第II部 各論
第8章 基礎・基盤研究等

1.基礎研究の動向

 原子力関係の基礎研究は,物理・化学分野,生物・医学分野及び燃料・材料その他の工学的分野に大きく分類できる。
 物理・化学分野は,炉物理,核物理,放射線化学等の研究分野があり,研究炉,加速器等の大型研究施設を中心に,日本原子力研究所,理化学研究所等において研究が行われている。
 日本原子力研究所においては,JRR-1からJRR-4までの研究炉及び20メガボルトタンデム,バンデグラフが建設された。このうち,JRR-1は停止されたが,JRR-2,-4は供用中であり,JRR-3は改造され,1990年3月臨界を経て同年11月から利用が再開されている。また,各種加速器を用いて炉物理・核物理等の基礎研究が行われており,20メガボルトタンデムバンデグラフに付加する増力用超電導ブースターの加速器部分が完成した。さらに,放射線高度利用研究を推進するためのイオン照射装置の建設及び理化学研究所との共同により,基礎的・先導的科学技術を推進するための大型放射光施設(SPring-8)の建設が進められている。また,理化学研究所においては,原子核物理等の重イオン科学を推進するため,重イオン科学用加速器リングサイクロトロンが建設され,1989年からこれを用いた研究が行われている。
 生物・医学分野は,基礎生物学,基礎医学,臨床医学等の広い研究分野があり,放射線医学総合研究所を中心にトレーサーを利用した生体内の生理学的・生化学的研究,放射線障害のメカニズムを解明するための研究,陽子線,速中性子線,重粒子線等によるがん治療に関する研究等が行われている。
 このうち,放射線障害のメカニズムの解明は,低レベル放射線の人体への影響等の基礎的知見を得るものとして不可欠であり,近年の原子力開発の進展に伴って重要性を増している。こうした状況を踏まえ,放射線医学総合研究所においては,晩発障害実験棟及び内部被ばく実験棟において,放射線による晩発障害の研究,プルトニウム等TRU(Trans- uranium:超ウラン)元素による内部被ばくの影響に関する研究が進められている。
 一方,放射線を利用した悪性腫瘍治療については,X線,γ線,電子線等の従来の放射線より治療効果の高い陽子線,速中性子線,重粒子線等を導入すべく,基礎的な生物研究から臨床研究まで様々な段階で研究が行われている。放射線医学総合研究所においては,現在,サイクロトロンを利用して,速中性子線,陽子線を用いた治療研究が行われている。さらに,1989年度からは,特別研究として重粒子線等によるがん治療法に関する調査研究が開始されているほか,「重粒子線がん治療装置(HIM4AC)」の建設が進められている。また,短寿命RI標識薬剤を用いた陽電子核医学診断技術に関する研究も行われている。燃料・材料その他の工学的分野については,日本原子力研究所を中心に,金属材料技術研究所,無機材質研究所等において材料試験炉(JMTR)を用いた照射試験等の研究が進められている。

(1)日本原子力研究所における基礎研究
 日本原子力研究所における基礎研究は,理学的研究部門と工学的研究部門に分かれており,さらに,理学的研究部門は物理分野及び化学分野に,工学的研究部門は原子炉工学分野と燃料・材料工学分野に分かれている。この他,先端性のある領域での研究については研究センターを設け重点的に進められている。また,核融合研究部門等にも基礎研究が含まれている。
 1992年度に実施された各分野ごとの基礎研究の概要は表8・1のとおりである。
 日本原子力研究所と大学との協力は,委託研究,協力研究,共同研究及び施設の共同利用の形で行われており,1992年度は,協力研究は193件,共同研究は146件のテーマについて行われた。
 また,日本原子力研究所の基礎研究分野における国際協力としては,これまで,中性子散乱,核物理等の分野における協力を行っている。

(2)放射線医学総合研究所における基礎研究
 放射線医学総合研究所における基礎研究は,環境科学部門,生物医学部門及び臨床医学部門に分けられる。
 環境科学部門については,環境中に放出された放射性物質の被ばく線量評価の体系化を行うとともに,原子力施設等の周辺住民に関して,集団線量を求め,さらに環境放射線による国民線量を算定しリスク評価を行う安全解析等の調査研究を行っている。
 また,生物医学部門においては,最終的には人の放射線障害の防止に資するため,急性障害及び晩発障害についての医学・生物学的研究を推進している。施設としては,晩発障害実験棟及び内部被ばく実験棟を始めとする動物実験施設を有している。
 さらに,臨床医学部門においては,放射線の医学利用及び放射線障害の診断治療に寄与することを目的として,サイクロトロンを利用したがん治療研究や急性障害治療の基礎研究等を進めている。また,従来の放射線より治療効果の高い重粒子線によるがん治療の実現を図るために重粒子線によるがん治療法に関する調査研究を実施している。

(3)理化学研究所における基礎研究
 理化学研究所においては,原子力関係の基礎研究として重イオン科学分野の研究を総合的に実施している。
 これまで,陽子からヘリウムイオンまでを加速できる160センチメートルサイクロトロン及び陽子からウランまでのイオンを加速できる重イオン線型加速器による重イオンビームを用いて照射研究を推進し,多くの成果を挙げた。1986年度には主加速器として世界最高レベルの性能を持つリングサイクロトロンが完成し,また,1988年度末には前段加速器として,AVF型人射器が完成,さらに,1989年7月には,世界最高の加速性能を達成している。これにより,従来の加速器では困難であった原子核反応機構の解明,新しい超重元素の生成等の研究を始め,物理,化学,工学,生物,医学等の幅広い分野の研究に有効に利用されている。


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