第3章 我が国における原子力開発利用の展開

2.原子力研究開発の推進

(1)先導的プロジェクト等の推進
 核融合,放射線利用,高温工学試験研究等の先導的プロジェクトは,目標達成に向け,広範な分野の先端技術等を統合し,研究開発を進めている。これらは,原子力分野以外へも技術革新の発展の促進に資する牽引力を有することから,科学技術の発展性を踏まえつつ効果的・効率的に推進することが重要である。

〔核融合〕
 核融合の研究開発については,恒久的なエネルギー源を確保できるなど様々な社会的期待が寄せられており,我が国では,日本原子力研究所,大学,国立試験研究機関等が核融合の研究開発に携わっている。
 日本原子力研究所は,トカマク型臨界プラズマ試験装置(JT-60)の高性能化実験(I)において,高周波を用いたプラズマ電流の駆動効率の向上及びペレット入射装置を用いたプラズマ中心部の高密度化について世界最高クラスの成果を得て,1989年10月に運転を停止し,現在,JT-60はプラズマ性能の大幅な向上を目指して,高性能化計画の中核である大電流化改造工事及び重水素導入のための施設整備を進めており,1991年3月から実験を開始する予定である。また,超電導コイル加熱装置などの炉工学技術の開発研究を行うとともに,次期大型装置の設計検討を進めている。大学共同利用機関である核融合科学研究所では,環状磁場系の定常運転及び高温プラズマに関する閉じ込め物理の究明のため,大型ヘリカル装置の試作開発を行うとともに実機の一部製作に着手しており,大学等においても,各種閉込め方式による先駆的・基礎的研究を行っている。
 また,日本,米国,EC,ソ連の4極による国際熱核融合実験炉(ITER)の概念設計活動等の核融合の国際協力に積極的に参加している。
 一方,高温プラズマ閉じ込め条件下ではなく,低温で核融合現象を起こす低温核融合研究が発表されてから1年が経過し,世界各地でその現象の再現が試みられてきた。しかし,その現象は再現性に欠け,また,散発的であるため,核融合反応かどうか確認されていないが,低温核融合現象の解明,実証の追試験が引き続き行われている。

〔放射線利用〕
 放射線は,医療,農業,工業などの分野で幅広く利用され,原子力平和利用として国民の生活や福祉の向上などに貢献している。一方,将来の放射線利用の新たな展開のため,より高度な技術の研究開発が進められている。
 医療分野においては,診断と治療の両面で放射線が利用されていることに加え,医療用品の滅菌に役立っている。
 診断には,胸・胃・骨などのエックス線撮影,エックス線コンピュータ断層撮影(X線CT)などが一般的に利用されている。また,実用化段階に達したポジトロンCTは,放射性同位元素を利用した放射性医薬品の体内投与により脳や心臓などの臓器の機能を画像化し,疾患部の診断を可能にする。このような放射線や放射性物質の応用により,診断技術は今後一層向上することが期待される。
 治療については,悪性腫瘍を主治療対象とし,エックス線,ガンマ線,電子線の利用による治療が実用的に利用されている。一方,現在,速中性子線,陽子線を利用した治療に関する研究も行われており,さらに,これらの両方の利点を併せもつ重粒子線による効果的ながん治療の早期実現へ向けた研究開発及び重粒子線がん治療装置の建設が放射線医学総合研究所において進められている。
 医療用具の滅菌においては,優れた殺菌性などをもつことから,透過力の大きいガンマ線による滅菌が主流となっている。
 農林水産業の分野では,品種改良,害虫防除,食品照射等に放射線が利用されている。
 特に,害虫防除については,1972年からウリミバエの踊(雄)にガンマ線を照射し成虫の不妊化を施し環境中に放飼する不妊虫放飼法による根絶防除を沖縄,鹿児島両県で実施しており,鹿児島県の奄美群島全域と沖縄県の久米島,宮古群島等で根絶が成功し,メロンやマンゴウなどの果実の出荷規制が解除され,本土への出荷が可能となった。
 また,沖縄本島及び周辺諸島についても1990年10月に根絶が確認された。
 また,食品照射については,1967年に原子力委員会が定めた食品照射研究開発基本計画に基づき,7品目についての研究開発が実施され1988年に終了した。この内,1974年に馬鈴薯の発芽防止の目的の照射が実用化された。
 工業の分野では,ガンマ線,中性子線等を用いて厚さ,密度,水分含有量の精密な測定を行うことにより,各種工程管理に広く利用されている。また,鉄鋼,航空機製造等では非破壊検査に放射線が用いられている。さらに,電線被覆材の改良等,各種高分子材料の改質に電子線やガンマ線が利用されている。
 研究利用では,宇宙環境材料,核融合炉材料等の耐環境性極限材料,バイオ技術,新機能材料等の研究開発へのイオンビーム利用を積極的に進めるため,1987年から6年計画で日本原子力研究所が多目的イオンビーム研究施設を建設している。また,日本原子力研究所と理化学研究所は,指向性が高く,高輝度で,赤外線からエックス線に至るまでの幅広い波長選択性をもつシンクロトロン放射光を用いて,物質・材料系科学技術,ライフサイエンス,情報・電子系科学技術等,広範な分野の研究を行うことを目的として,大型放射光施設(SPring- 8)の建設を兵庫県播磨科学都市に1995年の完成を目指し本年より開始したほか,大学や国立試験研究機関などで中規模放射光装置計画が相次ぎ発表されている。理化学研究所は,リングサイクロトロンを用いて重イオン科学の研究を進めており,1989年3月に完成したAVFサイクロトロンを前段に用いた加速性能は同年7月に世界最高を達成している。
 また,放射線は,資源・環境保全にも広く利用されつつあり,日本原子力研究所では石炭燃焼排ガスの有害成分である二酸化硫黄と窒素酸化物を電子線により除去する技術(脱煙脱硫・脱硝技術),下水処理で発生する余剰汚泥の放射線処理による殺菌と速成堆肥化技術等の開発が進められている。

〔原子力船〕
 原子力船の研究開発は,今後の舶用炉開発に必要なデータや知見等を得るため,日本原子力研究所において原子力船「むつ」による研究開発を進めており,得られたデータや知見は今後の舶用炉の改良研究に活かされることになっている。
 原子力船「むつ」は,1990年3月末から出力上昇試験を開始し,同4月末まで関根浜定係港岸壁において,原子炉熱出力約20%までの出力上昇試験を実施した後,7月には進水以来初の原子動力推進による航行を達成し,現在,洋上における出力上昇試験を段階的に進めている。今後は出力100%までの出力上昇試験及び海上試運転を実施後,概ね1年間の実験航海を行い,その後解役する予定である。

〔高温工学試験研究〕
 高温工学試験研究については,日本原子力研究所において,高温ガス炉技術の基礎の確立と高度化のための試験研究及び高温に関する先端的基礎研究を行うため,1995年度の臨界を目指した高温工学試験研究炉(HTTR)の建設計画を進めており,現在,原子力安全委員会で二次審査が行われている。また,高温ガス炉技術に関する各種の研究開発が行われている。さらに,核融合材料等に必要な耐熱合金材料の開発や高温工学試験研究炉から取り出される高温ガスの利用として,水素製造の研究開発が行われている。

〔新しい型の原子炉の研究等〕
 高転換軽水炉 中小型安全炉,モジュール型液体金属炉等の新しい型の原子炉については,将来の原子炉技術のブレークスルーの可能性を検討するため,基礎的・基盤的研究が幅広くかつ段階的に進められている。特に,中小型安全研究炉については,日本原子力研究所が炉本体の受動的安全性を高める原子炉システムの基礎研究を行っている。

(2)基礎研究及び基盤技術開発
 基礎研究は,研究者の自由な発想を重視することによって,画期的成果が期待し得るものであり,今後とも,より一層の充実を図っていくこととしている。我が国では,日本原子力研究所,大学,国立試験研究機関等が,炉物理・核物理に関する研究,放射線に関する生理学研究,燃料・材料の照射試験,放射性物質の環境中及び生態系中の移動に関する研究等を幅広く行っている。
 一方,21世紀に必要とされる原子力技術体系の構築を目指し,創造的・革新的な技術を創出しようとする基盤技術開発が,日本原子力研究所,動力炉・核燃料開発事業団,理化学研究所及び国立試験研究機関において1988年度から進められており,現在,原子力用材料技術,原子力用人工知能技術,原子力用レーザー技術,放射線リスク評価・低減化技術の4技術領域を取り上げている。さらに,この各技術領域の中で,複数の研究機関のポテンシャルを結集すれば効率的・効果的に進めることが可能な課題について,各研究機関の連携の下に研究を進める制度を「原子力基盤技術総合研究」として発足させ,平成元年度から実施している。こうした基盤技術の開発推進の中で,新たに本年より,日本原子力研究所,動力炉・核燃料開発事業団,金属材料技術研究所が連携して様々な局面をもつ原子力用材料開発の知見を体系的に取りまとめ,データの共有を図るデータベースの構築を始めるなど,多機関間の交流による研究開発が積極的に進められている。


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