第2章 我が国の原子力開発利用の動向
2.原子力研究開発の動向-創造的科学技術の育成

(1)先導的プロジェクト等の推進

 核融合,放射線利用,高温工学試験研究等の研究開発は広範な分野の先端技術等を総合的に組み合わせて,その本来の目標を達成するものである。また,このような研究開発により多くの先端技術が生み出され,他分野においても広く活用されることが期待される。
 したがって,これらのプロジェクトは,技術革新の牽引車としての先導的な役割を果たしていくという特徴を有している。

① 核融合の研究
 核融合エネルギーの利用は,これが実用化された場合には極めて豊富なエネルギーの供給が可能となるとともに,多くの先端技術を先導するプロジェクトとして,その研究開発に大きな期待が寄せられている。
 我が国における核融合の研究は,昭和30年代から主に大学における基礎研究に重点を置きつつ進められてきたが,その後,日本原子力研究所,大学,国立試験研究機関等において,原子力委員会核融合会議による連絡調整を踏まえ総合的に推進されでおり,今日,米国,ECと並んで世界の最先端の研究水準にある。
 日本原子力研究所においては,昭和62年9月臨界プラズマ試験装置(JT-60)が原子力委員会の定めた臨界プラズマ条件の目標領域に到達した。その後,プラズマ性能の大幅な向上を図るための機器改良等を行い,トカマク型装置の高性能化に努めている。
 また,大学等においても,各種閉込め方式及び炉工学技術について基礎的・独創的研究を行い,併せて人材の養成に努めている。
 一方,我が国は,研究開発の拡充,効率化,開発リスク低減等の観点から核融合分野の国際協力についても積極的に取り組んでおり,昭和62年3月から,「実験炉」の共同設計に関する技術的検討を行ってきたが,昭和63年4月からは,米国,ソ連,EC及び我が国の4者で国際熱核融合実験炉(ITER)共同設計活動が開始された。
 JT-60に続く我が国の次期装置である「実験炉」の建設計画についても,1990年代前半の建設開始を念頭に,これら国内外の研究開発状況や国際動向を踏まえて定めることとしている。

② 放射線利用の推進
 放射線利用は,原子力発電等のエネルギー利用と並び原子力平和利用の重要な柱であり,農業,工業,医療等の幅広い分野に及んでおり,国民生活に直接かかわりのあるものも多い。
 農業においては,ガンマ線を照射した不妊虫放飼法による害虫防除,農作物の品種改良等の放射線利用が行われている。また,食品照射については,原子力委員会が定めた食品照射研究開発基本計画による研究開発が,昭和63年3月に終了したところである。1980年に国連食糧農業機関(FAO),国際原子力機関(IAEA),世界保健機関(WHO)の合同専門家委員会において,「1 Mrad以下の実質平均線量で食品を照射する場合の食品の健全性については,問題とすべき点はない。」旨の結論が出された後,諸外国においても食品照射の実用化が進められている。こうした状況を踏まえ,原子力委員会では,新長期計画の中で,我が国においても,今後の実用化の推進を図るため,関係行政機関の協力の下に消費者の理解の増進等に取り組むとともに,諸制度の整備等を行うこととしている。
 工業においては,工業製品の寸法測定等に放射性同位元素が利用されているほか,放射線源を用いた非破壊検査法,電子線照射による高分子材料の改質等が実用化されている。
 また,医療面においても,診断及び治療の両面で放射線が広く利用されており,エックス線コンピュータ断層撮影,電子線,エックス線及びガンマ線によるがん治療等は既に実用化されている。
 今後の放射線利用の研究開発については,原子力利用に新しい道を拓き,幅広い科学技術分野での貢献が期待される,より高度な技術の創造を目指した研究開発に重点をおいて推進することとしている。
 最近では高輝度のシンクロトロン放射光(SOR)や重粒子線などのビーム発生・利用技術の高度化,新しいトレーサを用いたポジトロン断層撮影装置等の研究開発により,放射線利用技術の高度化が進められている。日本原子力研究所においては,イオンビームを利用して核融合炉材料,バイオ技術等の研究を行うのを狙いとして,イオン照射研究施設の建設に着手した。また,放射線医学総合研究所においては,がんの有力な治療法として期待される重粒子線によるがん治療法に関する調査研究が実施されており,重粒子線がん治療装置の製作が進められている。

③ 高温工学試験研究
 我が国の高温工学試験研究は,日本原子力研究所を中心に進められてきたが,これまでに蓄積された技術的データ及び最近のエネルギー情勢,核熱プロセス利用の需要動向等高温ガス炉を取り巻く社会情勢にかんがみ,原子力委員会では,新長期計画の中で,高温工学試験研究を次世代の原子力利用を開拓する先導的・基礎的研究の一つとして,これまでに蓄積された技術及び人材を有効に利用しながら総合的・効率的に進めるとしている。また,そのための中核施設として,多様な試験研究を効率的に行う機能を有する高温工学試験研究炉を建設し,ガス炉技術の基盤の確立及びその高度化並びに高温工学に関する先端的基礎研究を進めることとしている。
 この考え方に基づき,現在,日本原子力研究所において高温工学試験研究炉建設のための設計が進められている。

④ 新しい型の原子炉の検討
 高転換軽水炉,中小型安全炉,モジュール型液体金属炉等の新しい型の炉については,基礎的・基盤的研究を段階的に,かつ,幅広く推進し,将来の原子炉技術のブレークスルーの可能性の検討が行われている。また,新しい型の原子炉の研究開発の効率的推進を図るため,原子炉設計のノウハウ,データベースの有効利用等を目指した高度情報処理技術の検討も開始されている。

⑤ 原子力船の研究開発
 我が国における原子力船の研究開発は,昭和60年3月,日本原子力研究所が日本原子力船研究開発事業団の業務を継承し,原子力船「むつ」を中心とした舶用炉の研究開発及びそれに関する基礎研究を進めている。
 原子力船「むつ」の研究開発については,昭和62年10月から12月にかけて大湊港において予備点検が行われ,昭和原子力船「むつ」の研究開発については,昭和62年10月から12月にかけて大湊港において予備点検が行われ,昭和63年1月関根浜新定係港に回航後,機能試験を実施し,昭和63年8月より原子炉容器蓋開放点検が行われている。今後は昭和64年度に出力上昇試験,昭和65年度末までに概ね1年の実験航海を実施した後,解役する予定であるが,原子力船「むつ」の実験航海により得られる実験データ,知見は,内外の新たな知見と合わせて蓄積整備し,その成果を今後の舶用炉の改良研究に十分活用していくこととしている。


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