はじめに

1.今日世界で原子力発電は全発電電力量の約16%を占め,石油に換算して日産100万キロリットルに相当するエネルギーを生み出し,エネルギー供給の安定化に大きな役割を果たしている。しかしながら,昭和61年4月に発生したチェルノブイル原子力発電所の事故は,国際社会に大きな衝撃を与え,原子力に対する人々の信頼を揺るがす結果を招いた。この事故により,原子力の安全確保の重要性が再認識された。
2.チェルノブイル原子力発電所の事故の問題を討議するため,世界91ケ国の参加の下に,昭和61年9月に開かれた国際原子力機関(IAEA)の総会(特別会期)において,原子力が今後とも人類にとって,社会・経済の発展のための重要なエネルギーであること,そして,原子力を利用するためには最高レベルの安全性が必須であり,このための国際協力を強化すべきこととの結論がまとめられた。この結論を踏まえ,世界の原子力関係者は,IAEAを中心に,安全確保に万全を期すための国際的な連携・協力の強化に努力し,安全実績を積み重ねることにより,原子力に対する信頼を回復するという大きな課題に取り組んでいる。
 世界の平和と安定のためには,今後とも世界経済の健全な発展が不可欠であり,とりわけ,開発途上地域における経済発展と生活水準の向上が重要である。この地域には世界人口の4分の3強の人々が住んでいるが,そのエネルギー消費は4分の1弱であり,先進国に比べ,1人当たりのエネルギー消費量はおよそ10分の1にとどまっている。
 先進諸国ができるだけ省エネルギーや代替エネルギー開発を推し進めて,国際的なエネルギー需給の安定化に努力し,これらを通じて開発途上地域の低廉なエネルギーの確保に寄与することは,これからますます重要になってくると思われる。原子力は化石エネルギーの持つ資源制約を克服し,世界のエネルギー問題の解決に大きな役割を果たし得る可能性を持つたエネルギー源である。
3.我が国の原子力開発利用は,近年着実な歩みを示している。原子力発電は昭和60年度に初めて石油火力を上回り,昭和61年度に総発電電力量の約28%を賄い,安定した稼動実績と相まって,主力電源としての地位を確立した。その規模は,本年10月現在,35基,総出力2,788万キロワットに達している。
 また,国の方針に従って,動力炉・核燃料開発事業団によって進められてきた核燃料サイクル及び動力炉開発の各分野における大型の研究開発プロジェクトは,分野によって違いはあるが,民間事業化の段階を迎えている。これまで20年間にわたって同事業団が蓄積してきた成果を踏まえて,官民の協調の下に,民間の技術的基盤を確立しつつ,経済性の達成を目指していくことが重要となっている。
4.原子力委員会は,我が国の原子力開発利用の基本となる「原子力開発利用長期計画」を策定し,これに基づき,開発利用の推進を図ってきた。これまでの長期計画は,昭和57年6月に策定したものであるが,その後5年が経過し,その間に,エネルギー情勢を始め,原子力を巡る環境は大きく変化した。エネルギー需要が緩やかな伸びを示し,今後相当長期にわたって軽水炉主流時代が続くとの見通しの下で,原子力発電は昭和40年代,50年代の発電規模の増大といういわば量的拡大の時代から,発電の安全性,信頼性,経済性等の質的な向上を目指す時代へと移行しつつある。このため,技術の改良・高度化により,安全性,信頼性を高めるとともにこれを損なうことなく,経済性の一層の向上に努めることが重要になってきた。また,原子力発電の定着を踏まえ,今後の政策課題の重点は,放射性廃棄物の処理処分を含め,核燃料サイクルの確立へと移りつつある。
 このような中で,原子力委員会は本年6月,前回の長期計画を見直し,21世紀を展望し2000年までを対象期間とする新長期計画を策定した。
5.新長期計画においては,エネルギー需要の伸びの低下等の見通しを踏まえて,原子力発電の開発規模の見通しを下方修正した。しかしながら,国際石油需給が中長期的にひっ迫化する可能性は大きい。このため,エネルギー資源に恵まれず,石油依存度が高い我が国にとって,原子力開発が必要である。こうした考え方の下に,技術力をもって生み出されるエネルギーである原子力を我が国のエネルギー供給のぜい弱性を克服する基軸エネルギーと位置付け,「平和利用」と「安全確保」を大前提として,着実に開発することを明確にしている。また,天然ウランを海外に求めなければならない我が国としては,その有効な利用を実現するため,使用済燃料からプルトニウムを回収して,高速増殖炉で利用する「再処理-リサイクル路線」を基本とし,その確立に向けて高速増殖炉等の研究開発を進めることも改めて確認した。
 以上の基本的な考え方の下に,次の諸点を念頭に置いて,今後の開発の進め方を取りまとめた。
 第1に,今後とも,原子力基本法及び核兵器の不拡散に関する条約の精神に基づき,世界の核不拡散体制の維持・強化に貢献していくとともに,我が国の原子力開発利用を厳に平和目的に限つて推進することとし,また,外国の原子力開発利用に関係する場合にも,これらの精神を貫くべきであるとの考え方を示した。
 第2に,これまでの優れた安全実績に満足することなく,一層の安全性向上に努めるとの考え方を明らかにした。最近では,化石エネルギーの価格が低下しており,原子力とそれらの間での競合が厳しさを増している。このため,原子力の経済性をより一層高めるべく技術の改良・改善を行う必要があるが,それらが原子力の安全性を損なうものであってはならない。
 第3に,原子力を全体として整合性のあるエネルギーシステムとして確立させることを重視した。原子力発電が今後とも主力電源としての役割を果たしていくためには,原子力発電プラント及び核燃料サイクルをシステムとしてとらえ,安全性・信頼性・経済性の向上を総合的に図っていくことが必要である。我が国の原子力発電プラントの建設,運転の技術については,世界でもトップクラスの水準に達したといえる。しかし,ウラン濃縮,再処理及び放射性廃棄物の処理処分等,核燃料サイクルについては,発電炉に比べて未だ立ち遅れている。これらは,原子力を外国に依存しない準国産のエネルギーとして確立する上で大切な分野である。
 第4に,原子力開発利用を支える基盤を更に強化,充実させることを強調した。原子力の健全な発展を期するためには,人と技術の両面からの基盤強化,充実が必要である。原子力の分野では我が国でも多くの研究者,技術者が,産業界,研究開発機関,大学等に育っており,今後の原子力の課題に対応し,新たな発展を目指していくためには,これらの人材や施設を活用し,基礎研究や基盤技術開発に一層の力を入れる必要がある。特に,これまでの研究開発は,先進国に追い付くことを目標とする,いわゆるキャッチアップ型の姿勢が強かったが,これからは新しい技術を生み出す創造型研究開発を目指すことが重要であるとの認識に立つている。
 第5に,広く国際的視点から見た場合,平和利用のために使われる原子力技術は,人類に共通の国際的公共財であり,我が国も,その発展に寄与すべきであるとの考え方を示し,従来以上に国際協力に主体的,能動的に取り組むこととした。このためには,我が国の安全技術や経験を積極的に国際社会に提供することや,研究開発に各国と共同,協力して取り組むこと等の重要性を強調している。
6.原子力開発利用を円滑に進めていくためには,目標達成に向けた関係者の不断の努力と共に,国民の理解と協力を得ることが必要である。
 原子力委員会は,新長期計画に基づき原子力開発利用の推進を図っていくが,各分野の具体的施策については,今後の技術の進展や諸情勢の変化に対応しつつ適切にフォローアップを行うことにより,国民の信頼に応える原子力開発利用の展開に努めていく所存である。
7.本年の年報は,広く国民の理解の一助となることを目的として,この一年における我が国の原子力開発利用の現状を記述するとともに,新長期計画の内容を紹介し,その取りまとめに当たっての原子力委員会の基本的考え方を明らかにするものである。


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