第2章 我が国経済社会に根づく原子力
(2)放射線利用

ロ)放射線利用の拡大

 放射線を利用する方法としては,大別して,物質の挙動を追跡するトレーサー利用と放射線の物理的,化学的作用を利用する線源利用の2種類があり,医療,工業,農林水産業等の多くの分野で利用されてきている。
(i) 医療利用の分野においては,診断の面ではエックス線診断が臨床医学のすべての領域で古くから広く利用されている。RIを利用する診断については,昭和30年前後より131I(ヨウ素131)が甲状腺診断等に利用されているが,昭和40年ごろより短寿命RIが国産化されるなど,放射性医薬品等の種類及び供給量が拡大し,血液,内分泌疾患等に関して従来の診断技術にかわって用いられ始めるなど,その利用が拡大していった。
 例えば,昭和40年代後半より短寿命でエネルギーも弱く診断用として131Iより使いやすい99mTc(テクネチウム99m)が広く利用されるに至っている。
 また,昭和50年代に入りエックス線スキャナーとコンピューターを直結したエックス線コンピューター断層撮影装置(X線CT)が開発され,広く利用されるようになり,最近では陽電子(ポジトロン)放出核種を用いることにより,従来のX線CTによる診断では不可能な脳,心臓等における代謝及び機能診断を可能とするポジトロンCTも開発が進められている。
 放射線治療面では,昭和25年から30年にかけて放射性医薬品を用いた甲状腺機能冗進症の治療 (131I),悪性腫瘍の治療(32P,198Au)が始まり,また放射線の外部照射によるあざ治療(32P,90Sr(ストロンチウム90)のベータ線利用)やガン治療(60Co(コバルト60),137Cs(セシウム137)のガンマ線ないしエックス線利用)が開始された。昭和40年代に入り放射線によるガン治療は実用化に達し,さらに大型の60Coの照射装置やベータトロン,直線加速器,サイクロトロン等の各種放射線発生装置が設置され活用されていった。
 また,昭和43年に我が国で初めて原子炉利用による脳腫瘍の治療が東京大学において試みられ,以後,放射線医学総合研究所等での研究が続けられている。昭和40年代後半に入ると従来の電子線,ガンマ線,エックス線の低LET(LinearEneargyTransfer)放射線に加え,さらに治療効果の高い速中性子線,陽子線等の高LET放射線による治療法の研究が放射線医学総合研究所等で始められ現在に至っている。
(ii) 工業利用の分野においては,戦後RIの利用再開から昭和30年ごろにかけて線源,トレーサーとして幅広く利用,研究が行われ始めた。
 特に線源としての利用は非破壊検査が圧倒的に多く,従来のエックス線にかわり,小型で携帯に便利な60Coの利用に移っていった。さらに厚さ計,液面計が実用化された。また,放射線化学の分野では,ポリエチレン,塩化ピニールの放射線照射効果の研究が理化学研究所,東京大学等で開始された。
 昭和30年代,40年代においては,RIを用いた厚さ計,液面計等の計測器が広く各種製造工程管理に利用され,また,製鉄などの分野でラジオアイソトープが直接工程管理に利用されるようになった。非破壊検査の分野では, 60Co より欠陥識別度の優れた 192Ir(イリジウム192)の研究が積極的に進められた。さらにトレーサー分野では切削工具やエンジンの磨耗検査に多く使われるに至った。また,このころ,高度経済成長とあいまって大気や水の汚染が問題となり始め,大気や水の汚染等の公害調査へのRIの利用研究も始まった。
 さらに,放射線照射利用を推進するため,昭和38年に日本原子力研究所に高崎研究所が設置され,大型照射施設を用いた開発研究が開始された。
 昭和50年代に入ると,それまで開発が進められていたイオウ分析計,ラジオガスクロマトグラフィ装置等の環境測定機器,放射線照射を利用した耐熱電線,発泡ポリエチレンの製造等が実用化されていった。
(iii) 農林水産業利用の分野においては,品種改良,食品照射,害虫防除等に利用されている。品種改良については,昭和26年以降農林水産省農業技術研究所で32Pのベータ線照射で稲の品種改良の研究が行われたのを初めとして各種研究が行われ,昭和40年ごろには稲,大豆等で新優良品種が開発され普及していった。その後昭和40年後半以降には,小麦,リンゴ等の新品種が開発され普及している。
 食品照射については,昭和30年前後より,東京水産大学で60Co照射による食品の防腐保存の研究が行われたほか,大学,国立試験研究機関,民間等で研究されていたが,昭和42年原子力委員会はこうした研究を効率的に進めるため,「食品照射研究開発基本計画」を策定した。これに基づき,国立試験研究機関等において馬鈴薯,玉ねぎ,米等7品目について照射研究が進められ,馬鈴薯については昭和47年に発芽防止を目的とした照射が食品衛生法に基づく規格基準の改正により許可され,北海道士幌町農業協同組合で実用化されている。また,玉ねぎ,米,小麦については実用化を検討中であり,その他の品目についても現在研究成果の取りまとめが行われている。
 害虫防除については,ガンマ線照射によって不妊化させた害虫を大量に放飼することにより繁殖を抑制するという人体及び環境への影響のない方法があり,沖縄県久米島,鹿児島県喜界島のウリミバエ,小笠原諸島のミカンコミバエについて実施され成功したほか,南西諸島全域において害虫根絶に利用されている。
 以上に見るように,放射線利用は年を追うごとに拡大しており,ラジオアイソトープ等の放射線を利用する事業所の数は,昭和25年25事業所,昭和30年172事業所,昭和40年1,321事業所,昭和50年3,336事業所,昭和59年4,468事業所と急速に拡大し,また鉱工業におけるラジオアイソトープ,ラジオアイソトープ機器の購入,利用のための支出金額を見ると,昭和31年3億円,昭和40年31億円,昭和50年209億円,昭和55年384億円と増大している。
 このように,放射線の利用はその利用分野においても,その量においても,この30年間に目覚ましい発展を遂げ,今日,自然科学のほとんどの分野はもちろんのこと,広く産業の現場にその利用が普及し,特に医療の関係では日常の診療に不可欠なものとなっている。


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