第1章 原子力に期待される役割と国民の理解と協力の増進
1.原子力をめぐる内外の情勢変化

(4)核兵器の不拡散をめぐる最近の動向

 米ソ両大国による東西冷戦が実質的に終了し,現在,世界的な緊張緩和,多極化の進展,民主化の強まりなどの流れの中で新たな国際秩序が模索されている。こうした緊張緩和の一方で,地域紛争が顕在化する可能性や核兵器等の拡散,通常兵器の過剰保有等による危険性が指摘されている。特に湾岸危機は,世界の人々に核兵器の拡散に対する懸念を現実的なものとして強く印象づけ,核軍縮や核管理の重要性を改めて認識させるものとなった。
 このような状況の中,特に国際平和と安全保障の点から「核兵器の不拡散に関する条約」(NPT)の重要性が再認識され,これに向けた動きが活発化してきている。最近の核不拡散をめぐる状況としては,1991年になり,南アフリカ等がNPTを締結し,核兵器国であるフランスがNPTの締結を原則的に決定したほか,中国も締結の原則決定を表明するなど,NPT締結の前向きな動きがある。NPT体制については,1991年7月のロンドン・サミットの「通常兵器の移転及び核兵器・生物兵器・化学兵器の不拡散に関する宣言」の中でも取り上げられており,核兵器の不拡散と原子力エネルギーの平和的利用の発展との間のバランスの上に立つ衡平かつ安定的な不拡散体制への支持をできる限り獲得するため,努力することを確認した上で,NPTの重要性を再確認するとともに,全ての非署名国に対し,NPTに署名すること,全ての非核兵器国に対し,自国の原子力活動をIAEA保障措置に係らしめることなどを要請している。また,1995年以降もNPT体制を維持強化すること,IAEA保障措置制度の強化と改善などを達成するべく努力することも表明している。
 また,1991年7月,モスクワにおける米ソ首脳会談において,米ソ両国の戦略核兵器を1990年代末までに段階的に削減することを内容とするSTART(戦略兵器削減条約)合意文書が,調印された。
 さらに,戦術核兵器を中心により踏み込んだ核兵器の削減について,ブッシュ米国大統領より提案がなされ,ゴルバチョフソ連大統領もこれに対応するなど,核軍縮に向けた動きが進んでいる。
 我が国においては,核不拡散と原子力平和利用を大前是に,エネルギー安定供給の観点から,原子力開発利用を推進してきたところである。このため,原子力開発利用を厳に平和目的に限ることを原子力基本法において定めるとともに,国際的には,NPT及び核物質防護条約に加盟し,これらの国際条約上の義務を誠実に履行してきており,我が国の原子力平和利用の政策を内外に明らかにしてきている。
 また,我が国は,開発途上国の軍備のあり方,軍備管理・軍縮等に関連して,今後,我が国政府開発援助の実施に当たっては,被援助国における核兵器の開発,製造等の動向などに対し,十分注意を払いつつ,総合的に判断することを明らかにしている。
 この他,核不拡散をめぐる最近の動向として以下のものがある。

(北朝鮮のIAEA保障措置協定締結問題)
 北朝鮮は,1985年12月にNPTに加盟しているが,同条約でNPT加盟後18カ月以内に締結が義務付けられているIAEAとの保障措置協定について,韓国に配備されていると北朝鮮が主張する米軍の核の脅威の問題を提起し,本協定の締結を拒んでいた。
 1991年6月のIAEA理事会において,北朝鮮は保障措置協定締結に向けて一定の手続きを進める旨表明し,7月に,IAEAとの間で協定案に合意した。その後,本協定案は,9月のIAEA理事会において承認されたが,北朝鮮は,締結,履行を進めるには,前述の問題が解決されることが必要であるとの主張を行っている。
 なお,従来より我が国は,北朝鮮に対し,同国がNPT上の義務として負っているIAEA保障措置協定の締結を無条件かつ早急に行い,同協定を履行するよう強く求めている。

(イラク問題)
 イラクは,NPTに基づきIAEAとの間で保障措置協定を締結しており,同国内の全ての原子力活動に係る核物質にIAEAの保障措置を適用する義務を負っている。
 1991年4月の湾岸危機の正式停戦条件を定める決議(国連安全保障理事会決議687号)において,イラクの核兵器能力の無力化及び核物質等の現地査察の受け入れ等が決められたが,本決議に基づき,イラクの原子力開発状況について,1991年5月以降現在(1991年9月末)まで6次にわたり,国連特別委員会及びIAEAの合同査察チームが現地査察を実施した。なお,イラクは7月,国連に報告書を提出し電磁法等の方法により,ウラン濃縮に係る研究開発等を秘密裡に行ない,少量ながら濃縮ウランを製造したことを認めている。IAEAは,7月,特別理事会を開き,査察結果等に基づきイラクがIAEAとの保障措置協定に違反していた旨,認定するとともに,イラクを非難する決議を採択した。また,その後の現地査察の結果,保障措置協定に違反する形で,少量のプルトニウム分離も行っていたことが判明した。その後,8月に国連安全保障理事会が開催され,イラクが停戦決議687号に基づく責任を果たしていないことを非難すること等を内容とする決議(国連安全保障理事会決議707号)が採択された。また,9月には,IAEA総会において,イラクがIAEAとの保障措置協定に違反したことを非難するとともに,イラクに国連安全保障理事会決議687号及び707号を遵守することを強く求めること等を内容とする決議が採択されている。
 保障措置協定は,核不拡散体制を担保するための重要な国際取極であり,イラクが同協定遵守のための是正措置を速やかに採ることが望まれている。
(原子力資材供給国会合)
 原子力資材供給国(現在26ヵ国が参加)は,1977年ロンドンにおいて,核物質等の非核兵器国への輸出に際して適用されるガイドライン(ロンドン・ガイドライン)について合意し,1978年1月に公表した。
 1991年3月,湾岸危機を通じ,核拡散の危険性が顕在化したことを背景に,同ガイドライン成立後初めて,約13年ぶりに同ガイドライン参加26カ国の代表が出席し,原子力資材供給国会合が開催された。
 本会合は,核不拡散分野における湾岸危機後の新しい国際秩序に向けての最初の国際会議であり,本会合においては,核不拡散目的の輸出規制を一層強化することの必要性が確認されるとともに,核兵器開発に関連する原子力汎用品に関する輸出規制枠組みに関する検討を開始すること,本会合を定例化すること等について合意がなされた。
 なお,1991年7月のロンドン・サミットにおいても,汎用品に係る適切な輸出規制を確保するための新規措置達成の努力がうたわれている。今後,核不拡散上の輸出規制制度の強化・改善のため,我が国も関係機関と協調を図りつつ,積極的に努力していくことが必要となっている。
(IAEA保障措置の整備・強化)
 核不拡散の推進に当たって,従来から大きな役割を果たしてきたIAEAの保障措置の有効性を一層強化し,その信頼性を維持していくことが必要である。この観点から,現在,IAEAにおいて,特別査察の適用,核兵器国における保障措置のあり方,核物質輸出の全般的な報告,施設の設計情報の早期提供等についての検討が進められている。
 特に,IAEAに対する核物質の存在に関する報告義務を怠っている国に対し,IAEAが当該国にある未申告施設等の核物質に対して,特別査察の適用を検討することは極めて重要であると考えられる。このため,我が国は本年6月のIAEA理事会において,その重要性を強調し,特別査察の適用に当たっての具体的な手続きの明確化等が必要である旨主張したところである。
 また,IAEAの限られた人的,財政的資源を効率的に活用するため,原子力施設の態様等に応じた,より効果的,効率的な保障措置を実施することが望まれる。また,非破壊装置による分析,封じ込め・監視技術等,保障措置分野の技術開発に積極的に取り組むとともに,開発された技術が広く加盟国の保障措置に適用されるよう,その実用化を促進していくことなどが必要である。
(核管理の適正化)
 以上のように,核不拡散に向けて努力が強化されているが,今後は更に,核管理の適正化,核軍縮が世界的に強く望まれるところとなっており,我が国としても,これに積極的に対応していくことが重要となってきている。


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