第I部 「総論」
はじめに

1. 昭和31年1月1日に原子力委員会が発足して,30年が経過した。
 今日,原子力発電は31基,発電設備容量2,363万キロワットに達し,安全を確認しつつ順調に運転を行い,昭和59年度には総発電電力量の22.9%を担うまでに発展し,安定したエネルギー供給源として電力供給の中核的地位を占めるに至っている。また,核燃料サイクルの確立をめざして,研究開発及び事業化の計画が具体的に進展している。さらに,工業,農林水産業,医療等の分野で放射線利用が着実に拡大している。新型動力炉,核融合等将来の進んだ原子力技術体系の実現に向けて研究開発計画も強力に推進されている。また,原子力産業の成長も著しく,産業規模の拡大,経営の安定化,技術力の向上等の面で,産業としての自立期を迎えている。
2. 我が国の原子力開発利用は,その歩みにおいて紆余曲折を経ており必ずしも平坦なものではなく多くの努力を払って進められてきた。
 昭和40年代後半より二度にわたる石油危機によって,エネルギーの海外依存体質の脆弱性が大きな問題として浮き彫りにされたが,エネルギー源多様化の要請に対応して,今日では,原子力は石油代替エネルギーの中核として大きな役割を果たしている。このことを考えると,昭和30年代初頭から将来のエネルギー源を確保すべく原子力開発利用を開始したことの持つ意義は大きい。また,安全を確保しつつ開発利用を推進するにあたり,種々の課題を克服するための,関係研究開発機関,地元公共団体,電気事業者,メーカー等各方面の関係者の努力も忘れてはならない。さらには,これまでの成果は,国民及び地元住民の理解と協力に支えられたものであることを認識する必要がある。
3. 今日,国際的なエネルギー需給は安定し,また,省エネルギー,脱石油を中心とする産業構造の調整が進められた結果,我が国のエネルギー事情は大きく変化している。しかしながら,現下のエネルギー情勢に安心し,着実な原子力開発利用を進める努力を怠ってはならない。
 原子力は,長期にわたる計画的な研究開発及び技術改良を行い,これによって技術基盤を確立してはじめて社会への定着が可能となることを十分認識する必要がある。
4. 今後原子力開発利用を推進するに当たっては,時代環境の変化及び我が国の国際的役割の増大等を十分に認識し,技術開発の進展に伴う新たな課題に柔軟かつ効率的に対応する体制を整備することが必要である。
 エネルギー需要がゆるやかな伸びを示し,今後相当長期間にわたって軽水炉主流時代が続くとの見通しのもとで,原子力発電は,昭和40年代,昭和50年代の,いわば量的拡大を目指した時代から,質的な向上の時代へと移行しつつあり,技術の改良,高度化により安全性・信頼性を高めるとともに,これらを損なうことなく経済性の一層の向上に努めることが重要となっている。
 また,原子力は,一次エネルギー供給の8%(昭和59年度実績)を占めているが,長期的には,核熱利用も含めて,原子力全体として一次エネルギーに占める割合を高めていくことが必要である。さらに,放射性廃棄物の処理処分,原子炉の廃止措置への対応等原子力発電体系の一層の整備が求められている。
 さらには,核燃料サイクルの事業化の進展及び高速増殖炉等の新型動力炉の技術開発の進展に伴い,研究開発における民間の役割が拡大しつつあり,こうした動向を踏まえた新たな官民協力及び研究開発のあり方が重要な検討課題となってきている。
 一方,国際協力の一層の推進及び核不拡散をめぐる国際関係への対応が必要とされているほか,我が国原子力産業の国際的展開が開始されようとしていることから,多角的な視点から国際化を進めることが重要となっている。
5. 本年度の年報は,新しい時代を迎えつつある我が国原子力開発利用の現状と課題について,広く国民の理解の一助となることを目的として,原子力開発利用の30年の歩みを振り返り,現状についてとりまとめ,今後の展望と課題を示した。


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