第II部 各論
第7章 放射線利用

4.先端的研究開発の状況

(1)Rlの利用に関する研究開発
 医療分野において,RIを用いた診断・治療として現在注目されているものには,陽電子放出核種を利用するインビボ検査(脳,心,肺等の機能的診断)及び免疫核医学的手法を用いたがんの診断・治療があり,共に研究が進められている。
 前者は,病院内に設置された小型サイクロトロンによって製造される炭素11,窒素13,酸素15,フッ素18等の陽電子放出核種を用いたP ET装置により診断する手法で,国内18の施設で使用され実用段階に達している。この手法の高度化のため,放射線医学総合研究所等において高解像力・高感度のPETの開発,3次元陽電子イメージングの性能向上に関する研究等が進められているところである。その結果,酸素代謝,血液・血流分布,脳ブドウ糖代謝等,診断の基礎となる生理的データが定量的画像情報として描出されてきており,例えば,脳神経相互間の情報伝達を担っている極微量物質の働きに関する研究により,ドーパミン系ニューロン及びベンゾジアゼン系ニューロンの受容体の映像化に成功している。診断に用いる短寿命RIについては,放射線医学総合研究所を始め,東北大学においても医療用サイクロトロンによる短寿命核種の生産,短寿命RI標識化合物の製造技術等に関する研究開発が進められるとともに,国立療養所中野病院,京都大学,群馬大学,九州大学,秋田県立脳血管研究センター等においても,小型サイクロトロンを用いて同様の研究が進められている。
 後者は,がん関連抗原を認識する抗体(モノクローナル抗体)をRIで標識し患者に投与することにより,各部位の病理組織の特異性に従って原発巣及び転移巣の存在を診断することができ,また,適切な核種を選択してさらに大量に投与すれば治療効果も期待できるものである。我が国でも1990年12月に人体投与の際の安全指針が作成・公表されたため,腫瘍組織に対する選択性の向上等今後の技術的ブレークスルーが期待されているところである。

(2)放射線ビーム発生・利用技術に関する研究開発
① 放射光の発生・利用技術
 高輝度・短波長のシンクロトロン放射光は,物質・材料系科学技術,ライフサイエンス,情報・電子系科学技術等の広範な基礎研究分野のための有力な研究手段であるとともに,原子力分野におけるこれまでの技術蓄積を活用し得る分野であり,いくつかの機関で放射光の発生・利用のための研究が行われている。このような研究の更なる発展を目指し,日本原子力研究所及び理化学研究所のポテンシャルを結集して,大型放射光施設(SPring-8)の建設・整備が進められている。
 これを利用して分子レベルの時間的に変化する現象の動的解析(生体内での酵素反応中の構造解析等,動的な蛋白質機能の研究等),極限環境下(超高圧,超強磁場下等)での物質の構造及び物性の解明,X線ホログラフィによる原子・分子の立体配列の直接観察等が進められることになる。
② イオンビームの発生・利用技術
 材料開発等のための放射線利用技術高度化の一環として,日本原子力研究所において,エネルギー領域の異なる4台のイオン加速器を有するイオン照射施設の建設・整備が進められており,イオンビームを用いた耐放射線性極限材料,新機能材料の研究等の放射線高度利用研究が開始された。また,バイオ技術の研究として,イオンビーム照射を利用した突然変異育種技術の開発及び局部照射による細胞加工技術の開発も期待される。
 基礎物理研究の分野では,理化学研究所において世界最高レベルの重イオン科学用加速器を用いて原子核物理等の研究が行われており,原子番号110番以上の超重元素の発見等が期待されているところである。また,大阪大学においても同様の軽重イオン加速器が稼働を開始した。
③ RIビームの発生・利用技術
 近年,高エネルギー重イオンビームによる人射核破砕反応で生成する高速不安定核ビームを用いた研究の気運が高まってきており,加速粒子が安定核に限られていたこれまでの研究と比べると,研究の範囲が核物理のみならず天体核物理にまで広がっている。我が国では理化学研究所を中心として世界最先端の研究が進められており,例えば,宇宙における元素生成メカニズムや中性子ハロー,中性子スキンの存在がRIビームを利用しだ研究により発見された。RIビームの利用により,加速粒子の種類が飛躍的に拡大し,これまでになかった核反応や新核種及び新元素の合成が可能になるため,今後,世界の原子核研究において大きな流れのひとつとなることが見込まれるとともに,物質・材料研究,生物研究,基礎医学の研究等の幅広い研究分野への利用が期待される。
④ 陽電子ビームの発生・利用技術
 陽電子の利用は,ますます高密度化する半導体素子でこれまで問題とならなかったような微小・微量の欠陥の評価等に不可欠な分析手段として,電子技術総合研究所等で研究開発が進められている。また,単色ビームの利用により,高温超電導機構の解明に必要な電子構造解析を始めとして,放射光等他の手法と相補的な,あるいは他の手法では困難なキャラクタリゼーションが行える手法としての道が開け,先端材料開発の分野で有望視されている。さらに,陽電子が消滅等の特異な反応のチャンネルを持った基本的な素粒子であり,かつ,消滅γ線等によって与えられる情報量も豊富であることから,原子・分子物理学等の基礎理論の新展開,宇宙進化の研究,DNA損傷による突然変異機構の解明等,材料開発以外の分野でも,その利用が期待されている。
⑤ 陽子ビーム,中性子ビーム等の発生・利用技術

 理化学研究所が英国ラザフォードアップルトン研究所の大強度陽子加速器に付帯してミュオンビーム発生施設を建設しており,ミュオンによる物性解析等の基礎研究の進展が期待されている。
 核融合材料研究のための大強度重陽子加速器によるエネルギー選択型中性子発生技術,長寿命放射性核種の消滅処理のための核破砕反応中性子の工学利用を目的とした大強度陽子加速器技術等の研究開発が行われている。
 また,研究炉からの中性子ビームの利用については,これまで京都大学研究炉及び日本原子力研究所JRR-2が中核的な役割を果たしてきた。最近改造されたJRR-3が新たに冷中性子源を備え,高性能の冷中性子ビームの供給を可能としたことにより,研究分野が飛躍的に拡大され,高分子化学,生命科学,材料科学,量子力学等,一層広範な研究開発が期待される。


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