第1章 原子力に期待される役割とその展開
3.我が国における原子力政策

(2)エネルギー資源の確保と原子力発電

 我が国の安定的経済発展及び豊かな国民生活を保証するためには,安定したエネルギー供給基盤の確立が必須である。
 二度にわたる石油ショックは,輸入原油に過度に依存する我が国のエネルギー供給構造の脆弱性を明らかにした。これにより,我が国のエネルギー政策は,石油の安定供給の確保とともに,省エネルギー及び石油代替エネルギーの開発を三本柱として進められてきた。前述したように,近年,石油需給が緩和基調にあるが,石油資源は有限であるのみならず,産油国の政治情勢等の影響により需給のひっ迫する可能性もあることから,石油代替エネルギー開発や省エネルギー努力の手を緩めることは,エネルギー安定供給の観点から,将来に大きな禍根を残すおそれがある。
 したがって,我が国がエネルギーの安定確保を図るためには,引き続き石油代替エネルギーの開発及び省エネルギーを推進する必要がある。
 石油代替エネルギーのうち,原子力発電は,少量の燃料から莫大なエネルギーを取り出すことが可能であること,経済性に優れていること,燃料の供給が安定していること及び燃料の備蓄性が高いこと等を大きな特長としている。また,核燃料サイクルの確立により,発電過程で生成されるプルトニウムの利用が図られれば,海外からの輸入エネルギー依存度をより大幅に低減させることが可能であり,準国産エネルギーとして,我が国のエネルギー自給率の向上に大きく寄与することが期待されている。さらに,原子力は高度な技術を集約して生み出されるエネルギーであり,エネルギーの安定確保という課題を,「資源を持つこと」に加えて「技術を持つこと」により解決する途を拓くものである。
 したがって,資源に乏しいものの高い技術力を有する我が国にとって,「エネルギーセキュリティ」「経済性」「ニーズへの適合性」という3つの要件の間で均整のとれた強靭かつ柔軟なエネルギー供給構造を作り上げるために,原子力発電は石炭等とともに,石油代替エネルギーの中核を担うものと考えられる。
 なお,我が国における原子力発電所の安全確保については,これまで優れた実績を有しているが,これは政府,原子力関係事業者等の不断の努力によって維持・向上してきたものであり,今後ともこの努力を一層傾注し,原子力発電所の安全運転の実績を積み重ねるとともに,安全基準類の整備,安全研究の推進,防災対策の充実等を積極的に行い,安全確保に万全を期すべきである。

(参考)
 原子力発電の位置付けに対する疑問に答えて
 我が国のエネルギー供給構造における原子力発電の位置付けは上述したとおりであるが,最近,原子力発電の位置付けについて様々な疑問が呈されている。原子力委員会としては,これらの疑問に率直に答え,国民の理解と協力を得る必要があると考えるものであり,ここにいくつかの点に絞って記述する。

① 電力需給と原子力発電
 現在,我が国が保有する発電設備は過剰であり,原子力発電所の運転を止めても,電力需要に十分対応できるのではないか,との議論があるが,これに対しては次のように考えている。
 発電設備は,夏季の需要ピーク時に対応できるだけの供給力を保有する必要があるが,予測不可能な電力需要の伸びに対応して,停電を防ぐためにある程度の予備力を有する必要がある一方,夏季等の水量減少による水力発電所の出力減,定期検査中のため稼働できない設備等があり,発電設備にはその分の余裕を見込む必要がある。したがって,原子力発電所の運転を止めれば,夏季の需要ピーク時には,大規模な停電が発生するおそれがある。

② 他の電源と比べての原子力発電の経済性
 昨今,化石燃料の価格が低下しているため,原子力発電の経済性が失われたのではないかという指摘がなされている。これに対しては,次のように考えている。
(i) 通商産業省の試算によると,昭和62年度運転開始ベースのモデルプラントについての耐用年発電原価は,原子力が9円/キロワット時程度,石炭火力が10~11円/キロワット時程度,石油火力が11~12円/キロワット時程度,LNG火力が11~12円/キロワット時程度と,燃料価格の低下等により,以前に比べ接近してきているものの,依然として最も経済性に優れている。なお,近年の燃料価格の低下は,世界的に,原子力をはじめとする石油代替エネルギーの導入が推進されたことが,その大きな要因となっていると考えられる。
(ii) また,原子力の発電原価に,原子炉廃止措置及び放射性廃棄物の最終処分に係る経費は含まれていないが,現時点の知見で推定するとこれらを合計しても耐用年発電原価の概ね1割程度と見込まれるため原子力発電の経済的優位性に変化はない。
(iii) 電源開発は長期的視点に立って進めなければならないものであり,現在計画に着手したとしても,運転開始は約10年後,その後20~30年の間稼働することとなり,現時点で電源開発計画を議論するためには21世紀初頭のエネルギー価格を見通す必要がある。
 中長期的には,1990年代に入って,石油需要の着実な増大と非OPEC産油国の生産能力の低下により,OPEC依存度が上昇し,石油供給の不安定化と石油需給のひっ迫化が進展するとされており,石油価格は再び上昇するものと考えられる。また,他の化石エネルギーである石炭や天然ガスの価格もその影響を受けて上昇すると考えられる。これに対し,原子力発電は,研究開発により発電コストに占める割合の高い建設費を低減できる見通しが得られること,かつ,ウラン価格がある程度上がったとしても燃料費の割合が小さいためそれ程影響を受けないこと等から,引き続き経済的優位性を保っていくものと考えられる。

③ 石油代替としての原子力発電
 原子力発電は,石油の中でも石油火力燃料用のC重油の代替になっているだけであり,石油の消費削減に役立っていないという議論がある。これに対しては次のように考えている。
(i) 原子力発電の開発利用は,全ての石油利用を代替しようとして行われているものでない。確かに石油火力発電所の燃料の大半を占めるC重油の代替が主であるという指摘は正しい。しかし,原油の精製プロセスを変更すれば,各製品の収量を変えることが可能であり,C重油の収量についても,昭和50年度には39%であったが,昭和61年度には22%にまで低下している。それに伴い,ガソリン,軽油,灯油等の製品の収量は増えてきている。このように,C重油の代替を行うことにより,結果としてみれば,石油以外で代替できない用途への石油資源の供給を増大させることができる。
 また,我が国において石油火力発電所で使用されている燃料の約3~4割は原油であり,原子力発電の開発利用により,C重油のみならず,原油の代替も図られている。
(ii) 前述したように,OECD諸国においては,1983年から1987年までの間に,GDPは約15%伸びたのにもかかわらず,石油消費量は約5%伸びたに過ぎない。一方,原子力発電によるエネルギー供給は同期間に約1.6倍にも増大し,一次エネルギー供給全体に占める割合も5.8%から8.4%へとその比重を増している。このようなことから,原子力開発は,石炭,天然ガス等の他の石油代替エネルギーとともに石油消費量抑制に大きく貢献していると考えられる。

④ 高レベル放射性廃棄物の処分
 原子力発電所からの使用済燃料を再処理することにより発生する高レベル放射性廃棄物は,長半減期の放射性核種を含んでおり,現在処分の見通しがはっきりしていない,それにもかかわらず,原子力発電を積極的に推進するのは問題であるという議論がある。これに対しては次のように考えている。
(i) 原子力発電所からの使用済燃料を再処理すれば,確かに高い放射能をもった廃液が発生する。これをどういう形で処理・処分するかは原子力発電を推進するに当たって越えなくてはならない課題の一つである。
(ii) 処理・処分の第一歩としては,廃液の取扱いが比較的容易な固体にする必要があり,ガラスに溶け込ませ,丈夫なステンレス製の容器の中でガラス固化体とする。このガラス固化のための技術は,フランス等で確立しており,我が国でも研究開発が行われ実用化の直前である。
(iii) ガラス固化したもの*は,数十年間冷却した後,最終的に地下数百メートルより深い安定した地層の中に処分する予定である。現在,処分技術の確立に向けての研究開発が進められているところであり,この地層処分には十分な見通しがあるものと考えている。


注) *  高レベル放射性廃棄物は,量的にいってもそれ程大量に発生するものではない。一般家庭用,産業用等を含め,日本国民一人当たりが一生の間に使用する全電力量を仮に全て原子力発電で賄ったとしても,これにより発生する高レベル放射性廃棄物のガラス固化体の量は,せいぜい野球ボール1個分程度に過ぎない。


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