第1章 原子力開発利用の動向
1 最近のエネルギー情勢と原子力開発利用

(1)緩和基調のエネルギー情勢下における原子力開発利用

 第二次石油危機以降の長い世界経済の停滞,石油代替エネルギーの開発・導入,省エネルギーの進展等による石油需要の減少等を背景に,昭和58年3月,OPECによる史上初の基準原油の公式販売価格の引下げが行われた。
 その後は,OPEC諸国の原油生産量は抑制気味に推移してきており,また,先進国の景気回復等に伴う石油需要が増加していること,中東情勢も厳しくなっていること等を背景に,原油価格は堅調に推移しできているが,当面は,OPEC諸国の大幅な供給余力の存在等により,弱含みで推移するとみられている。
 一方,国内においては,過去2度にわたる石油危機を経て,我が国産業は大きな構造的変化を遂げてきており,エネルギー多消費型からエネルギー寡消費型へとウェイトを移行しつつある。また,省エネルギーが経済社会に定着するとともに,原子力をはじめとする石油代替エネルギーの開発・導入は着実に進展してきた。この結果,エネルギー需要は,昭和58年度においては我が国の景気回復及び猛暑・厳冬という気候的要因等を反映して若干増加したものの,昭和55年度から57年度にかけては国民総生産が増加しているのにもかかわらず減少を示し,エネルギー供給の石油依存度は第一次石油危機当時の78%から最近では62%にまで低下してきている等我が国のエネルギー需給は構造的な変化を示している。
 このような状況の中にあって,昭和58年11月,第18回総合エネルギー対策推進閣僚会議において,総合エネルギー調査会で改定された長期エネルギー需給見通しについて報告がなされ,了承された。同需給見通しを前回(昭和57年4月)のものと比べると,昭和65年におけるエネルギー需要は,前回の原油換算で5億9千万キロリットルに対し,4億6千万キロリットルと約22%下方修正された。また,原子力についても,供給全体に占める割合は殆ど変りないものの,設備容量ベースでは4,600万キロワットから3,400万キロワットへと下方修正された。

 また,同日,閣議において,「石油代替エネルギーの供給目標」が改定された。同目標では,原子力によるエネルギーの供給目標は,前回(昭和57年4月閣議決定)の昭和65年度において原油換算6,700万キロリットル(これに必要な原子力発電設備容量4,600万キロワット)から,昭和70年度において原油換算7,400万キロリットル(これに必要な原子力発電設備容量4,800万キロワット)へと変更されている。以上述べたように最近の内外のエネルギー情勢は緩和基調で推移しているが,一般的に,国際的な石油需給は1990年代には再び逼迫し,また,石油価格も1980年代後半以降,特に1990年代には上昇する可能性が高いとの見方がなされている。また,我が国のエネルギー供給の石油依存度は主要先進国に比べて依然として高く,また,石油輸入の多くを依存している中東地域における情勢は,イラン・イラク紛争の例を挙げるまでもな,極めて流動的であり,我が国のエネルギー供給構造は脆弱性から脱却し得ていない。
 したがって,将来にわたって低廉なエネルギーを安定的に確保していくためには,今後とも石油依存度の低減を目指すことが必要であり,原子力をはじめとする石油代替エネルギーの開発・導入努力は引き続き我が国の重要な課題であると考えられる。
 原子力発電は経済性,大量供給性等に優れるばかりでなく,自主的な核燃料サイクルの確立及びプルトニウム利用等により国産エネルギーに準じた高い供給安定性を持ち得る点に化石燃料とは異なる際立った特長を有しており,前述の供給目標において定められた原子力発電の開発目標の達成に向けて,原子力発電の推進に積極的に努めるとともに,前述したような原子力発電の有するエネルギーセキュリティ確保上の特長を活かすべく,自主的な核燃料サイクルの確立及び新型動力炉の開発等に最大限の努力を払っていくことが必要である。
 一方,石油危機以降,国際的なエネルギー需給の逼迫を背景として,需要量に見合う供給量の確保がエネルギー政策の第一の課題であったが,最近ではエネルギーコストの上昇が我が国の経済社会に大きな影響を与えることに鑑み,エネルギーコストの低減が供給量の確保と並んで我が国のエネルギー政策の重要な目標となってきている。したがって,今後,原子力発電を推進するに当たっては,一層の経済性向上に努力を払っていくことが必要である。
 また,自主的な核燃料サイクルの確立,新型動力炉の開発等を目指した原子力研究開発は,長期にわたるリードタイムを要するばかりでなく,克服すべき技術的課題も少なくないので,上述のように原子力発電の開発目標が下方修正されても,これらの研究開発計画は緩めることなく推進していくことが必要である。
 このほか,放射線利用も,原子力発電と並ぶ原子力開発利用の重要な柱として,医療,工業,農業等の分野で幅広く進められており,国民生活の向上に大きく貢献している。
 更に,原子力開発利用は,エネルギー分野,放射線利用分野以外でも我が国の発展に対して大きな寄与をなすものである。すなわち,経済的な面では,原子力発電は火力発電に比べ内需形成効果が大きい。また,原子力産業は高度な技術集約産業であり,この発展は我が国の産業構造高度化に寄与するものである。技術的な面では,原子力技術は,基礎的な技術から高度な先端技術まで幅広く総合化した技術であり,我が国の科学技術水準の向上に大きな役割を果たすものである。また,科学技術立国を目指す我が国にとって原子力のような高度なエネルギー技術を自主技術として保有することは,我が国の総合的なセキュリティを確保する上で意義は大きいと考えられる。
 以上のように,我が国内外のエネルギー情勢は緩和基調にあるが,原子力開発利用は,我が国のエネルギーセキュリティ向上に大きく貢献するばかりでなく,経済的な面,技術的な面等でも大きな寄与をなし,我が国の経済社会の発展の基礎の一つとなっていることに鑑み,原子力委員会としては,今後とも国民の理解と協力を得て,引き続き原子力開発利用の積極的な推進を図っていくこととしている。


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