第1章 原子力発電の定着と今後の展開 ―基軸エネルギーとしての確立
1.エネルギー情勢と原子力発電

(2)世界の原子力開発の現状

 〔原子力発電の現状〕
 昭和62年6月末現在,世界で運転中の原子力発電の設備容量は389基(約2億9,068万キロワット)に達し,建設中のものは146基(1億3,946万キロワット),計画中のものを含めると総計650基(約5億4,228万キロワット)となっている。
 これを昭和61年6月末と比較すると,この1年間に24基(約2,340万キロワット)の原子力発電所が新規に運転を開始した。原子力発電所の新規運転開始基数は,この4年間,毎年20~25基程度であり,世界的に原子力発電計画が積極的に進められている。また,昭和61年の世界の原子力発電電力量は1兆5,146億キロワット時に達し,これは世界の全発電電力量の約16%を占めるに至っており,原子力発電が電源の重要な柱の一つとして位置付けられつつある。
 〔エネルギー情勢と原子力発電〕
 原子力発電規模の長期的見通しについては,世界的なエネルギー需要の伸びの鈍化により,従来予測されていたほどの急速な拡大はないものと考えられる。本年,経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)が発表した2025年までの長期展望によると,世界の原子力発電設備容量は1985年から2000年の間,比較的緩やかに伸びると予測しているが,前回(昭和57年)の予測値より,30~50%も低いものとなっている。

 〔各国の状況〕
 チェルノブイル原子力発電所事故が各国の原子力政策に与えた影響は,その国のエネルギー消費量,国内資源の状況等国情によって異なっている。
 例えば,オーストリアは原子力から撤退することを決定し,またイタリアにおいては,本年11月,原子力立地促進のための条項廃止の是非を問う国民投票が実施され,これらの条項について廃止するとの方向が示された。一方,米国,フランス,ソ連,西ドイツ,英国等多くの国においては,事故の教訓を踏まえて安全性の一層の確保を図りつつ,今後とも原子力発電を推進するという方針に変更はない。また,いくつかの国では新たに原子力発電の導入計画を進めている。
 米国は既に100基の原子力発電所が運転中で,世界最大の原子力発電国であり,さらに,最近3カ年では,それぞれ7基,7基,8基と運転を開始するなど,運転開始ラッシュを迎えている。しかし,一方においては,電力需要の停滞,インフレや高金利,建設工期の長期化,規制の度重なる改定等による建設費の高騰等により1978年以降新規発注がない状態が続いている。これに対し,米国原子力産業界は,原子力産業の活性化を目指し,原子力産業団体の機能の強化,組織の再編を行った。
 一方,米国政府もエネルギーセキュリティの観点から原子力開発の停滞の現状を打破するための方策を検討している。本年3月,エネルギー省は「エネルギーセキュリティ」報告書を発表し,近年の石油価格の下落により,米国の石油生産減少と輸入石油への依存増大が国家安全保障上重大な脅威を与えるとし,国内石油産業の強化,石油備蓄強化を勧告するとともに,原子力については世界の石油資源枯渇救済に貢献しており,エネルギーセキュリティという観点から重要であるとしている。そして,原子力発電の今後の推進を図る上で,①産業界の研究開発に支援・協力すること,②立法,許認可,規制等現行制度の改善を図ること,③放射性廃棄物管理システムを確立させること等の課題を提起している。
 また,オークリッジ,アルゴンヌ等の国立研究所においては,1990年代以降に予想されるエネルギー需給のひっ迫により再び原子力に対する社会的要請が高まるとの見方から,新型炉等の研究開発を着実に推進している。
 フランスにおいては,1990年代初めまでに国内の電力生産量の80%以上を原子力発電で供給するという政策をもっている。チェルノブイル原子力発電所事故後,原子力安全最高会議の役割を拡大し,原子力安全情報最高会議と改組し,原子力情報を広く提供するようにした。また,これとは別に本年1月より原子力発電所の放射能測定値や安全性についての情報を提供する週報サービスを実施している。一方,近年の電力需要の鈍化により設備が過剰気味になってきているため,従来から行っている負荷追従運転の強化,電力の隣国への輸出促進,経営の多角化等が図られている。
 西独においては,チェルノブイル原子力発電所事故後原子力安全行政を強化するため,昭和61年6月に「環境・自然保護・原子炉安全省」を新設した。本年1月の総選挙の結果,現与党が政権を継続したため,今後も従来の原子力政策が継続されるものと見られている。一方電力需要の低迷から,原子力産業界は原子力プラントの輸出に一層の努力を注ぐこととしている。
 英国においては,国産ガス冷却炉路線をとっていたが,従来のガス炉の経済性の問題と将来の炉型の多様化のために,本年3月サイズウェルに同国初の加圧水型軽水炉(PWR)を導入することを決定し,本年6月から工事を開始している。引き続いて8月には,第二のPWRの建設が申請された。
 中国においては,今後増大する電力需要への対応は石炭火力を中心とする計画であるが,石炭火力は燃料輸送や環境対策面で問題を抱えており,原子力についても着実に開発を進めておく必要があるとしている。
 建設資金の確保等の問題はあるが,2000年時点で,運転中設備容量500万から700万キロワットとし,さらに来世紀半ばには,発電電力量の50%以上を原子力で賄うことを目指している。このため,広東(大亜湾)1,2号機プロジェクト(PWR90万キロワット)を推進するとともに,建設中の秦山1号機(PWR30万キロワット)が1990年に運転開始するのを皮切りに,引き続き同地に60万キロワット4基の原子力発電プラントを建設する計画である。併せて,地域暖房用ガス炉等の新型炉開発を行う等,原子力開発に高い意欲を示している。

 〔国際会議における原子力の取扱い〕
 昭和61年4月のチェルノブイル原子力発電所事故を契機として,原子力に関し,国際機関での議論が盛んに行われた。
 昨年9月のIAEA総会(特別会期)では,原子力が今後とも社会・経済の発展のために重要なエネルギーであること及びこれを利用するために,最高レベルの安全性が必須であり,二国間及び多国間双方のレベルにおける国際協力を強化すべきであることが採択された。
 本年2月,東京で各国学識経験者が個人の資格で参加している国連環境特別委員会が開催された。その中で,原子力については,①他のエネルギー源を開発する,②より安全なエネルギーが実用化するまでの限定的エネルギーとして位置付ける,③開発利用を進める,との3つの立場を反映した議論が行われた。
 同報告書は,国連における今後の環境関係の活動の資料として.6月の国連環境計画管理理事会に提出された。同管理理事会において,我が国は,原子力については,安全性を確保しつつ,その開発利用に積極的に取り組むとの立場を明らかにした。
 また,5月に行われたIEA閣僚理事会では,「1990年代に向けてのエネルギー政策」と題する共同声明を採択し,原子力発電については,各国のエネルギー事情によるが,石炭とともに石油代替エネルギーとして重要であり,いずれの加盟国も,エネルギーセキュリティ,環境,安全性及び自国の決定が他国に与え得る影響を考慮したエネルギー・ミックスを達成するよう努力することを勧告している。

 IAEAは本年創立30周年を迎え,それを記念する総会が9月に開催された。また,同月,IAEAにおいて,「原子力発電の実績と安全性に関する国際会議」が開催され,原子力施設の運転実績と安全性に関し,各国の経験と知識を交換するとともに,1990年に向けての展望及びこれらの一層の向上方策について活発に意見交換が行われた。


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