第1章 国際的視野から見た原子力発電と我が国の状況
1.世界のエネルギー事情と原子力発電

(2)原子力発電を巡る海外諸国の動向

 世界における原子力発電所は,1989年6月現在,26カ国で423基が運転中であり,これは1988年6月末時点と比べて,13基の増加となっている。その発電設備容量は3億3293万キロワットであり,原子力発電による1988年の発電電力量は総発電電力量の17%を占めるに至っている。これは,世界全体の石油消費量の1割以上に当たる約4億3880万トン相当の石油を節約していることになる。さらに,建設中のもの111基,計画中のもの88基となっており,世界的にみて原子力発電は着実に増加してきており,電力供給の主要な担い手としての地位を確立してきている。
 一方,1986年4月に発生したソ連チェルノブイル原子力発電所事故後3年が経過したが,海外諸国における原子力発電に関する政策については,各国のエネルギー事情等を反映し,以下のとおりとなっている。

①主要先進国の原子力発電に関する政策
 主要先進国は,経済成長率が鈍化しエネルギー需要は全体的には従来に比べ緩やかな成長を続けているものの,経済成長の上向き傾向とともに電力需要の伸びが顕著に現れてきている。
 米国は,世界第1位の原子力発電規模を有し,既に100基体制を確立している。また,1988年中には,新たに7基,829万8千キロワットの原子力発電所が運転を開始し,原子力発電設備容量においても世界で初めて一国で1億キロワットを超え,同年の総発電電力量の19.5%を原子力発電が担っている。1978年から原子炉の発注が途絶えているものの,昨今の電力需要の増加傾向等により長期的な将来を見込んだエネルギー源開発の必要性が認識されつつあり,米国民の間においてもエネルギー問題への関心が高まっている。1989年5月に実施された世論調査(ケンブリッジ・リポート社)においても「原子力発電は米国の今後の電力需要を満たす上で重要なものである」との答が77%を占めている。
 また,原子力規制委員会(NRC)は,1989年4月,従来の許認可手続きを抜本的に改正し,建設認可と運転認可を一本化する新規制の導入について決定し,同年5月に施行した。この許認可一本化によって,従来,建設から運転開始まで約12年間を要していたリードタイムが大幅に短縮されると考えられることから,原子力発電開発の促進に資するものと期待されている。
 一方,一部の地域においては,住民投票等により原子力発電所の運転中止が決定される等の例もある。カリフォルニア州のランチョセコ原子力発電所は,稼働率が悪く経済性に問題があるとの理由により,1989年6月,その運転継続が住民投票で否決され,運転が停止された。
 本件については,同発電所の所有者であるサクラメント市営電力局の管理運営に問題があることも指摘されており,今後他に売却された後,運転を再開する可能性も残されている。また,ニューヨーク州のショーハム原子力発電所は,1989年4月,NRCによる全出力運転許可が発給されたにもかかわらず,現在運転開始の見込みは立っていない。これは,ニューヨーク州政府が運転認可に必要な緊急避難計画の作成に参加することを拒否したため,建設開始から運転認可まで20年近くを要し,運転を開始しても,経済的メリットがなくなったと電力会社が判断したためであり,同発電所を州政府に1ドルで売却するとの協定が1989年6月に電力会社の総会において承認された。
 1988年夏及び冬の異常気象時には,東部ニューイングランド地方及び大西洋中部地方では電力需要が記録的に増大し,予備電源の併入により対処したことや,ニューイングランド地方では,経済活動の活発化等により,近年,電力需要が着実に増大していることから,一部地域では電圧低下等の問題が表面化するなど,電力需給のひつ迫が懸念されており,このため,米国連邦政府は原子力発電所の運転開始の遅延等の事態を強く憂慮している。
 カナダは,国内に豊富に埋蔵されるウラン資源を有効に利用するため,カナダ型重水炉(CANDU炉)の自主開発を進めてきており,今後ともCANDU炉の開発を一層推進していくこととしている。また,同炉の海外への輸出にも力を入れており,アジア地域を中心にその実績は高い。カナダ国民も原子力開発について好意的であり,1989年4月に行われた世論調査(デシマ・リサーチ社)によると,原子力発電が将来のエネルギー源として重要と認識している人が74%を占めている。また,原子力利用への支持率はカナダ全体では約50%ではあるが,総発電電力量の5割を原子力発電が供給しているオンタリオ州では,65%の人々が原子力利用に賛成しているという結果が出ている。
 フランスは,第一次石油危機以降,経済性,供給安定性等に優れた国産エネルギー源として原子力発電の積極的な開発を進めてきている。現在,総発電電力量の約70%を原子力発電で賄っており,原子力発電への依存度が最も高い国となっている。近年は,電力需要の伸びが鈍化しているため設備計画を下方修正し,1988~1991年の原子炉の発注を2年に1基としているものの,原子力発電による安価な電気をイタリアなどの欧州諸国へ積極的に輸出しており,その輸出量は1987年には総発電電力量の約10%を占めるに至っている。
 西独は,エネルギー政策の基本的な考え方として,石油依存度の低下,エネルギー供給源の多様化を図ることとしており,その中において原子力発電は1988年に総発電電力量の約39%を賄っている。
 また,同国は使用済核燃料の再処理を行うことを前提として原子力発電を推進する政策をとっているが,1989年6月,自国で建設中のヴァッカースドルフ再処理工場の建設を中止し,再処理事業をフランスのラ・アーグ再処理工場等へ委託することとした。これは,1992年の欧州共同体(EC)の市場統合を背景として,経済的観点から他国へ再処理委託を行うこととしたものであり,使用済核燃料を再処理するという同国の基本方針に変更はない。
 英国は,終始一貫して原子力発電推進の立場をとってきている。従来の石炭を中心とした火力依存型の電源構成を是正するため,電源多様化の重要な柱として原子力発電を位置付けており,総発電電力量に占める原子力発電の割合は1988年で約19%となっている。1950年代より国産ガス冷却炉の開発を進めてきたが,経済性向上の観点から,加圧水型軽水炉(PWR)開発路線に転換し,今後ともPWRの建設を進めていく方針であり,現在,同国初のPWRとなるサイズウェルB発電所の建設が進んでいるほか,ヒンクレーポイントC発電所等3基の増設計画も明らかとなっている。
 また,同国の電気法によると,エネルギー大臣は,配電事業者に対し,原子力を中心とする非化石燃料系発電設備からの供給契約締結を義務付けるとともに,電力会社の行う核燃料の貯蔵,再処理,放射性廃棄物の処分,原子力施設の廃止措置に関して助成,融資等を行うことができることとなっており,原子力発電開発を制度面からも支援している。なお,1988年の世論調査(MORI社)によれば,70%以上の人々が同国の電力需要を満たす上での原子力発電の重要性を認識しているという結果が示されている。
 ソ連は,チェルノブイル原子力発電所事故後,一部の原子力発電所の建設を中止するなどの動きもあるが,基本的には原子力発電の開発を積極的に進めるとの方針は変えていない。現在は,チェルノブイル型原子炉の新規建設は中止し,ソ連製PWRを中心とした原子力発電の開発を進めている。また,同事故の教訓を踏まえ,運転員の教育に力を注ぐとともに,原子力安全研究等の国際協力を推進している。
 一方,原子力分野における先進国の中には原子力発電に消極的な政策をとっている国もある。
 人口1人当たりの原子力発電電力量が世界第1位であり,総発電電力量の45%(1988年)を原子力発電でまかなっているスウェーデンは,1980年の国民投票の結果を踏まえ,2010年までに原子力発電所を段階的に廃止し,省エネルギーの推進及び代替エネルギーの開発を進めるとの方針を打ち出している。1988年6月,議会は,運転中の原子力発電所12基のうち1基を1995年に,もう1基を1996年に閉鎖することを盛り込んだ政府の1990年代エネルギー政策案を承認した。具体的にどの原子炉を廃棄するかは,1990年に決定することとなっている。
 同国では,現在,環境保護の観点から大規模な河川における水力開発が法律で禁止されているため,原子力発電に代わるエネルギー源としては,石油・石炭等の化石燃料による発電及び太陽熱・風力等の再生可能エネルギーによる発電が考えられている。このうち,化石燃料による発電については,1987年に炭酸ガスの大気中への放出を将来にわたって増やすべきではないとの議会決定がなされており,さらに,硫黄酸化物,窒素酸化物等の大気中への放出に関する同国独自の厳しい環境基準に適合することが必要である。
 また,同国は,燃料電池,風力・潮力等による再生可能エネルギーによる発電方式を開発するとともに,厳しい環境基準を満たす天然ガスによる発電技術を開発することとしているが,現時点において経済性をも含めた実用化の見通しは明らかになっていない。さらに,省エネルギーについては,現在,電力節減の方策について検討を行っている段階であり,どの程度省エネルギーが可能であるかは,その結果を待つ必要がある。
 また,同国の原子炉は自主開発されたものであり,その設備利用率も高く,さらに安全性については,1988年9月の世論調査(スウェーデン世論調査研究所)によれば,原子力発電に不安を感じている人は27%しかおらず,政府も国民も大きな懸念を持っていない。したがって,原子力発電所を早期に廃止するという方針に対し,産業界及び労働界からは,代替電源の開発及び廃炉コストによる電気料金の上昇により,同国の輸出産業の国際競争力が失われ,失業問題が発生するのではないか,などの懸念が示されるなど,電力供給の中核となっている原子力発電を簡単に放棄できるかどうかについては,種々の議論がある。
 その他,オーストリア,イタリア等も,国民投票の結果を踏まえ原子力発電所の廃止を正式に決定し,今後のエネルギー源として原子力発電に依存しないとの方針を打ち出している。
 西欧における電力輸出入の状況(1987年)これらの国では,例えばイタリアは供給電力量の約12%(1987年)をフランス,スイス等から輸入した電力でまかなっており,当面これらの国からの輸入電力に頼るとともに,原子力発電に替わるエネルギー源として水力,天然ガス等による電源を開発することとしている。

 これには,イタリアが日本の約1/3,オーストリアが約1/12と電力需要規模が日本に比べ小さいこと,原子力発電による電力供給量が少ないこと,地理的に他国からの電力輸入が可能であること,イタリアは日本の8倍の埋蔵量の天然ガスを有し,約半分を自給,オーストリアは水力資源が豊富であり,総発電電力量の約73%を水力でまかなうなど,自国にエネルギー資源があることなど,我が国と異なるこれらの国々特有の背景があり,原子力発電を廃止しても当面のエネルギー源の確保は可能であるという背景がある。

②その他の国の原子力発電に関する政策
 アジア地域においては,我が国以外では,韓国の8基,台湾の6基を始め,インド,パキスタンもあわせて合計21基の原子力発電所が運転中である。特に,韓国及び台湾では電力供給の約半分を原子力発電が担っている。また,中国においても,原子力発電の開発を積極的に進めており,現在,3基の発電所を建設中である。
 中国,韓国,台湾等では,急激に増大しつつある電力需要に対応するために原子力発電を重要なエネルギー源として位置付けており,今後とも,その開発を着実に進めていく方針である。
 東欧諸国では,ハンガリー,ブルガリア,チェコスロバキア等で合計24基の原子力発電所が運転中であり,さらに,19基が建設中,14基が計画中となっている。
 一方,中南米,アフリカ諸国においても,アルゼンチン,南アフリ力共和国で各々2基,ブラジルで1基の原子力発電所が運転されている。また,1989年4月,メキシコのラグナベルデ原子力発電所が新たに送電を開始し,同年末に営業運転を開始すると,同国は世界で27番目の原子力発電所保有国となる。
 最近,原子力発電の開発が世界的に後退する方向にあるのではないか,との議論があるが,上述のように,各国とも,そのエネルギー需要動向,地理的条件,保有資源等各国固有の国情を踏まえたエネルギー政策,なかんずく原子力政策をとっているものである。
 特に,ヨーロッパは,地理的,経済的にも連携が強く,これまでも各国間での電力融通が活発に行われてきたが,1992年のEC統合を背景に,更に一体感を強めつつある。したがって,その中の一国のみをとらえて,我が国の原子力政策と単純に比較することは必ずしも適当ではなく,実際,ECの諮問機関である経済社会評議会は,EC統合後も域内における原子力発電のための投資が必要であると述べている。
 また,世界全体で運転中の原子力発電所の数も年々着実に増加しており,世界的に原子力発電の開発が後退していると一概に決めつけることはできない。しかしながら,現在,各国において原子力発電を巡って様々な議論がなされていることも事実であり,原子力発電の開発を進めていく上で,従来にも増して国民の理解と協力を得ることが重要な状況となっているものと考えられる。


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