第3章 我が国の先導的プロジェクト等の開発利用の状況と今後の原子力開発利用の進展に向けて

1.先導的プロジェクト等の推進

(1)核融合研究開発
 核融合については,人類の恒久的なエネルギー源となり得る,地球温暖化や酸性雨の原因となる物質を排出しないなど種々の期待が寄せられており,積極的に研究開発が行われている。我が国では,日本原子力研究所,大学,国立試験研究機関等によって,臨界プラズマ条件の達成を主目標とする第二段階核融合研究開発基本計画(原子力委員会策定)の下で核融合研究開発が進められてきた。
 日本原子力研究所では,トカマク型臨界プラズマ試験装置(JT-60)により1987年9月に原子力委員会の定めたプラズマ性能の目標領域に到達し,その後プラズマ性能の向上を目指した高性能化研究が進められている。
 その最初の段階の高性能化実験(I)は,高密度プラズマの生成及び高効率電流駆動の実証に関し,多くの成果を得て1989年10月に終了した。その後,より一層のプラズマ性能の向上を目指し,1989年11月から約1年半をかけて大電流化改造工事及び重水素燃料導入のための施設整備を行い,1991年3月に高性能化実験(II)が開始された。その一環として,1991年7月から重水素を用いた実験が開始され,1992年8月にはイオン温度4.4億度,核融合積50.7億度・秒・兆個/立方センチメートルというプラズマ性能が達成されている。
 また,超電導コイル,加熱・電流駆動装置等の炉工学技術の研究開発が行われるとともに,次期大型装置の設計検討も進められている。
 大学共同利用機関である核融合科学研究所では大型ヘリカル装置の建設を推進しており,大学等においては,ヘリカル型,逆磁場ピンチ型,ミラー型等の各種磁場閉じ込め方式や慣性閉じ込め方式による先駆的・基礎的研究が進められている。このような研究開発の結果,我が国は第二段階核融合研究開発基本計画の目標を大略達成したと判断されるに至ったことから,1992年6月9日,原子力委員会は,自己点火条件の達成及び長時間燃焼の実現並びに原型炉の開発に必要な炉工学技術の基礎の形成を主目標とする第三段階核融合研究開発基本計画を決定した。現在,これに基づいて研究開発が推進されている。
 また,日本,米国,EC,ロシアの4極の国際協力による国際熱核融合実験炉(ITER)の工学設計活動に関する協定等が,1992年7月,正式に署名された。ITERの工学設計活動においては,共同中央チームのサイトが,我が国茨城県那珂町(日本原子力研究所那珂研究所),ECドイツ・ガルヒンク,米国カリフォルニア州サンディエゴの3が所に設置され,それぞれにおいて真空容器外側の機器の設計,真空容器内側の機器の設計,設計統合が実施される。人事面ではITER理事会の共同議長,共同中央チームの首席副所長等が我が国から選出された。
 一方,高温プラズマ条件下ではなく,常温で核融合の現象が起こっている可能性があると報告されているいわゆる低温核融合については,依然としてその現象が核融合反応であるか否か確認されていないが,低温核融合現象の解明,実証のための追試験が引き続き行われている。

(2)高温工学試験研究
 高温工学試験研究については,高温熱供給,高い固有安全性,燃料の高燃焼度等優れた特性を有する高温ガス炉の研究開発を推進しており,高温ガス炉技術の基盤の確立と高度化を図るための研究及び高温工学に関する各種先端的基礎研究のための中核となる研究施設として,高温工学試験研究炉(HTTR)の建設が日本原子力研究所において進められている。
 HTTRについては,原子力委員会及び原子力安全委員会の審査を経で1990年11月に原子炉設置許可を取得,1991年3月より建設に着手した。現在,建設が進められており,これと並行して大型構造機器実証試験ループ(HENDEL),高温ガス炉臨界実験装置(VHTRC)等を用いてHTTRに組み込まれる主要機器・部品の機能及び健全性の実証,炉物理試験,耐熱材料開発等高温ガス炉技術に関する各種研究開発を行っている。一方,HTTRから取り出される熱の利用技術について,水素製造に関する基礎的研究等を行っている。
 また,研究の効果的促進を図るために,ドイツ,米国,中国等との国際研究協力を行っている。

(3)加速器技術等
 放射線の利用については,医療,工業,農業など幅広い分野で既に利用され,国民生活や福祉の向上等に貢献している。さらに,高度な放射線利用技術の応用が期待されており,より高度な技術の研究開発が進められている。特に近年,加速器に関する技術が向上したことから,イオンビーム,重粒子線,放射光の利用技術の開発が進められている。これらの技術は,原子力のみならず科学技術全般への革新的波及効果の牽引車となるべきものであり,大きな期待が寄せられている。
 日本原子力研究所では,エネルギー領域の異なる4台のイオン加速器を有するイオン照射研究施設(TIARA)のうち,1991年10月までに2台の加速器が完成し,イオンビームを用いた耐放射線性材料,バイオ技術,新機能材料等に関する研究など放射線高度利用研究を推進している。また,残る2台については1993年度の完成を予定している。
 放射線医学総合研究所では,治療効果が高く・,かつ正常組織の損傷が少ないなど,優れた性質を有する重粒子線を用いたがん治療の研究が行われており,1993年度の臨床試行開始を目指し,1987年度より重粒子線がん治療装置の建設を進めている。
 理化学研究所では,重イオン科学の研究推進のためのリングサイクロトロンを用い1989年7月には世界最高の加速性能を達成しており,この加速器による原子核物理等の基礎研究が行われている。
 動力炉・核燃料開発事業団は,長寿命放射性核種を短寿命化又は安定な核種に核変換する技術(消滅処理技術)の開発を目的として,大出力電子線形加速器の開発を行っている。日本原子力研究所においても,同様の目的で大出力陽子加速器の研究を行っている。
 さらに日本原子力研究所と理化学研究所は,兵庫県播磨科学公園都市において,1998年の供用開始を目指し,高指向性・高輝度で波長領域が広い放射光を用いて,物質・材料系科学技術,情報・電子系科学技術,ライフサイエンス等の広範な分野の研究を行う世界最大級の大型放射光施設(SPring-8)の建設を推進している。
 また,放射線は資源・環境保全の分野への利用も注目されており,日本原子力研究所では,排煙処理等の環境保全への放射線利用,汚泥の堆肥化等の資源有効利用に関する研究開発を行っている。

(4)原子力船
 原子力船については,原子力船に関する技術,知見,経験等の蓄積・涵養を図るため,日本原子力研究所において原子力船「むつ」による研究開発を実施してきた。
 原子力船「むつ」は,1991年2月,原子炉等規制法に基づく使用前検査合格証及び船舶安全法に基づく船舶検査証書が交付され,日本初の原子力船として完成した。
 その後,海洋環境下における振動・動揺・負荷変動等が原子炉に与える影響等に関する知見を得るため,1991年2月より概ね1年間の実験航海を実施した。この実験航海においては,1991年12月中旬までに4回の航海を行い,東はハワイ諸島沖,南はフィジー諸島沖,北はカムチャッカ半島沖にまで航行し,通常海域,高温海域,荒海域等における実験を進め,陸上では得られない貴重なデータ,経験等を獲得した。
 さらに,1992年1月の岸壁における基礎データの測定を経て,1992年2月14日をもって「むつ」はすべての実験を終了した。
 「むつ」は洋上試験・実験航海を通じて,約4.2キログラムのウラン235を燃焼し,原子動力で地球2周強に相当する約82,000キロメートルを航行した。これは重油に換算すると約5,000トイに相当し,1グラムのウラン235で1トン強の重油を節約したこととなる。
 また,「むつ」の解役については,約1年間使用済燃料を冷却した後,使用済燃料,中性子源,原子炉等を「むつ」より撤去することとしている。原子炉の廃止措置としては,原子炉を遮蔽体と合わせて原子炉室ごと一括撤去し,陸上にそのまま保管する「撤去隔離方式」を採用している。
 舶用炉の改良研究については,「むつ」により得られた実験データ等の成果を活用しつつ,舶用炉の経済性,信頼性等の向上を目指し研究を実施している。なお,1990年12月より科学技術庁原子力局において今後の舶用炉研究開発について検討がなされ,・1992年6月,報告書が取りまとめられた。

(5)新しい型の原子炉の研究
 受動的安全性を具備した中小型炉,モジュール型液体金属炉,高転換軽水炉等の新しい型の原子炉については,幅広く基礎的・基盤的研究を推進し,将来の原子炉技術のブレークスルーの可能性の検討を行っている。日本原子力研究所では,炉本体の受動的安全性を高める原子炉システムの基礎研究を行っている。


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