第II部 各論
第7章 放射線利用

3.放射線利用技術の実用化等の状況

(1)医療分野
 医療分野において,放射線は診断と治療の両面で利用されている。
① 診断においては,放射線が生体を透過する性質が利用され,最も広く普及している胸・胃・骨等のX線撮影を始めとして,X線コンピュータ断層撮影(X線CT)等に利用されている。
 また,核医学検査には,被検者の体内に放射性医薬品を投与し診断を行うインビボ検査及び被検者から採取した試料に放射性医薬品を加え診断するインビトロ検査がある。
 このうちインビボ検査は,脳,心臓,肺及び骨等の特定の臓器に集まった放射性医薬品からの放射線をシンチレーションカメラ等で測定し,臓器・組織への分布,蓄積・排泄の早さ等を画像化するものであり,これにより,臓器・組織の機能の亢進・低下,病巣の形態等に関する診断が行われている。最近では,モノクローナル抗体等による免疫学的手法を用いた特異性の高い標識核種医薬品により,悪性腫瘍の診断精度は極めて向上している。また,エミッション・コンピューテッド・トモグラフィは,放射線の測定結果をコンピュータにより画像処理するインビボ検査法の一種であり,使用されるRIの種類により,シングル・フォトン・エミッション・コンピューテッド・トモグラフィ(SPECT)とポジトロン・エミッション・コンピューテッド・トモグラフィ(PET)の2種類に分けられる。SPECT装置は,国内のほとんどの核医学施設に普及し,全国で約700台が利用されている。PETは,患者に投与した短寿命陽電子放出核種からの放射線を検出することにより人体内部の断層像を得るものであり,従来のX線CTが臓器等の形態を撮影するのに対し,脳,心臓等における代謝及び機能の画像診断を可能とするものである。現在,放射線医学総合研究所等における研究開発の結果,PETも実用段階に達した。
 一方,インビトロ検査は,採取した血液,尿等の試料と放射性医薬品とを反応させ,反応後の試料からの放射線を測定することにより,ホルモン等の微量な成分を定量する手法であり,糖尿病,がん等の診断が行われている。インビトロ検査の方法としては,ラジオイムノアッセイ (放射免疫測定法)が主として用いられているが,次第にRIを用いないエンザイムイムノアッセイ(酵素免疫測定法)に置き換えられる傾向が見られる。
② 治療については,放射線によるがん治療が実用化されている。γ線,X線等を体外から照射する方法はがん治療全般に,体内に密封小線源を挿入し,γ線を照射する方法は,舌がん,子宮がん等の治療に,また,放射性医薬品を投与し,病巣に集中的に分布したRIからのβ線又はγ線を照射する方法は,甲状腺がん等の治療にそれぞれ用いられている。我が国において放射線治療を受けたがん患者数は年間約9万人と見込まれ,これは全がん患者数の約3割に相当する。現在,遠隔照射治療装置としては,γ線遠隔照射治療装置が約360台,X線を発生させる直線加速器(電子ライナック)が約520台利用されている。また,遠隔操作式密封小線源治療装置が約170台,近年急速に普及してきた脳定位放射線照射装置が全国で8台装備されている。
 研究段階のものとしては,生物効果が高く放射線抵抗性がんに有効と考えられる速中性子線による耳下腺がん,肉腫等の治療症例数が1992年3月現在,2,492件に達しており,適応症例の治療法は放射線医学総合研究所で確立しているとともに,海外では専用装置の普及も進んでいる。また,京都大学,日本原子力研究所等の研究炉で発生する熱中性子を脳腫瘍等に照射して行う中性子捕捉療法による治療症例数は100例を超す実績をもっている。一方,陽子線治療は,患部に線量を集中照射することが可能な治療法であり,筑波大学等における治療症例数は352件に達している。近年,眼の悪性腫瘍及び前立腺がんのみならず,他の深部臓器がんに対しても優れた治療効果が得られることが明らかになってきている。重粒子線治療については,放射線医学総合研究所において「対がん10ケ年総合戦略」の一環として,重粒子線がん治療装置の建設が進められており,平成5年度から臨床試行が開始される予定である。重粒子線は正常組織への影響を最小限に抑え,患部に集中照射することが可能なことに加え,放射線感受性の低い悪性腫瘍に対しても治療効果が高いなどの優れた特徴を持つものである。今後,肺がん,肝がん,すい臓がん等の難治がんの増加が著しいと予測されており,これらの臓器の早期がんには重粒子線が有用な手段として期待されている。
 また,治療用小線源としては,ラジウム針に替わってヘアピン,シングルピン,シード,シンワイヤ等多種類の形状のイリジウム192線源及び金198グレインが多く使用されるようになった。一方,術者に被ばくがない遠隔操作式密封小線源治療装置についてはコバルト60線源に代わって,がん治療に線質面で優れているイリジウム192線源の開発が進められており,また,デュアルホトン方式による骨粗しょう症診断用としてガドリニウム153線源製造法が開発されている。
③ このほか,近年,輸血後移植片対宿主病(GVH病)等の予防を目的とした血液製剤等への応用が進みつつある。

(2)農林水産分野
 農林水産分野では,品種改良,害虫防除,食品照射等に放射線が利用されている。
 植物の品種改良については,コバルト60線源等によるγ線照射を利用して農業生物資源研究所放射線育種場等で進められている。例えば,耐倒状性の強いイネ,低アレルゲン等の特性を持つイネ,早熟多収性の大豆,黒斑病に強いナシ(ゴールド二十世紀),常緑性のコウライシバ等が育成され,また,組織培養との併用により花色変化を起こしたキク等が育成されるなど,我が国では既に100種に及ぶ新品種が生まれている。
 害虫防除については,ウリミバエの蛹にγ線を照射して成虫の不妊化を施し,環境中に放飼する不妊虫放飼法による根絶防除を,沖縄県では1974年から,鹿児島県奄美諸島では1981年から実施している。その結果,奄美諸島では,1989年10月に全域での根絶が達成され,沖縄県では久米島,宮古群島等に続き,1990年10月沖縄本島及び周辺諸島において根絶が達成された。この結果,さやいんげん,スイカ,メロン,マンゴー等の果実類の移動規制が解除され,本土への出荷が自由となった。残る八重山群島においても,1993年10月に,ウリミバエが根絶された。また,小笠原諸島においても,不妊虫放飼法により1985年2月に柑橘類の害虫であるミカンコミバエの根絶に成功している。

 食品への放射線照射は,発芽防止,熟度遅延,殺菌,殺虫等により,食品保存期間を延長するなどの目的で行われる。我が国では,1967年に原子力委員会が定めた「食品照射研究開発基本計画」に基づき,馬鈴薯,玉ねぎ,米,小麦,ウインナーソーセージ,水産ねり製品,みかんの7品目の安全性,照射効果等の研究開発を日本原子力研究所,国立試験研究機関等が分担して実施し,研究成果が取りまとめられている。我が国で実用化されているのは馬鈴薯であり,1974年から北海道士幌町で発芽防止のため年間1万~1万5千トンの照射が行われている。また,世界では1991年10月現在,37か国で合計約60品目についで食品照射が法的に許可されている。このような動向を踏まえ,国際原子力機関(IAEA)/国連食糧農業機関(FAO)により照射食品の検知技術に関する研究プロジェクトが1989年から5年計画で進められており,我が国も本プロジェクトに積極的に協力しているところである。

(3)工業分野
 工業分野での放射線利用は,放射線が物質を透過する性質を利用した計測・検査及び放射線と物質との相互作用による品質の改良に大別される。
① 放射線の透過性の計測利用については,例えば製鉄所において,高温状態にある鉄板の厚さを測定し一定に保つことに役立つとともに,セロハン,アルミホイル,ラッピングフィルム,ゴム,紙等の製造の工程管理にも利用されている。このようなγ線,β線又は中性子線による厚さ,レベル,密度又は水分の精密な測定等各種の工程管理については,1992年3月末現在,厚さ計が409事業所で2,580台,レベル計が204事業所で1,567台保有されているなど広く普及している。また,鉄鋼,航空機部材等の構造材料のひび割れ等を外部から調べる非破壊検査も広く普及しており,非破壊検査装置は170事業所で964台保有されている。
 このような計測・分析利用では,携帯型非破壊検査装置(薄物・細管用)に必要な低エネルギーγ線ラジオグラフィの線源としてイッテルビウム169の開発が進められている。また,中性子利用では,中性子ラジオグラフィによるエンジン内燃料輸送状態の観察等の非破壊検査が行われるとともに,炭素,窒素及び酸素等の軽元素分析による爆発物,麻薬等の検知のための研究開発が進められている。
② 一方,放射線と物質との相互作用の利用については,材料に放射線を照射することにより,耐熱性,強度,耐摩耗性等が向上する場合があり,材料の品質改良に役立てられている。例えば,電線の被覆材に放射線を照射すると耐熱性を向上させることができ,これらの電線はテレビ,ラジオ,自動車等に使用されている。自動車のタイヤの製造中にも放射線が利用されており,成型時の型崩れ防止に役立っている。風呂マット,自動車の内装材料,断熱防水材,スリッパ等には,断熱性及びクッション性に優れる発泡ポリオレフィンが使用されるが,その製造工程においても発泡の制御を容易にするため放射線が照射されている。また,鋼板,フロッピーディスク等の表面塗装材の硬化にも,硬化までの時間が短いこと,加熱の必要がないこと,溶剤を使用しないこと,塗膜性能が良いこと等の利点を活かして,放射線が利用されている。電線被覆材の架橋等の各種高分子材料の改質等に利用される電子加速器は近年急速に普及が進んでおり,1992年末現在,全国で約280台稼働している。また,各種静電加速器,サイクロトロン等で発生させたイオンビームは,元素分析,半導体へのイオン注入等に用いられ,これらに利用されている装置は全国で数百台あり世界的にも最先端の状況にある。このほか,研究炉から発生する中性子が半導体製造におけるシリコンドーピングに利用されている。
 現在,放射線架橋による天然ゴムラテックスへの加硫技術及びハイドロゲルの製造技術の開発並びに放射線グラフト重合による浸透気化膜,重金属捕集材,有害気体吸着材等の高分離機能材料の開発が進行中である。また,超耐熱性セラミックス繊維の製造,ポリ四フッ化エチレン等の耐放射線性の向上等,電子線架橋による耐放射線性・絶縁性・耐熱性を有する新素材製造技術の研究開発も進められている。
③ 医療用具の滅菌においては,包装してから滅菌が可能であること,化学殺菌のような残留有害物がないこと等から,透過力の大きいγ線により,メス,縫合糸等100種類以上の医療用具の滅菌が全国8か所で行われている。このうち,人工透析器については,血液中の老廃物をろ過するため細い管状の血流経路を形成しているが,これを化学薬品により滅菌すれば化学薬品が血流経路に残る恐れがあることから,放射線による滅菌が行われている。医療用具の滅菌処理法として,近年,電子線照射も行われ始め,全国3か所において手術用ガウン等の不織布,プラスチック製縫合糸,採血針等が滅菌されている。
 このほか,実験動物用飼料の放射線滅菌が年間200~400トン行われている。

(4)環境保全分野
 日本原子力研究所等では,燃焼排ガス中の硫黄酸化物及び窒素酸化物を電子線照射により除去する脱硫・脱硝技術の実用化を目指し,技術的確立を図るため,石炭火力発電所,都市ごみ焼却施設や都市高速道路内トンネルからの排ガスを電子線処理するパイロット試験を実施しているほか,下水処理等から発生する汚泥の放射線処理による殺菌,速成堆肥化等に関する技術開発が進められている。また,東京都立アイソトープ総合研究所では,γ線又は電子線による下水の再利用を目指した脱色・殺菌等の研究が行われている。
 このほか,国立環境研究所等において,RIを利用して,汚染物質の環境影響の解明,環境汚染物質を分解する微生物の開発等が進められている。

(5)研究分野
 ライフサイエンス分野では,DNA塩基配列,特定遺伝子の染色体上の位置等を決定するため,トリチウム,リン32等が用いられているほか,核酸,蛋白質,糖及び脂質の構造解明・合成並びに生体膜,膜輸送,細胞周期,物質代謝,免疫応答,造血機能等の研究がオートラジオグラフィ,ラジオイムノアッセイ等により行われており,これにはトリチウム,炭素14,リン32,イオウ35,ヨウ素125等が用いられている。新薬の開発に関しても,薬物の吸収,分布及び代謝を調べるためにRIトレーサーが用いられている。
 また,植物に対する施肥効果及び農薬の薬理機構の解明,家畜の代謝・繁殖・泌乳機能の判定による生産性向上及び疾病の診断等のための研究にもトリチウム,リン32等が用いられている。
 原子炉から発生する中性子については,各種試料の放射化分析,中性子散乱による結晶・生体物質の構造解析等に利用されているほか,近年,冷中性子による即発γ線分析等が注目されつつある。この即発γ線分析により,従来,放射化分析の対象にはなりにくかった水素,窒素,リン,イオウ等の分析が可能となる。また,アクチバブルトレーサーとしてのユーロピウムは,サケの回遊,農作物の害虫の天敵研究等に用いられている。
 一方,試料に含まれる炭素14の崩壊状況を測定することにより,その年代を知ることができるので,放射線は考古学の分野にも利用されている。また,岩石等に微量に含まれているウランが自発核分裂した分裂片の痕跡を計測することにより,岩石の年代を推定することが可能となっている。
 このほか,放射線発生装置を用いたビーム利用技術は,原子核物理の研究,物質の構造解析,質量分析,材料開発等に用いられている。


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