第6章 放射線利用
5.放射線利用に係る研究開発

 放射線利用に係る研究開発については,原子委員会の放射線利用専門部会において検討が行われ62年2月に「放射線利用の実用化を一層推進するための取組みを進めるとともに,研究開発については,新しいビーム利用やトレーサー利用のような放射線の高度利用のための研究開発を積極的に推進する」旨の報告書がとりまとめられ,関係機関における研究課題を調整し,総合的・計画的に進める必要性が高まってきた。
 放射線利用に係る研究開発は,農林水産業分野については農林水産省の試験研究機関等で,工業分野については日本原子力研究所高崎研究所等で,また,医療分野については放射線医学総合研究所を中心に行われている。
 まず,農林水産業分野においては,放射性同位元素はトレーサーとして生理生態研究,施肥法・農薬施用法の改善及び農業用水の流れの解析に利用され大きな成果をあげている。また,アクチバブルトレーサー法(安定同位体を試験体にトレーサーとしてとり込ませ,その移動等を放射化分析により解明する方法)により,魚類の回遊状態の追跡も行われている。また,放射線による品種改良が農業生物資源研究所放射線育種場等で実施されている。
 工業分野においては,放射線照射利用については,日本原子力研究所高崎研究所を中心として,東京都立アイソトープ総合研究所,大阪府立放射線中央研究所等の国公立試験研究機関等において,放射線の高度利用に関する研究,機能性高分子材料の開発,環境保全に関する放射線処理技術等の研究開発が行われている。

 また,国立公害研究所において,放射性同位元素を利用して,汚染物質の生物への影響の解明等を進めている。この他,日本原子力研究所においては,放射性医薬品原料である金-198等RI製造技術,カリホルニウム252を用いたオンライン分析等, RI利用技術に係る研究開発が行われており,日本原子力研究所,大阪府立放射線中央研究所,大学等において,中性子ラジオグラフィーによる非破壊検査技術に係る試験研究等が行われている。

 医療の分野においては,診断面及び治療面で研究開発が進められている。
 診断については,ポジトロンCTの早期実用化,普及が望まれている。ポジトロンCT装置は患者に投与した短寿命RIからの放射線を検出することにより人体内部の断層像を得るものであり,従来のX線CTが臓器等の形態を撮像するのに対し,脳,心臓等における代謝及び機能の診断を可能とするものである。ポジトロンCT装置は,工業技術院等の協力のもとに,放射線医学総合研究所において開発が進められ,現在,同装置による診断技術の研究等が進められているところである。また,診断に用いる短寿命RIについては,放射線医学総合研究所をはじめ,東北大学においても医用サイクロトロンによる短寿命核種の生産,短寿命RI標識有機化合物の製造技術等に関する研究開発が進められるとともに,国立療養所中野病院,京都大学,群馬大学,九州大学,秋田県立脳血管研究センターにおいても,理化学研究所で開発し,既に民間企業で実用化された小型サイクロトロンを用いて同様の研究が進められている。
 放射線治療については,がんの有力な治療方法として,昭和58年6月,がん対策関係閣僚会議において決定された「対がん10カ年総合戦略」及び同年7月に科学技術会議から提出された「がん研究推進の基本方策に関する意見」において,その重要性が指摘されているところである。電子線,エックス線及びガンマ線による治療は,既に実用化されているが,これらの放射線では治療効果に限界があるので,現在,生物効果の高い放射線である速中性子線,集中照射が可能である陽子線等による治療について,研究開発が進められているところであり,速中性子線による治療症例数は約1,900に達している。また,昭和61年度には,放射線医学総合研究所において重粒子線利用のための重粒子線がん治療装置の基本設計が進められている。重粒子線は,患部に放射線を集中照射することが可能なので,正常組織への影響を最小限に抑えられることに加え,放射線感受性の低い悪性腫瘍に対しても治療効果が高く,臓器組織の内部の診断にも利用可能である等,優れた特長を持つものである。
 今後の悪性腫瘍の治療には,手術,化学療法,温熱療法等と放射線治療との併用が有効と考えられており,さらに免疫療法と放射線治療との併用による治療成績の向上に関する研究も進められ,これらの研究の今後の発展が期待されている。
 最近の新しい動向として日本原子力研究所高崎研究所においてイオンビームを用いた物質及び材料の技術開発,情報・電子の技術,バイオ技術の研究開発等の放射線高度利用研究を行う計画を推進するとともに,イオン照射施設の設計・建設を開始している。


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