はじめに
第1章内外の諸情勢と原子力発電の着実な推進

2.原子力発電の推進と安全の確保

 我が国の原子力基本法においては,原子力開発利用を進めるうえでの基本方針として,「安全の確保を旨とする。」ことが明記されている。原子力発電を始めとする原子力開発利用は,これに基づいて,安全の確保を大前提として進められている。これまで,我が国の30年に及ぶ原子力開発利用の歴史のなかで,周辺公衆及び環境に被害を与えるような放射能事故は一件も起こっていない。このような安全実績の積み重ねをふまえて,我が国の原子力開発利用は着実な進展を遂げている。
 我が国の原子力開発利用のなかでも,原子力発電分野における実用化の進展は目ざましいものがあり,昭和60年度は原子力発電による発電電力量が総発電電力量の26%と石油火力発電の25%に対し,初めて上まわったが,これは我が国において原子力発電を主力電源とする時代の到来を示すものといえる。
 今後の原子力発電の開発の見通しとしては,発電設備容量で昭和65年度3,400万キロワット(構成比19%),発電電力量でl,900億キロワット時(構成比28%),同様に昭和70年度4,800万キロワット(構成比23%),2,850億キロワット時(構成比35%),さらに昭和75年度6,200万キロワット(構成比27%),3,700億キロワット時(構成比39%)(電気事業審議会需給部会中間報告,昭和58年11月)であり,また,昭和61年度電源開発基本計画においては,長期的な原子力発電の開発目標を昭和70年度約4,648万キロワット(総発電設備容量の22.4%,電気事業用)と定めており,各種電源の中で最も大きな構成比を占めるものと考えられている。
 原子力発電が,このように今後主力電源として重要な役割を適切に果していくためには,
① 安定的に電力を供給する信頼性の高い電源であること。
② 低廉な電力を供給する経済的な電源であること。
 の2点が重要であるが,前段で述べたようにこの2つの要件に先立って,「安全確保」が大前提であり,最も重要な要件となっている。

 我が国では,安全確保の基本的考え方に基づいた国の安全確保対策,これを踏まえた事業者,メーカーの努力によって,これまで優れた安全実績が示されている。このうち,国の安全確保対策については原子力安全年報において詳細に取り扱われてきているので,本節ではその詳細に立ち入ることはさけ,原子力委員会の立場から,原子力発電の安全実績の特長,背景及び今後の課題について記述し,安全性と信頼性,経済性の係わりについても触れることとする。

(1)安全確保の実績と対策の枠組み

イ)安全確保の実績
 我が国の原子力発電は昭和41年に初の商業用原子力発電所が運転を開始して以来,これまで約20年間次に述べるような安全確保の実績を積み重ねてきた。
(i)周辺公衆及び環境に影響を及ぼすような放射性物質の放出を伴う事故は今日まで全く発生していない。
(ii)原子炉設置者が法令に基づき報告が義務づけられている事故・故障は,一基当たりの年平均報告件数で低下してきており,昭和59年度,60年度ともに0.6件/基と,近年は低い水準になってきている。


(脚注)事故・故障:「電気事業法」及び「核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」に基づき,具体的には,主として「原子炉の運転中において原子炉施設の故障により,原子炉の運転が停止又はその必要となった場合,また停止中において原子炉の運転に支障を及ぼすおそれのある故障があった場合」に該当する際報告される。
年平均報告件数:(報告件数/基数)基数は年度末における営業運転基数を計上しているが,年度末現在試運転中のプラントで事故・故障報告があった場合には,当該プラントの基数を加算している。

(iii)原子炉にはトラブルが事故へ拡大するのを防止する為,緊急停止(スクラム)機能があるが,この緊急停止回数は平均で1炉当たり年1回以下と先進国の中でも1ケタ低い水準となっている。このデータは本年4月に我が国で開催されたOECD/NEA主催の原子炉スクラム低減化シンポジウムにおいて報告され,緊急停止の起因となるトラブルそのものの発生が少ないことを裏付ける実績であるとして,各国から高い評価を得た。

(iv)平常運転時において,原子力発電所からの放射性物質の放出については,法令により,周辺公衆の被ばく線量が許容被ばく線量である年間500ミリレムを超えないように規定されているが,さらに「合理的に達成可能な限り低くする」(As low as reasonably achievable)という国際放射線防護委員会(ICRP)の放射線防護に対する基本的精神に基づき原子力安全委員会の指針により法令の被ばく線量の1/100である5ミリレムを線量目標値として設定している。この値は,自然放射線による被ばく線量の約20分の1に相当する低い値であるが,原子力発電所の周辺公衆の実際の被ばく線量は,この値をも十分下回っている。

ロ)安全確保の対策の枠組み
 原子力発電の安全確保は,発電に伴い発生する核分裂生成物等の放射性物質及び放出放射線に係る潜在的危険性を顕在化させないことにあり,この為,立地,設計,建設,運転,保守の各段階を通じて,以下のような基本的考え方がとられている。
(i)原子炉施設は地震等の自然的立地条件に対し,必要な配慮をした上で,設計,建設,運転,保守等の各段階で,いわゆる多重防護の考え方に基づき,異常の発生を防止すること(第1レベル)はもちろんのこと,仮に異常が発生しても,それが事故に拡大することを防止するための措置(第2レベル)を講じ,これらによって外部に放射性物質が放出されることはまず考えられないが,さらに,放射性物質の異常な放出を防止するための措置(第3レベル)を講じて放射性物質を原子炉施設に確実に封じ込められるよう配慮すること。
(ii)原子炉施設の平常運転時に環境に放出される放射性物質の量を,これによる公衆の被ばく線量が許容被ばく線量以下にすることはもちろん,これを合理的に達成できるかぎり低減されるよう,所要の被ばく低減対策を講じること。
(iii)原子炉施設について現実的には起こるとは考えられないような事故を想定した場合でも公衆の安全が確保されるよう,十分に公衆の居住地域から周辺敷地等によって離隔していること等の立地条件を備えること。
 原子炉設置者は原子力発電の安全確保について第一義的な責任を負う立場にあり,原子炉機器メーカ等の原子力産業からの機器・サービスの供給を受けて,以上に示される基本的考え方に基づき,設計,建設,運転及び保守の各般にわたり所要の安全対策を講じている。
 国は,以上の基本的考え方に立って,原子炉等規制法等の法令に基づき,原子力発電施設の設置,建設,運転,及び保守の各段階において,厳格な安全規制を行っている。さらに国は,最新の科学技術的知見を踏まえ,安全基準,指針等を可能なかぎり客観的・合理的なものとするため,安全研究を進めている。
 また,国及び地方自治体においては災害対策基本法に基づき,防災計画を定める等所要の防災対策を講じている。同計画に基づき地方自治体は,国の技術的助言や支援を得て,広報,退避,緊急医療などの災害対策を実施することとなっている。
 地方自治体は地域住民の健康と安全を確保する立場から,こうした防災対策の面で大きな役割を果たすとともに,原子力施設周辺の環境放射能調査を実施し,安全が確保されていることを確認している。

(2)我が国の安全実績の特長と背景
 先に述べた安全確保の基本的考え方は,国情により多少の違いはあるものの,各国に概ね共通したものである。我が国の場合には,安全実績にも示したように,異常の発生が少ないという特長がある。これは先に述べた多重防護の考え方のなかでいえば「異常の発生を防止すること」(第1レベル)での安全確保対策に成果があげられていることを意味している。この背景としては,以下にのべるような努力が払われているためと考えられる。
・機器,システムの信頼性・健全性の向上に努めていること。
・また人的側面からは厳密な管理,教育・訓練の整備・充実が図られていること。
・事故・故障があった場合は,分析を加え所要の措置を講じていること。
 さらに,国民や地域住民が原子力発電所の事故・故障に対して高い関心を持ち,たとえ軽微なものであっても,より一層の改善を求める姿勢を示していることも貢献していると考えられる。

イ)機器システムの信頼性・健全性の向上
(i)我が国の原子炉設置者は安全かつ安定した原子炉の運転を実現する為,常に信頼性・健全性の向上を求めており,メーカーは,その高い品質管理,製造技術等を背景にこうした要求に応えてきている。これは例えば我が国における燃料損傷事例が世界的にみても極めて低いこと,先に実績でも示したが緊急停止頻度が少ないこと,さらにトラブル等による原子炉の停止期間が極めて少ないこと(我が国の昭和60年度の原子力発電所の設備利用率は76%であるが,定期検査期間を除けばほぼ100%稼動)などに示されている。

(ii)設計面では,先行プラント,諸外国の経験及び各種の研究成果を迅速かつ確実に,機器・部品の仕様やシステムの構成等に反映することが重要である。この為メーカーは,例えば,原子炉設置者からの信頼性・健全性の向上のニーズや,前記の経験,研究成果などの要求に対応して,高品質の部材,高い信頼性をもったシステムを,原子力発電という膨大な部品・システムから構成されるプラントの設計仕様や図面等にもれなく確実に反映できるよう,チェックにあたっての体制や方法の整備,充実に努めており,近年はさらにその高度化の一環としてコンピュータを利用した設計システムを導入する等,設計段階から品質の向上のための努力を行っている。
(iii)機器・部品の製造という面では,原子力の場合,法令等に基づいて定められた技術基準等があるが,これらにおいては,例えば機器,部品に対し,高温,高圧,高放射線下でも欠陥が発生せず,所要の機能が果たせるような,厳しい条件が設定されており,この条件に対応できるような高度の信頼性,健全性を要求している。この為,厳密な試験,検査をくり返し行ったり,厳しい条件下での耐久試験を行うことにより,高い品質の維持に努めている。
(iv)建設面でも,従来は現地で組み立てていた配管を,品質管理の容易な工場内で可能な限りユニット化して製造し,現地作業の削減を図るなど品質管理の向上に努めている。
(v)運転面では,頻繁な巡回点検によって異常のないことを常時監視し,重要な機器システムについは,起動,機能試験を行い,それらの信頼性,健全性をチェックし,異常の発生防止,及び早期検知に努めている。
(vi)保守面では,原子力発電所の場合,法令に基づき約1年に1回の定期検査が義務付けられており,国の立会い検査,原子炉設置者の自主検査等数多くの検査が行われている。定期検査については,消耗品の異常の有無にかかわらず,耐用期間内に定期的に取り替えを実施するなど,補修作業もさることながら,その後の運転における異常の発生を未然に防止する「予防保全」の考え方に基づいて実施されている。定期検査に際して,異常・故障の有無の確認及び処置に加えて,内外プラントでの経験を踏まえて,将来,異常・故障が生じる可能性があると思われる部位を摘出し予め改善措置を講じている。

ロ)資格制度と教育訓練等
 原子力発電所の安全管理のためには,これにあたるスタッフの技術的能力と士気を維持し向上させることが極めて重要である。これについては次のような措置が講じられている。
(i)原子炉等規制法により,原子炉設置者は,国の資格試験に合格した者を原子炉主任技術者として選任することが義務づけられており,保安に関する事項が適切に実施されるか否かのチェック機能を持たせている。
(ii)これに加えて,国は運転管理専門官を派遣し,監督している。
(iii)また,運転の責任者も,国の指定する機関により資格認定されたものから選任されている。
(iv)教育・訓練については,運転責任者の再訓練はもとより,運転責任者に至るまでの各段階に応じた一般運転員社内訓練や外部のシミュレータ施設を用いて,事故時対応等の訓練が頻繁に行われている。
(v)また,保修要員についても訓練センターにおける教育訓練が行われている。
(vi)人為的ミスの低減という観点から前述の教育訓練と並んでマニュアル類の整備・充実が行われている。

ハ)過去の事故・故障から得られた教訓の反映
 事故・故障については,米国ブランズフェリー原子力発電所の火災事故,スリーマイルアイランド原子力発電所の事故のような重大な事故に対しては,原子力安全委員会を中心として,原因の究明,対応策の検討を踏まえた指針類の整備が図られるとともに,原子炉設置者においてもこれを受けて所要の措置を講じてきている。また,国の内外で発生したBWRでの配管の応力腐食割れ,PWRでの蒸気発生器伝熱管損傷というようなトラブルに対しても単に当該部を保修するという対症療法に止めず,徹底的な原因究明により,設計の変更,新材料の開発導入,自動溶接等製造工程の高度化,品質管理活動の充実等抜本的な対策を確立し,先に指摘した「予防保全」の考え方に従って,具体的に改善措置を講じている。

(3)原子力発電の推進と安全性の向上
 前節において述べた通り,安全を確保するため,立地,設計,製造,建設,運転の各段階を通じて,原子力安全委員会をはじめとする国,電気事業者,メーカー,地方自治体等がそれぞれの立場でたゆまぬ努力を続けている。今後も,これまでのような優れた安全実績を続けることが原子力開発利用に課せられた使命である。このためには引き続き関係者が高い士気と意欲を持って安全性の一層の向上を目指すとともに,原子力に対する国民の一層の理解を深める努力が必要である。原子力委員会として今後の原子力開発利用の展開において安全確保上,特に重要と考える諸点を以下に述べる。

イ)安全確保への一層の努力
 今後,安全確保への努力にあたって留意すべき点は,第1に,原子力発電の安全確保のためには人間による正しい管理が不可欠であるということである。
 原子力発電プラントは,多種・多量の機器・システムから構成されており,安全上重要な部分にトラブルが発生したり人間が誤操作しても,自動停止するなど,システム全体の機能は安全側に働くような設計上の配慮(「フェイルセーフ」,「フールプルーフ」の考え方等)がなされている。
 しかしながら,機器・システムが確実に作動し,その機能を果たすためには,このような設計面での努力に加えて,点検,整備,試験,検査といった人間による正しい管理が不可欠であり,これに携わる従事者の果たす役割は極めて重要な要素の一つである。このような観点から,従業員教育訓練,運転・保守の為のマニュアルの整備,マン・マシン・インターフェイスの改良等の努力が今後とも必要であると考えられる。
 第2に,原子力開発利用の新たな局面に対応する安全確保の努力が必要であるということである。
 今後我が国は,
・原子力発電の全設備容量の拡大,
・設備の経年変化,設備の廃止措置,放射性廃棄物の処分への対応,
・ウラン濃縮や再処理等の大型の核燃料サイクル施設,新型動力炉等施設の多様化
 など新たな局面を迎えることとなる。これに対応すべく,安全性向上に係る研究開発,運転員,保守要員の確保とその教育・訓練,製造・品質管理技術,検査技術の改良など所要の努力を行っていく必要がある。

ロ)安全性向上のための国際協力の強化
 今回のチェルノブイル事故は,原子力の安全問題が国際的な共通課題であることを改めて強く認識させるものであった。これまでもIAEAやOECD/NEAにおいては,原子力の安全に関する協力活動が行われているが,今後とも,このような国際協力が一層進展し,各国の原子力の安全性の向上が図られることが期待される。
 これまで,事故・故障情報の交換,分析についてはOECD/NEAにおけるIRS(事故報告システム)があり,その成果が同種の事故・故障の再発防止に役立てられている。また,安全研究についても,二国間,多国間の場で研究協力がすすめられている。今後もこれらの場を通じて,国際協力の一層の進展を図るとともに,原子力発電を推進しようとする開発途上国にも積極的に協力を行っていくことが重要である。我が国に対しては,原子力発電の安全性,信頼性についての優れた実績に注目して諸外国から協力の要請が強まっている。我が国がこうした要請に応え,国際的な原子力安全の一層の向上に貢献していくことは極めて重要である。

ハ)原子力発電のパフォーマンスの向上
 原子力発電は優れた経済性を持つエネルギー源であるが,最近における化石燃料の価格の低下により,原子力発電と火力発電の間で経済性を競う状況が出てきている。このため,原子力発電を推進するうえで,経済性の向上が重要となってきている。しかしながら,経済性の向上の努力はあくまでも安全の確保を前提として進められるものであり,安全性,信頼性を損うことなく,その向上を図っていく必要がある。
 原子力発電の安全性は,機器,システム及び人的な信頼性によって成立しうるものであり,また,信頼性の向上は経済性の向上にもつながっている。すなわち,安全性,信頼性及び経済性は,技術の改良発展のなかで共通の目標として追求することができるものである。例えば,事故・故障対策を進め,機器・システムの信頼性向上を図る努力は事故の発生を未然に防止するという面で,安全性の向上につながるとともに,計画外停止の減少,定検期間の短縮による設備利用率の向上をもたらし,経済性向上に大きく貢献している。

 最近の状況を反映した建設費の低減,長期サイクル運転の実現等の努力は重要な課題であるが,これまでの安全実績と研究実績を基に,安全確保の前提のもとに信頼性を維持・発展させつつ進められるべきであり,裏付けなしに安易に行うことは許されない。現在,進められている新型軽水炉(A-L WR)等,第3次改良標準化計画や,検討中である軽水炉高度化計画は,このような考え方のもとで行われている。さらに,現在の軽水炉を中心とする原子力発電システムの安全性,信頼性及び経済性における優れた実績に安心することなく,研究開発を推進することが必要である。例えば,安全研究について,これまで.安全基準の妥当性の確認に大きな成果を挙げてきたが,今後は,新材料の研究,新しい設計コンセプトの研究等,創造的,革新的な研究開発を着実に推進し,安全性の一層の向上を図るとともにその結果として経済性の面でもより優れた原子力発電を目指すことが今後の重要な検討課題である。


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