第2章 我が国経済社会に根づく原子力
(1)原子力発電

イ)原子力開発利用の曙

 我が国原子力開発利用のための法令・行政機構の検討とともに研究開発の中核となるべき機関の必要性が検討された。昭和30年11月には暫定的に財団法人原子力研究所が発足し,研究開発に着手した。そして同年12月の原子力基本法の制定に基づき,昭和31年6月この財団法人を母体として,原子力の基礎・応用研究,原子炉の設計・建設・運転,技術者の養成等を業務とする特殊法人日本原子力研究所が設立された。さらに同年8月核原料物質の開発,核燃料物質の生産並びに再処理,保有等を目的とする原子燃料公社(昭和42年に再編されて動力炉・核燃料開発事業団として再発足)が設立された。また昭和32年の原子炉等規制法,放射線障害防止法の制定等,原子力開発利用体制が急速に整備されていった。一方,原子力発電については,当面研究基盤を整備することが必要との考え方のもとに,米国より輸入する研究炉(JRR-1,JR R-2)及び国産研究炉(JRR-3)の準備が進められた。
 昭和31年発電用実用炉の早期導入への気運が高まったこと,また同年,英国コールダーホール発電所が運転開始したこともあり,我が国は海外調査団を派遣した。同調査団より,コールダーホール型炉(天然ウラン黒鉛減速炭酸ガス冷却炉)については地震対策等検討を要する問題はあるものの実用炉としての導入に適していること,軽水炉については当面は試験用動力炉としての導入を考慮することが適当であること等の報告がなされた。昭和32年に原子力委員会は動力炉の早期導入と新会社設立(同年11月日本原子力発電(株)の発足)の方針を決定した。当時,軽水炉については経済性その他の面において発展の可能性が高いとしながらも,実用発電炉としては実績があり燃料の入手及び国産化が容易と見られるコールダーホール型炉が有望とされ,日本原子力発電(株)はこれを導入して東海村に設置する計画を進めた。(東海発電所,昭和34年設置許可,昭和41年運転開始)。


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