第1章 原子力開発利用の動向
5 自立期を迎える原子力産業

(1)我が国の原子力産業の現状及び今後の課題

 原子力開発利用の着実な進展を図るためには,信頼性の高い機器,核燃料等が効率的かつ経済的に生産でき,かつ,十分な国際競争力を持つ原子力産業の発展が不可欠である。
 原子力産業は,原子力関連機器の製造,核燃料サイクル関連事業,原子力関連の建設,輸送,各種サービス等の業を行うものの総称であり,多種多様な業種により構成されている。

 (社)日本原子力産業会議の調査によれば,昭和57年度において原子力関係の売上実績を有する企業は約300社であり,売上高は約1兆1,700億円(最終需要相当分約9,100億円),従事者数は約60,000人となっている。
 また,その成長率に関しては,昭和50年度からの平均成長率でみると,製造業全般に比べ約2倍であり,他の成長産業と比較しても半導体には及ばないもののコンピュータと同程度である。
 また,同調査によれば,原子力関係収支は近年黒字基調で推移しており,昭和31年度からの累積収支についても減価償却を考慮すると黒字に転換している。原子力産業全体としては,開発初期における投資が現在に至って回収されたことを示しており,経営的にも安定なものになりつつある。
 一方,研究開発投資については,上記調査によれば,昭和57年度においては約710億円,対前年度比17%の増加となっている。この対売上高比は6%強であり,一般産業の1.5%に比べて高い水準にあり,原子力産業では研究開発活動が活発に行われていることが示されている。しかしながら,研究開発のウェイトを示す指標である研究開発特化係数(当該産業の研究開発費の対売上高比/全産業の研究開発費の対売上高比,平均的産業では1となる。)は近年,低下しつつあり,研究開発指向という原子力産業の特徴は次第に薄れつつある。これは原子力関連の売上高の増加によるものであり,産業分野としての発展に伴って起こる必然的な動きともいえる。

 以上述べたような産業規模の拡大,経営面での安定化,研究開発指向の低下等の現象は,原子力産業が,産業として,いわゆる幼年期から脱し自立期へと移行しつつあることを示すものと考えられる。
 一方,我が国の原子力産業の技術力は,これまでの着実な研究開発の進展を経て着実に向上してきている。軽水炉については,国産軽水炉が極めて高い設備利用率で稼働していること,また,プラントの建設工期も欧米諸国に比べて短いことに示されるように機器製造面,プラント建設面では相当高い技術を有している。一方,プラント設計面では当初技術導入に依存したことにより基本的には海外依存ではあるが,今日,我が国が主導的な役割を果たしつつ,海外の原子炉メーカーと協力して改良型軽水炉(ABWR,APWR)の開発が推進されるといった動きも出てきている。

 また,核燃料サイクル関連,新型動力炉関連の技術についても,我が国の原子力産業は,動力炉・核燃料開発事業団の研究開発プロジェクトへの参加を通じて相当の技術を蓄積してきている。
 前述したように,現在,新型転換炉実証炉及び高速増殖炉原型炉の建設計画が進められてきており,また,核燃料サイクルについては立地が進展する等事業化に向けて計画が進捗しつつあり,原子力産業も,これらの計画が円滑に推進されるよう,その技術基盤を一層強化することが望まれる。
 一方,我が国の原子力産業の需要構造をみると,これまで国内市場のみに依存し輸出を殆ど行っていないという点で,一般の我が国の産業形態から考えると特異な存在であるといえる。また,最終需要部門には電力会社,試験研究機関,大学・病院等があるが,電力会社の占める比率が圧倒的に大きく,原子力産業の操業度は国内の原子力発電所建設計画に大きく左右されることとなる。最近,原子力発電開発計画は下方修正されたが,その開発ぺースが更に下回っていく場合には原子力産業の活力維持に支障が生じることも十分考えられる。今後,原子力産業の健全な発展を図るためには,原子力発電開発の円滑な進展のほか,原子力関連の輸出の推進,さらには長期的には発電以外の分野における原子力の広範な利用を図るための研究開発の推進等が必要である。
 原子力関連の輸出については,これまで原子力発電プラントの部品・材料,放射線利用機器等の輸出がなされている。前述の調査によれぱ,昭和57年度において機器関連の輸出が約160億円,技術輸出が約40億円となっている。最近では,我が国の技術水準の高さを反映して原子炉機器輸出の引合いも来つつあり,昭和59年5月には,我が国の原子炉メーカーと中国との間で原子炉圧力容器の輸出について契約が成立している。今後の原子力産業の発展及び海外,特に開発途上国における原子力発電に対する需要を考えると,原子力発電プラントについても輸出がなされることが期待される。このため,原子力産業は国際競争力を保有すべく技術基盤の強化,経済性の向上等を図るとともに,核燃料サイクル関連サービス,人材の訓練,プラント保守等について整備を図る一方,国においても,原子力発電プラント輸出には巨額な資金,カントリーリスク等大きなリスクが伴うことに鑑み,金融面の対応策の検討等プラント輸出の条件整備に努めることが必要である。また,輸出に当たっては,核不拡散の確保が大前提であるので,核不拡散の配慮を十分行うことが不可欠である。


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