第1章変貌する国際情勢と我が国の立場

3.原子力の平和利用と我が国の立場と役割

(1)核不拡散体制をめぐる動きに対する我が国の立場と役割
 前述のように,ソ連の崩壊に伴う核拡散に対する懸念,イラク,北朝鮮等による核兵器開発の疑惑により,核不拡散体制の強化に対する国際的な要請が高まっている。核不拡散は,原子力平和利用の大前提であり,我が国としてはこのような懸念,疑惑によって,原子力平和利用そのものに影響を及ぼすことのないよう,積極的に対策を講じていく必要がある。

①核拡散に対する懸念と我が国の立場
核軍縮については,核不拡散体制の柱であるNPTにおいても,核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置等について誠実に交渉を行うことが規定さ糺ており,我が国としても,今後とも着実に進展することを歓迎する立場にある。
一方,その結果生ずるプルトニウム等の核物質は,核兵器保有国の責任において厳重に管理し,再び軍事利用されることのないように処置されることが基本であるが,旧ソ連において発生する核物質について,管理や平和利用等の面で国際協力の方策を協議し整えることは重要な国際的課題であり,我が国としても積極的に貢献していく立場にある。原子力平和利用・の立場から言えば,核軍縮の結果生ずる核物質と原子力平和利用における核物質といずれの核物質であろうともエネルギー源として利用できる物質であれば,エネルギー源と見ることができる。このため,平和利用を進める上での不拡散努力を核軍縮から発生する核物質の不拡散努力ヘ広げることにより,原子力の平和利用の可能性を確実なものとする理解を求めていくべきである。
また,旧ソ連の核兵器関連人材等の流出防止のための「国際科学技術センター」については研究プロジェクトを提供するとともに,2,000万ドルの支援を行い,事務局への人材の派遣を行うことにより,ソ連の崩壊に伴う核拡散問題の解決へ向けた貢献を行っていくことが重要である。
NPTについては,ミュンヘン・サミット政治宣言において,「無期限延長」が核兵器等の拡散の抑制のための重要な一歩となるものとされたが,歴史的に重要な1995年の同条約延長会議を迎えるに当たり,この条約の意義と原子力平和利用の重要性を世界が冷静に評価し,核不拡散努力によって核物質の軍事利用の懸念を払拭することにより,プルトニウム利用を含む原子力平和利用に対する国際的なコンセンサスが形成されるよう努力することが必要である。我が国としては,NPTのできる限り長期間の延長が円滑に行われるよう努力していくこととしており,核兵器国による核軍縮が一層進展することを期待している。また,イラクに対しては,核兵器開発の全容を明らかにすることと,核兵器開発能力を完全に放棄することを要請していくこととしており,北朝鮮に対しては,核兵器開発に関する疑念を払拭するよう求めていくこととしている。
②核不拡散体制の強化に対する我が国の役割
我が国はNPTを締結し,IAEAとの保障措置協定に基づき,国内のすべての原子力施設にIAEAの保障措置を受け入れており,非核兵器国の中で原子力施設が多いことから,IAEA査察業務の実に約25%が我が国に集中している。また,我が国は,1981年から「対IAEA保障措置技術開発支援計画(JASPAS)」を行うとともに,1986年度からはIAEAに我が国から特別拠出を行い,大型再処理施設に対する保障措置適用に関する検討を行うLASCAR(大型再処理施設保障措置)プロジェクトに積極的に参加するなど,IAEA保障措置の維持・強化にも積極的に貢献している。
さらに,湾岸危機を契機としてIAEAにおける特別査察の未申告施設に対する適用,核物質と原子力資機材の輸出入のIAEAへの報告及び原子力施設の設計情報の早期提出などの保障措置の整備・強化のための検討に当たっては我が国は積極的に貢献してきており,原子力供給国会議では,新たな原子力関連輸出規制制度の発足について,我が国が事務局機能を引き受けることを提案し,全会一致で決定された。
また,核兵器国の平和利用施設への保障措置の適用拡大については,非核兵器国との平等性を高める上で重要であり,IAEAの人的,財政的資源の許す範囲で徐々に実施に移していくことが実際的かつ肝要である。
保障措置の合理化に関しては,保障措置受入れ国の原子力活動の透明性,国内保障措置制度の実効性,機器の積極的な開発及び利用等を考慮して合理化を図るべきとの提案を我が国は行っており,今後も技術的な検討等に積極的に参画することとしている。
今後とも,核不拡散を確保するための体制の強化に向けて,我が国が能動的に活動することは非常に重要であり,貢献が期待されている。
なお,我が国は,1988年11月に核物質の防護に関する条約に加入し,適切な核物質防護を行うこととなっているほか,米国等との間に2国間の原子力に関する協力協定を締結し,当該国から供給された核物質については,その防護を誠実に履行することを約束している。中でも,核物質の輸送に係る詳細な情報については,欧米諸国で極めて慎重に取り扱われており,国際的にも核不拡散の重要性が強く認識され,各国が万全の核物質防護を採るべきことに国際的な関心が高まっているという最近の情勢を背景に,政府は1992年4月に核物質の輸送に係る詳細な情報の取扱いは慎重を期すべきとの考え方の周知徹底を図った。

(2)世界的な原子力の安全性向上に対する我が国の役割
 原子力開発利用については,我が国は,これまで30年以上にもわたる研究開発,運転管理の実績を有しており,原子力発電設備容量は1992年9月現在で42基3,340万キロワットに達している。開発当初は米国から技術を導入したが,現在では極めて高い技術的能力を有するまでに至っている。また,原子力の開発利用は,安全の確保に万全を期すことを大前提として進められているところであり,これまで環境に影響を及ぼす事故を起こしんことはなく,9年間にわたり70%以上の高い設備利用率で運転し,安全確保実績を有している。
 旧ソ連・中東欧地域等における原子炉の安全性に対する懸念が高まっているが,我が国の長年にわたる原子力発電の安全運転実績に基づき世界の原子力発電の安全性向上に対しても積極的に貢献していく必要がある。我が国がこのような地域の原子力安全に対して貢献していく際には,当該地域の国々の原子力の安全確保のための自助努力を支援するとの基本的立場に立ち,長期的な観点からも資金や資材・技術を提供する等,我が国の原子力の安全確保のための努力が直接・間接に役立つ方法をその国々と二国間協力により見いだすとともに,他の西側諸国とも協調して,協力を実施していくことが重要である。
 我が国としては,これまでIAEAにおけるソ連型原子炉の安全評価プログラムに対して特別拠出を行うとともに,旧ソ連・中東欧諸国の技術者・運転員の資質向上のための研修等を実施することとしているが,さらに,ミュンヘン・サミットで支持された「運転上の安全性改善」,「安全性評価に基づく短期の技術的改善」,「規制制度の強化等の措置を含む行動計画の考え方に従って,効果的な協力策を展開していく予定であり,今後とも旧ソ連・中東欧諸国の原子力安全に関する協力について引き続き最大限の努力を払っていくこととしている。
 また,これらの協力を進めていく際,G24原子力安全支援調整国際会議(旧G24原子力安全ワーキンググループ)が調整を行うこととなっているが,このような調整メカニズムに対しても積極的に貢献していくことが望まれる。
 IAEAに対しては,今後の具体的な安全対策を実施していく上での前提となる安全評価活動を円滑に展開していくことが期待されることから,我が国からも専門家の派遣を積極的に行うこと等によりこの活動を支援することが重要である。

(3)原子力の平和利用の実施と牽引力
 原子力は,少量の資源から技術によって大量のエネルギーを生み出すという他のエネルギーにない特長を有しており,その供給安定性と経済性が資源などの外的要因ではなく,主に技術の成熟度によって決定されることに大きな特長がある。よって,天然のエネルギー資源に乏しく,また,高度な技術力を有する我が国としては,増大するエネルギー需要という状況下で確固としたエネルギー供給基盤を築くためには,原子力開発利用の推進が極めて重要である。
 このような準国産エネルギーとも位置付けることのできる原子力の特長を活かすためには,使用済燃料を再処理して,回収されたプルトニウム及びウランをリサイクルし,核燃料として再利用する核燃料のリサイクルが不可欠である。核燃料リサイクルは,リサイクルしなければそのすべてが廃棄物となってしまうものの中から,有用なものを資源として再利用するということであり,資源の保護に貢献するとともに,環境への影響を低減することができる。さらに,枝燃料リサイクルによって,有用な資源と放射性廃棄物を分別,回収ができるため,放射性廃棄物の中で放射能レベルの高いものの量を少なく,しかも安定な形態に処理しやすくすることができ,放射性廃棄物の管理をより適切なものとすることができる。
 さらに,原子力は環境面においても,地球温暖化の原因となる二酸化炭素等を発電の過程で排出しないという優れた特長を有している。
 我が国においては,以上のような観点から,原子力を基軸エネルギーとして位置付け,核燃料リサイクル政策等に基づく原子力開発利用を積極的に推進している。この際,1991年8月には,必要な量以上のプルトニウムを保持しないようにすること等のプルトニウム利用に係る我が国の基本的政策を示すなど,我が国の原子力開発利用政策を内外に明らかにしてきている。なお,1992年秋頃のフランスからのプルトニウム輸送に当たっては,種々の核物質防護措置及び安全対策を講じ,本輸送が確実に実施されるように万全を期すこととしている。今後とも,我が国としては,核不拡散問題について国際的に疑念を招かないよう透明性に配慮するとともに,原子力平和利用を進める我が国の国際的責務として,前述したようにIAEA保障措置の健全な発展と世界の核不拡散体制の維持・強化に貢献していくことが重要である。
 次に,原子力の利用に伴い発生する放射性廃棄物の処理処分対策の確立は,原子力によるメリットを享受している我々の責務である。放射性廃棄物の処理処分対策については,原子力利用を進めている我が国を含め世界各国の課題として積極的に取組がなされている。我が国においては,低レベル放射性廃棄物の陸地処分に関しては埋設施設が青森県六ヶ所村に建設中であり,適切な処理処分対策が円滑に進められている。また,高レベル放射性廃棄物の処理処分に関しては,研究開発について動力炉・核燃料開発事業団が中核推進機関となって実施中であり,一方,2000年を目安に設立される実施主体がこれらの成果等を踏まえ計画的に処分対策を実施していくこととしている。
 また,我が国は,日本原子力研究所,動力炉・核燃料開発事業団等が中心となって,米国,ドイツ,フランス,英国などの原子力開発利用先進諸国と核融合,軽水炉,高速増殖炉,再処理,高レベル放射性廃棄物の地層処分,高温ガス炉等の多岐にわたる分野において研究協力,情報交換,人材交流等の二国間協力を行ってきている他,インドネシア,マレイシア,タイ,韓国,中国等と研究炉利用,放射線利用,安全研究,廃棄物処理処分,ウラン鉱資源調査等の分野で協力を行っている。今後もますます効率的な研究開発のため,国際協力を積極的に進めることが重要である。また,近隣諸国で原子力発電計画が検討されていることから安全性分野での協力も今後重要となってくるものと考えられる。
 以上のような点をかんがみれば,原子力開発利用の実績を有し,科学技術立国を目指す我が国においては,我が国さらには世界のエネルギー需要の増大に対応して,安定的なエネルギー供給の確保等を目指して,今後とも原子力開発利用を積極的に推進し,欧米等の先進諸国とも協力しつつ,原子力平和利用の世界的な牽引国としての役割を果たしていくとともに,我が国の原子力開発利用政策に対する内外の理解を得ていくことが重要である。


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