第6章 放射線利用

5.放射線利用に係る研究開発

 放射線利用に係る研究開発については,原子力委員会が1987年6月決定した原子力開発利用長期計画で「今後,原子力利用に新しい途を拓き,幅広い科学技術分野での貢献が期待される新しいビーム発生・利用技術,トレーサー技術等,より高度な技術を生み出すことを目指した研究開発に重点を置いて推進する。」と定められており,関係機関における研究課題を調整し,総合的・計画的に進める必要性が高まってきた。
 放射線利用に係る研究開発は,農林水産業分野については農林水産省の試験研究機関等で,工業分野については日本原子力研究所高崎研究所等で,また,医療分野については放射線医学総合研究所を中心に行われている。
 まず,農林水産業分野においては,放射性同位元素はトレーサーとして生理生態研究,施肥法・農薬施用法の改善及び農業用水の流れの解析に利用され大きな成果をあげている。また,アクチバブルトレーサー法(安定同位体を試験体にトレーサーとしてとり込ませ,その移動等を放射化分析により解明する方法)により,海洋中の栄養塩類の海洋生態系内での分布と移動等を明らかにする研究を行っている。また,放射線による品種改良が農業生物資源研究所放射線育種場等で実施されている。

 工業分野においては,放射線照射利用については,日本原子力研究所高崎研究所を中心として,東京都立アイソトープ総合研究所,大阪府立放射線中央研究所等の国公立試験研究機関等において,放射線の高度利用に関する研究,機能性高分子材料の開発,排煙・排水処理等の資源有効利用・環境保全に関する放射線利用技術等の研究開発が行われている。
 また,国立公害研究所において,放射性同位元素を利用して,汚染物質の生物への影響の解明等を進めている。この他,日本原子力研究所においては,医療用放射線源として用いられるガドリニウム-153等RI製造技術,カリホルニウム252を用いたオンライン分析等,RI利用技術に係る研究開発が行われており,日本原子力研究所,大阪府立放射線中央研究所,大学等において,中性子ラジオグラフィーによる非破壊検査技術に係る試験研究等が行われている。

 医療の分野においては,診断面及び治療面で研究開発が進められている。
 診断については,ポジトロンCTの早期実用化,普及が望まれている。ポジトロンCT装置は患者に投与した短寿命RIからの放射線を検出することにより人体内部の断層像を得るものであり,従来のX線CTが臓器等の形態を撮像するのに対し,脳,心臓等における代謝及び機能の画像診断を可能とするものである。ポジトロンCT装置については,放射線医学総合研究所において高解像力,高感度ポジトロンCTの開発及び3次元ポジトロンイメージングの性能向上に関する研究等が進められているところである。また,診断に用いる短寿命RIについては,放射線医学総合研究所をはじめ,東北大学においても医用サイクロトロンによる短寿命核種の生産,短寿命RI標識化合物の製造技術等に関する研究開発が進められるとともに,国立療養所中野病院,京都大学,群馬大学,九州大学,秋田県立脳血管研究センター等においても,理化学研究所で開発し,既に民間企業で実用化された小型サイクロトロンを用いて同様の研究が進められている。
 放射線治療については,がんの有力な治療方法として,1983年6月,がん対策関係閣僚会議において決定された「対がん10ヵ年総合戦略」及び同年7月に科学技術会議から提出された「がん研究推進の基本方策に関する意見」において,その重要性が指摘されているところである。エックス線,ガンマ線及び電子線による治療は,既に実用化されているが,これらの放射線では治療効果に限界があるので,現在,生物効果の高い速中性子線,線量集中性に優れた陽子線による治療について,研究開発が進められているところであり,速中性子線による治療症例数は約2,120に達している。また,1987年度から,放射線医学総合研究所において重粒子線利用のための重粒子線がん治療装置の製作が進められている。重粒子線は,患部に放射線を集中照射することが可能なので,正常組織への影響を最小限に抑えられることに加え,放射線感受性の低い悪性腫瘍に対しても治療効果が高く,放射化ビームによって臓器の診断にも利用可能である等,優れた特徴を持つものである。
 今後の悪性腫瘍の治療には,手術,化学療法,温熱療法等と放射線治療との併用が有効と考えられており,さらに免疫療法と放射線治療との併用による治療成績の向上に関する研究も進められ,これらの研究の今後の発展が期待されている。
 最近の新しい動向として日本原子力研究所高崎研究所においてイオンビームを用いた耐放射線性極限材料,バイオ技術の研究,新機能材料の研究等の放射線高度利用研究を行う計画を推進するため,イオン照射施設の建設・整備を進めている。

 また,高輝度,短波長のシンクロトロン放射光(SOR)は,物質・材料系科学技術,ライフサイエンス,情報・電子系科学技術等の広範な分野のための有力な研究手段であるとともに,原子力分野においても同位体分離等基礎研究の基盤を形成するものと期待されるばかりでなく,原子力分野におけるこれまでの技術蓄積を活用し得る分野である。このため,日本原子力研究所及び理化学研究所のポテンシャルを結集して,大型放射光施設に係る研究開発を進めている。
 一方,各種放射線の精密計測技術に関する研究は電子技術総合研究所においておこなわれており,また同所は放射線の国家標準の維持・供給,依頼試験及び測定器の検定を行っている。


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