第2章 我が国における原子力開発利用の現状
2.放射線利用の現状と今後の展望

(5)これからの放射線利用

①放射線利用関係の研究開発の動向
 近年,加速器に関する技術が向上しだことから,イオンビームや放射光に関する技術が注目されている。
 イオンビームは,半導体を始めとして金属表層の改質等の材料科学,原子核反応,新核種生成,がん治療等の研究分野で注目されている。
 日本原子力研究所では,宇宙環境材料,核融合炉材料等の耐環境性極限材料,バイオ技術,新機能材料等の研究開発へのイオンビーム利用を積極的に進めるため,1987年から6年計画で,同研究所の高崎研究所においてイオン照射研究施設を建設している。
 放射線医学総合研究所では,中性子と陽子線の両方の利点を併せ持つ重粒子線による効果的ながん治療の早期実現に向けた研究開発及び重粒子線がん治療装置の建設が,1993年度の臨床試行の開始を目指して進められている。
 なお,理化学研究所では,重イオン科学研究を進めるため,リングサイクロトロンを建設・運転しており,1989年7月には世界最高の加速性能を達成している。これを用いての,自然界に存在しな,い重い元素(超重元素)の発見等に期待が寄せられている。
 一方,放射光については,たいへん明るい(高輝度),波長領域が広くかつ連続している(波長選択性-硬X線~遠赤外線),指向性がよい等の特性を有しているため,物質の構造解析の飛躍的発展が期待できる,材料の極微細加工が可能になる,生体材料を損傷せずに観察できるなど様々な分野でその利用への期待が寄せられている。
 このため,放射光を利用して物質・材料系科学技術,情報・電子系科学技術,ライフサイエンス,医学等広範な分野の研究を行うことを目的として,日本原子力研究所及び理化学研究所が共同し,兵庫県播磨科学公園都市に1998年の供用開始を目指して,大型放射光施設(SPring-8)の建設を推進している。
 この他,放射線は,環境保全の観点からの利用も注目されており,日本原子力研究所では,石炭燃焼時の廃ガスの有害成分である硫黄酸化物と窒素酸化物を,電子線により除去する脱硫・脱硝技術の実用化を目指し,技術的確立を図るため,石炭火力発電所においてパイロット試験を実施しているほか,下水処理で発生する汚泥の放射線処理による殺菌と速成堆肥化技術等の開発が進められている。また,東京都立アイソトープ総合研究所では,γ線,電子線による下水汚泥の脱水効率を向上させる研究が行われている。今後は,環境を守るための放射線の利用範囲の拡充が望まれる。

②放射線利用の今後の方向と課題
 以上のように,放射線はその性質を活がした利用を図ることにより,国民生活の向上,経済の発展に貢献することが期待される。まず,医療・農業・工業分野において放射線利用が着実に拡大されることが望まれる。また,加速器を用いた新たな放射線利用の分野は物質・材料系科学技術,ライフサイエンス等の広範な分野での科学技術の応用が期待され,今後とも積極的に研究開発を実施することが重要である。
 さらに,放射線による脱硫・脱硝技術等環境保全を目的とした利用も注目されており,このような放射線利用についての研究開発を,積極的に進めることが重要である。
 一方,放射線利用は,今後,拡充が期待されるのでそれに対応して,放射線防護の観点から,十分な安全管理施設,専門的知見を有する人材の確保,管理体制の充実,放射性廃棄物の処理処分対策等の基盤整備が重要である。
 なお,放射線の利用を進め之に際しては,国民の理解と協力が重要であることから,今後とも,引き続き放射線利用に関する正しい知識の提供が必要である。


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