第Ⅱ部 「原子力開発利用の歩み」

第1章 平和利用と国際関係

(1)平和利用体制の整備

 我が国の原子力研究は,第2次世界大戦により約10年間の空白があったが,昭和26年の日米講和条約締結の頃から,学界のなかにおいて原子力研究を再開したいとの動きが現れた。しかしながら,一方においては,原子力研究は核兵器の製造につながる危険性があるとしてこれに対する意見も強く,論議がたたかわされた。
 昭和28年第8回国連総会において米国アイゼンハワー大統領は原子力平和利用促進を目的として,国際原子力機関の設立と核物質を国際管理する構想を提唱した。その提唱は,国内における論議にも大きな影響を与え,我が国においても原子力の平和利用を積極的に推進し,これを経済社会の発展に活かすべきものであるとする気運が高まった。こうした気運を背景として,翌昭和29年3月原子力予算2億5千万円の計上,原子力平和利用の国際管理を求める国会決議,日本学術会議による平和利用三原則声明の決議がなされた。
 昭和29年5月に内閣に設置された原子力利用準備調査会においては,米国との間で原子力研究協力に関する正式交渉が開始されたことに伴い,早急に法令・行政機構を整備することに力点をおいて検討が進められた。国会においては,昭和30年8月の第1回原子力平和利用国際会議に出席した議員を中心に原子力合同委員会が設けられ,同年12月この委員会を中心として作成された「原子力基本法案」が議員提案として国会に提出されるに至った。同時に,これに対応した形で政府から「原子力委員会設置法案」及び「総理府設置法の一部改正法律案」が提案され,12月19日に成立した。
 「原子力基本法」は,その第2条において「原子力の研究,開発及び利用は,平和の目的に限り,民主的な運営の下に,自主的にこれを行うものとし,その成果を公開し,進んで国際協力に資するものとする。」として我が国の原子力開発利用の基本方針を定めたほか,原子力委員会,原子力の開発機関,核原料物質,核燃料物質の管理,原子炉の管理等に関する基本的枠組みを定めている。
 原子力委員会は,原子力平和利用の大前提のもとに原子力の研究,開発及び利用に関する国の施策を計画的に遂行し,原子力行政の民主的運営を図るために設置されたものである。同委員会は,原子力開発利用に関する重要事項について企画し,決定することを所掌とし,かつその決定については,内閣総理大臣はこれを尊重しなければならないとされているほか,委員長は科学技術庁長官たる国務大臣をもって充てることとし,その決定が原子力行政に反映される仕組みがとられている。
 また,原子力委員会発足当初は総理府に原子力局が設置され,委員会の事務局の機能を果していたが,昭和31年5月,総理府の外局として科学技術庁が設置されたことに伴い,総理府原子力局も科学技術庁原子力局へと体制を改めた。
 さらに昭和32年,「核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」が制定されたが,その中では原子炉施設等の設置等の許可基準の一つとして「平和の目的以外に利用されるおそれがないこと」が掲げられ,主務大臣は許可をする場合においてはあらかじめ,この点について原子力委員会の意見を聴き,これを十分尊重しなければならないとされている。
 このようにして原子力委員会を中心とする平和利用体制が確立,整備された。


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