第1章 原子力開発利用の動向
1 最近のエネルギー情勢と原子力開発利用

(2)原子力発電の状況と今後の展望

イ)原子力発電の状況
 我が国は,脆弱なエネルギー供給構造の改善を図るべく,これまで原子力発電の開発に積極的に努めてきたが,今や我が国の原子力発電は,発電設備容量が2,000万キロワットに近づくとともに,運転も極めて順調に行われており,技術的にも経済的にも電力供給の中核をなすのに十分なものとなっている。
 昭和59年には3基の原子炉が相次いで運開し,現在,運転中の商業用原子力発電設備は27基,総発電設備容量1,969万1千キロワットに達しており,昭和58年度末において総発電設備容量の12.7%を占めるに至っている。
 昭和58年度においても原子力発電所の運転は極めて順調であった。原子力発電所の設備利用率は,昭和55年度に60%を超えた後も着実に向上し,昭和58年度には71.5%と,大規模な原子力発電設備容量を有するようになって初めて70%を超すまでになっている。これは,定期検査に要する日数を考慮するとフル稼働に近いものである。その結果,電気事業用の発電実績では,昭和58年度における原子力発電の総発電電力量に占める割合は20.4%と初めて20%を超えている。

 また,原子炉等規制法及び電気事業法の規定に基づき報告された原子力発電所の事故・故障等は,昭和58年度においては27件,59年度は8月末までで7件であった。いずれの場合も放射線及び放射性物質による従業員及び周辺公衆への影響はなかった。
 一方,建設中のものは,合計13基,総発電設備容量1,236万8千キロワット,また,電源開発基本計画に組み込まれている建設準備中のものは,合計4基,総発電設備容量407万5千キロワットである。
 以上,運転中,建設中及び建設準備中のものの合計は,44基,総発電設備容量3,613万4千キロワットである。
 このほか,動力炉・核燃料開発事業団が開発中の発電炉については,新型転換炉原型炉「ふげん」(電気出力16万5千キロワット)が運転中であり,また,高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(電気出力28万キロワット)が建設準備中である。

 一方,世界の原子力発電については,昭和59年6月末において,原子力発電国は25ヵ国,運転中の原子力発電の設備容量は2億905万キロワットであり,我が国は米国,フランス,ソ連に次いで第4位である。

ロ)新しい原子力発電開発目標
 我が国の電力需要は,第二次石油危機以降低迷を続けたが,これは,景気の停滞によるほか,産業構造の変化,省電力の定着化等の構造的な変化による要因も大きいとみるべきであろう。昭和58年度には,景気回復等により対前年度比6.2%増と回復をみせており,今後は引き続き構造的な変化を伴いながら安定的な経済成長の下で着実に増大していくとみられている。
 我が国の将来の原子力発電規模については,昭和58年11月の閣議において決定された「石油代替エネルギーの供給目標」の中で,昭和70年度において原油換算7,400万キロリットルを目標とすることが定められ,この目標を達成するための発電設備容量は4,800万キロワット(総発電設備容量の23%),発電電力量は2,850億キロワット時(総発電電力量の35%)とされている。
 この原子力発電の開発目標は,原子力発電は経済性に優れた大量かつ安定的な電力供給源であり,今後とも電力のベース供給力の中核として,安全性の確保に万全を期しつつ積極的な開発を進めていくことが望ましいという考え方の下に,立地状況及びリードタイムを勘案しつつ定められたものである。
 また,昭和59年度電源開発基本計画においては,長期的な原子力発電の開発目標を昭和68年度約4,500万キロワット(総発電設備容量の22%,電気事業用)と定めており,さらに,より長期的な原子力発電規模の見通しとして,昭和58年11月の電気事業審議会需給部会は,原子力発電は,電力供給の中核的役割を担うものとして昭和70年度以降も着実に増加し,昭和75年度において発電設備容量は6,200万キロワット程度(総発電設備容量の27%,電気事業用),発電電力量は3,700億キロワット時程度(総発電電力量の39%,電気事業用)になると想定している。
 上述の閣議において決定された原子力発電の開発目標は,前回(昭和57年4月閣議決定)に比べると下方修正されているが,原子力発電は立地から運開までに長期間を要すること及び立地地域における合意形成は容易でないことに鑑み,今後,我が国としては,上述の原子力発電の開発目標を達成すべく最大限の努力を払っていく必要がある。

ハ)原子力発電推進に当たっての課題
 原子力発電を推進するに当たっては,大前提である安全確保をはじめ以下に述べるようないくつかの課題がある。

(i)安全確保の徹底
 我が国においては,安全の確保なくしては原子力開発利用の進展はあり得ないとの観点から,従来から安全確保に万全を期して原子力開発利用を進めてきている。
 昭和41年に我が国で初めて商業用発電炉が運転を開始して以来,今日まで従業員に放射線障害を与えたり,周辺公衆に放射線の影響を及ぼしたりするような事故・故障等は皆無であり,その実績からも,今日,原子力発電所の安全性は基本的に確立しているといえる。
 今後とも,安全確保を大前提として,そのための不断の努力を傾け,原子力発電の拡大に対応して,安全確保対策を一層充実させ,安全運転の実績を積み上げていくことが重要である。
 また,安全確保のより一層の徹底を図るため,原子力施設等の安全研究が原子力安全委員会の下で定められた安全研究年次計画に沿って日本原子力研究所及び動力炉・核燃料開発事業団を中心として進められている。
 なお,米国エネルギー省が中心となって進めているTMI2号機研究開発計画に,昭和59年4月から日本原子力研究所,(財)原子力工学試験センター,電力会社及びメーカーが参加しており,炉心損傷事故研究等に必要なデータの入手が期待される。

(ii)信頼性及び経済性の向上
 原子力発電規模が拡大し,我が国の電力供給に占めるウェイトが増大することに伴い,原子力発電が国民経済に与える影響も大きくなってきつつある。今後とも相当長期間にわたり軽水炉が我が国の原子力発電の主流となる炉型であることを考え併せると,軽水炉の信頼性及び経済性の一層の向上が社会的にも重要な課題である。
 信頼性については,昭和58年度の設備利用率が70%を超えたことに示されるように相当高い水準にあるものと考えられる。今後,一層の信頼性の向上を図っていくには,軽水炉の技術的側面のほか,運転員及び保守員の資質の向上等の人的側面,あるいは,事故・故障情報の活用等の制度的側面からの改良も重要であり,関係者のより一層の努力が期待される。
 経済性については,過去2度にわたる石油危機以降のエネルギーコストの上昇が我が国経済社会に大きな影響を及ぼしたことから,今後は,もとよりエネルギーの安定的な供給確保は不可欠であるが,それとともに,エネルギーコストの低減という社会的要請に積極的に取り組んでいくことが必要である。
 最近の動向をみると,各発電方式とも建設費は上昇しているものの,化石燃料価格は低下しているため,火力発電の発電原価は,横這いないしはやや低下傾向にある一方,原子力発電の発電原価は上昇している。
 この結果,原子力発電は,他の発電方式に対しなお経済的に優位にあるものの,その差は縮小してきている。なお,原子炉の廃止措置に係る費用及び放射性廃棄物の最終処分に係る費用を考慮しても,原子力発電は石油火力発電及びLNG火力発電に対しては,なお優れており,石炭火力発電とほぼ同等とみられている。しかしながら,火力発電は燃料価格の変動を受け易く,中長期的には燃料価格は上昇傾向にあると考えられるのに対し,原子力発電は,燃料価格の変動の影響を受けにくいうえ,技術集約度が高いため,今後の技術開発努力により一層の経済性向上を図っていくことが可能である。
 原子力発電の経済性向上を図るためには,設備利用率の向上及び発電原価に占める割合が高い建設費の低減が重要であると考えられる。特に建設費の低減については,通商産業省において検討が行われるとともに,電気事業者等により実際の原子力発電所建設に際し努力がなされているところであり,引き続き,官民一体となり,安全確保を前提としつつ進めていくことが重要である。また,後に述べるように濃縮,再処理等の国産化に向けての動きが具体化しつつあるが,それらに関連するコストも発電原価に与える影響は少なくなく,経済性向上に格段の努力を重ねることが重要である。

(iii)立地の推進
 原子力発電所の立地に要するリードタイムは長く,特に新規立地の場合は,相当長期間を要する。したがって,原子力発電の計画的推進のためには長期的展望に立った継続的な立地推進努力が必要である。立地の円滑化を図るためにば,地元住民をはじめとする国民の理解と協力を得ることが最も重要である。
 総理府が昭和59年3月に行った「原子力に関する世論調査」によると,将来の主力発電を原子力発電と考える者は初めて50%を超え,増加傾向にあるものの,原子力発電所に対して不安感を抱く者が前回調査(昭和56年11月)に比べ大きく増加している。その理由として,「事故や故障などで放射線(能)が漏れるから」のほか,「放射線(能)は目に見えないから」,「世間一般で危険と言われているから」等の漠然とした理由を挙げる者も少なくなく,今後とも,原子力発電の安全性に関しての知識の普及が必要である。また,原子力発電所の安全対策に対し信頼感を示す者は,前回調査で大幅に減少した後大きくは回復していない。
 前回調査における減少は日本原子力発電(株)敦賀発電所の事故の影響によるものと考えられるが,このように一度信頼を失うと,その回復は極めて難しく,かかる点を念頭に置きつつ,原子力発電所の安全運転の実績を積み上げていくことが重要である。
 また,原子力発電設備等の立地の円滑化を目的として,各種広報活動が実施されるとともに,日本原子力研究所,(財)原子力工学試験センター等において実規模または実物に近い形での安全性実証試験が行われている。
 さらに,原子力発電所の立地は,立地地域の人口をはじめ就業構造,産業,財政等の幅広い分野にわたって多大な影響をもたらし,地域の発展に大いに役立つものである。例えば,原子力発電所の立地に伴う地元への投資,雇用機会の確保等は,発電所建設終了後減少し,固定資産税収入は年ごとに低減することとなるが,これらは,市町村の財政に寄与するほか,人口の定着化,個人収入の増加等をもたらしている。また,国は,電源立地の円滑化に資するとの観点から,いわゆる電源三法を活用して,地域の生活基盤,産業基盤等の整備を通じて地元住民の福祉向上と雇用促進,産業振興等地元経済の発展に寄与するよう努めてきている。
 なお,昭和59年7月,東京電力(株)福島第二原子力発電所原子炉設置許可処分に係る行政訴訟について,福島地方裁判所において第一審判決が言い渡され,国側主張が原告適格を除きほぼ全面的に認められた。この判決は,原子力発電を推進する上で大きな意義を有するものと考えられる。

(iv)軽水炉技術の向上
 軽水炉は,発電用原子炉として世界で最も広く利用され,また,我が国においても既にかなりの実績をもった炉型であり,今後とも相当長期にわたり,我が国の原子力発電の主流となる炉型である。
 軽水炉は,当初は米国からの技術導入により建設されてきたが,その後20余基の建設・運転経験の蓄積を通して導入技術の習得と国産化体制の整備が図られてきた。
 現在では,高い設備利用率の達成に示されるように,軽水炉技術は我が国独自の技術として一応定着化したと言える。しかしながら,これまで我が国の軽水炉技術の拠り所であった米国では,原子力発電所の新規発注がなく,キャンセルが相次ぐ等原子力産業は停滞しており,軽水炉の技術開発のインセンティブも乏しい。このような状況下では,設計,建設,運転,保守,廃炉といった各面について我が国が軽水炉技術の開発に大きな役割を果たしていくことが重要である。
 これまで,軽水炉技術の向上を目的として,三次にわたり軽水炉改良標準化計画が進められてきており,第一次計画の成果を全面的に取り入れた最初のプラントとして,昭和59年には,沸騰水型軽水炉では東京電力(株)福島第二原子力発電所2号機が,また加圧水型軽水炉では九州電力(株)川内原子力発電所1号機が,それぞれ営業運転を開始している。現在,昭和60年度を目途に進められている第三次計画においては,我が国のこれまでの軽水炉技術の向上を基に,在来型の軽水炉について更に一層の改良標準化を図るとともに,改良型軽水炉(APWR及びABWR)の開発を通して炉心を含むシステム全体としての改良及び標準化を行うこととしている。

 なお,軽水炉技術の定着化時代を迎えた今日,今後の軽水炉技術の一層の進歩を図る観点から,先端産業分野における最新の技術的成果を可能な限り採り入れ,将来の原子力発電に対するニーズに適合した次世代型軽水炉の構想についての検討が,通商産業省において進められている。

(v)原子炉の廃止措置
 原子炉の恒久的な運転終了に伴って採られる廃止措置が適切に実施されることは,原子力発電を円滑に推進する上で重要な課題である。
 原子炉の廃止措置は,安全確保を前提に,地域社会との協調に配慮しながら進め,さらに,国土が狭隘な我が国としては,敷地を原子力発電所用地として引き続き有効に利用することが重要である。このことから,我が国としては原子炉の廃止措置に関する方式は,原子炉の運転終了後できるだけ早い時期に解体撤去することを原則とし,個別には必要に応じ適当な密閉管理または遮へい隔離の期間を経るなど諸状況を総合的に判断して決めることとしている。
 原子力発電所の稼働年数は一般に30〜40年と考えられており,昭和70年代前半には商業用発電炉の中に廃止措置が必要となるものがでてくると考えられるので,それまでの間に所要の技術開発,諸制度の整備等を図っておく必要がある。原子炉の廃止作業は技術的には現時点でも既存技術またはその改良により対応できると考えられるが,作業者の被ばく低減等の安全性の一層の向上及び費用の低減を図る観点から技術開発を進めている。この技術開発については,日本原子力研究所において昭和56年度以来,動力試験炉(JPDR)をモデルとして除染,解体,遠隔操作等の技術開発を行っており,その成果を踏まえJPDRを対象に解体の実地試験を行うこととしている。
 また,通商産業省においては,発電用原子炉の廃止措置に使用される設備について確証試験が実施されるとともに,昭和59年3月から廃止措置のための基本シナリオ等について検討が進められている。


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