセプタンス(国民的合意形成)に関する事業の強化を図る。
(2)立地地域の振興方策の充実等
 発電用施設周辺地域整備法等の電源三法制度を活用し,原子力発電施設等の周辺住民の福祉の向上等に必要な公共用施設の整備を引き続き推進するとともに,住民,企業等に対する給付金の交付制度の拡充,地域と発電所との共生の推進,企業立地促進策の拡充を図ることにより,既設地域を含めた立地地域の自立的・長期的な振興施策を充実・強化し,立地の一層の推進を図る。また,環境放射能の的確な監視体制を整備するとともに,従事者等の追跡健康調査,運転管理方策調査,温排水の影響調査,再処理施設放射能影響調査,防災対策,原子力発電施設等の安全性・信頼性実証試験等を推進するほか,放射線に対する理解の増進を図るための施策を展開し,原子力発電施設等の立地の円滑化を図る。

(4)原子炉等規制法に係る諮問・答申について


(5)専門部会等報告書

基盤技術推進専門部会報告書
[原子力基盤技術開発の新たな展開について」

 平成5年4月2日
 原子力委員会
 基盤技術推進専門部会

はじめに
 昭和62年6月に策定された原子力開発利用長期計画においては,創造的科学技術の育成が基本目標の一つとしで掲げられ,その中で基礎研究の充実,先導的プロジェクト等の効率的推進とともに,基盤技術開発の重点的推進を図ることとされている。これを受け,昭和62年9月に原子力委員会に設置された基盤技術推進専門部会は,昭和63年7月に報告書を取りまとめ,原子力開発利用長期計画に示された原子力用材料技術,原子力用人工知能技術,原子力用レーザー技術及び放射線リスク評価・低減化技術の4技術領域において,推進すべき研究開発課題と技術開発の効率的な推進方策を具体的に示した。
 この専門部会報告に沿って,昭和63年度から日本原子力研究所,動力炉・核燃料開発事業団,理化学研究所及び国立試験研究機関等において,研究開発が開始され,着実に成果を収めてきている。また,原子力基盤技術のうち,複数の研究機関のポテンシャルを結集して行う必要があるものについて,積極的な研究交流により研究開発を推進する「原子力基盤技術総合的研究(クロスオーバー研究)」が平成元年度から開始されるなど,研究機関間の壁を越える活発な研究交流が行われるようになってきている。
 以上のように,原子力基盤技術開発は,着実に進展しつつあるが,安全性・信頼性・経済性の向上という,原子力技術に課せられた今日的課題のブレークスルーを図り,21世紀初頭の原子力技術体系の構築を目指していくには,原子力基盤技術開発の一層の推進を図っていく必要がある。このため,今日までの原子力基盤技術開発の推進状況や科学技術の新たな進展等を踏まえ,原子力基盤技術開発の新たな展開方策についで取りまとめたので報告する。

第1章 原子力基盤技術開発のねらい

1.原子力基盤技術開発の意義
 我が国の原子力開発利用は,原子力発電等を早期に実用化することを目指しながら,初期段階では欧米の進んだ技術を導入することにより,これに追いつき,さらに,高速増殖炉等の新型炉の開発や核燃料サイクル技術の確立のために,欧米の技術水準に到達することを目指して,技術開発を進めてきた。この結果が今日の原子力発電の定着,核燃料サイクルの事業化等に展開してきたものであり,この間の技術開発は,いわば”キャッチアップ型”の技術開発であったと言える。
 このようにして確立された原子力技術は,広範な学問領域に立脚する技術であるとともに,巨大なシステム技術,先端技術,極限技術及び高信頼性技術としての特質を持っており,幅広くかつ高度な知識及び技術が集大成されたものと考えられる。しかしながら,これまでの技術開発は,プロジェクト型が中心であり,原子力分野における新たな技術革新や創造的な技術を積極的に生み出していくための技術的基盤を幅広く強化するという視点を重視したものではなかった。
 一方,近年の我が国においては,原子力発電も昭和40年代,50年代の発電規模のいわば量的拡大の時代から,発電の安全性,信頼性,経済性等の質的な向上を目指す時代へ移行しつつあり,さらに,核燃料サイクルの事業化,放射線利用の高度化等,原子力分野におけるニーズは一層多様化・高度化してきている。これに弾力的に対応すると同時に,原子力開発利用におけるリーディング・カントリーの一国として積極的な国際貢献を果たしていくためには,来たるべき21世紀に必要とされる原子力技術体系を意識的に構築していく必要がある。
 このため,昭和62年6月に策定された原子力開発利用長期計画において,今後は,原子力の持つ新たな可能性の開拓を目指していくことの重要性に鑑み,技術の芽の探索,体系的な研究開発の積み重ね等により大きな技術革新を引き起こし,ひいては科学技術全般への波及効果が期待される原子力のフロンティア領域と言われる創造的・革新的領域を重視して基盤技術開発を推進するとの方針が打ち出された。すなわち,これまで培ってきた原子力分野における技術ポテンシャルを活用しながら,原子力用材料技術,原子力用人工知能技術,原子力用レーザー技術,放射線リスク評価・低減化技術を当面の開発すべき原子力基盤技術領域として位置づけ,従来の原子力技術体系にインパクトを与えるようないわば″創造型″の技術開発を目指して,積極的に推進することとされた。

2,『原子力基盤技術の推進について』(昭和63年7月原子力委員会基盤技術推進専門部 会)における方向性
 昭和62年6月に策定された原子力開発利用長期計画を受け,昭和63年7月に基盤技術推進専門部会において次のような具体的な推進方策がまとめられた。
(1)技術開発課題
 当面,原子力基盤技術として開発する技術領域は以下に示す4領域とされているが,技術開発の発展等に伴い新たな技術領域における技術開発の必要性が考えられる場合には,これに加えて推進することとされている。

① 原子力用材料
原子力用材料技術開発においては,耐放射線性材料の創製,放射線を低減するための材料開発,原子力用材料の化学反応・制御に関する研究開発,原子力用材料の解析・評価及び設計のための技術開発,原子力用材料に関するデータベースの構築・整備が基本的な要素技術として示されている。
② 原子力用人工知能
原子力用人工知能技術開発においては,その中核となる自律型システム技術に必要なハードウェア及びソフトウェアを開発する必要があり,このため,知識ベース・システム,情報収集・処理技術,ロボット技術,シミュレーション技術,マン・マシン・インタフェース技術が基本的な要素技術として示されている。
③ 原子力用レーザー
同位体・元素等の分離,計測・分析,材料加工等のための原子力用レーザー技術開発としては,原子力用レーザーの応用技術,原子力に必要とされるレーザー技術,原子力に新たな利用の可能性を与えるレーザー技術が掲げられている。
④ 放射線リスク評価・低減化
国民の安全確保に関する知見のより一層の充実を図るため,放射線リスク評価・低減化の技術開発課題としては,被ばく線量評価技術,放射線リスク評価技術,放射線リスク低減化技術が示されている。
(2)技術開発の効率的推進方策
 原子力基盤技術開発は,プロジェクト中心に進められてきた我が国の原子力開発利用の足腰を強化することを狙って,原子力フロンティアと言われる先導的・創造的・革新的な技術開発を進めることとしており,項目(1)に示した課題の技術開発を効率的・効果的かつ体系的に推進しでいくことが求められている。なお,技術開発の推進方策についても,技術開発の進展,諸般の情勢変化に伴う見直しを適宜行うこととされている。
① 能動的な研究交流の推進
原子力基盤技術を効率的に推進するに当たっては,原子力分野のみならず非原子力分野を含めた幅広い分野の研究者,研究機関間相互の研究交流が不可欠であり,産・学・官の研究ポテンシャルの結集に不可欠な協調的かつ競合的で活力ある研究開発環境を作っていく必要があるとされている。
② 創造的な人材の意識的な育成
研究者交流を積極的に行うことにより,研究機関間における研究者の相互触発を図ることはもちろんのこと,創造性のある研究者を意識的に育成していくことが不可欠であるとされている。
③ 積極的な国際交流の展開
諸外国の関係研究機関のポテンシャル及び共同研究等のニーズの把握に努めるとともに,我が国の共同研究等のニーズを諸外国に広く知らせる枠組を整備すること等によって,国際共同研究,研究者国際交流等の国際交流をリーダーシップを執りながら積極的に進めていく必要があるとされている。
④ 新しい研究評価の導入
原子力基盤技術開発は,研究開発の方向性を持ちつつ創造的な研究開発を行うという基礎研究と開発研究の中間に位置するものであり,両者の研究評価の持つ利点を融合させる等,原子力分野における新たな研究評価を確立していくことが必要であるとされている。
⑤ 研究成果の普及促進
研究開発によって得られた成果を,原子力・非原子力を問わず多くの分野の研究者や研究機関に周知せしめることを目的として,成果報告会・シンポジウムを開催し,成果の普及促進を図ることとされている。更に,蓄積された研究成果を各研究機関においてデータベース化するとともに,これらをネットワーク化する必要性についても言及されている。

第2章 原子力基盤技術開発の実施状況
 昭和63年度に原子力基盤技術開発が開始されてから,約5年を経過し,日本原子力研究所,動力炉・核燃料開発事業団,理化学研究所及び国立試験研究機関において,①原子力用材料,②原子力用人工知能,③原子力用レーザー及び④放射線リスク評価・低減化の4技術領域に関する研究開発が進められており,平成4年度現在,17の研究機関により,56課題の研究開発が行われている。平成4年度の予算総額は,3,363百万円となっている。
 このうち,平成元年度から開始されたクロスオーバー研究については,平成4年度現在,13の研究機関によって5課題の研究開発が実施されている。
 なお,平成4年度のクロスオーバー研究の予算額は,1,116百万円である。
4技術領域における研究開発の進捗状況とこれを踏まえた今後の推進方向は,以下の通りである。

1,各技術領域における研究進捗状況
(1)原子力用材料技術開発
 従来,原子力分野における材料技術開発は,炉型別の開発戦略の中で目標の早期達成のための限定的な要素技術の開発といったいわゆる「縦割型」中心で進められてきた。しかし,材料技術は,あらゆる技術開発分野において本来的に「基盤技術」としての性格を有するものであり,より中長期的視点に立って,21世紀の原子力技術体系にインパクトを与え,ひいては原子力分野に限らず他の分野の材料技術開発への波及効果も期待できるような技術を積極的に取り入れることが重要である。このため,耐放射線性材料の創製,放射線を低減するための材料開発,原子力用材料の化学反応・制御に関する研究開発,原子力用材料の解析・評価及び設計のための技術開発,原子力用材料に関するデータベースの構築・整備に係る研究開発を行ってきた。
 平成4年度現在,9研究機関において,26課題の研究開発を実施しており,以下のような主な成果が現在までに得られている。
 すなわち,耐放射線性材料の創製では,MOSi2,WSi2,Ni3Al等の耐放射線性耐熱材料,SiC単結晶を用いた耐放射線性半導体材料及び放射線検出用として新しい応用が期待される耐放射線性超電導接合素子等が開発された。
 また,放射線を低減するための材料開発では,核融合炉用材料として期待される高性能低放射化鋼を始め,セラミック複合材料等の新しい低放射化材料が開発された。さらに,原子力用材料の化学反応・制御に関する研究開発並びに解析・評価及び設計のための技術開発では,照射腐食割れ試験技術や微小試験片試験技術等,中性子照射条件下における損傷機構及び腐食機構を解明するための各種の装置,試験法及び解析・評価手法が開発された。
 また,原子力用材料に関するデータベースの構築・整備では,金属材料技術研究所,日本原子力研究所及び動力炉・核燃料開発事業団の各機関に蓄積されてきたデータの体系化と有効利用を図るため,3機関が連携して,原子力用材料に関する分散型データベース(「データフリーウェイ」)を構築している。
 さらに,クロスオーバー研究として,原子力極限環境材料の開発に関する研究が実施され,優れた耐硝酸腐食性を持つ高クロム添加ニッケル基合金,耐放射線腐食性に富むクロムーニッケル鋼等,新しい高性能材料の開発並びにラマン分光法を用いな照射損傷過程の実時間・その場解析等の材料特性評価に係る技術が開発された。
 以上で述べたように,この技術領域においては,これまでの研究によって各種の新しい材料の開発,試験装置,試験法及び解析・評価手法の開発が行われてきた。しかし,核融合炉第一壁材料等,放射線環境と超高温環境・腐食環境等が重畳した複合極限環境において要求される性能を発揮する材料や軽水炉の長寿命化を目指した経年劣化の少ない材料等,将来の原子力分野で要求される材料を創製するには,依然として多くの技術的ブレークスルーが必要とされている。従って,今後は,微視的な観点を考慮した材料科学的研究を重点的に推進するとともに,新たに設ける原子力用計算科学技術との有機的連携の下に,新機能を付与した高性能材料の開発のために,金属材料からセラミックス,高分子材料に至る幅広い領域にわたるポテンシャルの結集を図っていくことが重要である。また,新しい材料の開発研究に当たっては,高い製造技術を有する産業界のポテンシャルの積極的活用を図っていくことも重要である。
(2)原子力用人工知能技術開発
 原子力プラントのような巨大システムにおいては,機器・設備面からの安全性の向上に加えて,機器・設備を扱う人間や機器・設備のヒューマン・インタフェース面などを含めた原子力施設全体としての安全性の向上が重要である。このような認識の下に,人間が近寄ることのできない放射線場においても複雑な判断・動作能力を発揮できる点検・補修用ロボット,マン・マシン・インタフェースの優れた運転監視システムの研究開発を通じて,運転・保守等の人間の作業を支援するシステムを備えたプラントを中間的な目標とし,自己判断・制御を行う自律型プラントの実現を究極的な目標として,ロボット技術やシミュレーション技術等,各種の要素技術の研究開発を進めてきた。
 平成4年度現在,5研究機関において,7課題の研究開発を実施しでおり,以下のような主な成果が現在までに得られている。
 すなわち,ロボット技術の開発では,自律分散型ロボット,重量物組立作業の自動化を目的としたマニピュレーター・クレーン,自己組織型エンドエフェクタ等,各種のロボット及びロボットに係る要素技術の開発が行われた。
 また,シミュレーション技術の開発では,超高速モンテカルロ装置の製作並びに環境認識及び歩行動作シミュレーション・ソフトの開発等,シミュレーション技術に必要なハードウェア及びソフトウェア技術の開発を行った。
 この技術領域では,クロスオーバー以外の研究においても,産・学との共同研究による交流が活発に行われ,学会でのセッションを積極的に組織する等,この分野の発展に貢献する積極的な活動が高く評価されでいる。
 さらに,クロスオーバー研究として,原子力用人工知能を具備した原子力施設のシステム評価研究が行われ,同システムの構築に必要な個々の要素技術を開発するとともに,システム概念の構築を行った。その結果,自律型プラントのための能動的環境認識技術の開発等の成果が得られており,関連学会からも高い評価を受けている。
 この領域の技術開発は,原子力以外の分野においても新しい技術開発領域に属し,そのため,萌芽的な要素が強く,現在の段階では,今後の研究の発展に期待されるところが多い。一方,近年のコンピューターのハードウェアやソフトウェアに係る技術やロボット技術の進歩は著しく,それらの技術は,人工知能技術の開発に応用可能なものも多い。このため,今後は,産・学の先端的な研究者との交流を深めるとともに,産業界における豊富なシステム化技術に関する経験を活用しつつ,実プラントへの適用性を考慮したシステム開発を重点的に進めていくことが重要である。
(3)原子力用レーザー技術開発
 レーザーは,原子力工学分野においては,ウラン濃縮,核融合のプラズマ加熱等への利用のための研究開発が既に行われているが,①原子・分子を特定のエネルギー準位に励起できる,②良好な指向性を利用した遠隔操作ができる,③大きなエネルギーを1ヶ所に集中できる等,優れた特性を有するため,高密度エネルギー源,効率的・経済的な分離等へのさらなる応用が期待されている。これに伴って,レーザーの出力,効率,寿命及び信頼性を向上させる技術,各種の同位体・元素を励起させるための波長可変技術が必要であり,そのためのレーザー技術の開発,並びに,原子力用レーザー利用技術の開発を行ってきた。
 平成4年度現在,4研究機関において,8課題の研究開発を実施しており,以下のような主な成果が現在までに得られている。
 すなわち,原子力に必要とされるレーザー技術においては,非線形過程応用波長可変レーザー及び再結合プラズマ法によるテーブル・トップ型軟X線レーザー装置等,原子・分子を任意の特定のエネルギー準位に励起させるための波長可変制御技術やX線レーザーの実用化に道を開く先端的なレーザー技術が開発された。また,原子力用レーザー利用技術としては,ステンレス鋼表面にレーザーによるSiのドーピング処理を施して,耐腐食性,耐放射線性を向上させる材料加工技術の開発,ランタノイド,アクチノイド及び有機化合物の光化学に関する研究,硝酸溶液中におけるプルトニウム,ネプツニウムの光酸化還元反応の解析等に係る成果が挙がつでいる。
 さらに,クロスオーバー研究として,波長可変かつ大出力が得られる自由電子レーザー(FEL)の開発研究が行われ,FEL光発振のための各種要素技術の開発によって,可視領域での発振に成功するなど,世界的に見ても成功例の少ない画期的な成果が得られでいる。
 以上のように,この技術領域における研究開発のレベルは高く,各研究機関においでユニークで先端的な成果が得られでおり,関連学会からも高い評価を受けている。しかし,この分野における技術開発のテンポは著しく速いため,優秀な人材の育成・確保を通じて研究ポテンシャルの一層の向上を図りつつ,従来の基盤技術開発によって成果が得られてきたレーザーの高出力化・短波長化を重点的に進めるとともに,高レベル放射性廃棄物の群分離,有用元素回収等のためのレーザー光化学に関する基礎的な技術開発を推進していくことが肝要である。
(4)放射線リスク評価・低減化技術開発
 原子力開発利用において常に細心の注意が払われでいる放射線の人体への影響を評価する放射線リスク評価については,従来は,主に疫学的な研究により得られた知見を中心に進められできたが,これに最新のライフサイエンス分野の研究成果を積極的に取り入れることにより,より一層充実した知見を得ると同時に,放射線リスク評価に係る新しい技術を創出することが期待されている。以上の事情を踏まえ,放射線リスク評価・低減化技術開発においては,放射能等の測定技術開発による被ばく線量評価技術の開発,外部及び内部被ばくによる大体への影響評価技術の開発等による放射線リスク評価技術の開発を行うとともに,これらの知見を基にしで,放射線リスク低減化技術の開発を行ってきた。
 平成4年度現在,12研究機関において,15課題の研究開発を実施しており,以下のような主な成果が現在までに得られている。
 すなわち,被ばく線量評価技術においては,広域高層範囲における放射性物質の大気拡散挙動を高精度に評価する計算コードの開発,公衆被ばく線量評価及び居住環境におけるラドン濃度の形成機構の解明等,放射性物質の動的挙動を考慮した放射線リスク評価の基盤となる被ばく線量を精度良く評価する技術の開発が行われた。また,放射線リスク評価技術では,放射線によるがん誘発効果が幼若期において高いこと等,放射線発がんとその機構の解明に関する知見が得られた。さらに,放射線リスク低減化技術では,放射線に対する生物学的防護機構の解明,放射性核種の体内動態解明と体外排泄除去技術等に関する基礎データ及び知見が得られ,それらの成果に基づいた被ばく制御法の開発等が行われた。
 さらに,クロスオーバー研究として,放射線による染色体異常の高速自動解析システムに関する研究が進められており,標本の作製法,画像解析装置及び解析アルゴリズム等,染色体異常検出に必要なハードウェア及びソフトウェアの開発が順調に進行し,多数の成果が得られている。
 また,平成3年度からは,放射性核種の環境中移行に関する局地規模総合モデルの開発に係るクロスオーバー研究が加えられ,発生源から各種環境媒体を経て生体へ至る放射性核種の挙動を詳細かつ高精度に解析し,局地的な環境条件に対応した精密な被ばく線量評価を可能とするモデルの開発に資する研究開発を行っている。
 この領域には,長年の研究で得られてきた膨大なデータと知見に基づいた成果が蓄積されている。今後は,これらの成果を整理し,データベース化するとともに,遺伝子解析技術等,最近のライフサイエンス分野の新技術や新知見を積極的に活用した高精度な放射線リスク評価技術の開発を重点的に行うとともに,それらの成果も活用しつつ,放射線被ばくによるリスク低減化技術の開発を促進し,国民の安全確保により一層の貢献を図っていく必要がある。

2,研究推進体制等の現状
(1)研究交流促進のための体制整備

 クロスオーバー研究の推進に当たっては,産・学・官の有識者及び参加研究機関の代表者からなる研究推進委員会及びその下に4技術領域それぞれに対応した4つの研究交流委員会が設けられ,研究交流の促進が図られている。
 これらの委員会は年に2回程度開催されてきており,研究推進委員会においては,研究の基本方針の策定,研究成果の評価等,クロスオーバー研究の推進に関する基本的事項について審議が行われている。また,各研究交流委員会においては,研究実施状況の把握,研究成果の取りまとめ等,具体的な推進のために必要な事項について審議が行われている。
 このほかにも,クロスオーバー研究においては,研究担当者レベルの研究会等が各研究課題毎に開催されている。開催回数の多い課題では,過去3年間に12回開催されるなど,研究情報の交換等が活発に行われている。
 また,表1に示すように,それぞれのクロスオーバー研究課題において,各種受入れ制度を利用して,産・学から参加研究機関への研究者の受け入れが進みつつある。他方,人工知能,自由電子レーザー及び染色体自動解析システムに関するクロスオーバー研究においては,外国への研究者派遣が積極的に行われている。

 一方,共同研究に関しても,表2のように,大学との共同研究が14件実施されるなど,産・学・官との交流環境が整備されつつある。委託研究については,「原子力用人工知能を具備した原子力施設のシステム評価研究」を中心に産業界のポテンシャルが活用されている。さらには,「原子力極限環境材料の開発に関する研究」等において,大学及び産業界等への試料作製・測定依頼が行われている。
 先に述べた原子力用材料データフリーウェイ研究においては,システムの構築を円滑に進めるため,金属材料技術研究所,日本原子力研究所,動力炉・核燃料開発事業団の3機関による基盤原子力用材料データフリーウェイ共同研究協議会が設置され,今後,本システムの運営方法や他機関をも含めた利用方法について検討することとされている。
 このような研究交流活動を通じて,研究機関間の交流はかなり進みつつあるが,大学や産業界からの研究への参画は必ずしも十分と言える状況ではない。今後は,国研及び国の研究開発法人とは異なった研究ポテンシャルを持つ大学や産業界との連携を促進し,原子力基盤技術開発の新たな展開を図ることが必要である。

(2)研究交流における施設整備と利用の促進

 国の研究開発法人,国研及び大学等は,他機関の特色ある施設を相互に利用して,自らの施設では実施できない試験研究を行っている。このような外部機関による利用が可能な研究施設としては,金属材料技術研究所,日本原子力研究所等の放射線照射施設や動力炉・核燃料開発事業団の高速実験炉「常陽」等がある。
 また,基盤技術開発に必要となる主な施設として,現在,材料照射損傷その場分析・評価装置―サブナノトロン―(金属材料技術研究所),超高速モンテカルロ計算装置(日本原子力研究所),自由電子レーザー(日本原子力研究所),染色体異常高速自動解析装置(放射線医学総合研究所)等の施設・装置が整備されつつあり,今後,外部の研究機関も含めた利用により,他分野への波及効果も含め,原子力基盤技術開発の一層の広がりが期待される。

(3)研究成果の普及促進
 クロスオーバー研究において,平成2年1月に「自由電子レーザー東京国際シンポジウム」が,平成3年7月に「放射線による染色体異常の高速自動解析システムに関する国際シンポジウム」が,平成4年3月に「原子力極限環境下の材料化学に関する国際シンポジウム」が,さらに平成4年5月には「原子力プラントへの人工知能及びロボティクスの応用に関する国際専門家会議」が盛況裏に開催され,それぞれ約100~200名の国内外の研究者等が出席し,意見交換等が行われた。
 このほか,平成2年2月には「放射線による染色体異常の高速自動解析システムに関する研究」,同年9月には「原子力極限環境材料の開発に関する研究」に関する国内成果報告会が開催され,約100名の研究者が出席し,意見交換等が行われた。
 その結果,これらクロスオーバー研究課題の成果が海外にも伝えられるとともに,当該研究課題に係る国内外の最新情報が得られたところである。

(4)原子力基盤技術における研究評価
 平成2年3月に基盤技術推進専門部会に設置された研究評価小委員会において,原子力基盤技術開発における研究評価のあり方について審議が行われ,平成3年10月に次のとおり取りまとめられた。すなわち,評価の主な目的は,研究者に対する勇気づけ,研究の効率的・効果的な推進及び国としての基盤技術開発の推進施策検討の際の参考の3点とし,各課題毎に事前,中間及び事後の3時点で,外部の専門家からなる技術領域毎の研究評価ワーキンググループを開き,ワーキンググループ委員と研究者とのディスカッションに重点を置いて評価を行うこととされた。この研究評価は,長期的観点に立つで,先端性,独創性,革新性,将来性等に重点を置いて評価を行うこととされている。なお,クロスオーバー研究にあっては,研究推進委員会等において研究評価を実施することとされ,主として交流の成果に視点を置いて評価し,今後の展開に関する提言・助言等をまとめることとしている。
 このような方針に従い,平成4年3月に専門部会の下に各技術領域毎に研究評価ワーキンググループが設置され,個別研究課題に係る研究評価が実施され始めるとともに,クロスオーバー研究についても中間評価が実施されたところである。
 この研究評価を通じて,個々の研究課題の進め方に適切な助言が与えられ,ひいては原子力基盤技術開発全体が当初の狙い通り展開されることが期待される。

第3章 原子力基盤技術開発の新たな展開方策
 原子力基盤技術開発が開始されてから約5年が経過し,既に述べてきたように,当初設定した4技術領域において着実に成果が挙がってきている。また,従来なかった新しい取り組みとして,研究参加者ばかりではなく,原子力基盤技術開発における研究活動を通じて交流を深めてきた産・学の研究者等から大きな関心を集め,関連学会においでも,参加研究者による新しいセッションの企画・運営等,着実な成果を挙げつつある。
 今日,先端的な科学技術研究開発活動は,多数の研究分野間で学際的な交流を重ねながら,短時日に長足の進歩を遂げている。このような状況の中で,原子力基盤技術開発が独創的・創造的な活動を通じて先導的な役割を担っていくためには,既存の4技術領域において,研究開発の重点化を図りつつ,なお一層の研究の深化を図るとともに,新しい技術開発の局面に対応した新しい技術領域の研究開発に積極的に取り組んでいく必要がある。また,これらの研究開発を推進するため,従来のクロスオーバー研究等の一層の推進を図るほか,これまでの研究開発の経験を踏まえた新たな推進方策を積極的に展開していく必要がある。

1,新しい技術領域への取り組み
 原子力基盤技術開発において取り組むべき新しい技術領域としては,これまでの各研究機関における研究開発の実施状況,原子力分野におけるニーズ,先端的な科学技術研究開発活動の状況,他の研究分野への波及効果,若い有能な研究者を引き付ける魅力の有無等の観点から,以下の3領域を取り上げ,研究開発の積極的な推進を図ることとする。

(1)放射線ビーム利用先端計測・分析技術
 近年,放射線利用の分野においては,リングサイクロトロン(理化学研究所),イオン照射研究施設(日本原子力研究所),重粒子線がん治療装置(放射線医学総合研究所),大型放射光施設(日本原子力研究所及び理化学研究所)等,放射線ビームを高度に利用するための加速器等の整備が着実に進められており,重イオンビーム,放射光,陽電子線等,各種のビームが利用できるようになりつつある。このような中で,加速器等から発生する優れた特性を有するビームは,極微小領域における原子構造及び電子構造に関する計測,超短時間で起こる物理現象又は化学反応等の動的過程等の解明,あるいは生体物質の構造及び生休機能の解明手段として様々な分野の研究者の期待を集めている。このような各種のビームを利用した先端的な計測・分析技術の開発を図ることによって,従来法では計測・分析が不可能又は困難であった微小領域及び短時間領域等での計測・分析を可能とし,未知の現象や機構の発見・解明に新たな解決の手段を提供することは,科学技術の広範な分野に大きな波及効果をもたらすものと期待される。このため,これまでに培ってきた技術ポテンシャルを最大限に活用して,各種ビームの発生・形成及びその計測・分析データの高度な処理に係る技術開発を積極的に推進する。
① ビーム発生法及び形成法の開発
 従来から利用されている各種のビームに比べ,優れた特性を有するが,その発生や形成には,従来法にない知見や技術開発が必要となる新たなビームの発生法や形成法に関する技術開発を行う。また,従来から知られているビームの新しい発生法又はそれらを複合化あるいは他の何らかの操作を施すことによって付与することが可能なビームの特性に係る基礎的な研究及び技術開発を行う。
 例えば,陽電子消滅分光法は,被測定物質に照射した陽電子と物質中の電子との対消滅によってγ線を発生させ,このγ線によつで物質の表層領域のミクロ構造解析,超高感度分析等を行う方法であるが,従来は,放射性同位元素(RI)から放出される陽電子を利用していた。この方法については,加速器等を用いて,ビームの大強度化,エネルギー可変化,高品質化又は他のビームとの複合化により,最新の物性分析技術における新しい利用分野を開拓する。
 重イオンビームを利用した手法で基盤技術開発が必要なものの例としては,荷電粒子励起X線分析(PIXE)法,ラザスオード後方散乱(RBS)法等があげられる。PIXE法は,化学結合状態の分析法として有望である。
 RBS法は,固体中の不純物の拡散挙動の計測,多層膜の分析等への応用分野の開拓が期待されている。そのため,これらの方法で従来基底状態でのみ用いられてきたイオンビームを励起させて,ある指定した量子状態を有するよう制御された高品質のビームを形成する方法を開発する。
 不安定核ビームは,高エネルギー重イオンビームから二次粒子として形成することができる。このビームは,元素,寿命,崩壊の種類等の選択の自由度が大きく,原子核物理,医学等の分野での応用が期待されているが,その不安定性により,崩壊寿命が短いため,従来にない新しいビーム制御法を開発する。
 このほか,イオンビームについては,低速多価イオンビームの発生,イオンビームの大電流化,マイクロビーム化,超短パルス化,ビームの複合化等,高効率・高分解能・高輝度の面で優れた特性を有する高品質なビームを発生させ,先端的な計測・分析技術の開発に資するビームの発生法及び形成法の研究開発を行う。
② 計測・分析データの高度処理技術の開発
 高精度な計測・分析技術を開発するためには,データの品質を高めるとともに,画像処理等の高度なデータ処理技術が必要である。例えば,測定データに対して,その特性に適したフィルタリングや平滑化処理等の信号処理を施して,雑音の少ない,より高品質のデータを得るための手法の開発を行うことが重要である。
 さらに,近年,計算断層撮影法(CT)や陽電子放出断層撮影法(PET)等が進歩し,高精度な2次元断層像が得られるようになってきたが,物性解析,生体解析等の様々な分野では,より高精度な3次元画像情報が求められている。このため,3次元データを効率よく処理し,被測定部の精細な3次元内部構造を再現する画像再構成法の研究開発を行うことが必要である。

(2)原子力用計算科学技術
 近年,スーパーコンピューターが積極的に導入される一方で,ダウンサイジングによる並列処理化が進展するなど,コンピューターによる高速かつ高度な情報処理技術の発展には目ざましいものがあり,大規模な科学技術計算を行うことのできるコンピューターの利用環境が整いつつある。
 一方,原子力技術分野においては,極低温,超高温,放射線重照射,過酷な腐食環境,超高真空等,極限環境を取扱う必要性がしばしば生ずる。この場合,従来の知見やデータからの予測は困難であることが多く,また,実験装置を用いた実証的研究も経済的,原理的に困難である場合が多い。
 このような場合,高度に発達した計算機を用いたシミュレーションやコンピューター・グラフィックス,可視化等によって,複雑な現象や実際上観察困難な現象を計算機上で再現し,現象又はその機構の解明に役立てることが必要となる。また,計算機実験や計算機を活用した材料設計等により,計算機上で膨大な実験や試行錯誤を行い,目標領域を極力絞り込むことによって,実際に行う試行錯誤の回数や量を大幅に軽減し,効率的・経済的・合理的な実験計画や材料の設計・開発を行うことも必要になつでくる。さらに,高い安全性を要求される原子力技術分野においては,過酷な環境において複雑な境界条件の下に置かれる構造物の精確な評価・解析を行う必要があるが,かかる構造計算にはコンピューターを用いた計算科学技術が不可欠である。
 今日,有限要素法(FEM),境界要素法(BEM),差分法,モンテカルロ法等,コンピューターの登場によって始めて実現可能となった計算技術は,複数の技術領域間に共通な方法論として定着しつつある。さらに,将来開発されるであろう複数のスーパー・コンピューターを用いた並列計算技術,ニューラルネットワーク等では,コンピューターは単なる計算の道具として用いられるだけではなく,新たな研究手法や思考法を構成する重要な要素となり,これの活用を通じで新しい技術領域の開拓に資することも期待されている。これにより,コンピューターを高度に活用した計算科学技術は,将来の原子力技術開発に必要・不可欠な分野になるものと予想される。
 下記の原子力用計算科学技術は,方法論の開発をも目指すものであるため,当該技術開発分野ばかりではなく,上述の将来型計算科学技術の開発への基盤を構築することになり,これを通じて他の科学技術分野へも大きな波及効果を与えるものと考えられる。
① 計算物理・化学的手法による原子力工学現象の解明
 原子力工学分野では,プラズマ物理,統計力学,流体力学,熱輸送理論等,広範な物理・化学分野にまたがる各種の非線形問題,多体問題,確率統計問題等を解析対象とする場合が多い。通常,このような問題に対しでは,大容量・高速の電子計算機を用いた各種の高精度数値解析やシミュレーション解析によるアプローチが必要不可欠となる。従って,スーパー・コンピューター等を駆使して,大規模な数値解析やシミュレーション解析法を開発し,原子力工学分野におけるサブナノ領域からマクロスコピック領域に至る現象の解明を行うことが重要である。
② 計算材料科学的手法による物性の解明及び材料設計の高度化
 原子力工学分野に特有な超高温,極低温等の過酷な環境の下で材料が所要の高度な性能を発揮するために必要となる非均質性・異方性等の微視組織的特性及び照射環境下において材料中に導入される原子空孔,格子間原子等の微視的な欠陥を考慮した損傷・劣化過程の解析,並びに,各種材料物性の発現機構の解明,照射や高温クリープ,高熱流束負荷による損傷・破壊機構の解明等,材料の物性や力学的挙動に係る解析を可能とする先端的な計算材料科学的手法を開発する。
 また,ウラン及びプルトニウム,ネプツニウム,アメリシウム等の超ウラン元素に代表される5f電子系化合物の物性をより詳細に解明するために必要な分子論的・電子論的解析のための計算科学的手法の開発を行う。
 さらに,開発した手法を積極的に活用し,与えられた各種条件に最適な微視的構造を有する材料の設計及び最適力学的構造を有する機械・構造物の設計を実現する計算機支援設計システムの開発・構築を図ることも重要である。
③ 計算力学的手法による原子力プラントの構造解析・安全解析の高度化
 工学システムとして特に高い安全性を要求される原子力プラント等の施設においては,過酷な環境において,複雑な境界条件下に置かれる構造物の精確な評価・解析を行う必要がある。そこで,地震力,熱応力,電磁力,衝撃力等,多様な形態の負荷を受ける複雑な機械・構造物の高い安全性を保証するために必要な精確な力学的評価・解析を可能とする数値解析手法の開発・確立を図る。また,この研究と並行して,供用中検査,定期・不定期検査等,各種の非破壊検査で得られる機械・構造物の変形挙動に関する信号やデータや情報等を入力として,逆解析理論や最適化理論等に基づく定量的非破壊評価(QNDE)手法の開発・確立を図り,欠陥の形状や位置の同定等を行うことも重要である。
(3)原子力分野における人間の知的活動支援技術
 コンピューターを始めとする情報関連技術の飛躍的な進歩等により,原子力施設の自動化が進んできているが,その運転・保守には,人間の判断・判定に依存ずる操作がまだ数多く残されている。このため,特に,異常発生時等においては,精神的な緊張状態の下で,的確な状況判断により,誤操作を未然に回避し,適切な措置をとることが求められている。また,原子力施設に代表される大規模システムにおいては,通常,複数の人間がグループ単位で運転監視に従事することが多く,そのようなグループワークにおいては,複数の人間の判断が相互に作用しながら,グループとしての意思決定がなされる。このような場合に直面する複雑な問題を解明し,解決するためには,人文・社会科学的アプローチも適用したいわゆるソフト系科学技術の手法を取り入れ,状況把握・理解,予測,評価,意思決定等,個々の人間の知的行動及び合意形成,協調行動等,グループワークに係る人間の知的行動に関する研究を推進することが必要である。このような研究によって得られた知見に基づいて,従来からの原子力用人工知能技術開発と有機的な連携を保ちつつ,原子力プラントの状況に応じた適切な措置を講じることによって,重大事故を未然に回避することができるような人間の知的活動支援技術の開発を推進しでいくことが重要である。
 さらに,長期的には,独創的・創造的な研究開発の推進に資することを目的として,「ひらめき」,発想等,人間の創造的活動を支援し,混沌の中からある具体的なアイデアを引き出すなど,より優れた結果を導き出すシステムの構築を図ることも肝要である。

(i)原子力の安全確保に係る人間の知的活動支援技術の開発
① 人間の認知・思考過程の解明及び知的活動支援システムの開発
 認知科学,情報科学,言語学,システム工学,心理学,大脳生理学等,多くの学問領域にまたがる学際的かつ長期的な研究によって,人間が状況を把握・理解し,予測し,評価し,意思決定する一連の認知・思考過程の基本的特性を調べる。また,緊急時における人間の精神的緊張,作業量の増大等の外的要因が及ぼす影響等を解明する。さらに,そこで得られたデータや知見に基づき,運転・保守専門家の運転操作における知的活動を支援するとともに,運転・保守専門家の知的対処能力の獲得・維持を支援するシステムの概念を構築するとともに,それを実現するためのハードウェア及びソフトウェアの研究開発を進める。
② グループの意思決定過程の解明及び合意形成支援システムの開発
 原子力施設に代表される大規模・複雑システムにおいては,限られた個人の能力ではすべての運転・保守活動をカバーすることはできず,通常複数の作業員が運転・保守に従事している。そのため,個々の人間の知的行動ばかりではなく,作業グループを構成する複数の人間の協調及び合意形成過程に関する基礎的な研究を実施し,そこで得られた知見に基づいて,人間集団の知的活動を支援するシステムの概念を構築するとともに,それを実現するためのハードウェア及びソフトウェアの研究開発を進める。

(ii)人間の創造活動支援システムの開発
 「ひらめき」,発想,創造等,人間の高次の知的活動を支援し,混沌の中からある具体的なアイデアを引き出したり,目的に即して思考を収束させたりする手法の開発及びシステムの構築を図ることが必要である。
 この領域に属する技術開発の例としては,複数の専門家で構成されるグループで検討あるいは解決すべき課題について,各専門家が持っている知識や経験を基にその課題を解決したり,有益なアイデアや知識を抽出するためのブレイン・ストーミング法を活用したコンピューター・システムの開発が上げられる。また,複数の定性的に表現された物事の間に潜在的に存在する相関関係を発見するための手法の開発,材料データの検索及びそれに基づく推論等の人間の思考過程をより合理的に行う材料設計に係る発想・支援システムの開発を行うことなども考えられる。

2,積極的な推進方策の展開
 原子力基盤技術開発は,これまでの”キャッチアップ型”の技術開発から”創造型”の技術開発へと重点を移し,原子力フロンティアと言われる先導的・創造的・革新的な技術開発を進めることとしており,クロスオーバー研究,原子力用材料データフリーウェイの構築,研究評価の導入等,従来の研究体制の枠組みを越えた推進方策を取り入れながら,当初策定した4技術領域の技術開発計画に従って,研究開発を推進してきた。
 一方,先端的な科学技術は,目ざましい進歩を遂げると同時に,突破すべき多くの学問的障壁を抱えていることも事実である。さらに,今日の科学技術は,ますます学際的様相を強め,多くの学問分野間での相互作用の必要性を増してきている。
 このような現状に鑑み,今後は,これまでの原子力基盤技術開発活動で得られてきた成果,反省及び将来展望等を十分に踏まえ,研究者が創造性を最大限に発揮できるような柔軟で競争的な研究開発環境の整備を目指して,以下に示すような能動的・積極的な推進方策を講じつつ,原子力基盤技術開発を効率的に進めていくことが重要である。

(1)産・学・官及び外国との研究交流の一層の推進
 原子力基盤技術開発においては,これまでも産・学・官間の研究交流を重点的に進めてきたが,今後,産・学・官の研究ポテンシャルのより一層の結集を図るため,従来以上に積極的で多面的な研究交流を展開していくことが重要である。
 特に,クロスオーバー研究においでは,研究推進委員会,各技術領域毎に設けられている研究交流委員会に参加している大学,産業界,国研・国の研究開発法人の研究機関を中心とした研究交流が進展を見せ始め,大学等と国研・国の研究開発法人との共同研究や協力研究,大学及び産業界の研究者の国研,国の研究開発法人への受け入れ等が活発に行われるようになってきている。
 今後,大学等との共同研究を更に推進するためには,相互の情報交換に努めるとともに,国研・国の研究開発法人に蓄積された当該研究機関でなければ得られないデータの活用あるいは当該国研・国の研究開発法人にしかない大型の研究施設の利用機会の確保等,大学等のニーズに応える努力も必要である。
 また,大学,産業界等の優秀な研究者の参加をこれまで以上に促進し,原子力基盤技術開発を総合的かつ体系的に推進するための体制整備を行うとともに,その円滑な運営を図るため,例えば,大学や産業界との研究交流の実施にあたって,研究推進委員会の役割を強化することなどについて検討ずることも重要である。併せて,客員研究官制度,流動研究員制度,外来研究員制度等の現行の研究者交流制度に係る予算の拡充とその有効活用に努める必要がある。
 また,クロスオーバー研究の課題である「放射線による染色体異常の高速自動解析システムに関する研究」においては,染色体標本自動作製装置,高解像力画像入力解析装置等の開発が関連メーカーの協力を得て,予定通り進行しでいる。光学機器,精密自動機器,解析アルゴリズム等の開発は産業界のポテンシャルの高い分野であり,本研究開発では,そのような産業界の高いポテンシャルが効率的に活用されている。
 今後の原子力基盤技術開発に当たっては,技術開発分野,課題に応じて可能な限り産業界の研究ポテンシャルを活かした研究計画の策定等により効率的な研究開発を進める必要がある。
 研究開発によって得られた成果は,可能なものについては各研究機関でデータベース化を図り,各研究機関に蓄積されたデータベースをリンクして,これらの成果を各研究機関の研究者が効率的に利用することができるようにする必要がある。このような観点から,金属材料技術研究所,日本原子力研究所,動力炉・核燃料開発事業団の間で原子力用材料データフリーウェイの共同運用体制が整備され,現在,各機関のデータベースを構築しているところである。この原子力用材料データフリーウェイは研究機関間のデータ相互利用を進める上での新しい試みであり,今後,データベースの早期構築に努めるとともに,参加機関の拡大について検討する必要がある。
 また,国際交流の面でも諸外国の研究機関との研究者交流,共同研究等が数多く行われている。クロスオーバー研究においてはこれまで各技術領域毎に国際シンポジウムを開催しているが,これは世界の最新情報を入手するとともに,我が国で進めている研究開発の国際的な評価を得るという点で重要である。また,シンポジウムを機会に海外の先端的な研究者との交流を持つことができたという例もあり,研究者交流の契機にもなり得るという点でも重要である。従って,今後ともこのような国際シンポジウムの開催に努める必要がある。
 今後,国際交流を更に活発化していくためには,内外の国際シンポジウム等を契機として,あるいは研究者,研究機関が従来から持っているチャンネルを活用して,国際的な研究者交流を積極的に進めることによって,国際的なヒューマンネットワークを作っていくことが重要である。このため,我が国の研究者を海外へ派遣する機会を拡充するとともに,フェローシップ制度等海外からの研究者招へい制度の充実・活用を図る必要がある。
 また,近時のパーソナル・コンピューターの著しい発達・普及を考慮すると,今後は,インターネット等,国内外の研究機関間にコンピューター通信網を完備し,物理的移動を伴わない多分野・多国間の情報交換活動の促進を図ることも重要である。

(2)異分野間交流の活性化
 原子力基盤技術開発に携わる研究者が壁を打ち破り,真に創造的・独創的な研究開発を遂行していくには,これまで以上に学際性を重視し,広範な領域での異分野研究者との交流を行い,各分野における先端的な研究情報を交換し,技術的ブレークスルーを図ることが重要である。
 例えば,「原子力分野における人間の知的活動支援技術の開発」では,人間の認知・思考過程及び集団行動等に関する研究を推進することが基本的に重要であるが,研究手法についでも未開発な部分が多いため,今後は,心理学,認知科学,情報科学,言語学等,多くの学問分野の専門家との交流の中から新たな方法論を見い出していく必要がある。
 このように,今後,原子力基盤技術開発を進めていくに当たっては,自身の専門分野やその周辺分野の知識だけではなく,全く異なる分野の研究情報も必要となることがしばしば生ずる。このような状況に対処するには,ひとつの専門分野もしくは周辺専門分野のみの専門家集団による交流や協力だけでは十分ではなく,特定の専門分野にとらわれない,幅広い学問領域からの専門家の積極的な協力が有効である。このため,専門分野の異なる研究者も交えた討論,情報交換,研究協力等が活発に行えるような仕組みを整備することが必要である。

(3)人材結集型システムの導入
 クロスオーバー研究システムは,関係機関の役割分担と情報交換の下に研究が進められ,着実に成果を収めるとともに,従来の研究体制の枠組みを越える試みとして高い評価を得ている。しかし,短時日の間に急速な進歩を遂げている先端的・先導的技術の研究開発を推進していくには,幅広い分野と有機的な協力関係を保ちつつも,個々の研究者又は研究機関の独立性を発揮し,他機関との競争によって切瑳琢磨を図ることも重要である。他方では,研究課題の性格,研究開発の進展状況に応じて,従来のクロスオーバー研究よりさらに連携を緊密にした研究体制を構築するなどそれぞれの特徴を活かした多様な研究体制により積極的・効率的な研究開発を進めていく必要がある。
 例えば,「放射線ビーム利用先端計測・分析技術の開発」においては,加速器等から各種のビームを発生させ,得られたビームにより高度な計測・分析技術を開発する施設が必要である。また,「原子力用計算科学技術の開発」では,複雑で大規模な構造計算,リアルタイム・シミュレーションの実現等,記憶容量,計算速度及び計算精度の飛躍的な性能向上を目指す計算機システム,すなわち,スーパー・コンピューターや超並列計算機等を利用することが必要である。このような分野では,基盤技術開発に係る先端的な試験研究施設等を中核として,国内外の研究者が同一課題の下,同一の研究機関に一定期間結集し,集中的に研究開発を行う研究システムを導入することが,効率的な研究開発を推進する上で必要となる。
 このような人材結集型システムの導入は,外部に開かれた試験研究機関を求める声が日増しに大きくなっている昨今の状況に応えるものであり,国内外の多方面からの要請を考慮しつつ,多くの研究者が円滑に参加できる柔軟なシステムの構築を図ることが肝要である。また,そのために必要な外来研究員のための旅費,非常勤職員に対する手当等,所要の予算の確保を図る必要がある。しかし,他方で,開かれた研究体制を追求する余り,当該研究施設に従事する研究者・技術者の負担が増大し,本来の試験研究業務に支障を及ぼすことも考えられる。このようなことがないよう,可能な限り実験設備の運転・保守の自動化,単純作業業務の外部機関への委託,事務手続きの簡素化・簡便化等を図り,研究参加者の能力が十分に発揮されるような運営をしていくことが重要である。

(4)創造的な人材の育成・確保
 原子力基盤技術開発においては,単なる他分野の先端技術の導入ではなく,創造的な科学技術が創出されることが重要である。しかしながら,国研・国の研究開発法人等において,基盤技術開発に携わっている研究開発人材は決して多いとは言えず,研究開発の更なる推進を図る上で隘路となる場合も見受けられる状況である。このため,中長期的観点に立ち,豊かな独創性や創造性を有する若手研究者等,優秀な人材の計画的な育成・確保を図ることが強く求められている。
 そのためには,これまで述べてきたような多面的な研究交流によって研究者の相互触発を図ることは勿論のこと,基盤技術開発に必要な研究ポテンシャルを有する研究者の発掘に努め,これを国内留学制度,流動研究員制度等を活用して大学等に派遣して先端的な研究者の指導を受けさせること等により積極的に育成することが重要である。また,流動研究員,外来研究員,客員研究員,科学技術特別研究員等現行の研究者交流制度を積極的に活用して,内外の優秀な人材の確保を図る必要がある。さらに,研究課題,研究方法等について研究者の裁量幅を拡大するなど研究者に可能な限り自由度を持たせるように努めること等によって,魅力ある研究開発環境作りを進めることが必要である。
 現在,理化学研究所及び筑波研究学園都市に所在する国研等においては,それぞれ埼玉大学大学院及び筑波大学大学院との連携大学院方式による研究指導等を行っている。これと類似の方式は,欧米諸国における多くの大学と研究機関の間ではすでに長い間実施されており,学生としてある研究機関において研鑚を積み,学位を取得した研究者が,博士課程終了後,その研究機関に留まり,多大な成果を上げる等,優秀な人材の育成・確保に多くの実績を残している。基盤技術開発においても,条件が整えば今後このような方式の活用について検討する必要がある。


〈参考〉
1.原子力基盤クロスオーバー研究推進体制


放射線利用専門部会報告書
「放射線利用の新たな展開について」

1993年6月18日
 原子力委員会
 放射線利用専門部会

はじめに

 放射線利用は,原子力発電と並ぶ原子力開発利用の重要な柱として位置づけられており,今日まで実用化及びそのための研究開発が進められできた。
 放射線利用には,大別して,物質の挙動を追跡する放射性同位元素(RI)によるトレーサー利用と放射線の物理的,化学的又は生物学的作用を利用する線源利用の2種類があり,その利用は医療,農林水産業,工業等の幅広い分野にわたっている。
 これらの放射線利用は他の技術には見られない特徴を活かして大きな役割を果たしつつあるが,今後は,医療,環境保全といった生活者の立場を重視した利用技術を一層普及していくことが重要である。これらの放射線利用の普及促進がひいては,放射線に対する国民の正しい理解を増進することにも役立つものと期待されている。
 一方,近年整備が進められている加速器は,大型化,性能の向上等が著しく,その利用の幅も広がってきており,放射線利用分野での大きな飛躍をもたらすものと期待されている。このため,これらの施設を活用した先端的な研究開発を推進するための研究開発体制の整備が重要である。
 また,開発途上国への技術移転等による国際貢献の観点から,放射線利用に係る途上国協力を一層推進することが求められているほか,基礎研究分野での国際貢献の観点からは,積極的に先進国協力にも取り組むことが必要である。
 このようなことから本報告では,放射線利用の現状を把握した上で,近年の社会環境等の変化も踏まえながら,今後の放射線利用の推進方策等について取りまとめな。本報告を踏まえ,今後,放射線利用がさらに積極的に展開されることを期待するものである。

第1章 放射性同位元素及び放射線発生装置の利用状況

 放射線は,医療,農林水産業,工業等の分野で幅広く利用され,国民生活の向上等に貢献している。図1に示すように,放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律(以下「放射線障害防止法」という。)に基づく放射性同位元素(以下「RI」という。)又は放射線発生装置の使用事業所は着実に増加しており,1992年3月末現在,総数で5,006事業所に達している。

 これを機関別に見ると,民間企業1,875,研究機関948,医療機関820,教育機関416,その他の機関947である。

第1節 RIの利用状況
 主な非密封RIの機関別使用数量は表1に示すとおりであり,医療機関における99mTcが大部分を占めている。また,これらの使用量の年度推移は表2に示すとおりで,体内診断用(インビボ)放射性医薬品における67Ga,99mTc,123I,131I,201Tlは増加傾向にある。特に,99mTc,123I及び201Tlは使用量が急増している。体外診断用(インビトロ)放射性医薬品については,利用核種の大部分は125Iであり,使用量は近年横ばいの傾向にある。一方,教育・研究機関でそのほとんどが使用されている32p,35sの使用量は着実に伸びている。

 また,密封RIの使用事業所数は4,424であり,このうち,民間企業における非破壊検査装置及び装備機器の使用状況を表3に示す。60Coはレベル計に,63Niはガスクロマトグラフ装置に,85Krは厚さ計に,90Srはたばこ量目制御装置に,137Csはレベル計,密度計に,192Irは非破壊検査装置に,241Amは厚さ計,密度計等に主に使用されでおり,これらの核種を装備した機器の使用台数は漸増傾向にある。医療機関においては,60Co,226Ra等が密封小線源として利用されているほか,60Co及び137Csが遠隔照射治療装置として,また,60Co等が放射線滅菌用の大線源としで利用されている。

第2節 放射線発生装置の利用状況
 放射線障害防止法に定める放射線発生装置は,1992年3月末現在,875台に達している。放射線発生装置の利用状況は表4に示すとおりであり,その65%は医療機関に設置され,がん治療等に利用されている。また,20%が大学,研究機関等に設置され,さまざまな研究開発に利用されでいる。
 なお,放射線障害防止法の規制対象とはならない低エネルギー電子加速器,イオン注入装置等も民間企業等に多数設置され,幅広く利用されている。

第2章 放射線利用技術の実用化及び普及促進方策
 放射線利用は,国民生活の向上に多大な貢献を果たしてきたが,さらにその裾野を広げるためには,医療,農林水産業,工業等の分野において応用目的を明確にした研究開発を推進するとともに,その普及促進に取り組む必要がある。特に,近年,生活者の立場を重視した科学技術の活用が求められており,医療や環境保全といった領域において重点的に研究開発に取り組むことが望ましい。さらには,国の研究機関や大学で開発されな技術については,民間や地方への積極的な技術移転等による普及促進に努める必要がある。

第1節 実用化の現状及び展望
 我が国においては,医療,農林水産業,工業等の分野においてRI及び放射線発生装置が利用されており,今後もこれらの分野において実用化に向けた研究開発が進められることが望まれる。

1,医療分野
 医療分野において,放射線は診断と治療の両面で利用されている。
 診断においては,放射線が生体を透過する性質が利用され,最も広く普及している胸・胃・骨等のX線撮影を始めとして,X線コンピュータ断層撮影(以下「X線CT」という。)等に利用されている。
 また,核医学検査には,被検者の体内に放射性医薬品を投与し診断を行うインビボ検査及び被検者から採取した試料に放射性医薬品を加え診断するインビトロ検査がある。
 このうちインビボ検査は,脳,心臓,肺,骨等の特定の臓器に集まった放射性医薬品からの放射線をシンチレーションカメラ等で測定し,臓器・組織への分布,蓄積・排泄の早さ等を画像化するものであり,これにより,臓器・組織の機能の亢進・低下,病巣の形態等に関する診断が行われている。最近では,モノクローナル抗体等による免疫学的手法を用いた特異性の高い標識核種医薬品により,悪性腫瘍の診断精度は極めて向上している。また,エミッション・コンピューテッド・トモグラフィは,放射線の測定結果をコンピュータにより画像処理するインビボ検査法の一種であり,使用されるRIの種類により,シングル・フォトン・エミッション・コンピューテッド・トモグラフィ (以下「SPECT]という。)とポジトロン・エミッション・コンピューテッド・トモグラフィ(以下「PET」という。)の二種類に分けられる。
 SPECT装置は,国内のほとんどの核医学施設に普及し,全国で約700台が利用されている。PETは,患者に投与した短寿命陽電子放出核種がらの放射線を検出することにより人体内部の断層像を得るものであり,従来のX線CTが臓器等の形態を撮影するのに対し,脳,心臓等における代謝及び機能の画像診断を可能とするものである。現在,放射線医学総合研究所等における研究開発の結果,PETも実用段階に達した。
 一方,インビトロ検査は,採取しな血液,尿等の試料と放射性医薬品とを反応させ,反応後の試料からの放射線を測定することにより,ホルモン等の微量な成分を定量する手法であり,糖尿病,がん等の診断が行われている。
 インビトロ検査の方法としては,ラジオイムノアッセイ (放射免疫測定法)が主として用いられているが,次第にRIを用いないエンザイムイムノアッセイ (酵素免疫測定法)に置き換えられる傾向が見られる。
 このような放射線発生装置及びRIの利用により,診断技術は今後一層向上することが期待される。
 治療については,放射線によるがん治療が実用化されている。γ線,X線等を体外から照射する方法はがん治療全般に,体内に密封小線源を挿入し,y線を照射する方法は,舌がん,子宮がん等の治療に,また,放射性医薬品を投与し,病巣に集中的に分布したRIからのβ線又はγ線を照射する方法は,甲状腺がん等の治療にそれぞれ用いられている。我が国において放射線治療を受けたがん患者数は年間約9万人と見込まれ,これは全がん患者数の約3割に相当する。現在,遠隔照射治療装置としては,γ線遠隔照射治療装置が約360台,X線を発生させる直線加速器(電子ライナック)が約520台利用されている。また,遠隔操作式密封小線源治療装置が約170台,近年急速に普及してきた脳定位放射線照射装置が全国で8台整備されている。

2.農林水産分野
 農林水産分野では,品種改良,害虫防除,食品照射等に放射線が利用されている。
 植物の品種改良については,60Co線源等によるγ線照射を利用して農業生物資源研究所放射線育種場等で進められている。例えば,耐倒伏性の強いイネ,低アレルゲン等の特性を持つイネ,早熟多収性の大豆,黒斑病に強いナシ(ゴールド二十世紀),常緑性のコウライシバ等が育成され,また,組織培養との併用により花色変化を起こしたキク等が育成されるなど,我が国ではすでに100種に及ぶ新品種が生まれでいる。このような放射線育種については,世界的にも新たな取組が期待されていることから,有用遺伝子の獲得効率の向上を目的として,放射線照射と細胞培養等のバイオテクノロジー手法を組合わせた品種改良の進展が期待されている。また,イオンビームを利用した突然変異の誘発とその応用も今後の品種改良に大きな寄与をもたらすものと考えられる。
 害虫防除については,ウリミバエの蛹にγ線を照射して成虫の不妊化を施し,環境中に放飼する不妊虫放飼法による根絶防除を,沖縄県では1974年から,鹿児島県奄美諸島では1981年から実施している。その結果,奄美諸島では,1989年10月に全域での根絶が達成され,沖縄県では久米島,宮古列島等に続き,1990年10月沖縄本島及び周辺諸島において根絶が達成された。この結果,スイカ,メロン,マンゴー等の果実類の移動規制が解除され,本土への出荷が自由となった。残る八重山列島においても,1993年には,ウリミバエが根絶されるものと見込まれている。また,小笠原諸島においでも,不妊虫放飼法により1985年2月に柑橘類の害虫であるミカンコミバエの根滅に成功している。今後は,南西諸島のアリモドキゾウムシ,イモゾウムシ等の根絶が期待されているとともに,諸外国においても各種根絶計画が立案・実施されつつあり,我が国の支援が求められているところである。
 食品への放射線照射は,発芽防止,熟度遅延,殺菌,殺虫等により,食品の保存期間を延長するなどの目的で行われる。我が国では,1967年に原子力委員会が定めた「食品照射研究開発基本計画」に基づき,馬鈴薯,玉ねぎ,米,小麦,ウィンナーソーセージ,水産ねり製品,みかんの7品目の安全性,照射効果等の研究開発を日本原子力研究所,国立試験研究機関等が分担して実施し,研究成果が取りまとめられている。我が国で実用化されているのは馬鈴薯であり,1974年から北海道士幌町で発芽防止のため年間1万~1万5千トンの照射が行われている。また,世界では1991年10月現在,38カ国で合計約60品目について食品照射が法的に許可されている。このような動向を踏まえ,国際原子力機関(IAEA)/国連食糧農業機関(FAO)により照射食品の検知技術に関する研究プロジェクトが1989年からの5年計画で進められており,我が国も本プロジェクトに積極的に協力しでいるどころである。
 さらに,1980年から開始された国際原子力機関(IAEA)のアジア太平洋地域での食品照射協力プロジェクトにも,我が国は積極的に協力している。
 今後とも,検知法等の研究を推進ずるとともに,国民の理解の増進に努めるほか,開発途上国への技術協力を進めていくことが肝要である。

3.工業分野
 工業分野での放射線利用は,放射線が物質を透過する性質を利用した計測・検査及び放射線と物質との相互作用による品質の改良に大別される。
 放射線の透過性の計測利用については,例えば製鉄所において,高温状態にある鉄板の厚さを測定し一定に保つことに役立つとともに,セロハン,アルミホイル,ラッピングフィルム,ゴム,紙等の製造の工程管理にも利用されている。このようなγ線,β線又は中性子線による厚さ,レベル,密度又は水分の精密な測定等各種の工程管理についでは,1992年3月末現在,厚さ計が409事業所で2,580台,レベル計が204事業所で1,567台保有されているなど広く普及している。また,鉄鋼,航空機部材等の構造材料のひび割れ等を外部から調べる非破壊検査も広く普及しており,非破壊検査装置は170事業所で964台保有されている。
 このような計測・分析利用では,携帯型非破壊検査装置(薄物・細管用)に必要な低エネルギーγ線ラジオグラフィの線源として169Ybの開発が進められている。また,中性子利用では,中性子ラジオグラフィによるエンジン内燃料輸送状態の観察等の非破壊検査が行われるとともに,炭素,窒素,酸素等の軽元素分析による爆発物,麻薬等の検知のための研究開発が進められており,実用化が期待されている言このような中性子ラジオグラフィ技術を,簡便かつ汎用性の高い非破壊検査法として実用化させるためには,可搬性に富んだ小型加速器等の開発が望まれるとともに,周辺技術として高感度の中性子検出器の開発も重要である。
 一方,放射線と物質との相互作用の利用についでは,材料に放射線を照射することにより,耐熱性,強度,耐摩耗性等が向上する場合があり,材料の品質改良に役立てられている。例えば,電線の被覆材に放射線を照射すると耐熱性を向上させることができ,これらの電線はテレビ,ラジオ,自動車等に使用されている。自動車のタイヤの製造中にも放射線が利用されており,成型時の型くずれ防止に役立っている。風呂マット,自動車の内装材料,断熱防水材,スリッパ等に断熱性及びクッション性に優れる発泡ポリオレフインが使用されるが,その製造工程においで発泡の制御を容易にするため放射線が照射されている。また,鋼板,フロッピーディスク等の表面塗装材の硬化にも,硬化までの時間が短いこと,加熱の必要がないこと,溶剤を使用しないこと,塗膜性能が良いこと等の利点を活かして,放射線が利用されている。電線被覆材の架橋等の各種高分子材料の改質等に利用される電子加速器の普及状況は図2に示すとおり近年急速に進んでおり,1992年末現在,全国で約280台稼働している。また,各種靜電加速器,サイクロトロン等で発生させたイオンビームは,元素分析,半導体へのイオン注入等に用いられ,これらに利用されでいる装置は全国で数百台あり世界的にも最先端の状況にある。このほか,研究炉から発生する中性子が半導体製造におけるシリコンドーピングに利用されている。
 現在,放射線架橋による天然ゴムラテックスへの加硫技術及びハイドロゲルの製造技術の開発並びに放射線グラフト重合による浸透気化膜,重金属捕集材,有害気体吸着材等の高分離機能材料の開発が進行中であるが,放射線法はプロセスの高度化及び省エネルギー化の要求に対応するのみならず,汚染物質の捕集材,易分解性材料の製造等,今後も有機高分子材料の開発に期待される技術である。また,超耐熱性セラッミク繊維の製造,ポリ四フッ化エチレン等の耐放射線性の向上等,電子線架橋による耐放射線性・絶縁性・耐熱性を有する新素材製造技術の研究開発の進展が期待される。
 医療用具の滅菌においては,包装してから滅菌が可能であること,化学殺菌のような残留有害物がないこと等から,透過力の大きいγ線により,メス,縫合糸等100種類以上の医療用具の滅菌が全国8ヵ所で行われている。このうち,人工透析器については,血液中の老廃物をろ過するため細い管状の血流経路を形成しているが,これを化学薬品により滅菌すれば化学薬品が血流経路に残る恐れがあることから,放射線による滅菌が行われている。医療用具の滅菌処理法として,近年,電子線照射も行われ始め,全国3カ所において手術用ガウン等の不織布,プラスチック製縫合糸,採血針等が滅菌されている。
 このほか,実験動物用飼料の放射線滅菌が年間200~400トン行われている。

4.研究分野
 ライフサイエンス分野では,DNA塩基配列,特定遺伝子の染色体上の位置等を決定するため,3H,32p等が用いられているほか,核酸,蛋白質,糖及び脂質の構造解明・合成並びに生体膜,膜輸送,細胞周期,物質代謝,免疫応答,造血機能等の研究がオートラジオグラフィ,ラジオイムノアッセイ等により行われており,これには3H,14c,32p,35s,125I等が用いられている。新薬の開発に関しても,薬物の吸収,分布及び代謝を調べるためにRIトレーサーが用いられている。
 また,植物に対する施肥効果及び農薬の薬理機構の解明,家畜の代謝・繁殖・泌乳機能の判定による生産性向上及び疾病の診断等のための研究にも3H,32p等が用いられでいる。今後は33pを利用した土壌中の蓄積リンの動態解明,マルチトレーサーを用いた多数の金属イオンの植物体内移行・分布の同時測定等の応用が期待できる。
 原子炉から発生する中性子については,各種試料の放射化分析,中性子散乱による結晶・生体物質の構造解析等に利用されているほか,近年,冷中性子による即発γ線分析等が注目されつつある。この即発γ線分析により,従来,放射化分析の対象にはなりにくかったH,N,P,S等の分析が可能となる。また,アクチバブルトレーサーとしてのEuは,サケの回遊,農作物の害虫の天敵研究等に用いられており,今後は樹体内で移動性の高いトレーサーを用いた同法による果樹の根活力検診法等の研究が期待される。さらに先述した中性子ラジオグラフィにより,土壌中の植物根の生育状態の把握等が可能となる。
 一方,試料に含まれる14cの崩壊状況を測定することにより,その年代を知ることができるので,放射線は考古学の分野にも利用されている。また,岩石等に微量に含まれているUが自発核分裂した分裂片の痕跡を計測することにより,岩石の年代を推定することが可能となっている。
 このほか,放射線発生装置を用いたビーム利用技術は,原子核物理の研究,物質の構造解析,質量分析,材料開発等に用いられている。

第2節 放射線利用の普及促進のための方策
 放射線利用の普及促進のためには,放射線の持つ特徴を踏まえ,他の方法では実施が困難若しくは実施できても経済的に見合わない分野又は多少コストはかかっても社会の理解が得られ易い分野を重点領域として研究開発に取り組むべきである。特に近年,生活者の立場を重視しながら,健康の維持・増進,生活環境の向上等に向けて科学技術を活用していくことが求められており,医療や環境保全といった分野において重点的に研究開発に取組むことが望ましい。さらには,国の研究機関や大学で開発された技術については,民間及び地方への積極的な技術移転等による普及促進に努める必要がある。

1.生活者を重視した社会構築に貢献する研究開発の推進
 近年,国民の意識は,潤い,快適さといった豊かさを求めるものに変質してきている。このようなことから,快適で充実した生活を送るため,健康の維持・増進,生活環境の維持・向上等に向けた科学技術の必要性が高まっており,放射線利用に係る研究開発においても,医療,環境保全といった分野において重点的に研究開発を進めることが適当である。
(1)医療分野
 放射線治療は機能温存に優れた治療法であり,米国では放射線治療の寄与率が約55%と我が国の約2倍に達している。今後,我が国においても豊かな生活の希求及び高齢化の進行の度合が高まるにつれ,質が高く侵襲の少ない治療が求められることになり,放射線治療はこれらの要求に沿うものとして需要が高まることが見込まれる。これに応ずる放射線治療の将来は今後の粒子線治療の進展に大きく依存しており,速中性子線,陽子線,重粒子線等の治療研究が進められているところである。
1992年3月現在我が国では,生物効果が高く放射線抵抗性がんに有効と考えられる速中性子線による耳下腺がん,肉腫等の治療症例数が2,492件に達しており,適応症例の治療法は放射線医学総合研究所で確立しているとともに,海外では専用器の普及も進んでいる。また,京都大学,日本原子力研究所等の研究炉で発生する熱中性子を脳腫瘍等に照射して行う中性子捕捉療法による治療症例数は100例を越す実績をもっている。
 一方,陽子線治療は,患部に線量を集中照射することが可能な治療法であり,筑波大学等における治療症例数は352件に達している。近年,眼の悪性腫瘍及び前立腺がんのみならず,他の深部臓器がんに対しても優れた治療効果が得られることが明らかになつできており,核物理研究用のシンクロトロンのビームを一部利用して進められてきた研究的な治療の時代から,本格的な医療専用装置の時代へと移行すべき時期にあると言える。
 重粒子線治療についでは,放射線医学総合研究所において「対がん10ケ年総合戦略」の一環として,重粒子線がん治療装置の建設が進められでおり,平成5年度から臨床試行が開始される予定である。重粒子線は正常組織への影響を最小限に抑え,患部に集中照射することが可能なことに加え,放射線感受性の低い悪性腫瘍に対しでも治療効果が高いなどの優れた特徴を持つものである。今後,肺がん,肝がん,すい臓がん等の難治がんの増加が著しいと予測されており,これらの臓器の早期がんには重粒子線が有用な手段として期待されでいる。
 以上の粒子線治療については,地方自治体等においても関心が高いことから,放射線医学総合研究所等における研究成果を踏まえて装置の小型化等を図ることにより,放射線治療の裾野を広げでいく努力が必要である。
 治療用小線源としては,Ra針に替わってヘアピン,シングルピン,シード,シンワイヤ等多種類の形状の192Ir線源及び198Auグレインが多く使用されるようになった。一方,術者に被曝がない遠隔操作式密封小線源治療装置については60Co線源に替わって,がん治療に線質面で優れている192Ir線源の開発が進められており,また,デュアルホトン方式による骨粗しよう症診断用として153Gd線源製造法が開発されている。また,正常組織の損傷を最小にし,腫瘍への効果を最大にするため,治療用線源による組織吸収線量の高精度計測技術及びその標準設定の研究を進める必要がある。
 また,放射線利用が実用化している医用材料の滅菌技術の分野では,近年,輸血後移植片対宿主病(GVH病)等の予防を目的とした血液製剤等への応用が進みつつあり,薬剤の放射線滅菌に関する研究も開始されている。また,3次元X線CT画像を構成する技術は,がんの早期発見のために大きなニーズがある。このようなことから,この方面の研究開発も積極的に進めることが重要である。
(2)環境保全分野
 従来から工業プロセス等に応用されてきた電子線照射による処理技術については,近年の地球環境問題への関心の高まりを受け,排煙,廃水,汚泥等の環境対策技術として注目を集めつつあり,その実用化が望まれている。日本原子力研究所等では,燃焼排ガス中の硫黄酸化物及び窒素酸化物を電子線照射により除去する脱硫・脱硝技術の実用化を目指し,技術的確立を図るため,石炭火力発電所,都市ごみ焼却施設や都市高速道路内トンネルからの排ガスを電子線処理するパイロット試験を実施しているほか,下水処理等から発生する汚泥の放射線処理による殺菌,速成堆肥化等に関する技術開発が進められている。また,東京都立アイソトープ総合研究所では,γ線又は電子線による下水の再利用を目指した脱色・殺菌等の研究が行われでいる。
 このような放射線処理法は微量汚染物質の分解に大きな効果を有する方法であり,その特徴を活かして今後,地下水汚染等の原因となっている有機塩素系化合物等の除去技術への利用研究を進める必要がある。また,廃資源・未利用資源の有効利用は,資源のリサイクルだけではなく,環境保全の面からも重要であり,放射線処理による生物資源の有効利用の進展も期待される。
 このほか,国立環境研究所等において,RIを利用して,汚染物質の環境影響の解明,環境汚染物質を分解する微生物の開発等が進められている。
 今後とも,環境を守るための放射線の利用範囲の拡大が望まれ,これらの技術は地方自治体等において,大いに広がっていく,可能性がある。

2.普及促進のための方策
 放射線利用に係る研究開発を進めるに当たつては,ニーズを調査して時代の流れに即した新しい応用分野を発掘することが必要であるとともに,既に実用化された技術についてもこのような新しい分野への応用及び技術の高度化に取り組むことが重要である。また,国の研究機関や大学で開発された技術については,民間及び地方への積極的な技術移転等による普及促進に努める必要がある。
(1)放射線利用の普及促進のための機関の整備・拡充
 電子線等の利用については,今後ともより幅広い分野への普及・拡大が見込まれる中で,民間企業又は地方機関独自では放射線技術の導入が困難な場合も多いのが現状である。したがって,民間,地方等のニーズに応じて,国の研究機関に蓄積された放射線化学,照射技術等に関する知識・経験を移転するとともに,ここに設置されている施設・装置の有効利用による協力を強化していくことが期待されている。一方,これまでこのような支援を行ってきた電子技術総合研究所,放射線医学総合研究所,日本原子力研究所等の国の研究機関では,放射線の先端的研究に次第に移行しつつあり,既に実用化されている電子線等の利用技術に関する民間等への支援業務に,必ずしも十分に対応できない状況にある。
 このような状況を踏まえ,放射線利用の普及促進を行う-ためには,国の研究機関と民間企業等との仲介機能を果たす機関の整備・拡充が有効であり,このような機関の担うべき役割としては次のようなものが考えられる。
・放射線利用技術に関する調査研究及び普及・啓発
(民間企業,地方機関等からの受託調査,技術誌の刊行,関連学会への協力,シポジウム・セミナー等の開催,一般国民向け広報活動)
・放射線利用に関する技術指導等
(研究成果情報等のデータベース化・提供,各種技術サービス,試験照射,途上国協力事業への参画)
・放射線利用の基準・規格等の整備への協力
(線量校正,各種利用方法の規格化等への協力)
 なお,国の研究機関で開発された技術を実用化するには,民間への技術移転が必要である。このような場合,民間企業が負う可能性のある実用化に伴うリスクを軽減するため,新技術事業団が研究開発に係る費用を委託開発制度により支出するなど,企業化を促進してきており,今後とも大いに本制度の活用が図られるべきである。
(2)加速器等の小型化・専用化
 放射線利用の裾野を広げるためには,特殊目的に合致した性能を有する,使いやすくて低価格の加速器の開発が必要である。中小型の加速器については,既に短寿命RI製造用サイクロトロン,小型放射光装置,イオン注入装置,低エネルギー電子加速器等で専用化の実例がある。今後こうした専用化のための研究開発が必要であり,これによって先端的利用技術の普及促進がより効果的に可能となると考えられる。
 また,近年,RI線源による照射に代わり電子線による医療用具,食品包装材等の滅菌がますます普及する傾向にある。厚物の被照射物への対応等利用の範囲を拡大するには,5 ~10MeV領域の電子加速器の高出力化及びX線発生装置の高効率化・安定化が望まれる。また,これらの装置の小型化を進め,用途の拡大を図る必要がある。これらの技術開発が進展すれば,各種の殺菌,環境保全等への応用範囲の広がりをもつ可能性が大きい。
(3)国民の理解の増進
 今後,放射線利用の実用化の推進を図っていくためには,放射線の利用に当たっての安全管理に万全を期すことはもちろんのこと,放射線に対する国民の理解を深め,普及・啓発を行うことが必要である。先述した普及促進のための機関をも活用して,地方自治体の協力を得つつ,身近な放射線利用に関する啓発を目的とするセミナー,講習会等を全国各地で行うなど,地域と密着した広報活動を積極的に進める必要がある。
 特に,放射線利用は医療分野等においてますます身近なものとなりつつあるとともに,環境保全への貢献も期待されることから,これらの貢献を積極的にアピールすることは,放射線に対する国民の理解の増進に役立つものと期待できる。平成5年度より,電源開発促進対策特別会計において放射線利用試験研究推進交付金が計上されたことから,これを活用して原子力発電施設等の立地自治体において医療分野,環境保全分野等の放射線利用研究が積極的に行われることも,放射線に対する国民の理解の増進に資するものと考えられる。
 また,放射線利用に対する正しい知識を青少年に広く普及させるためには,各種メディアを通じた啓発活動とともに,中学・高校教員を対象としたセミナーの開催が有効であると考えられる。これらの取組の推進がひいては放射線利用分野での人材確保にも貢献するものと期待される。

第3章 先端的な研究開発の推進及び体制整備
 放射線利用に係る研究開発については,原子力委員会が1987年6月に決定した原子力開発利用長期計画で,「今後,原子力利用に新しい途を拓き,幅広い科学技術分野での貢献が期待される新しいビーム発生・利用技術,トレーサー技術等,より高度な技術を生み出すことを目指した研究開発に重点を置いて推進する。」とされている。このような加速器等を用いた新たな放射線利用は,物質・材料系科学技術,ライフサイエンス等の広範な分野での進展が期待され,今後とも積極的に研究開発を実施することが重要である。
 また,近年,我が国においては大型放射光施設等の先端的な加速器が整備されつつあり,一部では研究が開始されているが,基礎研究の強化及びこの分野での国際貢献の観点から,これらの加速器等を中核とした研究開発体制の整備に努める必要がある。また,研究人材の育成・確保のためには,放射線利用分野の研究開発を先端的で魅力あるものにするとともに,産学官の交流を一層活発化する必要がある。

第1節 先端的な研究開発の現状及び今後の進め方
 放射線利用に係る先端的な研究開発についでは,PETの高度化,RI標識モノクローナル抗体を用いたがんの診断・治療等の新しいRI利用技術及び放射光,RIビーム,陽電子ビーム等新しいビーム発生・利用技術に関する研究開発を一層推進していく必要がある。

1.RIの利用に関する研究開発
 医療分野において,RIを用いた診断・治療として現在注目されているものには,陽電子放出核種を利用するインビボ検査(脳,心,肺等の機能的診断)及び免疫核医学的手法を用いたがんの診断・治療があり,ともに研究が進められている。
 前者は,病院内に設置された小型サイクロトロンによって製造される11c,13N,15O,18F等の陽電子放出核種を用いたPET装置により診断する手法で,国内18の施設で使用され実用段階に達している。この手法の高度化のため,放射線医学総合研究所等において高解像力・高感度のPETの開発,3次元陽電子イメージングの性能向上に関する研究等が進められているところである。その結果,酸素代謝,血液・血流分布,脳ブドウ糖代謝等,診断の基礎となる生理的データが定量的画像情報として描出されできており,例えば,脳神経相互間の情報伝達を担っている極微量物質の働きに関する研究により,ドーパミン系ニューロン及びベンゾジアゼン系ニューロンの受容体の映像化に成功している。診断に用いる短寿命RIについては,放射線医学総合研究所を始め,東北大学においでも医用サイクロトロンによる短寿命核種の生産,短寿命RI標識化合物の製造技術等に関する研究開発が進められるとともに,国立療養所中野病院,京都大学,群馬大学,九州大学,秋田県立脳血管研究センター等においても,小型サイクロトロンを用いて同様の研究が進められている。
 さらに,これらの技術は診断のみならず,薬物の動態,作用機序の解明,動植物における物質代謝の解析等,広く医学・ライフサイエンスの新しい分野への応用が期待されている。特に,生物をまるごと生きたままの状態で観察できることから,インビボの生化学という新しい領域が開拓されようとしている。また,短寿命RIは超高比放射能での標識合成が可能なことから,従来の方法では不可能であった極低濃度領域の生命現象の解明にも期待されている。
 このようなPET装置の普及には短寿命RIの安定供給が不可欠であるため,関連する薬剤の自動合成等のバックアップ体制の整備が重要な課題となっている。さらに,PETに用いられる短寿命RIのジェネレーターシステム(62Zn-62Cu等)を利用した放射性薬剤を開発することがこの診断法の普及には有効である。なお,PETで得られた成果をより広く日常診断に普及させる方策としては,PET製剤の利用核種に代替可能な核種である123Iを中心としたSPECT用放射性薬剤の研究開発を推進することが適切であると考えられる。
 後者は,がん関連抗原を認識する抗体(モノクローナル抗体)をRIで標識し患者に投与することにより,各部位の病理組織の特異性に従って原発巣及び転移巣の存在を診断することができ,また,適切な核種を選択してさらに大量に投与すれば治療効果も期待できるものである。我が国でも1990年12月に人体投与の際の安全指針が作成・公表されたため,腫瘍組織に対する選択性の向上等今後の技術的ブレークスルーが期待されているところである。

 このような基礎的な研究成果を踏まえ人体への適用可能性を見据えつつ,免疫核医学を中心とした悪性腫瘍の診断・治療技術の確立のための中核的な研究施設についで検討を進めることが望まれる。
 また今後,放射性医薬品の診断・治療効果を高めるためには,ドラッゲデリバリーシステムの研究を行う必要がある。
 農林水産分野においても,サイクロトロン製造による13Nの利用が確立されれば,土壌中の脱窒過程解明等に関する研究が飛躍的に進展することが期待されるとともに,家畜衛生分野におけるPETの利用も期待される。

2.放射線ビーム発生・利用技術に関する研究開発
 放射線ビーム発生装置の利用に係る先端的な研究開発課題は表5に示すとおり広範にわたるが,これらの各種ビームの発生・利用技術を一層発展させることが重要である。
(1)放射光の発生・利用技術
 高輝度・短波長のシンクロトロン放射光は,物質・材料系科学技術,ライフサイエンス,情報・電子系科学技術等の広範な基礎研究分野のための有力な研究手段であるとともに,原子力分野におけるこれまでの技術蓄積を活用し得る分野であり,いくつかの機関で放射光の発生・利用のための研究が行われている。このような研究の更なる発展を目指し,日本原子力研究所及び理化学研究所のポテンシャルを結集して,大型放射光施設(SPring- 8)の建設・整備が進められている。これを利用しで分子レベルの時間的に変化する現象の動的解析(生体内での酵素反応中の構造解析等,動的な蛋白質機能の研究等),極限環境下(超高圧,超強磁場下等)での物質の構造及び物性の解明,X線ホログラフイによる原子・分子の立体配列の直接観察等が進められることになる。このような利用の更なる高度化(位置分解能の向上等)に向けた放射光のマイクロビーム化が求められており,そのための耐熱性に優れた光学素子,分光器等の開発が必要であるほか,高速イメージング機器等の研究開発も重要である。
 また,産業界への波及効果を考えると,挿入光源(ウィグラー,偏光可変アンジュレーター等)を含む大型放射光施設以外の中小型放射光装置の開発も重要である。さらに,リソグラフィ用の小型放射光装置の開発,生物試料を対象としたX線顕微鏡の開発等も期待されている。このほか,医用専用の小型放射光装置整備への要求も高まりつつある。
(2)イオンビームの発生・利用技術
 材料開発等のための放射線利用技術高度化の一環として,日本原子力研究所において,エネルギー領域の異なる4台のイオン加速器を有するイオン照射施設の建設・整備が進められており,イオンビームを用いた耐放射線性極限材料,新機能材判の研究等の放射線高度利用研究が開始された。また,バイオ技術の研究として,イオンビーム照射を利用した突然変異育種技術の開発及び局部照射による細胞加工技術の開発も期待される。
 基礎物理研究の分野では,理化学研究所において世界最高レベルの重イオン科学用加速器を用いて原子核物理等の研究が行われており,原子番号110番以上の超重元素の発見等が期待されているところである。また,大阪大学においても同様の軽重イオン加速器が稼働を開始した。
 このようなイオンビームの更なる高度化のためには,エネルギー幅の小さい超高単色性ビームの発生・利用技術に関する研究開発が必要である。そのほか,イオンビームの高品質化として,エネルギー範囲の拡大,イオン種の拡大,イオン電流範囲の拡大,イオンビームの選択化(励起イオンビーム生成,中性ビーム,負イオンビーム,極短パルスビーム,マイクロイオンビーム)が求められている。また,新しいイオンビーム誘起効果の探索,選択的状態を有するイオンビームによる新分析技術,照射対象分野の拡大等,イオンビーム利用の開拓が期待されている。
(3)RIビームの発生・利用技術
 近年,高エネルギー重イオンビームによる入射核破砕反応で生成する高速不安定核ビームを用いた研究の気運が高まってきており,加速粒子が安定核に限られていたこれまでの研究と比べると,研究の範囲が核物理のみならず天体核物理にまで広がっている。わが国では理化学研究所を中心として世界最先端の研究が進められており,例えば,宇宙における元素生成メカニズムや中性子ハロー,中性子スキンの存在がRIビームを利用した研究により発見された。RIビームの利用により,加速粒子の種類が飛躍的に拡大し,これまでになかった核反応や新核種及び新元素の合成が可能になるため,今後,世界の原子核研究において大きな流れのひとつとなることが見込まれるとともに,物質・材料研究,生物研究,基礎医学の研究等の幅広い研究分野のへ利用が期待される。このような幅広い研究分野への利用及び利用の高度化に当たっては,低エネルギーから高エネルギーまでの広いエネルギー範囲と更に高強度・高品質のRlビームが必要となる。このため,大強度の高エネルギー重イオン連続ビームが得られる超電導リングサイクロトロンの技術開発及びRIビーム発生・利用研究施設の整備が望まれる。
 このような基礎研究分野ばかりではなく,重イオンビームで二次的に発生した陽電子放出核ビームを用いて,比較的小さながん標的を照射位置を確認しつつ照射・照合する技術の開発も期待されている。
(4)陽電子ビームの発生・利用技術
 陽電子の利用は,RIから得られる白色陽電子の物質中での消滅を扱っていた時代から,エネルギー可変単色ビームが利用できる時代に入り,ますます高密度化する半導体素子でこれまで問題とならなかったような微小・微量の欠陥の評価等に不可欠な分析手段として利用される段階に至っている。
 また,単色ビームの利用により,高温超電導機構の解明に必要な電子構造解析を始めとして,放射光等他の手法と相補的な,あるいは他の手法では困難なキャラクタリゼーションが行える手法としての道が拓け,先端材料開発の分野で有望視されている。さらに,陽電子が消滅等の特異な反応のチャンネルを持った基本的な素粒子であり,かつ,消滅γ線等によって与えられる情報量も豊富であることから,原子・分子物理学等の基礎理論の新展開,宇宙進化の研究,DNA損傷による突然変異機構の解明等,材料開発以外の分野でも,その利用が期待されている。
 このような広範な応用のためにはRIから得られるよりも大強度の陽電子ビームが必要である。電子技術総合研究所では,世界に先駆けて電子ライナックを用いて大強度陽電子線の発生,直流化,極短パルス化等の研究を進めて,材料分析等の研究に利用している。しかしながら,このような現有施設で発生が可能な単色陽電子ビーム強度は最高108個/秒程度であり,上述の分野での実用化には至っていない。そのため,実用化に必要な2桁以上強力なビームの発生が可能な大強度単色陽電子ビーム発生・利用研究施設を関係研究機関の協力の下に整備することが望まれる。
(5)自由電子レーザーの発振・利用技術
 次世代のレーザーとして期待されている自由電子レーザーは,波長可変性,高出力,高効率等の優れた特徴を持っているため,原子力を始めエレクトロニクス,医療,化学工業,医薬品工業等の幅広い分野への応用が期待されている。したがつで,今後レーザー発振技術として,高輝度加速器,アンジュレーター,反射率の高い光共振器ミラー等の開発を行うとともに,同位体分離,表面加工,医学利用等の分野における実用化に向けた研究を着実に進める必要がある。また,自由電子レーザーをさらに電子ビームと正面衝突させて発生させる高エネルギー・エネルギー可変のγ線は将来性が期待されている。
(6)陽子ビーム,中性子ビーム等の発生・利用技術
 理化学研究所が英国ラザフォードアップルトン研究所の大強度陽子加速器に付帯してミュオンビーム発生施設を建設しており,ミュオンによる物性解析等の基礎研究の進展が期待されている。一方,陽子加速器を利用したパイ中間子によるがん治療については,治療に必要とされる大強度のパイ中間子を発生・制御する技術を確立する必要があり,諸外国の動向を踏まえつつ基礎的な研究を進めることが望ましい。
 核融合材料研究のための大強度重陽子加速器によるエネルギー選択型中性子発生技術,長寿命放射性核種の消滅処理のための核破砕反応中性子の工学利用を目的とした大強度陽子加速器技術等の研究開発が行われており,適用プロジェクトの計画の進展状況を勘案しつつ,着実に進めていくことが適当である。
 また,研究炉からの中性子ビームの利用については,これまで京都大学研究炉及び日本原子力研究所JRR-2が中核的な役割を果たしてきた。最近改造されたJRR-3が新たに冷中性子源を備え,高性能の冷中性子ビームの供給を可能としたことにより,研究分野が飛躍的に拡大され,高分子化学,生命科学,材料科学,量子力学等,一層広範な研究開発が期待される。

第2節 研究開発体制の整備
 第1節に述べた新しいRI利用及びビーム利用に関する先端的な研究開発については,広範な分野の高度な技術の結集が必要であり,中心的な機関を明確にして,各々の分野で十分な研究開発ポテンシャルを有する産業界,大学及び国の研究機関の人材等を結集してこれに当なることが重要である。
 特に,我が国においては,現在,大型放射光施設等いくつかの先端的な加速器が整備されつつあるが,その建設・利用に多額の経費及び多くの研究者・技術者を要する先端的な加速器施設を活用し,先端的な研究成果をあげていくためには,このような加速器施設に内外の優れた研究者を結集し,独創的な研究開発を推進することが重要である。このため,このような施設を有する研究機関にあっては,今後,開放性,流動性及び国際性を向上させ,国内外の大学,研究機関等との交流を活発化するなど,研究開発体制を整備する必要がある。このような取組を通じて,先端的な加速器を有する研究機関が優れた中核的研究拠点(センター・オブ・エクセレンス)となることが期待される。

1.加速器の発展動向
 加速器はもともと原子核研究用として発明され,原子核・素粒子の研究の発展とともに,進歩してきた。特に,物質の究極の構造を究めるために不可欠な実験装置として図3に示すように大型化,高性能化し,そのエネルギー,ビーム強度及びビーム性能のフロンティアを拡大してきた。すなわち,エネルギーフロンティアの拡大は,単一加速器から複合加速器,さらには衝突器へ並びに大型化及び超電導利用へ移行ずることにより,強度フロンティアの拡大は,電子銃・イオン源及び蓄積・冷却リングの開発により,また,ビーム性能フロンティアの拡大は,短パルス化,マイクロビーム化及び均一化により達成されてきた。また,加速粒子フロンティアの拡大もイオン源の開発,二次粒子の利用及び不安定核粒子の蓄積・加速・冷却により実現してきている。
 一方,加速器は種々の放射線を人工的に創り出し,また物質にイオン種又は高密度のエネルギーを制御性よく注入できる優れた装置である。そのため,加速器を原子核研究以外の研究に利用する試みが,その発明の初期から進められてきた。これは加速器が他の研究装置に比べて極めて先端的な巨大実験装置であり,その建設には多くの技術開発及び多額の経費を要してきたことも一因として考えられる。このような付随的利用から,例えば放射光,イオンビーム等に関する新しい研究分野が生み出されてきている。諸外国では,原子核・素粒子研究の分野で役目の終わった加速器が,それまでは付随的であった利用研究の専用加速器として用いられ,優れた成果をあげる例が多く,これらの成果をもとにして,新しく生み出された研究分野に専用の加速器が開発されている。

2.加速器を中核とした研究開発体制の整備の基本的考え方
(1)先端的な研究施設の整備
 加速器研究施設において最先端の研究が行われるためには,当該加速器がエネルギー,強度,性能又は利用できる粒子に関して最先端の性能を持つ必要がある。
 ビーム発生装置については,広いビームエネルギー ・強度範囲とともに,ビームの強度均一性,集束性等の空間的制御機能,パルス等の時間分解機能,複合・極限条件下でのビーム利用機能,二次ビーム生成機能等の高度なビーム発生・制御機能を有することが重要である。また,利用できる粒子,二次ビーム等のビーム種についても多様性が必要であり,必要に応じ,複数の異なるビームの利用,を可能とすることも望まれる。
(2)優れた研究資源の結集
 加速器を利用して創造的な研究活動を推進するためには,優秀な研究者を結集し,最先端の研究活動を維持して,内外の優れた研究者を惹き付けることが必要である。そのためには,まず優れた研究者がリーダーシップをとって独創的な研究を遂行する施設固有の研究グループの結成が必要である。
 また,研究機関の活性を維持するとともに,加速器を利用した研究に新しい発想を持ち込むためには,若手研究者の積極的な受入れを促進することが重要である。
 さらに,得られた研究成果及び技術ノウハウをデータベースとして整備し,積極的に知的資産の蓄積に努めるとともに,国際シンポジウムの開催等により,これらの情報を世界に向けて発信することも重要である。
(3)国内外に開かれた運営体制の整備
 研究拠点施設が効率的に運用されるためには,柔軟で流動性が高く,かつ,国内外を問わず開放的な研究運営が必要である。このためには,研究者交流及び研究協力のための制度の充実並びにその積極的活用を進めるとともに,外来研究者のための宿泊施設の整備,旅費の支援等を行うことが重要である。
 外部機関の研究グループとの研究協力を一層進めるためには,例えば,外部機関へのサテライト研究グループの設置,高度情報ネットワークによる日常的な研究協力等を推進することも肝要である。
 また,加速器等の施設の管理,外来研究者のための利用支援,得られた研究情報の国内外への発信等を効果的・効率的に行えるよう,専門的な知見を有する外部機関の活用の検討も含め,所要の体制整備を図ることが重要である。
 このほか,責任ある課題採択制度及び厳しい研究評価制度を確立することも重要である。

3.加速器施設の特徴に応じた研究開発体制の整備
 加速器施設の研究開発体制の整備は,1.で述べなような加速器の特徴を踏まえて行う必要がある。
 すなわち,大型放射光施設,重粒子線がん治療装置,イオン照射研究施設等のように加速器利用研究の裾野を広げる役割を持つ加速器を整備する研究機関においては,科学技術の広い分野で最先端の基礎的・応用的研究を行うほか,幅広いユーザーの受入れ及び研究支援を進めることが必要である。そのため,特に,民間企業,大学,国公立研究機関,医学分野にあっては医療機関等のユーザーとの連携・交流が大きな課題となる。この場合,課題採択に当たっては,所内外の学識経験者によるユーザーの特徴にも配慮した公正な審査が必要である。また,ユーザーが必ずしも先端的加速器の利用に熟練していない場合も多くなると見込まれることから,研究面・技術面における支援体制の充実が重要である。加速器を利用した研究に不可欠な計測器を実験毎に準備することは,今後,加速器のユーザーを広げるに当たり障壁となる可能性があり,これらの高度測定機器の賃貸制度等周辺環境を整備しておくことが望ましい。さらに,このような加速器施設の場合には,比較的短期間の施設利用が多くなると見込まれるので,高度情報処理システムの整備によるデータ収集・解析の効率化によるユーザー支援も肝要である。
 一方,リングサイクロトロンのように,エネルギー,性能又は粒子の観点から世界的なフロンティア加速器を有する研究機関にあっては,まず,加速器の性能,周辺測定機器等を世界のトップレベルに維持・発展させることにより,常に最先端の研究を実施できる状態を保つことが必要である。そのためには,高度技術者の育成・確保,施設に密着した問題提起型の研究者と装置開発担当者との間での積極的協力関係の確立,国内外の先端加速器所有機関との交流強化等を図ることが肝要である。また,国内外の優れた研究者が集まる魅力的な研究機関にするためには,優れた研究拠点にするための明確で具体的な目標をたて,それを達成するための強いリーダーシップが必要である。特に,長期的研究計画の策定,研究グループの結成・評価・解散等に当たって当該研究機関のリーダーの権限及び責任を明確にする必要がある。
 また,課題採択においても課題採択審査委員会の公正な判断以外にリーダーによる採択枠を設けるなど,リーダーシップの下での柔軟な運営を行うことにより,常に最先端かつ魅力的な研究を推進して行くことが重要である。

第4章 放射線利用分野における国際貢献
 近年,近隣アジア諸国等においては,生活向上に直接役立つ放射線利用に強い関心を有しており,技術的基盤の充実,人材の養成等を目的とした我が国の協力が強く望まれている。また,先端的な研究分野においては,先進国との研究協力が進められており,基礎研究分野における国際貢献の観点から積極的に進めることが望ましい。

第1節 国際協力の現状
 放射線利用の分野における主な国際協力の現状は表6に示すとおりであり,原子力分野の国際協力の大きな柱として積極的に進められている。

1.途上国協力
(1)アジア地域原子力協力国際会議の下の協力
 我が国の原子力委員会は,近隣アジア諸国における地域協力の具体化に向けて意見交換・情報交換を行い,地域協力テーマに関する関係各国のコンセンサスを得ることを目的に,1990年から近隣アジアの原子力関係者が一堂に会する「アジア地域原子力協力国際会議」を開催している。同会議の下で,放射線の農業利用,医学利用を含む4つの協力テーマについて協力活動が開始されている。

(2)IAEA/RCA
 「原子力科学技術に関する研究,開発及び訓練のための地域協力協定」(RCA)は,アジア・太平洋地域の国際原子力機関(IAEA)加盟国間において放射線利用を中心とする原子力科学技術の研究開発及び教育訓練を推進することを目的とするものであり,現在15カ国が参加している。RCA計画では,国連開発計画(UNDP)との環境プロジェクト等,現在12のプロジェクトが進められているが,我が国は,環境,医学・生物及び農業の3分野に対して積極的な協力を行っている。
(3)二国間協力
 日本原子力研究所が中心となり,インドネシア原子力庁との間で医用材料の開発に関する研究,タイ原子力庁との間で放射線による汚泥処理に関する研究,マレイシア原子力庁との間でオイルパーム廃棄物の放射線処理に関する研究及びメキシコとの間で環境保全・線量測定に関する研究がそれぞれ行われている。
(4)原子力研究交流制度に基づく協力等
 科学技術庁では,1985年より日本の研究機関と開発途上国の研究機関の間で研究者交流を行う原子力研究交流制度を実施している。本制度により,放射線の医学利用,高分子材料の放射線加工,排煙・廃水・汚泥の放射線処理,計測器の校正技術等の分野で,研究者の受入れ,派遣等の研究協力が行われている。そのほか,1989年から,国際協力事業団により,マレイシアにおいて電子加速器の建設を含む電子線による医療器具の滅菌等の放射線利用研究プロジェクトが実施されている。

2.先進国協力
 先進国との協力では,米国,英国,ドイツ,フランス等との間で,重イオン科学,イオンビーム利用,中性子利用,排煙の放射線処理等に関する共同研究が進められている。
 また,経済協力開発機構国際エネルギー機関(OECD-IEA)及び米国との核融合炉材料の中性子照射に関する研究のほか,国際原子力機関(IAEA)の研究協力計画の中で粒子線加工処理に関する線量測定,伝染病用診断試薬の開発等に関する協力に参加している。

第2節 国際貢献に向けた協力のあり方
 放射線利用分野の国際協力の今後の取組としては,途上国協力,先進国協力とも,協力対象国及び協力内容の拡充,受入れ及び派遣体制の整備・強化等を積極的に進める必要がある。国内の関係諸機関においては,従来の取組を一層推進することに加え,新たな国際協力にも積極的・計画的に取り組んでいくことが望まれる。
 特に,開発途上国への放射線利用に関する技術協力は,我が国の原子力分野での国際貢献の大きな柱であり,日本原子力研究所等が専門家の派遣,研修員の受入れ等により協力を行っているが,今後,アジア地域原子力協力等既存の枠組の活用を図るとともに,供与技術を定着させる協力等,途上国のニーズに応じたきめ細かい協力体制の整備について検討する必要がある。

1.途上国協力
 放射線利用は,途上国の経済・社会の発展に大きく貢献するのみならず,当該国の科学技術の振興にも寄与することから,多国間協力,二国間協力ともに積極的に推進し,相手国のニーズ及び実情を踏まえ,開発段階に応じたきめ細かい協力を推進していく必要がある。
 それにはまず,援助を受ける国が本格的に取り組む姿勢を固めているかどうかが重要であり,協力において肝要な点は,供与された技術が途上国でどのように役立つかを見極めることである。通常,IAEA/RCA計画,二国間協力等においては,当該国との協議の上で技術供与が行われているが,供与された技術が当該国の国情に合致しないケース,あるいは,周辺技術の不足ゆえにその技術が活かされないといったケース等が見受けられる。したがって,技術の供与に当たっては,当該技術だけではなく,その周辺技術も含めて受入れる素地があるかどうかを事前に調査することが望ましい。その上で,放射線利用技術の定着の観点から,例えば電子加速器の運転・維持等の周辺技術も含めた技術協力のあり方について検討しておく必要がある。また,安全規制体系の整備,事業所内での利用体制の確立,放射線取扱技術者の養成等の利用周辺環境の整備,これらに関する日本の現状紹介等も重要である。
 さらに,供与された技術を定着させるためのきめ細かな協力については,供与の時点からタイムスケジュールの中に入れておく必要がある。途上国においては,研究指導者の長期派遣の希望が多いため,定年後の研究者の派遣,現役研究者の短期シャトル派遣等の方策も進めていくことが肝要である。
 一方,供与された技術を使いこなせる人材の養成を行うことにより,このような協力が一層効果的なものとなるので,人材交流を積極的に進めることについても検討していく必要がある。昨今,我が国の公的な研究機関だけでは,増大する放射線利用分野の技術協力業務への対応に限界が生じており,第2章に述べた普及促進のための機関を活用し,研修生の受入れ,専門家の派遣等を推進することが望まれる。また,一方的な協力関係のみならず,開発途上国の研究者同士の交流の場の設定及びそこへの我が国の参画も効果的であると考えられる。

2.先進国協力
 放射線利用分野においては,加速器を中心に研究設備が大型化・複雑化し,多方面の高度な知見が不可欠であるとともに,優れた人材等の確保が重要な要素となってきている。その結果,本分野の研究開発を進めるについては,先進国間の国際的な協力の必要性が高まりつつある。
 このような先進国協力において,我が国の研究機関が基礎研究分野での国際貢献を果たすべく,放射線利用分野において積極的にリーダーシップをとって行くためには,まず,我が国の研究機関が世界に先駆けて先端的な研究に着手し,実績を挙げておくことが重要である。
 また,このような先進国協力を一層拡大して行くためには,人材及び情報の積極的な交流を進める必要があり,国際的なヒューマンネットワークを作っていくことや先端的な加速器を所有する国内外の研究機関間の情報交換活動を促進することが望まれる。


放射性廃棄物対策専門部会
「高レベル放射性廃棄物地層処分研究開発の進捗状況について」

1993年7月20日
 原子力委員会
 放射性廃棄物対策専門部会

1,はじめに
 放射性廃棄物対策専門部会は,高レベル放射性廃棄物地層処分の研究開発の推進方策に関して,平成元年12月に「高レべル放射性廃棄物の地層処分研究開発の重点項目とその進め方」(以下,「『重点項目とその進め方』」という。)を取りまとめた。その中で,当専門部会は高レベル放射性廃棄物地層処分の安全確保の基本的な考え方を示す一方,研究開発を進めていくに当たって,地層処分について国民の理解を得るよう努めることが重要であるとの観点から,研究開発の中核推進機関である動力炉・核燃料開発事業団(以下,「動燃事業団」という。)が,研究開発の成果を適切な時期に報告書として取りまとめ,それを公表して情報提供を積極的に行うとともに,さらにこれを国が評価することなどを通じて,地層処分についての国民的理解を得つつ進めその円滑な実施を目指していくとの方針を示している。
 これに続き当専門部会は,平成4年8月に「高レベル放射性廃棄物対策について」を取りまとめた。その中で,処分対策を円滑に進めるためには,長期にわたり研究開発等を要することとなるので,知見の得られた段階ごとに,国がその妥当性について判断を示すこと等に留意する必要があること,動燃事業団が作成する研究開発の第一次取りまとめについては,とりまとめ段階における研究開発の進展状況および成果を明らかにし,その結果につき国に報告することが必要であること等を示した。
 動燃事業団は,この趣旨に沿って,平成3年度までに得られた研究開発の成果を「高レベル放射性廃棄物地層処分研究開発の技術報告書-平成3年度-」(以下,「『技術報告書』」という。)として中間的に取りまとめ,平成4年9月に公表,平成4年12月に原子力委員会に報告した。
 以上のことから,当専門部会は,地層処分の研究開発に関する我が国で最初の技術報告書である同報告書について,研究開発の進展状況及び将来に向けての課題と進め方等に関し検討を行った。

2.地層処分研究開発の進展状況及びその妥当性
 我が国における地層処分の研究開発は,地層処分した高レベル放射性廃棄物の安全性を長期にわたり確保し得ることを具体的に示すことを目指し,現在のところ,対象となる地域や岩石の種類を特定することなく幅広く地質環境条件を想定し,それらに対応しうる処分技術を研究開発するとともに,いわゆる多重バリアシステムの概念に基づく処分システムの性能を総合的に解析し評価することにより進められてきている。このため,「重点項目とその進め方」では,研究開発の重点項目として,①地質環境条件の調査研究,②処分技術の研究開発,③性能評価研究の三領域を定めており,「技術報告書」においてもこの考え方に基づき,それぞれの研究領域毎に研究開発の成果が整理されている。以下,各研究領域毎にその進展状況を確認するとともに,その妥当性につき概括的に評価することとする。
(1)地質環境条件の調査研究
 地質環境条件の調査研究は,第一に,処分システムにとって特に重要であると考えられる地質環境条件に関し,我が国の地表から地下深部に及ぶ広範な調査を行い,我が国の地質環境上の特徴を抽出し,その体系化を図るとともに,得られたデータを性能評価研究に活用すること,第二に,将来,特定の地層の地質環境を詳細に評価する段階に備え,高い精度と信頼性を有する地質環境データを効率的に調査・収集し,これらを解析・評価するために必要な技術の開発を行い,その実用化を図ることを目的としている。
 「技術報告書」では,地球科学の分野において蓄積されている情報やデータに関し,地層処分の観点から将来必要となる地質環境情報を体系的に整理するとともに,地質環境データを精度よく収集するための調査技術・機器に関する開発の状況が調査されている。また,深部地質環境に関するデータについては,性能評価等に必要な情報として整備されつつあるが,実測データが一部に限られていることから,今後,さらにデータを収集していくことの必要性が明らかにされている。
 地層処分の観点から見た地質環境に関わるデータは,現在収集可能な広範囲のデータについで,我が国で初めて体系的かつ包括的に整理されており,これらは我が国の地質環境の特徴を示す基礎となるとともに,今後の調査研究の課題の抽出などにも有効なものと評価できる。
(2)処分技術の研究開発
 処分技術の研究開発は,安全性を長期間にわたって確保し得る技術的方法を具体的に明らかにするために,要素技術としての各人工バリア及びそれらを基にした処分場の設計・建設・操業等に関する処分技術について,より高い信頼性を有する技術の開発を行うことを目的としている。
 「技術報告書」では,人工バリアを構成する各種材料についてその適性を比較整理し,その結果として材料の選定例が示されている。また,処分施設の設計・施工の技術的可能性について基礎的検討を行うとともに,技術的に可能な一つの処分システムが例示されている。人工バリアと処分施設の設計や施工等に必要な技術については,基本的に既存技術が適用できる見通しが得られていることに加え,個々の要素技術の信頼性向上のための課題が示され,今後の研究開発の進め方についても言及されている。
 これによって,人工バリアと処分場の設計・建設・施工等に必要な技術開発の方向性が具体的に示され,より高い信頼性を有する技術の確立を目指した研究開発課題が明らかになっている。
(3)性能評価研究
 性能評価研究は,第一に,地震等の自然現象や人間活動等の諸事象によって,高レベル放射性廃棄物が人間に直接的に影響を及ぼす可能性について,その発生の可能性と影響の程度を調査・研究し,あわせて,深地層を高レベル放射性廃棄物の安定な埋設場所とするという地層処分の概念が適切であることを明らかにすること,第二に,高レベル放射性廃棄物中の放射性物質が地下水に溶出した場合,それによって人間が受ける影響の可能性とその程度について定量的な評価を行い,その結果に基づいて,多重バリアシステムの技術的可能性を評価することを目的としている。
 火成活動や隆起・侵食などの要因により,高レベル放射性廃棄物が人間に直接的に影響を及ぼす可能性については,これらの現象に地域性があることから個々の地域をそれぞれ具体的に評価することが重要であるが,「技術報告書」では,特定の地域を対象とすることなく我が国の地質環境条件が広く調査研究されており,そのような概括的調査によれば,深地層を安定な埋設場所にするという地層処分の概念が我が国においても有効であることが示されている。あわせて,地域を特定した場合における現象の評価手法・評価技術の開発の重要性が指摘されている。
 次に,多重バリアシステムの技術的可能性については,我が国の場合,地下水による放射性物質の移動の可能性への配慮が特に重要であるとの観点から,我が国の地質環境条件を幅広く想定し,地下水の水質や流動特性,人工バリアの長期的健全性,人工バリアから溶出した放射性物質の移行を抑制する働き等多重バリアシステム全体の性能について解析する基本モデルを体系的に構築し,これを用いて,多重バリアシステムの性能を例示的に評価している。その結果,人工バリア及び処分場を地質環境条件に対応して適切に設計・施工すれば,多重バリアの性能を長期的に保持することができ,安全が確保され得ることが示されている。また,同時に,適切な設計・施工に際しては,特に人工バリア及びその比較的近傍の地質環境条件を精度良く評価することが重要であることが示されている。
 これによって,多重バリアシステムの性能を評価する方法論が明らかにされ,その解析に必要なモデル体系の基礎が構築されたものと判断される。さらに,将来,信頼性の高い解析を行っていく上で重要な影響因子が示されており,性能評価研究の今後の方向性も明らかになっている。加えて,多重バリアシステムの概念に基づく安全確保の具体的な技術についても重要な知見を得ており,地層処分の安全確保を図っていく上での技術的基盤がより明らかにされていると評価できる。
(4)総合的評価
 今後,さらに所要の研究開発及び調査を行うことにより,地質環境条件をより精緻に把握するとともに,技術の高度化や解析の詳細化などを図り,より信頼性の高い評価を行っていく必要があるものの,「技術報告書」においては,①人工バリアと処分施設の設計や施工等に必要な技術については,基本的に既存技術が適用できること,②多重バリアシステムの性能については,ニアフィールド(人工バリアとその近傍の地層とを併せた領域)の性能評価を中心とした包括的解析手法が整備されたこと,③変動幅を考慮しつつ例示的に想定した地質環境条件について解析した結果,人工バリア及び処分施設を地質環境条件に対応して適切に設計し施工すれば,多重バリアシステムの性能を長期的に保持し得ることが示されており,我が国における地層処分の安全確保を図っていく上での技術的可能性が明らかにされている。
 以上を総合的に評価すると,「技術報告書」に示された地層処分の研究開発は,「重点項目とその進め方」に沿って適切かつ着実に進められており,また,地層処分の安全確保に関し,多重バリアシステムの有効性を示唆する知見が得られ,あわせて具体的な技術的方法が明確になってきていることを考慮すれば,現段階にあっては,概ね妥当なものと結論できる。

3.地層処分研究開発に関する今後の課題等
 地層処分研究開発の今後の展開については,「技術報告書」に示されたこれまでの研究開発の成果を基に,以下に示す考え方を踏まえ,さらに研究開発の推進を図ることが必要である。
 また,その際には,深部地質環境を適切に把握するための調査・研究,より高度で信頼性の高い人工バリアや処分場の設計・施工等の技術開発,ニアフィールドの性能評価と多重バリアシステムの信頼性のさらなる向上が特に重要であると考えられる。
(1)地質環境条件の調査研究
 地質環境条件の調査研究では,地層処分の観点から,長期にわたる安全性の確保に重要な地質環境条件にさらに焦点を当て,地下深部における地質構造,地層・岩石の分布,岩盤物性,水理地質特性,地下水の地球化学特性等について,調査・計測技術や機器の開発・改良を進め信頼性の高いデータの充実を図る必要がある。
 一方,火成活動,地震活動,断層活動,隆起・侵食,気候変動,海面変化等の自然現象については,その活動の履歴を調査するとともに,それらが多重バリアシステムに与える影響の可能性に関しさらに評価することが重要である。その際には,個別の現象の評価のみならず,各現象相互の関連性等も考慮して総合的にとらえることが重要である。また,地域性があると考えられる火成活動等の自然現象については,地域の現象を適切に評価することが重要であることから,その評価手法・技術の開発をさらに進めることが必要である。その他,自然現象の影響に加え,治山工事,資源開発等の大規模な人間活動が地質環境に与える影響等についても検討しておくことが望ましい。
(2)処分技術の研究開発
 処分技術の研究開発では,人工バリアについては,その求められる要件を明らかにした上で,より信頼性の高い人工バリアの開発に重点をおいた研究開発が必要である。オーバーパックについては,引き続き炭素鋼について長期的耐久性に係る研究開発を進めるとともに,チタン等の炭素鋼以外の材料についても検討することが望ましい。また,オーバーパックの溶接の健全性を含め,設計・製作に係る検討を進めることが必要である。緩衝材については,粘土材料(ベントナイト)を中心とし,その他の新しい材料についても,より幅広い特性調査と施工法の検討が必要である。施工法については,性能の確保にあたって極めて重要であることから,大型試験を実施するなどの研究開発が必要である。処分場の設計・建設・操業等に関する技術開発については,種々の要素技術に基づいた総合的な解析技術,調査技術,施工技術等のさらなる向上を図ることが重要である。さらに,安全上より厳しい状態を想定した試験や坑道等の空洞の長期安定性についても検討することが望ましい。
(3)性能評価研究
 性能評価研究では,当面,ニアフィールドの性能の評価と多重バリアシステムの信頼性の向上が重要である。そのためには,解析モデルや手法の改良・開発及びその妥当性の確認,解析に用いるデータの信頼性の確保が特に必要であると考えられる。
 また,動燃事業団の性能評価のための研究施設等を有効に活用していくことにより,解析に必要な放射性物質の熱力学データを含む基本的なデータの充実・整備を図り,データベースの拡充を図ることが必要である。
 一方,長期の現象を科学的に把握するためには,天然現象による理解が有効であるので,ナチュラルアナログ研究を引き続き実施するとともに,地球化学反応における速度論的考察も重要である。
(4)共通的課題と今後の進め方
 今後の研究開発を進めるにあたっては,「技術報告書」に示されているこれまでの成果をより一層深める必要があることから,地質環境条件をより精緻に把握し,技術の高度化を図り,さらに解析手法の精度向上を図る等,各研究領域において,より信頼性の高い成果が得られるよう配慮することが肝要である。そのためには,研究施設・設備の充実,人材の育成等を進めていくことが重要である。
 特に深地層の研究施設は,地質環境条件の調査研究,処分技術の研究開発,性能評価研究の共通的な研究基盤となる施設として必要であるとともに,我が国における地質学,水文学,地球化学,岩盤工学等の学術的研究にも寄与しうる深地層に係る総合的な研究の場としても有用である。
 動燃事業団においては,我が国の地質環境に適合する地層処分技術の確立を図るための研究開発が進められているが,この研究開発は長期にわたるものであるため,2000年前までに予定されている動燃事業団による第二次取りまとめ,国によるその評価等を通じ,研究開発の進捗状況を見極め,研究方策をさらに評価検討することが必要である。
 なお今後とも,研究開発を総合的かつ効果的に推進するためには,中核推進機関である動燃事業団を中心に,日本原子力研究所,地質調査所等の国立試験研究機関,大学の協力,関連する民間の技術力の活用及び国際協力の効率的推進を図っていく必要がある。


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