第1章 原子力に期待される役割と国民の理解と協力の増進
1.原子力をめぐる内外の情勢変化

(1)最近の原子力を取り巻く世界の情勢

(エネルギー情勢)
 過去20年間の世界のエネルギー需要の推移を振り返ると,1970年から73年にかけて,年間5〜6%という高い率で増加していたが,第1次及び第2次石油危機直後にはそれぞれ横ばい及び減少に転じた。しかし,1983年以降,再び増加となり,1986年の石油価格暴落を契機に急増し,特に,1988年には世界的な経済拡大を反映して約4%も増加した。1989年には,経済成長の鈍化等により伸び率は約2%にとどまり,1990年には経済が減速局面にあるため低い率になっているものの,全体として1983年以降エネルギー需要は増加の一途をたどってきているといえる。国際エネルギー機関(IEA)によると,この傾向は将来にわたっても継続し,15年後,2005年のエネルギー需要は,現在の約1.5倍と,15年前から現在までに約1.3倍になったことに比べて,高い伸びが見通されている。
 地域別には,開発途上国のエネルギー需要増大が顕著である。開発途上国におけるエネルギー需要は,近年,5%前後の増加率であり,今後の人口増,経済発展を考慮すると,2005年には,国による差はあるものの,平均してみれば現在の1.9倍となり,世界のエネルギー需要の3割以上を占めるまでになると見通されている。また,開発途上国においては,石油需要も量的には増加するものの,エネルギー需要全体が増加すること,天然ガス及び石炭への移行が進むことにより,石油依存度は相対的に低下すると見通されている。しかし,開発途上国における化石燃料への依存は変わらず,全世界における化石燃料需要の2005年までの増加分のうち,約50%は開発途上国によるものと見通されている。

 一方,先進国におけるエネルギー需要は近年3%前後の高い伸びで増加していたが,経済成長の鈍化,省エネルギー対策の推進等により,1990年には1%程度の低い伸びにとどまった。また,石油危機の教訓から石油依存度は着実に低下し,石油代替エネルギーとして,特に,原子力は全エネルギー需要の約1割を占めるまでに至っている。将来の見通しとしては,2005年の先進国におけるエネルギー需要は現在の1.3倍になり,増加分の約4割を石炭,約3割を天然ガスが占め,原子力発電も着実に増加する等,さらに脱石油化が促進されるとされている。
 また,ソ連及び東欧におけるエネルギー需要は,市場経済への移行による経済混乱が影響して,1989,90年にはマイナスの伸びであったが,IEAによると,市場経済への移行が迅速かつ混乱なく行われると仮定した上で,2005年には,現在の約1.5倍に増加すると見込まれている。エネルギー供給については,天然ガスがほぼ2倍に増加するのを始め,原子力発電も2.1倍と大幅に増加すると見込まれている。
 このように世界のエネルギー情勢は増大傾向の途上にあると考えられるが,1990年8月のイラクのクウェート侵攻により発生した湾岸危機は,石油危機の再来を懸念させる事態であった。しかし,湾岸危機をエネルギーの側面から見ると,侵攻直後,国連安保理事会の制裁措置を受けて,各国が両国からの原油輸入禁止措置を決定したため,原油価格は一時急騰(9月下旬には北海ブレント価格で40ドル/バーレルを超過)したものの,その後,徐々に下がり続け,1991年1月の多国籍軍による空爆開始直後,原油価格は大幅に下落し,その後も落ちついた動きを示し,現在に至っては,湾岸危機以前の価格水準に戻っている。このように今回の湾岸危機のエネルギー面における影響は,侵攻直後に原油価格急騰はあったものの,過去2回の石油危機に比べると総じて小さかったといえる。これは,湾岸危機以前から,既に過去の石油危機の教訓により,特に先進国において,原子力を始めとする石油代替エネルギーの開発・導入が進んでいたこと,先進国の石油備蓄,特に,公的備蓄が確保されていたこと,そして,サウジアラビア,アラブ首長国連邦等の産油国が増産を行い,石油安定供給への努力をしたこと等が主な要因と考えられる。
 このように,今回の湾岸危機のエネルギー面における影響については世界的に見て大過なく終始したものの,IEAの見通しによると,2005年には,開発途上国の石油需要が現在の1.6倍に増大する一方,先進国の石油生産量が現在の約4分の3に縮小するため,中東産油国への依存度が第1次及び第2次の石油危機の時と同程度にまで達すると予想されており,再び,石油需給が不安定化すると懸念されている。
 今回の湾岸危機に際しては,エネルギー需給の面でIEA諸国は一致協力して対処したといえるが,1991年6月に開催されたIEA閣僚理事会コミュニケにおいても,湾岸危機時に緊急時対応メカニズムの価値が証明されたことを確認し,90年代のエネルギー安全保障には供給の多様化が必要と強調している。中でも,原子力がエネルギー供給に相当貢献することを認識するとともに,温室効果ガス排出の安定化にも貢献できることに注目し,さらに,原子力は一次エネルギー供給の多様化に必須の要素として,特に,原子力施設の安全運転,放射性廃棄物の処理処分及び新型炉の開発において持続的かつ強化された国際協力を奨励している。また,エネルギー安全保障,環境,安全性及び自国の決定が他国に与える影響を考慮して,自国の状況に最も合致した形で発電用燃料ミックスを決定すべきとしている。
 また,1991年7月に開催されたロンドン・サミットの経済宣言においても,今回の湾岸危機は,石油生産者と消費者の双方の努力により世界経済を撹乱するものではなかったとした上で,エネルギーの世界的な安定供給を確保し,環境上及び安全上の高度の基準を奨励するとともに,これらの分野での国際協力を推進するよう努めることを声明している。この関連で,原子力発電についてエネルギー源の多様化及び温室効果ガスの排出削減に貢献するものとされている。一方,経済的なエネルギー源として原子力を開発する際には,放射性廃棄物の処理処分を含め最高の安全基準を達成し維持することが不可欠であるとした上で,中・東欧及びソ連における安全性の状況は,緊急の問題であり,対応策調整のための有効な手段を策定するよう国際社会に要請している。
 以上,エネルギー需給を中心にエネルギー情勢を概観してきたが,ここで,エネルギー資源の地域分布状況を比較すると,原油は中東地域に全確認可採埋蔵量の約66%が存在し,次位の中南米地域が約12%と,極端に中東地域に偏在している。天然ガスも同様に,ソ連に約38%,中東に約31%が存在し,一部の地域に偏在している。石炭は中国に約50%があるものの,ソ連・東欧約21%,北米14%と遍在は比較的小さい。一方,ウランはアフリカ地域に約33%,北米地域に約28%,オーストラリアに約24%と,政治的・経済的に安定した地域に比較的分散して産出する。

(電力需給状況)
 世界の電力消費量の増加は,二度の石油危機直後に,先進国において若干停滞したことがあるものの,他の地域において急増していることもあり,世界全体としては増加してきている。中でも,開発途上国,特に,アジア地域においては生活水準の向上,工業化の進展等により,電力消費量の伸びが著しい。世界の発電電力量は,電力化率の増大等により近年年率約4%という高い伸びで増加しており,一次エネルギー供給の増加率を上回っている。一方,電源構成の内訳を見ると,先進国においては原子力発電が顕著に増加しており,脱石油のエネルギー政策により,火力発電,特に石油火力発電の割合が激減している。
 ソ連・東欧においても,火力発電の割合は減ってきてはいるが,依然として火力発電が大半の割合を占めている。開発途上国は比較的水力発電の割合が大きいが,増大する電力需要に対応して,火力発電が増大している。

 このように増大する電力需要に対応して,先進国においては脱石油,原子力推進が図られ,成果をあげているが,他の地域においては依然火力発電に大きく依存していることがわかる。

(地球環境とエネルギー)
 近年,地球温暖化,酸性雨等のいわゆる地球環境問題が大きくクローズアップされている。これらは人類の生存基盤に深刻な影響を及ぼすおそれがあることから,その解決が国際的にも強く望まれており,地球環境問題に対する積極的な取組がなされつつある。
 特に,地球温暖化については,過去,気候は温暖期,寒冷期と変動を続けてきてはいるが,予測されている温暖化は過去1万年の間に例を見ないようなものであり,地球的な物差しからすれば極めて短時間のうちに起こることが特徴であり,その影響の大きさ等に鑑み,国際的な協調の下に取り組む最重要課題として様々な国際会議の場において本格的な議論が行われている。
 この温暖化の将来予測については,1988年11月に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)の共催で設置された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)において,1990年8月に第一次評価報告書がまとめられた。これによると,温室効果ガスの濃度は二酸化炭素に換算して,産業革命以前より現在までに50%増大しており,地上平均気温は100年前から比べて0.3〜0.6°C上昇し,平均海面も10〜20cm上昇している。そして,化石エネルギーの消費などエネルギー利用形態が現状のままで増大し続ければ,不確実性はあるものの,来世紀末までに平均気温が約3°C,海面が約65cm上昇すると予想され,「本格的な対策が講じられない限り重大かつ潜在的には破壊的ともいえる変化が生じるだろう」とされている。1980年代における人間活動の地球温暖化への寄与を部門別に見てみると,エネルギー起源のものが最も大きく,本問題の解決に当たっては,エネルギー利用効率の向上を含めた省エネルギー,非化石エネルギーへの依存度向上等エネルギー政策の面からの積極的対応が不可欠である。これについては,1991年6月のIEA閣僚理事会コミュニケにおいても,地球規模の気候変動の長期的挑戦に対応するためには,化石燃料のより効率的な利用方法のみならず,例えば,再生可能エネルギー,原子力発電システム,革新的な省エネルギー技術などの分野における新たに大幅な進展が必要であることが合意されている。
 また,国連の統計を用いたエネルギー起源の二酸化炭素排出量について見ると,1988年現在,世界での年間排出量は約59億トン(炭素換算)であり,一人当たりにすると1.15トンに相当する。その半分以上が米国,ソ連,中国の上位3カ国によって占められている。我が国の排出量も世界第4位で,世界全体の排出量の4.7%を占めており,一人当たりの排出量も主要先進国の中では低い部類であるものの,世界平均の約2倍となっている。なお,主要先進国の中ではフランスの排出量が少ないことが注目される。我が国としては,このような情勢に鑑みて,技術力の高い先進国の一員として,自国のエネルギー起源の二酸化炭素排出量をできる限り抑制することはもとより,世界的な排出量抑制に率先して貢献していく必要があると考えられる。このため,我が国政府としては,地球温暖化防止の国際的枠組作りに貢献していく上での我が国の基本的姿勢を明らかにするため,二酸化炭素排出量を2000年以降概ね1990年レベルで安定化させることを目標とする地球温暖化防止行動計画を1990年10月に策定した。この中で,エネルギー政策においては,二酸化炭素排出の少ない又は排出のないエネルギー源の導入等を推進することとしているとともに,世界各国が協調して省エネルギー・省資源の推進,クリーンエネルギーの導入,次世代エネルギー技術の開発等に取り組む総合的かつ長期的ビジョン(地球再生計画)作りの具体化の促進に努めていく必要があるとされている。
 また,政府は,地球温暖化問題の顕在化等最近のエネルギーをめぐる状況変化を踏まえて,エネルギー研究開発基本計画を抜本的に改定し,1991年7月31日,新たな基本計画を内閣総理大臣決定した。この中においても,原子力は,中核的な石油代替エネルギーであり,地球環境問題への対応のためにも重要な役割を果たすものとして,その開発利用の重要性が強調されている。


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