第1章 原子力開発利用の動向
1 新しいエネルギー情勢と原子力開発利用

 二度にわたる石油危機を経て,石油価格は大幅に高騰し,世界経済は大きな影響を被った。しかしながら,最近では,世界経済の回復の遅れ,石油代替エネルギーの開発・導入及び省エネルギーの進展等を反映して世界的な石油需要は昭和54年をピークに年々低下し,国際的な石油需給は大幅に緩和してきている。これに伴い,世界の原油生産は,ここ3年連続して減少しており,非OPEC諸国の石油増産と相まって,OPEC諸国の原油生産は大きく減少し,自由世界における供給シェアは5割を下回るに至った。
 こうした状況を背景として,昭和58年3月,ロンドンで開かれたOPEC臨時総会において基準原油価格の5ドル/バーレル引下げ等の決定が行われた。今回の値下げによっても石油価格は依然として高い水準にあるが,この値下げはここ10年間の石油価格高騰の流れを変える大きなでき事と考えられる。
 我が国は,エネルギー供給の石油依存度が高く,過去2回の石油危機により経済的に大きな打撃を被ったため,石油依存度の低減を目指して,石油代替エネルギーの開発・導入及び省エネルギーを推進してきた。一方,我が国のエネルギー需要は,景気回復の遅れ,省エネルギーの着実な進展等を反映して,昭和54年度をピークとして3年連続の減少を示しており,特に,石油需要は大きく減少している。その結果,我が国の一次エネルギー供給に占める石油の割合は,第一次石油危機当時の78%から着実に低下してきており,昭和57年度には62%までになっている。
 以上のように,内外のエネルギー情勢は大きく変化をみせているが,石油価格は依然として高い水準にあり,また,我が国のエネルギー供給の石油依存度が主要先進国の中でも依然として高いことに加えて,石油輸入の多くを依存している中東地域の政治情勢が極めて流動的であるため,我が国のエネルギー供給構造は未だ脆弱である。国際的な石油情勢は,当面は安定して推移するとの見方もあるものの,多くの不確定要因を伴い,その見通しは必ずしも楽観できない。そして,長期的には,世界経済の回復,開発途上国における石油需要の増大等により,現在は緩和している石油需給も逼迫し,それに伴い,価格も上昇していくことが十分考えられる。加えて,最近の石油価格の引下げは,国際的な石油需給のバランスがくずれ,市場メカニズムが働いたことによるが,これは石油代替エネルギーの開発・導入及び省エネルギー努力の成果のあらわれであるとともに,世界的な経済の停滞のためにエネルギー消費が伸びなかったことによるところも大きいと考えられる。

 したがって,将来にわたって低廉なエネルギーを安定的に確保していくためには,今後とも我が国としては,エネルギー源の多様化及び省エネルギーによりエネルギーの石油依存度の低減を目指すことが必要であり,原子力をはじめとする石油代替エネルギーの開発・導入努力は,引き続き,我が国の重要な課題であると考えられる。
 原子力委員会は,昭和57年6月,原子力開発利用長期計画を改訂したが,その中で原子力発電の開発目標は昭和57年4月の閣議決定に従い,昭和65年度における供給目標を原油換算で6,700万キロリットル,これに必要な原子力発電設備容量を約4,600万キロワットと定めている。その後,最近のエネルギー情勢を踏まえて,昭和58年8月,総合エネルギー調査会でとりまとめられた長期エネルギー需給見通しに係る報告書では,昭和65年度における一次エネルギー需要の見通しが前述の供給目標に係るものに比べ8割程度であること,現実の原子力発電所の建設計画等を勘案し,暫定的な試算として昭和65年度における原子力の供給エネルギー量を原油換算で4,800〜5,100万キロリットルに下方修正している。
 しかしながら,原子力は経済性に優れた大量かつ安定的な電力供給源として最も有望なものであるので,たとえ,長期エネルギー需給見通しの見直しから,原子力発電の開発目標が見直されることがあっても,同長期計画に織り込まれている開発利用の考え方及び進め方の基本を変える必要はない。すなわち,原子力発電は,上述の意義及び立地から運開までに長期間を要することに鑑み,その推進には引き続き積極的な努力が払われるべきであり,また,新型動力炉の開発,核燃料サイクルの確立等を目指した研究開発は,長期にわたるリード・タイムを必要とするばかりでなく,克服すべき技術的課題も少なくないので,これらの研究開発計画は緩めることなく推進していくことが必要である。
 このほか,放射線利用も,原子力発電と並ぶ原子力開発利用の重要な柱として,医療,工業,農業等の分野で幅広く進められており,国民生活の向上に大きく貢献している。更に,原子力技術は高度な先端技術であり,原子力産業の発展は我が国の産業構造の高度化に大いに寄与するものである。
 以上のように,我が国の原子力開発利用を取り巻く内外の状況は大きく変化しているが,原子力開発利用が我が国の経済社会の発展の基礎の一つであることに鑑み,原子力委員会としては,長期的視点に立って,国民の理解と関係者の協力を得て,原子力開発利用の推進に努力を傾注していくことにしている。


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