第I部 総論
第2章 エネルギー情勢等と内外の原子力開発利用の状況

1.原子力の役割

 長期的観点から見たエネルギー情勢は,開発途上国の急激な人口増加及び生活水準の向上等により,エネルギー需要の急増が予想されるところである。他方,化石燃料への依存は地球環境問題という観点からもその割合を低下させることが求められている。
 原子力は,大量の電力を経済的,安定的に供給でき,しかも発電の過程において二酸化炭素や酸性雨の原因物質を排出しないという特長を有し,今後も増大すると予測される電力需要を賄う主力電源としての役割を担うことのできる重要な電源と考えられる。
 また,放射線は医療,工業及び農業等の様々な分野で利用されており,生活者の立場を重視した科学技術の活用という観点においても,放射線利用の貢献が期待されている。
 本節では,最近の内外のエネルギー情勢を踏まえ,地球環境問題への対応という観点も併せつつ,エネルギー供給における原子力の役割を概観するとともに,原子力発電と並ぶ原子力開発利用の重要な柱である放射線利用の役割について述べる。

(1)内外のエネルギー・電力の情勢と原子力

①世界のエネルギー・電力の情勢と原子力
(エネルギー情勢)
 世界の一次エネルギー需要は,1992年には経済が減速局面にあるため前年に対し0.2%増と低い伸び率になっているものの,1983年以降エネルギー需要は増加の一途をたどってきている。国際エネルギー機関(IEA)によると,この傾向は将来にわたっても継続し,2010年には,1990年の1.5倍の需要が見込まれている。
 地域別には,開発途上国のエネルギー需要増大が顕著である。開発途上国においては,急激な人口増加及び生活水準の向上等により2010年には,1990年の2.2倍ものエネルギー需要が見込まれており,世界のエネルギー需要の約4割を占めるまでになると見通されている。また,開発途上国においては,天然ガスへの移行が進むものの,化石燃料への依存は変わらず,全世界における化石燃料需要の2010年までの増加分のうち,3分の2は開発途上国によるものと見通されており,今後,使用実績も多く,従来技術で対応可能なエネルギー源である石油,天然ガス等の化石燃料の需要の増加は避けられないものと考えられている。
 先進国におけるエネルギー需要は,経済成長の鈍化,省エネルギー対策の推進等により,1992年には1.O%の伸びにとどまっているが,2010年には,1990年の1.3倍のエネルギー需要が見込まれている。また,先進国においては,石油依存度は低下するが,天然ガスの需要の増加と原子力及び水力の開発率の低下により,化石燃料への依存度は2010年においても1990年レベルを維持すると見通されている。今後,地球環境問題に対応するためにも,非化石エネルギー依存度をさらに向上させることが重要であり,これは,より高度な技術を有する先進国としての責務であると考えられる。

 旧ソ連,中・東欧諸国におけるエネルギー需要は,1989年以来減少が続いているが,1995年以降の旧ソ連の経済回復を受け,2010年には,1990年レベルを少し超える程度に回復すると見通されている。
 このように世界のエネルギー需要の伸びが見込まれる中で,供給には制約が考えられる。例えば,石油については北海,北米,旧ソ連等で供給能力の減少が見込まれ,中東産油国への依存度が高まると予想される。また,旧ソ連における政情不安や湾岸危機のような地域紛争に見られるような不確定要因による影響も世界的に懸念されている。
 一方,エネルギー資源の確認可採埋蔵量の地域分布状況を比較すると,原油は中東地域に約3分の2が存在し,極端に中東地域に偏在しており,天然ガスも同様に,旧ソ連に約4割,中東に約3割が存在し,一部の地域に偏在している。他方,石炭は石油,天然ガスと比べ比較的広範に存在し,中国,北米,旧ソ連,中・東欧地域及び豪州に多くの埋蔵量が確認されている。一方,ウランはアフリカ地域に約32%,北米地域に約27%,オーストラリアに約25%と,政治的・経済的に安定した地域に比較的分散して産出する。
 また,確認可採埋蔵量を単純に年生産量で割った可採年数は,石油が45年,天然ガスが58年,石炭(高品位炭)が219年,ウランについても核燃料リサイクルを考慮しなければ,わずか74年分しか存在しない。
 1993年6月に開催されたIEA閣僚理事会の共同声明においては,原子力のメリットが環境面への懸念を相殺しないとの意見も盛り込まれたが,多くの加盟国においては,エネルギー源の多様化と柔軟性は,長期的なエネルギー安全保障の基本的な条件と位置付けており,原子力が大きな貢献を果たしていると改めてその役割を評価している。また,原子力は一次エネルギー供給の多様化に不可欠な要素であり,発電過程で温室効果ガスを排出しないため,多くのIEA加盟国では最高の安全基準の下で,原子力を引き続き利用することを希望するとして,今後も原子力がエネルギー供給の重要な役割を果たすことを確認している。

(電力需給状況)
 世界の電力消費量の増加は,二度の石油危機直後に,先進国において若干停滞したことがあるものの,他の地域において急増していることもあり,世界全体としては増加してきている。中でも,開発途上国,特に,アジア地域においては生活水準の向上,工業化の進展等により,電力消費量の伸びが著しい。世界の発電電力量は,電力化率の増大等により1971年から1990年まで平均年率4.3%という高い伸びで増加しており,一次エネルギー供給の増加率及び経済成長率を上回っている。
 また,電源構成の内訳を見ると,1970年代と比較すると先進国においては原子力発電が着実に増加しており,脱石油のエネルギー政策により,火力発電,特に石油火力発電の割合が激減している。旧ソ連,中・東欧諸国においても,火力発電の割合は減ってきてはいるが,依然として火力発電が大半の割合を占めている。開発途上国は比較的水力発電の割合が大きいが,増大する電力需要に対応して,火力発電が増大している。
 さらに,IEAによると,世界の電力需要は1990年から2010年まで平均年率2.8%の伸びで推移し,最終エネルギー消費に占める電力の割合も1990年の19%に対し,2010年には22%にまで増加すると見込まれている。地域別の電力需要について比較すると,先進国においては,平均年率2.2%の伸びが見込まれているが,原子力発電,水力発電の伸びには限りがあり,石油火力発電は減少するものの天然ガス火力発電が急増し,火力発電への依存度が大きくなると予測されている。旧ソ連,中・東欧諸国においては,経済混乱の影響があり平均年率1.2%の伸びにとどまると見込まれている。開発途上国においては平均年率5.5%もの伸びが見込まれているが,石炭資源を豊富に有する国もあり,また,資金上の制約から多額の設備投資を要する原子力発電や水力発電の大幅な設備拡大は期待できず,発電電力量の石炭火力発電への依存度は,1990年の38%に対し,2010年には44%にまで増加すると見込まれている。

②我が国のエネルギー ・電力の情勢と原子力
(エネルギー情勢)
1992年度の我が国のエネルギー需要(最終エネルギー消費)は,調整過程に入った景気を背景に伸びが鈍化し,原油換算で3.60億キロリットル,対前年度比0.5%増となった。1987年度以降1991年度までは,内需主導型の景気拡大を背景に3~5%程度の高い伸びで推移してきたが,1992年度は,円高不況でエネルギー消費が落ち込んだ1986年度(対前年度比0.4%増)以来の低い伸び率となった。エネルギー利用部門別に見ると,産業部門はマイナスの伸びとなった一方,運輸,民生の両部門は対前年度比2~4%増と比較的堅調な伸びを示している。
 これに対し,供給面では,1992年度の一次エネルギー供給は,原油換算5.41億キロリットルとなり,対前年度比2.O%の低い伸びとなった。一次エネルギー供給に占める石油の割合は,58.2%となり,依然として石油依存度は高く推移している。
 原子力は供給量を対前年度比4.6%増と大きく伸ばし,一次エネルギー総供給に占める原子力の割合は,1987年度に記録した最高値の10.0%に再び達した。

 一方,このように着実な伸びで推移するエネルギー需要に対し,我が国のエネルギー供給構造を見ると,一次エネルギー総供給の8割以上を海外に依存しており,さらに,ほぼ全量を輸入に依存している石油に6割近くを依存している。また,湾岸危機において改めて認識されたように,輸入原油の約7割を中東地域に依存しており,他の先進諸国に比べて極めて脆弱な供給構造であり,エネルギーの安定供給確保を図ることが重要である。
 また,1992年の世界のエネルギー貿易量に対する我が国の輸入量の割合を見ると,石油については16%,天然ガスについても16%を占めており,我が国のエネルギー安定供給は,世界のエネルギー安定供給に多大な貢献をすることとなる。
 さらに,持続的な経済発展を確保しつつ,人間活動と環境保全の両立を図るため,エネルギー政策においても安定供給に加え地球環境問題への最大限の対応が必要である。このような基本的考え方に基づき,政府は1990年10月「石油代替エネルギーの供給目標」を決定し,エネルギー需要の増大を最大限抑制し,石油依存度の低減及び新・再生可能エネルギーの導入を最大限図る等の総合的エネルギー政策を推進している。

(電力需給状況)
 1992年度の総需要電力量は7,978億キロワット時,対前年比度1.0%増と円高不況に見舞われた1986年度以来の低い伸びとなった。今後の電力需要については,中長期的には,内需を中心とした安定的な経済成長,経済社会の高度化,情報化等を反映して,着実に増加していくものと予想され,1993年度電力施設計画によると,総需要電力量は1991年度から平均年率2.2%で増加し,2002年度には1兆62億キロワット時に達すると見通されている。
 一方,発電電力量(電気事業用)の実績は,1992年度には7,883億キロワット時,伸び率0.7%となった。この中で,原子力発電は着実に増加しており′1992年度末には,商業用発電設備容量が3,441万9千キロワットと増加し,加えて,設備利用率が74.2%と順調な稼動であったこともあり,発電電力量が2,223億キロワット時に達し,原子力発電の総発電電力量に占める割合は28.2%と8年間連続で25%以上を占めた。
 原子力発電の設備容量については,1993年に新たに4基の原子力発電所が加わったことにより,46基,3,736万1千キロワットとなり,現在建設中及び着工準備中のものを含めると約4,600万キロワットが確保されているが,前述の1990年10月の「石油代替エネルギーの供給目標」の基礎となるエネルギー需給見通しに示された2000年における原子力発電の開発目標5,050万キロワットの達成に向けて格段の努力が必要となっている。

(2)地球環境問題と原子力
 近年,地球温暖化,酸性雨等の地球環境問題が大きくクローズアップされている。これらは人類の生存基盤に深刻な影響を及ぼすおそれがあることから,その解決が国際的にも強く望まれており,昨年はブラジルのリオデジャネイロで地球サミットが開催されるなど地球環境問題に対する具体的な取組が行われる段階に入っている。
 国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)の共催で設置された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が,1990年8月にまとめた第一次評価報告書によると,化石エネルギーの消費などエネルギー利用形態が現状のままで増大し続ければ,不確実性はあるものの,来世紀末までに平均気温が現在より約3°C上昇することが予想され,「本格的な対策が講じられない限り重大かつ潜在的には破壊的ともいえる変化が生じるだろう」としている。
 前述のような今後の世界的に見たエネルギー需要の増大を化石燃料への依存によって賄うことは,これらの問題を一層深刻化させることになる。
 1993年3月にまとめられた通商産業省の審議会である産業構造審議会,総合エネルギー調査会,産業技術審議会合同会議の報告書によれば,地球温暖化問題の主たる原因物質である二酸化炭素について,「吸収・固定化する技術の実用化は当面期待できないのが現状」としており,環境への負荷の少ない持続的発展が可能な経済社会の構築を図るため,両者の媒介であるエネルギーについて,一定の経済活動に必要なエネルギーは確保するものの,省エネルギーに取り組むとともに,非化石エネルギー供給の促進を柱とする「エネルギーの需給構造の改革」に取り組む必要性を指摘している。
 このような中で,原子力は,大量のエネルギー供給が可能であり,二酸化炭素,窒素酸化物等を発電の過程において排出せず,また,燃料生産過程等を含めても,他の発電方式に比べて二酸化炭素等の排出が少ないと考えられ,石炭火力を100とした場合,原子力は4(石油火力78,LNG火力67)との(財)日本エネルギー経済研究所の試算もあり,地球温暖化を始めとする地球環境問題の解決に当たって重要な役割を果たすことが期待されている。
 他方,原子力発電の環境面における懸念として,高レベル放射性廃棄物を指摘する向きもあるが,高レベル放射性廃棄物は極めて少量なものである。具体的には,国民一人が一生(80年間)にわたり消費する電力量の半分を原子力で賄うと考え,現在の使用電力量等を基に試算すると,その発生量は一人当たり約100立方センチメートル程度になる。また,高レベル放射性廃棄物はガラス固化して30~50年程度冷却のために貯蔵し,深地層に処分するという方式を基本とした処理処分対策が近い将来確立することが期待されている。
 このように地球環境問題の解決にも資する原子力の重要性が国際的にも認識されつつある。原子力については,いくつかのIEA加盟国の主張によって,1993年6月に開催されたIEA閣僚理事会での共同声明において,放射性廃棄物が・環境面における懸念を相殺しないと。
 う意見も盛り込まれたが,多くのIEA加盟国は,原子力が発電過程において温室効果ガスを排出しないため,地球環境問題の対応に必要なエネルギー源であるとの見解を示している。
 我が国は,地球温暖化対策を総合的に推進していくため,二酸化炭素排出量を2000年以降おおむね1990年レベルで安定化させることを目標とする地球温暖化防止行動計画を1990年10月に策定した。この中では,安全の確保を前提に原子力を始めとした二酸化炭素の排出の少ない又は排出のないエネルギー源の導入等を推進することとしているとともに,省エネルギー・省資源の推進,クリーンエネルギーの導入,次世代エネルギー技術等の革新的環境技術の開発等に取り組む総合的かつ長期的ビジョン(地球再生計画)の具体化の促進に努めることとしている。
 また,政府は,地球温暖化問題等を踏まえて1991年7月に内閣総理大臣決定したエネルギー研究開発基本計画の中でも,原子力を中核的な石油代替エネルギーであり,地球環境問題への対応のためにも重要な役割を果たすものとして,その開発利用の重要性を強調している。
 さらに,地球環境問題に関連する環境保全の原子力分野における技術開発の一環として,酸性雨の要因となる硫黄酸化物や窒素酸化物等を石炭燃焼等の排ガスから除去する電子線を用いた脱硫・脱硝技術の開発が行われるなど積極的な取組も行われている。

(3)放射線利用への期待
 放射線利用は,原子力発電と並ぶ原子力開発利用の重要な柱として位置付けられており,その利用範囲は,医療分野,農業分野,工業分野,環境保全等の分野及び研究分野といった幅広い分野にわたっている。
 医療分野においては,診断,治療及び医用材料の合成・加工等に放射線が使われている。農業分野においては,品種改良,害虫防除及び食品照射において放射線が利用されている。工業分野においては,計測・検査,品質改良及び医療器具の滅菌に利用されている。また,環境保全等においても,排煙,排水及び汚泥の処理などに放射線が利用されている。さらに,研究開発の面でも,ライフサイエンス分野における蛋白質の構造解明等に利用されている。
 放射線利用及びその研究開発において,加速器施設等の先端的研究開発施設は重要である。近年,このような先端的研究施設が整備されつつあり,これらを活用した研究開発推進のための体制整備が求められている。また,生活者の立場を重視した科学技術の活用が要請されでおり,この観点からの放射線利用の貢献も大いに期待されている。


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