2.原子力委員会の決定,専門部会報告等

(5)専門部会報告等

(i) 原子力委員会専門部会等報告書一覧

(ii) 放射線利用専門部会報告書

昭和56年10月19日
原 子 力 委 員 会
放射線利用専門部会

    はじめに
 放射線及び放射性同位元素(以下「RI」という。)の利用は,原子力発電とともに,原子力平和利用の重要な一環として,早くから基礎科学分野から医療,工業,農林漁業等の応用分野に至るまで幅広く行われているが,特に近年は,社会のニーズに即応し,医療に関する利用の進展が著しく,また,その他の分野における利用も増々多様化,高度化しつつある。
 この結界,各種放射線発生装置やRIを利用する事業所数は4,000を越え,今や国民生活に不可欠のものとなっている。
 さらに,放射線利用は,原子力科学技術に関する研究開発及び訓練のための地域協力協定(国際連合のRCAプロジェクト)に基づき,食糧,工業,医療問題等の解決に資するため,国際協力が進められている等原子力平和利用の発展途上国との国際協力の面においても重要になっている。
 本専門部会は,放射線利用のなかで,特に関係機関における研究課題を調整し,総合的,計画的に研究開発を進めることが必要とされる放射線化学及び加速器医学利用の分野に関する研究開発の今後の方向について検討を行った。
 本報告書においては,上記二分野の放射線利用を推進していく上で基本となる考え方,今後の研究開発課題等を示したので,順次具体的施策が展開され,放射線利用がさらに進展するとともに,放射線利用の成果を通じて原子力平和利用に対する国民の理解がなお一層得られるよう期待する。

 第1章 放射線化学
1. 放射線化学の意義
(1) 放射線化学の特徴
 放射線化学(radiation chemistry)は,高エネルギー放射線が物質に与えられたとき,誘起される物理的,化学的効果及びその利用について研究等を行うものである。高エネルギー放射線には,各種RIから放出される放射線,加速器による電子線及び高エネルギー荷電粒子線,短波長の電磁放射線,中性子線等が含まれる。
 放射線で物質を照射すると,物質を構成している原子又は分子に放射線のエネルギーが与えられ,イオン化や励起が起こり,この結果,これらを中心として化学反応が始まる。
 放射線化学は,通常の化学反応に比べて次のような特徴がある。
(i) 高エネルギー放射線によって生じる初期の励起状態は,イオン化等著しく高い準位にあり,光化学的にも生成しにくいものが多い。
(ii) 初期に生成する活性種は,通過放射線の飛跡の近くに特殊な空間分布をつくるため,早い時期に起こる化学効果は不均一な空間分布で起こるが,それが拡散して均一になる次の過程においては,各種の化学反応が競争的に起こる。
(iii) 通常の化学反応では極めて高い温度,圧力でなければ生成しないような活性種が,容易に生成し,かつ,低い温度も含め広範な温度範囲や固相状態においても容易に生成し得る。
(iv) 通常,触媒を添加して化学反応を起こさせる必要がなく反応系の外部から反応を開始させるので,反応生成物から触媒を除去する工程は不要になり,また反応生成物中に触媒の残渣がないため不純物が少なく,かつ,均一な製品を得ることができる。
(v) 大量の製品を連続的に処理できるような高速で制御性の高いプロセスが可能である。

(2) 放射線化学の研究開発の重要性
 我が国における放射線化学の研究開発は,原子力平和利用のなかでは早くから着手され,今日では基礎的な研究分野を始め医療,工業,農林漁業等広範な応用分野においてもその成果が利用され,放射線化学の特徴を生かした高分子材料の合成,加工等既に実用化されているものも多く,国民生活の向上に大きく貢献している。
 特に近年においては,放射線化学法によるプロセスは,省資源省エネルギーの観点からも注目を集めており,また,放射線化学の特徴を生かした研究開発による成果は,単に従来の分野だけでなく,医学,生物学,工学等との境界領域にまで利用されるものと考えられるため,多部門の専門的知識を集中し,放射線化学の基礎から実用化までの組織的な研究開発の推進が強く期待される。

2. 放射線化学の研究開発
(1) 放射線化学の研究開発の段階
 放射線化学の研究開発の段階としては,まず,放射線による被照射体の化学変化や化学効果の研究,活性種の化学反応性の解明,放射線計測法の確立等放射線化学の研究開発にとって全般的に必要となる「基礎的研究」の分野がある。
 次には,基礎的研究の段階で得られた知見等を利用していく段階があるが,これには基礎的知見をそのまま原子炉等の安全研究,核融合の研究開発等それぞれ別の研究開発の分野に応用していくものと高分子材料等を合成,加工するプロセスを完成するために行う「実用化のための研究開発」の分野がある。
 本専門部会では,上記の整理に従いつつ,主として放射線の化学的利用という点に着目してそれぞれ検討を行った。

(2) 放射線化学の研究開発の現状
 放射線化学は,比較的新しい学問分野であるが,昭和30年以降,大学,日本原子力研究所,理化学研究所,国公立の試験研究機関,民間企業等で研究開発が行われている。
 実用化のための研究開発については,主に民間企業において進められているが,昭和38年には日本原子力研究所高崎研究所も設立され,実用化を目標とする研究開発,技術者の養成,放射線取扱い技術の確立等が行われた。
 この結果,産業界における人材の養成と数多くの放射線プロセスの実用化が進められ,昭和39年以降,電線被ふく材料,発泡ポリエチレン,熱収縮性フィルム等の製品が順次放射線化学法により生産されている。
 また,各企業における放射線利用は,一般技術として各分野に浸透しており,現在では,照射装置の改良等により放射線化学の特徴を生かす機能性高分子材料,表面処理等の研究開発が行われている。
 また,日本原子力研究所,理化学研究所,国公立の試験研究機関等においては,機能性高分子材料等新材料の研究開発,放射線計測法の研究開発等に加え,排煙,廃水等の放射線処理,酵素の固定化等のバイオマス変換等についても研究開発が進められている。さらに,原子炉等や核融合に関連する耐放射線材料の研究開発,原子炉等の安全研究のために必要となる有機材料の健全性の研究等にも放射線化学の研究開発により得られた知見及び経験が応用されている。
 大学等においては,当初から引き続き,放射線による新しい化学効果の発見等に力が注がれているが,近年は種々の高エネルギー加速器,パルス放射線発生装置等の導入により,高速中性子,ポジトロン,中間子等による化学効果の研究が進められているほか,原子炉等材料の腐蝕等に関連して高温高圧下における水系の放射線化学の研究が行われている。
 このように,高分子材料の合成,加工を中心として開始された我が国の放射線化学の研究開発は,着実な進展を遂げており,現在では,基礎的研究及び実用化のための研究開発ともに世界的な水準に達している。

(3) 放射線化学の研究開発の今後の方向
① 実用化のための研究開発
 放射線化学において放射線プロセスを工業化するためには,まず,その化学反応が新しいタイプのものであり,かつ,他の方法(例えば触媒法)では実現が困難なものであることが一つの条件であるが,さらに,ここで作り出されるものや用いられる方法が,十分な経済性や市場を持つことが不可欠である。
 放射線化学の実用化のための研究開発については,工業化に成功している例も多く,我が国の照射装置の設備台数及びその総出力は着実に増加しているものの,これまでの研究開発の中には,実用化に至らなかった例があることも事実である。過去の実例をみると,化学効果即ち現象の発見や確認は放射線を利用して行われるが,民間企業におけるプロセスの実用化に当たっては設備投資効果の問題,スケールアップ時の不便さ,放射線取扱いの煩雑さ等により放射線プロセス以外の方法で実用化されている場合が多い。
 このような状況を克服するためには,技術シーズと産業ニーズとの結合及び実用化のための諸条件の明確化が必要であり,関係者の連携をより緊密にして実用化を推進するための方策を検討することが不可欠である。
② 基礎的研究
 基礎的研究については,近年放射線の多様化,計測技術の進展等により活発に行われており,特に,放射線を照射する対象については,単に高分子材料の合成,加工を目的とするものだけではなく,環境保全の分野,生物学,化学等における遺伝子工学の分野,原子炉等に使用される材料研究の分野,燃料バイオマス等エネルギー資源の分野にまで拡大しつつある等境界領域における放射線化学の基礎的研究の推進が重要となっている。
 このような基礎的研究の推進のためには,単に放射線化学の知識が必要となるだけでなく,それぞれ医学,生物学,工学等を含めた総合的な専門知識が必要であり,これに十分に対応する人材の確保及び専門を異にする専門家間の協力が緊急の課題となっている。
 また,これらの広範な対象の研究を円滑に推進するためには,さらに学会等における情報交換を活発に行うとともに,各試験研究機関のそれぞれの役割に留意しつつ,全体を適切に調整し,かつ,体系的に取り組むことが不可欠となっている。

3. 放射線化学の研究開発課題
 放射線化学の対象が広範になるにつれて,境界領域の分野を含め,今後の研究開発課題は数多くのものがあるが,その選定に当たっては,重点を絞り,それぞれの段階に応じた目標を明確にしておくことが必要である。特に,実用化のための研究開発分野にある課題については,照射施設の技術革新の動向を踏まえ,競合する方法との優劣の評価等経済性の検討が必要である。
 このような観点から,今後重点的に推進すべき放射線化学の研究開発課題を基礎的研究分野と実用化のための研究開発分野でそれぞれ選定した。なお,基礎的研究分野については,放射線化学全般に関連する純基礎研究と具体的な利用を明確に志向する目的基礎研究とに分類して掲げる。

(1) 基礎的研究課題
① 純基礎研究課題
 純基礎研究は,放射線化学全般に関連するものである。放射線化学における特異反応の解明,新しい化学反応の探索,新しい放射線の適応等種々の照射施設を利用して行う以下の研究課題については,放射線利用の新分野の開拓,実用化のためのシーズの提供等の観点から,その重要性が増々大きくなっているため,従来にも増して研究を推進することが必要である。
(i) 放射線化学の初期過程の研究
 ・ 物質と放射線との相互作用と化学効果との関連性に関するもの
 ・ 放射線の種類やエネルギーの化学効果に及ぼす影響に関するもの
 ・ 極短パルスを用いる中間活性種の検出とその化学反応性に関するもの
(ii) 各種の条件下における放射線化学の研究
 ・ 高圧気体,極低温固体における放射線化学反応に関するもの
 ・ 外部場(電場,磁場等)効果に関するもの
 ・ 同位体効果,異性化への影響等に関するもの
 ・ 溶媒和電子の利用による化学反応に関するもの
(iii) 新しい放射線による放射線化学の研究
 ・ ポジトロン,中間子,高速中性子等に関するもの
 ・ 重粒子放射線等によるLET(Linear Energy Tran-sfer)効果に関するもの
(iv) 放射線計測法の確立と標準化の研究
 ・ 線源の多様化に伴う線量測定法の確立と各種放射線の相互関係の明確化,標準化に関するもの
② 目的基礎研究課題
 目的基礎研究課題としては,実用化のための研究開発の一段階手前のものであって,放射線化学の具体的な利用の方向を定めた上で研究が行われるべきものを挙げる。今後は以下に掲げる研究開発を進めることによって実用化されるプロセス等の芽が数多く生まれてくるものと期待される。
(i) 放射線化学合成,加工に関する研究
 ・ 機能性高分子材料の研究
 ・ 生物活性化の固定化の研究
 ・ 水性塗料の研究
 ・ リソグラフィー材料の研究
(ii) 原子炉等に関する研究
 ・ 軽水炉用電線ケーブル及び電気機器部品の健全性の研究
 ・ 耐放射線性有機材料の研究
 ・ 水,水溶液の放射線分解の研究
 ・ 放射性廃棄物固化体に対する照射効果の研究
(iii) エネルギー資源に関する研究
 ・ バイオマス変換に関する研究
 ・ 放射線エネルギーの化学エネルギーへの変換に関する研究
 ・ C1化学に関する研究
(iv) 環境保全に関する研究
 ・ 排煙,廃水処理に関する研究
 ・ 汚泥処理に関する研究

(2) 実用化のための研究開発課題
 現在実用化されているものは,いずれも他の方法では得られないユニークな特性が得られるもの,経済的に優れているもの等の条件を満たしているものであるが,放射線化学は,物質を直接電離イオン化して化学反応を起させるものであるため,エネルギー効率が高いことが特徴であり,時代の要請ともいうべき省資源省エネルギーの観点からも期待されているものが多い。
 目的基礎研究課題で掲げたものの中にも既に実用化の手前まで至っているものもあるが,例えば,高圧ケーブルの架橋,塗膜の硬化,プラズマ処理,高分子分離膜の合成,加工等プロセスの改善,照射装置の改良等の課題が挙げられる。

4. 研究開発体制の在り方
 放射線化学の研究開発を今後成果あるものにしていくためには,研究開発を行う各機関の役割を明確にした上で,総合的かつ体系的な取り組みが必要となっている。
 各機関の役割を考えてみると,新製品の開発,プロセスの合理化等実用化のための研究開発については,主として民間企業で行われることが期待され,一方,放射線化学の初期過程の研究,各種の条件下における放射線化学の研究等純基礎研究については,大学等を中心にして新しい分野の開拓,境界領域への拡大等に努める必要がある。
 また,日本原子力研究所,理化学研究所,国公立の試験研究機関にあっては,それぞれ社会的ニーズ,国家的ニーズに対応する目的基礎研究課題を中心として研究を推進する必要があり,この結果得られた成果については,産業界に協力する形で実用化に結び付けていくことが望ましい。
 さらに,放射線化学の研究開発を総合的かつ体系的に推進するためには,必ずしも従来の分野にこだわることなく,各界の知識を集め,常に放射線利用の可能性について調査,検討を進めることが必要であり,また,他分野の専門家との意見交換を行うこと等により,それらの分野の研究開発の動向を正確に把握しながら進めることが必要である。
 特に,放射線化学の実用化を図るために,シーズとニーズとの結合を図りつつ放射線化学の目的基礎研究を推進することが不可欠であるため,日本原子力研究所が中心となって,関係者の間で基礎から実用化までの各段階にある研究開発について,進ちょく状況に応じた協力,研究開発のプロジェクト化等の検討を行うことが必要である。
 なお,放射線化学の対象が拡大してきていることから,幅広い立場からの人材の養成が不可欠となっているため,大学における教育に期待するのはもちろんであるが,より専門的人材の養成という観点から,日本原子力研究所の研修コース及び外来研究員制度の活用も図るべきである。

 第2章 加速器医学利用
1. 加速器医学利用の意義
 加速器医学利用には,加速器で発生する放射線によりがんを治療する分野と加速器により製造されるRIを使用して疾病の診断を行う分野がある。
 がんの治療については,既にX線や電子線が用いられ著しい成果を挙げており,今後化学療法及び免疫療法の進歩も期待されているものの,原発部位のがんを確実に治すことが先決問題であるため,局所の治療方法としては,手術とともに放射線療法が引き続き基本的な手段であると考えられる。
 しかしながら,手術が既に多くの臓器がんに対してほぼ技術的限界に達している現状からすれば,これに応えるためには,放射線療法の適用範囲を拡大することが最も合理的方策と考えられる。
 また,単にがんの治療に止まらず,患者の社会復帰の要請に応えるためには,臓器の機能及び形状を保存する可能性がある放射線療法が有望であるため,今後この治療法における技術面及び臨床面の飛躍的な進歩,充実が期待されている。
 疾病の診断については,原子炉で製造される99mTc,131I等のRIが使用され,近年その使用量も急増しているが,サイクトロン等加速器により生産される11C,13N,15O等の短寿命のポジトロン核種も注目されている。
 ポジトロン核種は,現在のところコストは比較的高いが,99mTc等従来から使用されているRIとは異なり,これらが生体構成元素であるだけに,より本質的な情報を与えること,患者にとっては半減期が短かいことから被はく量が少なくて済むこと,無担体の形で得られること,加速器を病院内に設置することによって迅速に供給が可能であること等の利点があるため,これを利用する核医学の進展が期待されている。

2. 加速器医学利用の現状
(1) がん治療
① 現在放射線治療に用いられている線源及び発生装置は,226Ra等の密封小線源,60Co等を用いた遠隔照射治療装置,電子リニアック等の加速器であるが,これらの放射線は,放射線の進行方向に沿った単位長さ当たりの生体に与えるエネルギー量の小さい低LET放射線である。これに対して,現在研究開発が進められているものは,低LET放射線の照射では効果の挙がらなかった放射線抵抗性のがん及び進行した病期のがんの治療用に期待されるより生物効果の高い高LET放射線である。以下に,これらの高LET放射線の特徴と研究開発の現状をまとめた。
 速中性子線は,高LET放射線の中で最も早くがん治療に用いられた放射線であり,現在世界の14ヵ所の施設で臨床トライアルが行われている。
 我が国では,昭和50年から放射線医学総合研究所において治療が開始され,現在までに700例を超える治療実績があり,放射線抵抗性がん及び局所進行がんに対し優れた治療効果を挙げている。また,東京大学医科学研究所においても昭和51年から治療が開始され,その治療実績は既に300例を越えている。これら多数の臨床例の結果からすれば,当初問題となった正常組織に与える後遺症の点についても問題は少なくなりつつあり,速中性子線治療は,既に実用段階に近づいているものと考えられる。
 陽子線は,その生物効果は,従来の放射線とあまり変らないが,飛程の終末部分にブラッグピークといわれる線量の集中が現われる優れた線量分布を有しており,体内の深部病巣だけに十分な線量を与える特徴がある。
 現在,米国,スウェーデン,ソ連等の各国で臨床トライアルが行われている。我が国においても,放射線医学総合研究所において,昭和54年から陽子線治療が開始された段階で10例程度の臨床例があり,優れた治療効果が得られている。今後は,ビームをコンピュータ制御するスポットスキャンニング法により,治療成果が期待されている。また,陽子線は,治療以外に透過診断(radiography)にも用いることができる。
 α粒子線は,陽子線と同様に鋭いブラッグピークを示し,かつ陽子線より高いLETを示す。既設のシンクロサイクロトロンにより治療可能なエネルギーのα粒子線を発生し得るので,その治療への利用も比較的早くから開始されている。我が国では治療実績はないが,米国では昭和50年から腹部の難治のがんに対して臨床トライアルが行われている。
 重粒子線(C,N,O,Ne等)は,陽子線,α粒子線とほぼ同様の線量分布を有するが,さらに(ア)透過診断の分解能力が優れていること,(イ)自己放射化により入射粒子の分布状態が観測可能であること,(ウ)ブラッグピークの部分の生物効果が高いこと等の点で陽子線及びα粒子線より優れている。重粒子線には,このような特性があるため,治療時に照射位置及び線量を正確にモニタリングできる。重粒子線の治療については,現在米国のローレンスバークレイ研究所のみで臨床トライアルが行われており,50例近い臨床例がある。
 π-中間子線は,陽子又は電子を一次粒子線として発生する二次粒子線である。π-中間子線はブラッグピークの部分でスターを形成するため,線量分布に優れ,入射部位からブラッグピークまでの間における比も各種放射線の中でも最も良い。π-中間子線の場合にも,スター生成に伴い放射されるγ線等を計測することによりスター生成部位及び線量のモニタリングのほか,μ-中間子による診断の可能性がある。現在,世界の3ヵ所でπ-中間子線によるがん治療の研究が行われており,米国のロスアラモス中間子研究所では,昭和54年より臨床トライアルが開始され,約200例の治療がなされ成果が挙がっている。
 一方,加速器を利用するものではないが,原子炉から発生する中性子線を利用する低速中性子捕捉療法の研究が進められている。本治療法は,中性子捕捉断面積の大きい核種(ホウ素10B等)の核反応による二次イオン線を利用するものである。現在のところ,臨床トライアルの対象は脳腫瘍に限られており,ホウ素化合物の供給の制約,優れた中性子分布が得られないこと等がこの治療を推進する上での大きな弱点となっている。
② 昭和30年代以降急速に導入された放射線治療により,がんの治療成績は大幅に改善されたが,最近は成績がやや伸び悩みの傾向にある。また,生存率の向上に伴って治療後の放射線後遺症の発生が増加する傾向にあり,その防止が重要な問題になりつつある。
 現在,放射線によるがん治療に関する今後の方向としては,次のように考えられる。
(i) 従来のテレコバルトγ線,リニアックX線等の低LET放射線の照射では効果の挙がらなかった放射線抵抗性のがんや進行した病期のがんを治療し,効果を挙げるためには,より生物効果の高い高LET放射線の利用が期待される。
(ii) 現在の外部照射法では病巣以外の正常組織の被照射量が多く,これが放射線後遺症発生の原因となっている。病巣部分のみを選択的に照射できる陽子線,重粒子線,π-中間子線等の利用が期待される。
(iii) がんの治療成績を高め,しかも放射線の後遺症の発生を減少させるためには,がん病巣の位置を精密に診断すること及び診断された病巣に正確に放射線を集中することが必要であるが,最近のコンピュータ断層撮影(CT(Computed Tomography))装置を中心とする診断関連技術の進歩は,病巣の位置診断及び人体の組織の計測を高い精度で行うことを可能としつつある。理想としては,治療用放射線ビームで,診断も同時に一体化して実行されることが望ましい。
(iv) 治療装置は,規模,設置費用,運転及び維持管理等が医療施設として受け入れ可能の範囲内で,かつ,多くの患者を対象として効率的な運転が可能であることが必要である。

(2) 診断
① 現在注目されている放射線による疾病の診断法としては,既に実用化されているX線CTと研究開発中のポジトロンCTがある。
 X線CTがX線吸収値の差を利用して形態の変化をとらえるのに対し,ポジトロンCTは分解能では劣るものの,生体構成元素である11C,13N,15O等を活用するため,脳,心臓等における代謝及び機能診断(トレーサーの動態解析)が可能となる特徴を有している。
 このポジトロン核種による診断を行うには,
(i) ポジトロン核種を製造するための加速器
(ii) 標識有機化合物製造装置
(iii) ポジトロンCT装置
(iv) これらの技術を有効に活用するための生理学的側定法とデータ処理法の確立
が必要である。
 これらの研究開発については,放射線医学総合研究所,国立療養所中野病院,東北大学等にそれぞれポジトロン核種が製造可能な加速器が設置され,研究開発が進められている。
② 今後,加速器を利用した短寿命RIの需要が増加していくものと考えられるが,現在利用可能な加速器の性能には相当幅があるので,その導入に当たっては,ビーム効率,従事者の被ばく量,コスト等も含め利用形態を十分に考慮し,諸条件に適した加速器の選定が必要である。
 また,ポジトロン核種の標識有機化合物製造装置については,通常の化学合成法の検討に加え,所要合成時間,RIに対する収率,従事者の被ばく量等も十分に考慮した上で研究開発を推進する必要がある。

(3) 加速器
① これまでに述べた放射線を発生させるのに必要となる加速器としては,現状では次の2つに大別することができる。
 即ち,医療用加速器と医学研究用加速器である。医療用加速器は,病院内又は病院に隣接して設置され,容易に病院スタッフ及び数人の保守要員により医療に用いられ,維持運転が安定に行い得る加速器であり,RI製造用超小型サイクロトロン,速中性子線用サイクロトロン等がこれに相当する。
 医学研究用加速器は,スタッフ及び施設の整った大学,研究施設等に設置し,関連技術も含め,医学利用に向けて用いられる加速器で,重粒子線用加速器及びπ-中間子線用加速器がこれに該当する。
② 加速器を開発し,建設するに当たっては,当然その加速器の目的及び利用形態が決定されていないと一概に議論することはできないが,一般的には,次の事項を十分に検討しておく必要がある。
(i) 医療用加速器
 ・ 任意の角度から照射可能であること等照射制御性の確保
 ・ 被ばく低減化等のため操作及び維持の簡便化
 ・ 適切なコスト
 ・ RI廃棄物の処理(診断用)
(ii) 医学研究用加速器
 ・ 医学のためのスケジュールに則った運転の確保
 ・ 医学研究に附随する必要な施設の整備
 ・ 医学研究のためにビーム性能に関する特有な条件の確保
 ・ 医学研究に利用する場合の窓口となる医療機関の存在
 ・ 生物及びRI廃棄物の処理
 なお,医学利用のための加速器の開発及び建設には,相当の時間と巨額の資金を要するが,現在我が国において医学研究が可能な加速器としては,放射線医学総合研究所,東京大学医科学研究所等にあるものの他に次のものがあるため,今後の研究開発に際しては,これらの加速器の利用も十分に考慮すべきである。
(i) 利用可能な施設(既設)
  大阪大学核物理研究センター
   サイクロトロン Ep=70
   MeV,E3He=150MeV
  東京大学原子核研究所
   サイクロトロン Ep=50
   MeV
   サイクロトロン Ep=40
   MeV
  東京大学理学部中間子科学実験施設:高エネルギー物理学研究所
   シンクロトロン Ep=500
   MeV
  電子技術総合研究所
   電子リニアック Ee=400
   MeV
(ii) 利用可能な施設(建設中)
  筑波大学粒子線医科学センター:高エネルギー物理学研究所
   シンクロトロン Ep=500
   MeV
  理化学研究所
   リングサンクロトロン 重粒子線
        Ec=1,620MeV
        Eo=2,160MeV
        ENo=2,400MeV

3. 高LET放射線によるがん治療への導入手順
 がん治療に対する社会的要請に応えていくためには,現行の低LET放射線からより効果の高い高LET放射線で,かつ,ブラッグピークを有する線量集中性の高い放射線を将来導入していく必要がある。
 しかしながら,この導入のためには,研究開発段階から実用段階まで一貫して巨額な加速器及び医学,生物学,化学,工学等多分野の専門家が支援する体制の確立が必要であることから,その導入手段については事前に十分な評価,検討が必要である。
 このため,本専門部会としては,高LET放射線導入についてのメリットについて試算を行った。
 この結果をみると従来の放射線よりも治療成績は相当向上するものと考えられるものの,医療用としての加速器及びそれぞれの放射線についての効果を要する費用に対しての比(効果/費用)でみると,速中性子線及び陽子線については,現行治療法の数分の一程度で両者は殆ど等しいが,重粒子線及びπ-中間子線では,現在のところ十分の一以下であると推定される。
 しかしながら,このような経済性の評価は困難であり,また,この値の計算上多くの仮定を必要とすることから,これだけにより最終的な意志決定をすることは無理であるが,導入の順序としては,上記の比の大きいものを近い将来,小さいものは十分な調査研究による評価をした上で導入を図るのが当然であろう。
 また,我が国における治療実績,加速器技術の成熟度等も速中性子線や陽子線の方が他の放射線より高いことからも,速中性子線,陽子線から重粒子線,π-中間子線という順序での導入が適切であると考えられる。

4. 加速器医学利用の研究開発課題
 医療用の加速器を導入し,高LET放射線を治療に活用するまでには,次のような研究開発段階を踏まえる必要がある。
 I 当該放射線の物理的,化学的,生物学的な特性の基礎研究
 II 実験動物を使用する医学実験研究(多目的加速器を活用し,性能については低いものであっても良い。)
 III 臨床トライアルであるが,比較的容易な治療分野を対象とし,単に治療効果をみるだけでなく,臨床上の諸課題を検討するための研究
 IV 広範な分野を対象にして臨床トライアルを行い,実際の一般医療における問題点と改善策を評価するための研究(医学研究用加速器の使用)
 このような区分に従って我が国における高LET放射線の研究開発段階の現状を分類すれば
 速中性子線:IV段階
 陽 子 線:III段階
 重 粒 子 線:IIからIIIの段階
      π-中間子線:IIからIIIの段階
      外国の研究成果の評価,検討が行われている状況
であるものと考えられ,この現状を十分に踏まえた研究開発の推進が必要である。
 また,本研究開発は,加速器自体の開発及び改良と表裏一体のものであるため,特に第III,第IV段階にあるものについては,一般医療への実用化のために,加速器についても次のような調査研究が必要である。
(i) 操作性,安定性を確保するための加速器の標準化(加速粒子の限定,加速エネルギーの標準化,構成機器の標準化)
(ii) 放射線被ばく対策の確立(放射線発生箇所の局所化,ビーム性能の向上,加速粒子の限定,照射装置のコンパクト化)
(iii) 加速器の小型化
(iv) 照射コストの低減化
 一方,RI製造用サイクロトロンについては,既に我が国においても実用化されている加速器であることから,それぞれRIの利用形態に適応した加速器を導入するとともに,診断に必要な関連技術の早急な開発が望まれる。
 さらに,加速器の利用それ自体がひとつの巨大科学であり,加速器の建設とその有効な医学利用のためには,従来より以上に広い分野の専門家から成る研究体制の確立と長期的な視点からの人材養成が今後の大きな課題と考えられる。
 以上のような基本的な考え方に立脚すれば,以下に示す具体的な各放射線毎の研究開発課題への早急な対応が必要である。
① 速中性子線
 速中性子線については,既に放射線医学総合研究所及び東京大学医科学研究所において臨床トライアル用のサイクロトロンが設置されており,がん治療成績についても相当の実績を挙げていることから,近い将来には,医療用加速器を設置し,がん治療に当たるべき段階にあると考えられる。
 このため,第IV段階の臨床トライアルを進めている機関においては,協力してさらに臨床例を蓄積するとともに,一般のがん治療に資するため,治療方法の標準化(対象部位の選定,症状に応じた適用時期,照射前後の処置方法等)を進めるべきである。
 一方,速中性子線用加速器については,既に述べた研究開発を進めるほか,特に省エネルギー化,小型化が可能となる超電導サイクロトロンの研究開発も積極的に進める必要がある。
 また,回転照射機構,可変絞り装置等利用系,制御系の研究開発を進め,医療機器としての対応が必要となっている。
 速中性子線用サイクロトロンが地域がんセンター等の治療施設に適正に配置されるならば,がんの治療成績の向上に大いに寄与するものと期待されるため,今後具体的な設置計画等も検討することが必要である。
② 陽子線
 陽子線については,速中性子線と同様に放射線医学総合研究所において臨床トライアルが進められており,臨床例はまだ少ないもの良好な成績が得られ,1~2年後には,本格的な第IV段階になるものと予想される。
 このため,当面は臨床例の蓄積に努め,各治療部位別の問題点,治療技術の改良等に重点を置いて研究開発を進める必要がある。
 一方,陽子線用放射線としては,250MeV程度の陽子ビームを加速できる性能が要求され,4種の加速器が考えられる。
 このうち,シンクロサイクロトロンのみが単一型加速器であるため,保守,運転の観点からは問題が少ないと考えられるが,エネルギーの可変性が殆どない等の問題があるため,将来の医療実用化に際しては,この点を調査,研究しておく必要がある。また,リニアックについては,米国のロスアラモス中間子研究所で行われているPIGMI計画が陽子線加速器としても注目されることから,その後の研究状況,結果等について詳細に調査し,検討することが望まれる。
 シンクロトロン及び分離セクター型サイクロトロンについては,リニアック又はサイクロトロンの入射器が必要となるため,複雑で比較的広いスペースを必要し,また,資金的にも巨額なものとなるため,医療用としての保守管理を容易にするための技術開発を推進するとともに,RI製造,速中性子線治療を兼ねた加速器としての使用も検討されるべきである。
 陽子線については,一次荷電粒子線として,α粒子線,重粒子線によるがん治療のための基礎的知見の蓄積につながり,また,加速器の開発については,重粒子線及びπ-中間子線用加速器の開発につながるものと考えられるため,当面はこの陽子線による治療及び加速器技術について十分な研究開発を進めることが重要である。
③ 重粒子線及びπ-中間子線
 重粒子線及びπ-中間子線によるがん治療については,諸外国では第III段階に入っており,前述のようにがん治療及び診断面から将来大いに期待されるものの,未だ我が国においては医学利用が十分可能な加速器施設がないのが現状である。これらの放射線によるがん治療に関する研究開発を行っていくためには,それぞれ加速器が必要となるほか次の点を考慮しなければならない。
(i) 上記放射線によるがん治療を考えた場合,治療する側から要求される治療技術上の条件として,特に次の点に留意する必要がある。
 ・ 所要の線量が,合理的な線量分布で,治療されるべき患部に照射されるよう実用的に計画を立てることが可能であること。
 ・ 照射治療されるべき患部(ターゲット)に計画通りに粒子線が照射されていることが確認されること。
 ・ 照射時間は短時間で,かつなるべく患者を楽な体位で治療できること。
 ・ 患者の体の正常組織に照射される放射線の量を極力少なくするとともに,治療用の粒子線以外の一次混在放射線による患者の放射線被ばくを最小限に抑えること。
(ii) 上記の条件とともに,これらの放射線を発生させる加速器については,放射線のエネルギーの到達性,出力線量率,デュティーファクター等に関する一定以上の性能が期待できるものでなければならない。さらに,加速器等照射施設は,保守・運転の容易さ,運転の自動化,照射制御性等が十分考慮されたものであることが必要である。
 以上のような諸条件に照らして,それぞれの放射線発生用加速器の技術開発の課題が明らかにされるものであるが,現時点における技術水準でみると,π-中間子線治療の方が重粒子線治療に比べ技術的に困難な課題がやや多いとみられる。また,現在既に臨床研究が進められている速中性子線による治療及び陽子線に関する研究との連続性を考慮すると,重粒子線による治療研究から入ることが技術的困難も少ないと考えられる。
 しかしながら,加速器の建設には巨額の資金を要するため,当面の間は,我が国において医学利用が可能な (可能となる)加速器を使用して,制約はあるものの,第II段階から第III段階に関する研究を実施することとし,陽子線の研究開発状況及び諸外国における成果等の状況を踏まえた上で,第IV段階に入るのが適切であると考えられる。
 重粒子線及びπ-中間子線については,特に医学,化学,物理学,工学等にまたがる最先端の研究開発分野であるため,それぞれ関連する試験研究機関,大学等が共同研究開発体制を整備し,治療技術,加速器技術等について詳細な検討及び評価を行っていくことが不可欠である。
④ 加速器によるRIの製造とその診断利用
 サイクロトロンによる短寿命RIの製造とその診断利用については現在急速に進展しつつあり,今後はポジトロンCT装置,標識有機化合物製造装置等関連技術の研究開発を推進しながら加速器の導入を進めることが期待される。
 特に,ポジトロン核種の標識有機化合物製造装置については,被ばくの低減化等の観点から極力自動化することが必要であり,現状においてはこの技術開発が遅れているため,加速して推進することが重要である。
 なお,開発が必要となる化合物は数多くのものがあり,またそれぞれ合成方法も異なるため,診断利用における有用性,基礎研究の状況,合成経路等からみて,開発優先度の高いものから順次開発していくべきである。
 また,加速器についてみれば,現在利用可能なものには性能に相当幅があるため,ビーム効率,維持管理体制等を考慮すると,多目的利用の場合には,大,中型サイクロトロン (Ep=70MeV程度)を病院内インハウスの場合には超小型サイクロトロン(Ep=15MeV程度)をというように利用形態に応じてそれぞれの加速器を導入することが適切であると考えられる。

(iii) 国内保障措置体制の整備計画について

昭和56年10月 
原子力委員会 
ポストINFCE問題協議会 
保障措置研究会 

 原子力委員会ポスト INFCE問題協議会保障措置研究会は,INFCEの結論に鑑み,「より効果的な保障措置」を確立することが我が国原子力開発利用推進の重要課題であると認識し,国際原子力機関(IAEA)を中心として核拡散防止を目的とする種々の検討が開始されていること等の保障措置をめぐる国際動向にも留意しつつ,我が国の原子力開発利用と平和利用確保の両立を図る方途について検討を行うために,昭和55年9月に,その設置が決定された。
 本整備計画は,世界的な核不拡散重視の動向の中で,今後我が国が,国内保障措置体制をいかに改善・整備していくべきかを提案したものである。その検討は,昭和56年5月の第4回会合から開始され,昭和56年10月29日の第9回会合において,最終的にとりまとめられた。
 本報告は,4章からなり,第1章において,我が国における保障措置体制の現状を概観し,第2章において,核不拡散をめぐる国際動向を整理しつつ,核不拡散体制の中における保障措置の役割を浮きぼりにしている。また,第3章においては,国内保障措置の役割を再確認し,その充実の必要性を述べ,第4章において,今後の国内保障措置の整備の方向について,その基本的考え方と,具体的方策をとりまとめている。

 第1章 我が国における保障措置体制の現状
1.1 我が国における保障措置体制
 我が国における原子力の研究開発利用は,原子力基本法に基づき,平和目的にのみ限定して進めてきた。
 この基本法の精神にのつとり,「核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(原子炉等規制法)の下で,核燃料物質等の管理のための規制を行っている。
 また,我が国は,米国,英国,カナダ,オーストラリア及びフランスの5か国との間に締結した二国間原子力協定に基づき移転された核燃料物質,施設,設備等を軍事目的に転用しないことを約束し,我が国,当該国及び国際原子力機関(IAEA)の三者間保障措置移管協定により,従来より,IAEAの保障措置を受入れてきた。
 その後,昭和51年6月8日,「核兵器の不拡散に関する条約」(NPT)を批准して第97番目の締約国になるとともに,同条約第3条第1項及び第4項に基づき,原子力の平和利用に使用されるウラン,プルトニウム等が核兵器その他の核爆発装置に転用されることを防止するための保障措置協定を国際原子力機関との間に締結(昭和52年3月4日署名,11月21日国会承認,12月2日発効)し,国内保障措置制度の確立を前提として,NPTに基づきIAEA保障措置を受入れることとなった。
 これに伴い,昭和52年12月,我が国の保障措置体制整備の一環として,(財)核物質管理センターを原子炉等規制法に基づき「指定情報処理機関」に指定し,核燃料物質に関する計量管理情報の集中管理,IAEAへの計量管理情報の作成等の保障措置に係る情報処理を行わせることとした他,昭和53年7月には,国は,保障措置分析所を建設し,各原子力施設から収去した試料に関し保障措置実施に必要な情報を得るための核物質の分析等の業務を同センターにおいて行わせることとした。
 現在の我が国における保障措置体制は,第1図のとおりである。

1.2 保障措置実施の状況
 我が国における昭和54年及び昭和55年の保障措置の実施状況は次に述べるとおりである。
(1) 計量管理報告
 各原子力施設は,原子炉等規制法第67条に基づき,核物質の移動,在庫等に関し,在庫変動報告(ICR),物質収支報告(MBR),実在庫量明細表(PIL)を国に対して提出することが義務づけられている。
 計管管理報告は,原子炉等規制法第61条の10に定める指定情報処理機関に指定されている核物質管理センターで清報処理され,その結果は定期的にIAEAに送付されることとなっている。
 昭和53年度から昭和55年度までの計量管理報告数,情報処理のための予算額及び情報処理した結果得られた核燃料物質一覧表は,第1表及び第2表のとおりである。

(2) 査察体制
 国は,「原子炉等規制法」に基づき,国内査察を行っており,IAEAは,日・IAEA保障措置協定に基づき,原則として,国内査察を観察することにより,国際査察を実施している。
 (イ) 国内査察は,国によって任命された査察官によって行われており,昭和56年8月末現在で科学技術庁保障措置課に査察管理官1名がおかれ,査察官96名が任命されている。(このうち,科学技術庁査察官は15名であり,原子力発電所に限り,通商産業省電気工作物検査官のうち81名を査察官に併任して査察を実施している。)
 (ロ) IAEAの対日査察官は,NPT加盟時には18名であったが,昭和56年9月末現在では,30名が指名されている。
 また,IAEA査察の効率化を図るため,日本とIAEAとの間において長期滞在査察官に係る合意が昭和55年8月に得られた。これにより,昭和56年9月末現在,長期滞在査察員3名が指名されている。(これら長期滞在査察官は,1年間,我が国に滞在し,査察活動に当たることになっており,1年に限り滞在期間を延長することができる。
 (ハ) 昭和54年及び昭和55年の我が国における査察の実施状況は,第3表のとおりとなっている。

1.3 保障措置システムの改良及び技術開発の状況
 我が国は,従来から保障措置の効果的かつ効率的実施と査察の合理化を目的として,保障措置技術の開発を進めてきたところであるが,INFCEにおける保障措置改良をめぐる種々の検討結果等の国際的要請に応えていくためには,さらに保障措置技術の改良に積極的にとりくむことが必要と状況となっている。
 昭和53年に開始された日,米,仏,IAEA四者による東海再処理施設に対する保障措置技術共同研究開発(TASTEX)は,再処理施設における種々の保障措置技術の改良に多大の成果を挙げて昭和56年5月に終了した。この間,国は動力炉・核燃料開発事業団,日本原子力研究所を中心として,この共同開発に主導的役割を果たすとともに,その後も,その実用化に関しIAEAに対して積極的な協力を行ってきている。
 更に今後は,原子力開発利用分野の拡大に対応し,保障措置の適用をできる限り効率的なものとするため,我が国独自の保障措置技術開発を進めるとともに,この成果の活用に関し,IAEAに積極的に協力していくことによって,我が国の保障措置体制が国際社会において,充分な信頼を得ることが,今後の我が国の原子力開発利用を円滑に進めていく上で重要となっている。
 現在,我が国が進めている保障措置研究開発の主なものには以下のようなものがある。
 (イ) 保障措置国内全体システムの研究開発
 現在,科学技術庁では,今後の我が国における保障措置システムの改良についての検討及び研究開発を積極的に進めている。
 核物質の国籍別管理,核物質不明量のより実際的な解析手法の確立等に関する個別の重要テーマについては,原子力安全局に設けられた「保障措置技術検討会」において,検討を進めている。また,保障措置の全体システムの改良については,科学技術庁の委託研究として,より効果的で効率的な保障措置を実施するための計量管理技術,封印・監視技術の改良開発についての総合調査及び保障措置情報の核燃料サイクル全般にわたる集中管理システムの実現可能性調査を行っている。
 (ロ) 重要共通機器の研究開発
 核物質の計量管理,封印・監視技術等保障措置実施における各施設共通の課題に関しては,科学技術庁,動力炉・核燃料開発事業団及び日本原子力研究所によって電子シール,ポータルモニター,封印等の常時遠隔検認システム(RECOVERシステム),非破壊分析技術等の開発を進めている。
 (ハ) 重要核燃料サイクル施設における保障措置研究開発
 再処理施設における保障措置の研究開発については,動力炉・核燃料開発事業団において「東海再処理施設における保障措置研究開発」(TASTEX)(参考1)の成果を踏まえ,エレクトロマノメーター,同位体分析用γ線スペクトロメーター等各種研究が継続し,実施されている。
 また,大規模再処理施設における保障措置研究開発について,その検討のためIAEAに設けられた「IWG-RPS(International Working Group on Reprocessing Plant Safeguards)」に,我が国は積極的に参加するとともに,国内においては,科学技術庁が電源特会多様化勘定に委託開発費を計上し,システムを含む総合的な研究開発を進めている。
 ウラン濃縮施設における保障措置については,施設付属書の作成の基盤作りを目的とした国際的な協力計画であるヘキサパータイト計画(参考2)を積極的に推進するとともに,動力炉・核燃料開発事業団において,独自の研究開発を進めている。

 (二) なお,以上の研究開発のうち,近い将来,IAEA保障措置の定常実施に組み入れられる可能性の高いものについては,IAEAに対する保障措置技術支援協力計画(JASPAS)(参考3)のフレームワークの中で実用化を推進することとしている。
 なお,我が国における保障措置研究開発予算の推移は第4表のとおりである。
〔参考1〕 TASTEX(東海再処理施設改良保障措置技術実証)
 昭和52年9月に日米再処理共同決定を行った際の共同声明によって53年2月,日,米,仏,IAEAの4者による本プロジェクトが発足した。本プロジェクトは,13の研究項目(TASK)についての3年余に及び検討の末,昭和56年5月,第5回運営委員会において,所要の成果を収めたとの結論を得た。更に我が国は,本プロジェクトのフォローを独自に又は対IAEA保障措置技術開発支援協力計画の形で進めていくこととしている。
〔参考2〕 遠心分離法ウラン濃縮施設保障措置技術国際協力
   (Hexapartite Safeguards Project)
 米国からの提案に基づき昭和55年11月に発足した日,米,豪,トロイカ三国(英,西独,蘭),IAEA,ユーラトムの6者による本プロジェクトは,遠心分離法濃縮施設に対する施設付属書の作成をめざし,IAEA保障措置の技術的基盤を作ることを目的としており,4つのワーキンググループにより検討が行われている。本プロジェクトは2年間を目途にしている。

〔参考3〕 対IAEA保障措置技術開発支援協力計画(JASPAS)
 第2回日・ IAEA保障措置合同委員会(昭和56年5月)における意見交換をふまえ,日,IAEA間の書簡交換の形で発足させることとした。
 本計画の概要は,以下のとおりである。
① 現在我が国が行っている国際協力を含めた保障措置技術の研究開発,実証プロジェクトのうち,以下の条件を満たすものを対象とする。
 a)現行保障措置システム改善のための国内的,国際的ニーズに合致したプロジェクト
 b)開発,実証段階にある,もしくは,現存施設へのIAEAによる早期適用が予想されるプロジェクト
 c)その開発に,日本が中心となって貢献しうるプロジェクト

② IAEAに対し,IAEA職員の招へい費用を負担する等の協力を行い,JASPASの成果のIAEAへの円滑な技術移転を図る。

 第2章 国際的な核拡散防止体制における保障措置の役割
2.1 核不拡散をめぐる国際動向
 核兵器の拡散防止は,昭和29年のアイゼンハワー大統領による原子力平和利用宣言と,それに伴う国際原子力機関の設立以来,原子力利用の根本条件となっており,原子力平和利用の進展と相まってIAEAにおける核拡散防止措置即ち,国際保障措置活動も改良充実されてきた。しかし,昭和49年5月のインドの核実験は,原子力関連資材等の輸出国に,国際的核拡散防止体制の見直し機運を生じさせ,米国をはじめとして,加及び豪も新たな核拡散防止のための具体的な政策を発表し実施してきている。
 これは,平和目的に限って進められてきたその他の各国の原子力開発利用に,重大な影響を及ぼすところとなった。
 こうした動向の中で原子力の平和利用と核不拡散との両立の道を検討するために昭和52年10月から2年余にわたって開催された国際核燃料サイクル評価(INFCE)は,IAEA保障措置を基幹とすることにより,核燃料サイクルの進展による核拡散のリスクを十分に抑制することが可能であり,核不拡散対策のためには,IAEA保障措置の改善が第一であり,それに加え制度的整備,技術的手段の努力も重要であるとの結論を得て終了した。
 INFCE終了後,この結論を受けて,保障措置技術の改良,核不拡散のための制度的整備についての,国際的規模での検討が積極的に行われることとなった。
 近年の,核不拡散強化をめぐる国際的動向は第2図のように整理してみることができる。

2.2 改良保障措置への国際的努力
(1) INFCEにおいては,各原子力施設におけるIAEA保障措置の適用の有効性について評価がなされたが,核不拡散上重要な原子力施設に対する評価の結果は次の通りである。
 (イ) 濃縮施設
 ・すでに十分な計量管理能力を備えており,設計情報の検証と有効な封じ込め,監視手段と相まって,転用の発見を可能とすることができる。
 ・ センシティブな技術へのアクセスや漏えいによる拡散リスクを最小化するためには立入禁止区域が設けられる場合がある。この場合は,有効な保障措置を適用するために区域を決めることが必要であるし,封じ込め,監視手段の強化も必要である。
 ・ 全体的に見ると保障措置の費用対効果比の改善,封じ込め監視の強化が必要である。
 ・ 保障措置の有効性を保ちつつマンパワー,費用を減らすために,人や物体の移動の監視の自動化システムも考えられる。
 (ロ) 再処理施設及びウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料加工施設
 ・ 運転中のプラントについては,封じ込め監視手段で補われた計量管理に基づく有効な保障措置が適用されている。
 また,この経験を基礎にして,新しい改良保障措置技術が開発されつつある。
 ・ 将来のプラントについては,タイムリーで適切な核物質計量管理を行う見地から,工程内における計量管理技術等の活用が重要であり,施設設計の面から,保障措置の有効な適用及びそれに伴う費用について考慮しておくべきである。
 ・ 許容できるコストで,保障措置の目的を十分に達成するためには,現在研究開発が行われている改良保障措置技術を適用していく必要がある。
 ・ プルトニウム貯蔵施設,プルトニウム輸送の保障措置は,員数検査と封じ込め監視技術の広範囲にわたる適用により容易に実施できる。
 (ハ) 使用済燃料の貯蔵と輸送
 ・ 封じ込め監視により補完された計量管理技術すなわち,同定,員数検査あるいは非破壊的手段で実施できる。
 (ニ) 高速増殖炉(FBR)サイクル
 ・ 計量管理と封じ込め監視の2つの線に沿って,その費用対効果比を改善すべく現在開発中である。
 ・ 新プラントの設計時に,保障措置の効果的実施を考慮する必要がある。
 以上の結果,保障措置についてのINFCEの総括的評価は,
 (I) 現在運転中のプラントに適用されている保障措置の方法と技術の機能については,特に問題はない。
 (II) しかし,将来,ウラン濃縮,大規模再処理,MOX燃料の成型加工が広まるにつれて,特殊核物質への接近可能性が高くなるので,保障措置に関する現在の方法と技術を更に開発,改善していく必要がある。具体的には,施設設計からの保障措置要件の考慮,封じ込め監視の強化,計量管理技術の改善等が考えられる
であった。

(2) IAEAは,従来より,再処理施設,濃縮施設,加工施設等保障措置上重要な施設を対象として,再処理施設保障措置国際作業グループ,濃縮施設保障措置コンサルタント会合,MOX燃料加工施設保障措置諮問グループ等を設けて,その保障措置技術の適用,改良についての検討を行ってきていたが,INFCEを契機として,各国とも一層積極的に,かかる検討に参加していくこととなった。
 このようなIAEA主催の最近の保障措置関係主要会合の概要を次に示す。
 (イ) 常設保障措置諮問委員会(SAGSI)
 保障措置の目的,理論構成から個々の実施手段に及び広汎な技術問題を審議するため,IAEA事務局長の諮問機関として設置され,現在までに,11回の会合が開催されている。
 (ロ) 再処理施設の保障措置に関する国際作業部会会合
 IAEAが実施する再処理施設の保障措置システムおよび保障措置技術に関する包括的研究の支援を行うために,IAEA事務局長の要請により設置された。
 昭和56年10月開催された第6回会合において,概要報告をとりまとめ終了した。
 (ハ) ウラン濃縮施設に対する保障措置コンサルタント会合
 ウラン濃縮施設に適用する保障措置についての検討を行う諮問グループ会合開催の準備のため現在までに3回開催されたが,現在は中断されている。
 (ニ) プルトニウムMOX燃料加工施設の保障措置に関する諮問会合
 IAEA保障措置をモデルプラントに適用する際の技術的な可能性及び制約を考察したIAEAの報告書を修正するための検討を行う。

2.3 核不拡散のための新しい国際的枠組とIAEA保障措置
(1) INFCEの結論をふまえた国際的な制度の整備に関しては,国際プルトニウム貯蔵 (IPS),国際使用済燃料管理(ISFM)及び核燃料の供給保証の3つの事項の検討がある。
 (イ) IPS……昭和53年12月からIAEAの専門家会合が開始され,IPS構想のより具体的なシステムについての検討が行われている。我が国としては,IPSを重要な核拡散防止手段の一つと考え,国際協調を図りつつも,我が国のプルトニウム平和利用が阻害されることのないよう対応していくこととしており,現行保障措置体制を十分活用していくことを基本方針として対処してきている。
 (ロ) ISFM……世界的に見た場合,再処理能力を上まわって使用済燃料が発生することは確実であるため,昭和54年6月以降,使用済燃料管理について,IAEAの専門家会合において検討が行われている。
 (ハ) 天然ウラン,濃縮ウラン等の供給保証問題……INFCEの結果を受け,これをさらに十分に検討するため,IAEA理事会の諮問機関として「供給保証に関する委員会(CAS)」が,設置された。
 この CAS の審議においては,核物質等の供給が核拡散防止上の考慮に合致した形でより予見可能で長期的に保証される方策について,検討が進められることとなっているが,核不拡散政策,とくに,フルスコープ保障措置を供給の条件としようとする先進諸国と,先ず供給保証の枠組みを設定すべしとする発展途上国との意見調整が重要な鍵となっている。

(2) 以上の新しい核不拡散のための国際的枠組の検討においても,核不拡散を実際に担保する具体的手段は保障措置及びその前提となる核物質防護措置であるとの基本認識に立ち,このような新しい枠組を現行保障措置体制と整合性をとり,核不拡散体制としていかに確立していくかということが,主要な検討課題となってきている。
 このひとつのあらわれとして,IPSについてはIPSと保障措置との関係を検討する「IPSと保障措置に関するワーキンググループ」に議論の中心が移っており,現行の保障措置との関連をどのようにしていくかについて積極的に検討が進められている。

 第3章 国内保障措置制度の役割と充実の必要性
3.1 国内保障措置制度の役割
 我が国は,原子力開発利用の当初から,原子力基本法に基づき,原子力の研究・開発及び利用は厳に平和利用に限り推進することを旨としており,具体的には,原子炉等規制法によって,核燃料物質等の利用が平和目的に限られるために必要な規制が実施されている。
 また,我が国は「核不拡散条約」を批准したことによって,核爆発装置の製造等を行わないことを国際的に約束しており,同条約に基づいて締結した「日・IAEA保障措置協定」によって,IAEAによる保障措置を受入れている。この「日・IAEA保障措置協定」は,IAEAの保障措置の実施に関して我が国自身が核物質計量管理制度を保持することを前提とし,査察においても,我が国査察官による査察を前提とすること等を規定している。さらに,我が国が締結している二国間原子力協力協定においても,核不拡散のための種々の取極めがなされているため,国内保障措置制度を最大限に活用することにより,かかる国際約束を履行している。
 このように,原子炉等規制法に基づいて実施されている国内保障措置制度は,
① 平和利用担保のために,国が所要の規制を行うことにより,内外に対し,国の平和利用担保の証左とする。
② 国際約束に基づく保障措置及びその他の核不拡散に係る二国間協定上要求される種々の規制措置の履行を,円滑にかつ効果的に進めるための前提条件となる。
 という二つの役割をになっている。

3.2 国内保障措置制度の充実の必要性
(1) 我が国の原子力開発利用は,これまで着実な進展を遂げ,現在,全電力供給量の約16%を原子力が占めるなど,原子力は石油代替エネルギーの中で不動の地位を占めるに至っている。また,我が国は,今後10年間で原子力発電の規模を3倍以上にまで拡大する計画を有するとともに,これに対応する濃縮,再処理,燃料加工等核燃料サイクルの各部門にわたって,国による研究開発の段階から,民間の活力による産業化をめざしてテークオフの段階を迎えている。
 さらに研究開発部門においても,将来のエネルギー需要に対応するため,核燃料資源の有効利用をめざして,新型転換炉実証炉の開発,高速増殖炉原型炉「もんじゅ」の建設,高速炉用燃料製造施設の建設等が推進されており,プルトニウム利用の本格化を目指した新しいタイプの核物質取扱施設が増加しようとしている。
 このような我が国の原子力開発の進展に伴い,我が国では世界に先駆けて,プルトニウム等のいわゆる核拡散防止上重要と目されている核物質がますます大量に,かつ広汎に取扱われることとなるが,現在の国内保障措置体制では,その処理能力,費用対効果の点で,これらの新しい展開に充分対応し,国際保障措置実施の基幹としての機能を維持し,国際的信頼をかち得ていくことは困難な状況にある。このため,我が国としては,今後とも,国内保障措置のより一層の充実を図り,IAEA保障措置の我が国における円滑かつ効率的な実施の基盤たりうるよう整備していく必要がある。

(2) 国外に眼を転じれば,既に「核不拡散条約」加盟国は,114か国に達し,さらに合理的な国際的核拡散防止システムの確立をめざして,各種検討が進められている。
 こうした状況の中で,昨年2月に終了したINFCEの場を通じ,我が国が従来から主張してきた原子力平和利用と核拡散防止の両立が可能であることについての国際的コンセンサスが得られたこと,また,その前提として,IAEA保障措置の効果的な実施が必要不可欠なものであると広く認識されるに至ったことは重要である。
 さらに,昭和56年7月に発表された米国の「核不拡散と原子力国際協力に関する新政策」においても,全世界的規模での有効なIAEA保障措置の実施が主張されている。
 また,我が国は,NPTに基づくIAEA保障措置の適用を受ける国の中では,西独と並び原子力開発利用が高度に進展している国として,再処理,濃縮,プルトニウム燃料加工等核拡散防止上最も重要と目される原子力施設の運転もしくは建設を進めており,国際保障措置の適用について常に核燃料供給国のみならず広く国際的に注目を受ける立場にある。このような国際環境の中でIAEAとしては,実施経験が極めて少ないこれらの核不拡散上重要な施設に対して,保障措置を世界に先駆けて適用することとなり,そのシステム,査察内容等についても試行的性格を持たざるを得ない場合も多く,実際の適用及びこれらの施設における国際保障措置確立のため,我が国にも協力を求めてくることが多くなると予想される。
 さらに,我が国の核燃料物質等の安定的確保を図るため締結されている日米,日加等の二国間原子力協力協定において,核拡散防止の見地から,核物質防護措置,核物質の海外移転,再処理等に関する核燃料供給国の事前同意等の義務が課されており,その手続きの前提として核物質の国籍別管理が要求されている。このような国籍別管理は,現行のIAEA保障措置体制とは本質的に相入れないところがあり,今後とも国際的にかかる問題の合理的解決を図る努力を続けていく必要があることはいうまでもない。しかしながら,当面は,我が国の核燃料の安定供給の条件として,このような要請に応じていかざるを得ず,また,その目的が核拡散防止にある点,及び必要とするデータの国内保障措置との共通性が高いという点から,国内保障措置体制の枠組みの中で対応するのが事業者への追加的負担を少なくできると考えられるので,現行の核物質計量管理報告制度を,より現実的で合理的なものに改良することにより対応していくことが必要である。
 以上のように,IAEA保障措置改善の国際的要請及び二国間協定上の種々の規制は,今後我が国の核燃料サイクル事業の進展に伴い複雑化してくることが予想され,かかる要請に円滑にかつ効果的に対応していくためには,その前提条件である国内保障措置体制が,今後とも,我が国の核不拡散体制の中核としての役割を充分に果たし,世界の核不拡散に貢献していくことができるよう,さらに充実させていく必要がある。

 第4章 国内保障措置体制の整備について
4.1 基本的考え方
 以上のような国内外からの要請に鑑み,我が国が国際的に信頼され,かつNPTに基づくIAEA保障措置適用の前提としての国内保障措置を実施していくためには,以下の基本的考え方に立って所要の方策を推進していく必要がある。その際国内核不拡散体制確立の見地から,国は民間の協力を得て,核物質防護等も含め,核不拡散を目的とする種々の国際的要請に総合的に対応しうるよう配慮する必要がある。

(1) 国は,核燃料サイクル全般にわたる核物質の施設問移動を有効に把握することによって,核燃料サイクル全体としての必要な保障措置の有効性を確保しつつ,各原子力施設における保障措置の実施の効率化を図る。

(2) 国は,IAEAと協力して,各原子力施設について,取り扱われる核物質の種類,量,形態等を考慮し,国際的に実行可能な基準の採用等を含めて,保障措置上の重要性に応じた保障措置の適用を図る。

(3) 原子力施設の大規模化等に対応するため,タイムリーで適切な核物質計量管理を行う見地から,施設設計の面から,保障措置の有効な適用及びそれに伴う費用について考慮する。

(4) 工程管理,品質管理等から得られるデータの保障措置計量管理への有効利用等事業者の原子力平和利用の円滑な推進を妨げない形での保障措置の合理化を,事業者の協力を得て推進する。

(5) 国は,また,国内保障措置の整備充実を図るに当たって,これらの成果が国際的に信頼性のあるものとして受け入れられ,かつ,IAEA保障措置の合理化のための積極的な提言となるよう,IAEA等の場を通じ国際的に積極的に働きかけていくこととする。

4.2 具体的方策
(1) 国内保障措置システムの改善
 国内保障措置システムが,全体として効果的,効率的なものとなるよう,ソフトウェア,ハードウェアの両面にわたって,保障措置システムの合理化を推進する。
 具体的には,国は核燃料サイクル全般にわたる核物質の流れに注目し,核物質の種類,形態,存在状態等に応じ,最適な封印・監視技術及び計量管理技術を組み合わせ,核物質を国内施設間の移動を含めて,適時に追跡管理できる保障措置システムを確立するための技術開発を行う。
 また,再処理工場等保障措置上重要な原子力施設については,今後の施設の大規模化に対応して,施設設計の面も含めた総合的な核拡散防止効率を評価する手法の確立を図るとともに,タイムリーで効率的な保障措置の実施を可能とする集中監視システム等に関する技術開発を推進する。さらに,核物質の計量管理,封印・監視等を行う個別の機器についても,保障措置上の有効性向上とともに査察労力の軽減化の観点から,核燃料非破壊測定機器等の効果的な核物質計量機器の開発,封印・監視の自動化に資する機器の開発,査察情報処理の効率化を図る機器の開発を行う。
 一方,原子力事業者においては,工程管理,品質管理等から得られるデータを保障措置計量管理のために活用できるような合理的システムを開発していくこととする。

(2) 国内保障措置の機能的な実施体制の整備・充実
 国内保障措置を適切に実施するのに充分な機能を有するよう国内保障措置実施体制を充実するとともに,IAEAの行う国際保障措置との調整を充分に行い,保障措置実施の円滑化に努める必要がある。
 すなわち,今後の核物質の増大,移動の頻ぱん化に対しては,IAEAと協力して,取り扱われる核物質の種類,施設の特性に応じた査察業務量の見直し,査察方法の合理化,査察体制の充実・合理化を推進するとともに,情報処理能力の増強,分析体制の充実合理化等を促進することにより,保障措置実施基盤の一層の整備を図る。
 また,当面の査察業務の増大・多様化に対応するため,国は査察官の増員,核物質測定技術に十分な知識を有する補助員の活用等を図る一方,IAEAの開催する研修等(非破壊分析機器の使用法,データ評価法等)に査察官を派遣することにより,査察官の資質向上に努める。
 さらに,査察業務の合理化及び効率化を図るため,査察準備作業等のコンピュータ化,増加するアイテム確認の省力化方策の検討などを進める。
 情報処理体制の整備については,近年特に増大してきている情報量を充分に処理しうる情報処理システムの確立を推進することはもとより,膨大な核物質に対する実際的な核物質不明量解析手法を確立するための所要の検討を鋭意進める。
 分析体制の整備については,非破壊分析の広範な導入を含め,分析能力の強化に努めるとともに,長期的観点から,原子力事業者の協力を得て,より合理的かつ実現可能なサンプリング手法の確立,時宜を得た分析をおこなうためのオンサイト分析の実施等我が国の保障措置分析体制の今後の方向づけを明確にするため,積極的な検討を進める。また,分析能力の維持向上,国際的評価の獲得のため標準試料の国際間交換分析,プルトニウム標準作成のための国際協力を推進する。
 なお,以上のような国内保障措置実施体制の整備の一環として,国は,IAEAに対し,日・IAEA保障措置合同委員会等の場を通じ,査察業務量の見直し,施設付属書の見直し等必要な協議を引き続き進める。

(3) 国内保障措置体制の基盤の確立今後は,民間が核燃料サイクル
 の主流を占める時代となり,施設自体も大規模化してくることを考慮すると,施設設計の面から,保障措置システムの勘案等が必要となり,国が有効な保障措置を実施するに当たって,原子力事業者の協力は不可欠なものとなる。また,原子力事業者からの保障措置に関する積極的な提案等により,事業者の操業を必要以上に妨げることのない効果的な保障措置が実現し得ると考えられる。
 このため,国においては,原子力事業者における核物質の計量管理等を確実にするための施設設計における保障措置の考慮等のガイドラインの明確化,保障措置計量管理責任者の資格化等の検討を進め,必要に応じて関連法令の整備等を進める。
 また,保障措置に関する人材の養成について,国も事業者も長期的視点に立ち,積極的にその効果的方策につき検討を進めることが必要である。
 原子力事業者においては,国内保障措置の前提となる施設者の計量管理システムの維持向上に努めるとともに,国に対し,より有効な保障措置システムについての自発的な提案等積極的な協力が期待される。

(4) 国際協力の推進
 我が国が,引き続き核燃料の多くを海外に依存しつつ原子力開発利用を円滑に推進していくためには,我が国の核不拡散政策に対する国際的な信頼をこれまで以上に高めていく必要がある。
 このため,国は,以上のような国内保障措置体制の整備・充実に当たって,IAEAと密接な連けいを図ることはもとより,IAEA保障措置体制の改善・合理化にも積極的に貢献していく必要がある。
 また,IAEA等において進められている核拡散防止のための保障措置シスチムの改良を含めて種々の制度等の国際的検討については,これまでの我が国における官民の経験と開発実績を踏まえ,民間の協力を期待しつつ積極的に対応していく必要がある。
 さらに,保障措置技術開発分野においては,共通の関心を有する諸国とIAEAを含めての協力を推進する一方,対IAEA保障措置技術開発支援協力計画(JASPAS)の拡充等を図ることにより,積極的にIAEA保障措置の機能の充実に協力し,我が国の保障措置技術の国際化を図るものとする。

(iv) 廃炉対策専門部会報告書
 「原子炉の廃止措置について」

昭和57年3月16日
原子力委員会
廃炉対策専門部会

原子力委員会
 委員長 中川一郎 殿
廃炉対策専門部会   
部会長 吉岡俊男

 本専門部会は,昭和55年11月28日付け原子力委員会決定に基づき,原子炉の廃止措置に係る重要事項について鋭意審議を行ってきましたが,このほどその結論を得たので,ここに報告いたします。

1 原子炉の廃止措置に関する基本的考え方
1. 対策の重要性
 我が国初の実用発電用原子炉が運転開始されたのは,昭和41年(日本原子力発電(株)東海発電所)であり,以降順次新しい原子力発電所が建設,運転され,今後も,我が国のエネルギー供給の重要な方策として原子力発電所の建設は更に推進されることになる。こうした,原子力開発利用の進展に伴い,近年,原子炉が稼働期間を経過した後における,原子炉の恒久的な運転終了に伴ってとられる廃止措置(以下,「原子炉の廃止措置」という。)のあり方及びそのための対策を明確にすることが要請されている。

(1) 現状
 欧米各国において,運転を終了した発電用原子炉は既に30基を超え,それぞれ,原子炉施設(原子炉及びその附属施設をいう。)は密閉管理,遮蔽隔離あるいは解体撤去と呼ばれる措置がとられている。また,小型の試験研究用原子炉や臨界実験装置についても数多く運転を終了しており,同様の措置がとられている。これらのうち,現在までに完全に解体された発電用原子炉施設の例としては,米国のエルク・リバー炉(BWR電気出力2.2万キロワット)がある。
 一方,我が国では発電用原子炉に関しての廃止措置をとった例は未だないが,日本原子力研究所の水均質臨界実験装置(AHCF)等は解体され,同研究所の試験研究用原子炉(JRR-1)等は燃料等を取り除き安全に保管管理されている。
 このように内外の原子炉施設の解体等の実例は小規模の試験研究用原子炉が主であるが,今後,大型の実用発電用原子炉が恒久的に運転を終了することになると予想されることから,ここ数年来,各国とも原子炉の廃止措置のあり方について調査検討を行うとともに必要な技術開発を推進している。また,国際原子力機関(IAEA),経済協力開発機構(OECD)等の国際機関においても同様の検討が行われつつある。特に,IAEAは,昭和50年に原子炉の廃止措置に関して3種類の分類を提案し,各国の対策確立上,参考にされている。

(2) 対策の視点
 こうした状況の下で原子炉が恒久的に運転を終了した後の対応が,原子炉設置者にとって重要な課題となり,また原子炉が立地している地域社会にとっても大きな関心事となりつつある。即ち,原子炉の廃止措置が原子炉の設置,運転の場合と同様に適切に実施されることは,原子力開発利用の推進の観点から特に要請されることであり,原子力政策上の重要な課題である。
 この原子炉の廃止措置は,従来内外で実施された調査研究又は原子炉施設の解体等の経験からみて,現在の技術等でも対応可能と考えられるが,安全性,経済性等に留意してこれをより円滑に進めるための十分な対策を,現時点から順次整備していく必要がある。

2. 原子炉の廃止措置のあり方
 原子炉の稼働期間は,個々の原子炉によって多少の差があるものの,一般に30~40年と考えられており,対策を考える上での運転開始から恒久的な運転終了までの期間は,一応30年程度とみることが適当である。恒久的に運転を終了した原子炉は,燃料を取り出した後も放射化生成物等残存放射能を有しており,こうした原子炉施設について安全な管理,処分等の措置をとらなければならない。

(1) 原子炉の廃止措置に関する分類
 原子炉の廃止措置に関しては,昭和50年にIAEAより3種類の分類が提案されており (「原子炉施設のデコミッショニングに関する技術委員会」報告書,IAEA-179),米国(米国原子力規制委員会(NRC)規制指針Regulatory Guide 186),西独(原子力法)等においてそれと類似の廃止措置がそれぞれの制度の中で適宜,実施できるようになっている。これらは原子炉施設の物理的状態等から原子炉の廃止措置を次の3つに大別している。
(i) 原子炉施設を閉鎖し,これを適切な管理下におくもの。
(ii) 原子炉に遮蔽等の工事を行って放射能を有する物質を強固に外部から隔離するもの。
(iii) 原子炉施設内の放射能を有する構造物等を解体撤去するもの。我が国において原子炉の廃止措置を検討する場合も,IAEA等の分類を踏まえ,別表のような分類を基本とするのが適当である。

(2) 基本的方針
 原子炉の廃止措置に関しては,次の事項を基本的な方針として進めていく必要がある。

① 安全の確保に万全を期すため,原子炉の廃止措置に関する解体等の工事計画の作成,工事の実施及び工事前,後の管理においては,終始一貫した,一般の産業災害の事故対策はもちろん,対象となる原子炉施設の作業環境の放射線防護及び周辺公衆の被曝防止等の安全確保が図られる必要がある。
② 国土が狭あいな我が国の特殊事情にかんがみ,対象となる原子炉の廃止措置後における当該施設の敷地の有効利用が図られるような措置が講ぜられることが適切である。
③ 地域社会との協調を図りつつ原子力発電が推進されることにかんがみ,原子炉の廃止措置を進めるに当たっても,原子力発電所が立地している地域社会との協調に配慮する必要がある。
 原子炉の廃止措置に関する方式は,前記1の2.(1)において分類されたもの(密閉管理,遮蔽隔離及び解体撤去)を組合せることにより種々の方式が考えられる。その方式の選択については,原子炉設置者が原子力発電所に係る諸状況を総合的に判断して決めることになるが,基本的には,上述の方針を踏まえ,原子炉の運転終了後早い時期に解体撤去するか,又は,技術的,経済的条件等から必要に応じ適当な密閉管理又は遮蔽隔離の期間を経たうえ,最終的に解体撤去することによって,原子炉の廃止措置が終わるという構想が適当である。この場合,引続き使用できる施設等は再利用されることが望ましい。
 原子炉施設の一部又は全部を撤去した後の敷地については,原子炉施設の建設用等原子力発電所の用地として継続して利用されることが望ましいと考えられる。

2 原子炉の廃止措置に関する対策の推進
 前章で原子炉の廃止措置に関する基本的な方針及び考え方を述べたが,今後,これらの方針及び考え方に沿って原子炉の廃止措置をより円滑に実施するため,技術の向上,諸制度の整備等以下のような対策が必要である。

1. 推進されるべき対策
(1) 解体及びその関連技術の向上
 原子炉の廃止措置は,従来内外で実施された調査研究又は原子炉施設の解体等の経験からみて,既存技術又はその改良により対応できるとの見通しが得られているが,安全性と経済性を一層高めるため,今後更に経済の向上を図ることが重要である。
 特に,前記の原子炉の廃止措置のうち,広範囲かつ高度の技術を要する即時解体を可能とする技術の確立が望まれる。
 このため,高放射線レベルの環境下で行われる作業を円滑に進めるための解体作業用ロボットの開発等の遠隔操作技術,大型で堅固な構造者,機器等を対象にした解体技術,大量の廃棄物を安全かつ合理的に処理処分するための技術等を中心に,既存技術の実証と改良及び新技術の開発を推進することが重要である。
 また,実際の原子炉の廃止措置による経験の積み重ねは技術を確立していく上からも極めて重要であるところから,既に役割を終えた試験研究用原子炉(動力試験炉等)の解体の経験を将来の実用発電用原子炉の廃止措置に関する技術に活かすことが必要である。
 かかる観点から,今後一層推進されるべき主な技術開発の課題は,部分的に開発すればよいもの,技術の実証を要するもの等も含め,次のとおりである。
 なお,これらの課題は,我が国の原子炉の設置状況,技術の汎用性,関連技術の現状等にかんがみ,100万キロワット級の大型の軽水型原子炉を解体撤去する際に適用される技術を中心としたが,ガス冷却型原子炉を解体撤去する際に適用される技術,密閉管理又は遮蔽隔離する際に適用される技術についても考慮した。
〔技術開発課題〕
① システムエンジニアリング
 (各要素技術を組合わせて最適な解体作業手順を求めるための技術)
 (イ) 解体作業手順及びその評価方法の確立
 (ロ) 各要素技術の組合せによる技術のシステム化
 (ハ) 解体作業用ロボットの作業形式の調査
② 残存放射能量評価技術
 (原子炉の廃止措置に関する計画を検討する上での基本的なデータである原子炉施設内の残存放射能量を正確に把握するための技術)
 (イ) 残存放射能量評価コードの開発
 (ロ) 測定による評価技術の開発
③ 安全管理技術
 (作業の安全を確保するための作業者の被曝評価,周辺への影響評価及び放射線管理に関する技術)
 (イ) 解体時の作業者の被曝評価方法の確立
 (ロ) 解体時の周辺への影響評価方法の確立
 (ハ) 放射線管理技術(測定機器及び防護器具)の高度化
④ 除染技術
 (作業を行いやすくし,特に作業者の被曝低減を図るための解体前除染及び解体した鋼構造物等の再利用等を図るための解体後除染に要する技術)
 (イ) 解体前除染技術の開発
  ・ 化学的系統除染技術
  ・ 物理的・機械的系統除染技術
  ・ 建屋コンクリート表面汚染の除染技術
 (ロ) 解体後除染技術の開発
 (ハ) 密閉管理又は遮蔽隔離に適した除染技術の開発
⑤ 解体技術
 (原子炉施設の鋼構造物及びコンクリート構造物を解体するための技術)
 (イ) 鋼構造物解体技術の開発
 (ロ) コンクリート構造物解体技術の開発
⑥ 遠隔操作技術
 (高放射線等のため作業が困難な場所における作業を可能にするとともに作業者の被曝を大幅に低減させるための技術)
 (イ) リモートコントロールシステム開発
 (ロ) 解体作業用ロボットの開発
 (ハ) モジュール化(交換可能なように規格化)された作業機器の開発
⑦ 解体廃棄物対策技術
 (原子炉施設の解体に伴って発生する放射性廃棄物(以下,解体廃棄物という。)を適切に処理,輸送,保管及び処分するための技術)
 (イ) 解体廃棄物の減容処理技術の開発
 (ロ) 解体廃棄物の固化処理技術の開発
 (ハ) 解体廃棄物の輸送技術の開発
 (ニ) 解体廃棄物の保管・処分用パッケージ,コンテナの開発
 (ホ) 黒鉛の処理処分技術の開発
⑧ 廃棄物等再利用技術
 (廃棄物の低減,資源の有効利用等の観点から解体により生ずる金属,コンクリート等を別途他の目的に材料として再利用するための再利用方法の調査と技術の整備)
⑨ 施設保管管理技術
 (原子炉の廃止措置として密閉管理又は遮蔽隔離を採用した場合には,残存する原子炉施設を安全に保管管理するための技術)
 (イ) 施設管理システムの確立
 (ロ) 密閉・遮蔽措置構成物に関する耐久性確認方法の確立
 また,将来建設される原子炉施設の設計に当たっては,あらかじめ原子炉の廃止措置を考慮しておくことが望ましい。このため,機器,配管の設計及び配置,建屋の構造等の設計,原子炉構成材料等について解体しやすさを指向した改良研究も有意義である。

(2) 安全性の確保
 原子炉の廃止措置に関する安全性については,工事の実施及び工事の前・後を通じて,一般の産業災害の防止及び周辺公衆の被曝防止はもちろんであるが,特に作業者の放射線被曝の低減に努める必要がある。
 被曝線量に関しては,100万キロワット級の軽水型原子炉を即時解体撤去した場合(工事中,輸送中及び工事後を含む。)についてなされた米原子力産業会議(AIF)及び米国原子力規制委員会の試算があるが,これらは,化学除染の効果に対する考え方,解体撤去手順,作業活動に対する時間配分が異なること等の理由により差がみられる。
 しかし,これらの報告にある解体工事期間中の作業者の推定総被曝線量は,その工事期間に対応する,我が国の運転中の実用発電用原子炉施設の従事者(定期検査,保守作業時等を含む。)の平均的な総被曝線量とほぼ同程度と考えられる。
 また,周辺公衆の放射線被曝評価についても,上記の報告によると,原子炉施設を解体撤去した場合の個人被曝線量は自然放射線によるそれに較べて低いものと考えられる。
 これらの評価,昭和47年から49年にかけて解体された米国エルク・リバー炉の実例等から,原子炉の廃止措置は現在の技術によっても安全に実施されうると推定される。
 今後,作業者の被曝低減等大層安全性を向上させるため,除染技術,遠隔操作技術等の技術開発を推進することが必要である。
 また,これらの技術開発及びこれと合わせて進められる調査研究で得られた知見をもとに,安全基準が整備される必要がある。

(3) 資金面の対応策の確立
 実用発電用原子炉の廃止措置の費用は,使用される技術,原子炉施設の再利用の程度等各種の前提条件によって相当異なるが,海外における報告をもとに即時解体撤去に要する推定費用と建設費とを対比すると,数%~20%程度と幅のある結果が得られる。
 実用発電用原子炉の廃止措置は,多額の資金を比較的短期間に必要とするものであることにかんがみ,今後,合理的な費用の算定が図られるとともに,これを踏まえ,受益者の世代間の負担の公平化等を考慮し,料金制度,税制等に関する具体的な検討が行われ,資金面の対応策の確立が図られる必要がある。

(4) 廃棄物対策
 原子炉施設の解体に伴い排出される物は,①炉内構造物等高度に放射化されたものから建物構築物等放射能汚染のないものまで多種多様であること,②通常運転時における廃棄物と異なり,大型鋼構造物,機器,配管,コンクリートなども含まれること,③また,量的にも大量であり,比較的短期間に発生すること等の特徴を有している。
 これらの排出物のうち,再利用可能なものは極力これに供し,また廃棄物となるものについては次の事項が考慮されて取り扱われることが必要である。
① 廃棄物のうち,そもそも放射能汚染のないものは,これを区別し,放射性廃棄物とは別途に取り扱われるべきである。また,放射能レベルが極めて低い廃棄物については,非放射性廃棄物と同等に合理的な処理処分ができるようにするための検討が必要である。
 なお,放射能汚染がある廃棄物については,必要に応じ,適当な除染を行い,放射能汚染の程度を確認することにより,上記のような区分に応じて取り扱われることが適切である。
② 放射性廃棄物の処分は,陸地処分と海洋処分との組合せとなると考えられるので,これらの処分対策を更に強力に推進する必要がある。

(5) 諸制度の整備
 米国,西独等において,原子炉の廃止措置は法律上の一行為として位置づけられ,原子炉の設置,運転に関する許認可を終結させるものとしてその実施には法的規制が行われている。
 我が国においては,「核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」に原子炉の解体の事前届出及び主務大臣の措置命令についての規定等がある。今後,それらの運用に関し,これまでの内外の原子炉の廃止措置の実施例を参考として,技術開発面での実態等を踏まえつつ,以下の項目について検討が行われる必要がある。
① 原子炉の廃止措置として密閉管理又は遮蔽隔離を行う場合の規制のあり方
② 解体撤去工事の安全基準
③ 解体撤去工事の完了条件
④ 密閉管理又は遮蔽隔離期間中における原子炉施設の安全管理基準(遮蔽構造物等の健全性に関する基準,監視,巡視・点検)に関する基準等)
 このほか,次の項目についても,関連諸制度の整備を検討する必要がある。
① 資金面の対応策
② 原子炉施設の解体に伴って発生する放射性廃棄物の処理処分基準
③ 原子力損害賠償制度上の取扱い

2. 対策の進め方
(1) スケジュール
 前述のように,原子炉の稼働期間を30年程度と見積ると,我が国においては,昭和70年代に入って具体的な実用発電用原子炉の恒久的な運転終了があり得るとして,それまでの間に段階的に技術の開発,諸制度の整備等対策を推進することが必要である。
 第I期(昭和50年代後半)
① 原子炉の廃止措置に関する基本的考え方及び合理的な計画方法の定着化の促進
② 原子炉施設の解体等に関する総合的な技術開発(確証試験を含む。)
③ 原子炉の廃止措置を行う上での安全性及び経済性の面から整備されるべき関連制度の必要事項及び枠組みの検討,整理
④ 資金面の対応策の確立
 第II期(昭和60年代前半)
① 第1期で開発された原子炉施設の解体等に関する技術のシステム化の推進及び試験用原子炉施設を活用した解体の実地試験の実施並びに確証試験の実施
② 原子炉の廃止措置に関する安全基準等関連する制度の整備
③ 原子炉の廃止措置を実施する上で必要な人材の養成等体制の整備
 第III期(昭和60年代後半)
① 原子炉施設の解体等に関する技術の改良
② 個別の実用発電用原子炉について必要に応じた具体的計画の策定

(2) 協力体制
 前記のように,原子炉の廃止措置に関する対策は原子力開発利用推進上の重要な課題であり,地域社会へ及ぼす影響も考慮し,国,関係民間機関等が協力して,今後積極的に技術の向上,諸制度の整備等対策の確立に努めるべきである。
 原子炉施設の解体等に関する技術開発については,原子炉の廃止措置が民間の原子炉設置者により実施されること,多くの技術が既存技術の改良により開発されるものであることなどから,民間が主体となって進められるべきである。また,安全規制に必要な技術的知見の集積,民間における解体等の技術開発の促進及び原子力発電のパブリック・アクセプタンスの増進等の観点から,国はリスクの大きい技術開発,安全性,信頼性の確保上特に重要と考えられる技術の開発(確証試験を含む。)及び試験用原子炉施設の解体の実地試験を行うことが適当である。
 一方,安全規制,資金面の対応策等の関連制度については,関係行政機関において,相互に有機的な連携をとりつつ,具体的な検討作業が進められる必要がある。
 上記のスケジュールに沿った対策の均衡のとれた推進を図るために,原子力委員会は適宜,進捗状況のチェックアンドレビューを行う必要がある。

(v) 低レベル放射性廃棄物対策について

昭和57年6月4日
原子力委員会
放射性廃棄物対策専門部会

 はじめに
 放射性廃棄物を適切に処理処分することは,原子力研究開発利用を推進していく上での重要な課題であり,原子力委員会は,昭和51年10月,「放射性廃棄物対策について」を決定し,放射性廃棄物対策の基本方針を示しているところである。
 上記の基本方針に沿って,現在,低レベル放射性廃棄物の海洋処分については,技術的な検討,制度面の整備等の諸準備が行われ,内外関係者の理解を得るための努力がなされているところであり,陸地処分については,固化体からの核種の浸出性,核種の環境における移行等に関する所要の調査研究が行われてきている。
 また,この間に,我が国における原子力発電設備容量は,昭和56年度末で23基約1,610万kWの規模に達しており,総発電電力量の約18%を占めるに至っている。これに伴って,原子力発電所等から発生する低レベル放射性廃棄物の量も増加しており,これに対応するための処理技術開発や新しい技術の導入が進められている。
 本専門部会は,上記の原子力委員会決定に示されている基本方針及び最近の技術の進展や内外の情勢等を踏まえ,低レベル放射性廃棄物の処理処分対策に関して,調査審議し,ここにとりまとめたので報告する。
 本専門部会では,昭和75年度に至る低レベル放射性廃棄物の発生量を予測し,処理,施設貯蔵及び処分の推進方策,極低レベル放射性廃棄物の合理的な処理処分,廃棄の事業制度等の課題について検討を行った。
 なお,放射性廃棄物対策は,世界的にも共通の課題であり,国内における研究開発との関連に留意しつつ,今後とも,国際原子力機関(IAEA)における処分に関する指針策定作業,経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)における情報交換等国際協力に積極的に参加していくものとする。
 本報告書における低レベル放射性廃棄物対策については,エネルギー需給見通し,今後の技術の進展,内外の動向等に対応して適宜見直される必要があるが,ここに示された考え方に沿って,関係者間の協議を経て具体的施策が展開されていくことを期待する。

1. 低レベル放射性廃棄物対策の基本的考え方
 低レベル放射性廃棄物は,原子力発電所をはじめとして,ウラン燃料加工施設,再処理施設,大型研究施設,RI使用施設等から発生するが,その種類,性状,放射能レベル等は極めて多種多様であり,それぞれに応じて適切な処理処分の方策を採ることが必要である。
 低レベル放射性廃棄物対策においては,原子力開発利用の進展に伴って発生する放射性廃棄物の相当部分を占める固体状の放射性廃棄物が当面の課題である。
 この固体廃棄物は,放射性核種に応じて,ベータ・ガンマ(β・γ)廃棄物とアルファ(α)廃棄物に分けることができ,その種類や処理の形態に応じて,海洋処分,陸地処分及び地層処分が考えられる。このうち,ベータ・ガンマ廃棄物は,主として原子力発電所から発生するものであり,その処分としては海洋処分及び陸地処分が考えられる。アルファ廃棄物は,主として再処理施設から発生する超ウラン元素を含むいわゆるTRU廃棄物(TRU:Trans-Uranium(超ウラン))及びウラン燃料加工施設等から発生するその他の固体廃棄物に分けることができる。アルファ廃棄物のうち,TRU廃棄物については,地層処分が考えられ,その他の固体廃棄物については,個々の固体廃棄物の特性に応じた取扱いが必要である。
 低レベル放射性廃棄物の処理に当たっては,保管,輸送及び最終的な処分までを考慮して,安全の確保,環境の保全等の観点から,放射性廃棄物の発生量の低減,発生した放射性廃棄物の減容及び安定化を可能な限り行うことが重要である。
 また,低レベル放射性廃棄物の処分に当たっては,放射性廃棄物の特性に応じて人工バリア及び天然バリアにより総合的に安全性を確保することが重要である。
 なお,低レベル放射性廃棄物の処理処分対策を円滑に進めるに当たっては,所要の体制,法令等の整備を図るとともに,関係者の理解を得るための施策を講ずる必要がある。

2. 低レベル放射性廃棄物の発生量予測
 低レベル放射性廃棄物について今後の対策を検討するに当たっては,その現状を把握するとともに,将来の見通しを踏まえて行うことが重要である。
 このため,本専門部会では,原子力発電設備容量を昭和65年度4,600万kW,昭和75年度9,000万kWと想定し,また,今後10年程度の間に導入が可能であると考えられる焼却,圧縮,プラスチック固化等の処理技術等を考慮して,昭和75年度に至る低レベル放射性廃棄物の発生量予測を行った。
 この結果,低レベル放射性廃棄物は,200lドラム缶にして昭和65年度には約7万本,昭和75年度には約9万本発生するものと予測され,累積では,昭和65年度に約110万本,昭和75年度には約180万本になると予測される。その大部分は,ベータ・ガンマ廃棄物であり,アルファ廃棄物の発生量の累積は,昭和75年度において全体の数パーセント程度と予測される。
 また海洋処分の対象になるもの及び陸地処分・地層処分の対象になるものは,それぞれ半分程度と予測される。

3. 低レベル放射性廃棄物の処理
3.1 基本的考え方
 低レベル放射性廃棄物の処理に当たっては,保管,輸送及び最終的な処分までを考慮して,一般公衆の安全の確保,環境の保全等を図る観点から適切にこれを行うことが重要である。
 また,低レベル放射性廃棄物は,各原子力施設から多種多様なものが比較的大量に発生することを考慮すれば,次のような処理を可能な限り行うことが重要である。
① 放射性廃棄物の発生量の低減:放射性廃棄物の処理,保管,輸送,処分の所要量を低減するため,放射性廃棄物の発生量を低減すること
② 放射性廃棄物の減容:放射性廃棄物の保管,輸送,処分の所要量を低減するため,放射性廃棄物を減容すること
③ 放射性廃棄物の安定化:放射性廃棄物の取扱いを容易にし,保管,輸送,処分に係る安全性を確保するため,放射性廃棄物を固化するなど安定した形態にすること

3.2 処理の現状
 原子力施設から発生する低レベル放射性廃棄物のうち,気体状のもの及び液体状のものの一部については,法令で定められた基準値を下回るようにして,環境に放出されている。その他の液体状のもの及び固体状のものについては,セメント固化,アスファルト固化,焼却,圧縮等の処理を行うなどして,施設内に安全に保管されている。
 なお,RI使用施設等から発生する放射性廃棄物については,一部これらの施設内に保管されているほか,大部分は(社)日本アイソトープ協会によって集荷,保管され,遂次,日本原子力研究所において,焼却,圧縮等の処理がなされた後,同研究所の施設内に保管されている。

(1) 気体廃棄物
 希ガス,ヨウ素等の気体状の放射性廃棄物は,フィルターや,希ガスホールドアップ装置等により法令で定められた基準値を下回るようにして,大気中に放出されている。
 なお,これらの処理に使用されたフィルター等は,固体廃棄物となる。

(2) 液体廃棄物
 プロセス廃液,イオン交換樹脂の再生廃液,洗濯廃液等の液体状の放射性廃棄物の大部分は,ろ過,蒸発濃縮,イオン交換,凝集沈澱物の処理を行い,その結果濃縮された廃液,凝集沈澱物等については,セメント固化等により固体廃液物となる。一方,このようにして得られた水については再利用,又は,法令で定められた基準値を下回るようにして,海洋等に放出されている。なお,有機廃液等の一部の液体廃棄物については,施設内に保管されているものもある。

(3) 固体廃棄物
 固体状の放射性廃棄物としては,紙,布等の可燃性のもの,ゴム,ガラス,コンクリート,金属等の難燃性,不燃性のもの,フィルター,フィルター・スラッジ,濃縮廃液を固化したもの,使用済のイオン交換樹脂等がある。
 これらの固体廃棄物のうち,可燃性のものや難燃性,不燃性のものは,ドラム缶に封入して施設内の貯蔵庫に保管されているが,一部の原子力施設では,圧縮や焼却等の処理を行った後,ドラム缶等の容器に封入し,施設内の貯蔵庫に保管されている。
 フィルターはドラム缶等の容器に封入し,また,濃縮廃液はセメント等でドラム缶内に固化し,施設内の貯蔵庫に保管されている。
 また,フィルター・スラッジ,使用済のイオン交換樹脂,凝集沈澱物の大部分は,施設内の貯蔵タンク等に保管されている。

3.3 今後の進め方
 原子力施設から発生する低レベル放射性廃棄物は,今後の原子力利用の進展に伴い,相当な発生量増加が見込まれるので,これに適切に対応するため,発生量の低減,放射性廃棄物の減容,安定化を図るという観点から,処理技術開発の促進及び処理基準の整備を図っていく必要がある。

(1) 処理技術開発の促進
 原子力施設における低レベル放射性廃棄物の処理技術としては,濃縮,焼却,圧縮,セメント固化,アスファルト固化等が既に採用されている。また,放射性廃棄物の発生量の低減,減容,安定化の観点から,①放射性物質で汚染されたものの除染,②新しい型式のフィルター,③イオン交換樹脂等の酸消化,焼却,④濃縮廃液,焼却灰等のプラスチック固化,などの技術開発が民間を中心に進められている。
 これらの技術開発については,将来の処分方法との関連性を考慮しつつ,民間を中心に一層の促進が図られることを期待するとともに,国としては,これを積極的に支援していく必要があると考える。

(2) 処理基準の整備
 現在,種々の形態で原子力施設内に保管されている低レベル放射性廃棄物は,必要に応じ,適切な処理を施した後,最終的には処分する必要がある。
 低レベル放射性廃棄物の処分は,海洋処分と陸地処分をあわせて行うことが適当と考えられるが,処分を行うに当たっては,放射性廃棄物の処理の形態並びに海洋処分にあっては処分予定海域付近の状況及び陸地処分にあっては処分施設の健全性や周辺の環境条件等を考慮し,総合的に安全性を確保する必要がある。
 処理の形態については,海洋処分に関して,セメント固化体の基準が定められており,今後,アスファルト固化体,プラスチック固化体等の新しい固化体についても,所要の試験研究を推進し,海洋処分,陸地処分に応じて早急に基準化を図る必要がある。

4. 低レベル放射性廃棄物の施設貯蔵
 施設貯蔵は,原子力発電所等の敷地外において低レベル放射性廃棄物を集中的に貯蔵するものであり,陸地処分を進めるに当たっての一つのオプションとして現実的な対応策である。
 施設貯蔵は,既に原子力施設において安全に行われている保管の実績と経験を活かすことにより,技術的に十分実施が可能であると考えられるので,関係者の理解を得てできるだけ早期に開始することを目標とする。
 施設貯蔵については,民間において進められる立地,環境調査,建設等今後の諸準備と並行して,国においては,法令,指針等の所要の検討を進めていく必要がある。
 なお,施設貯蔵に当たっては,放射性廃棄物中の放射性核種,放射能レベル,放射線量率,形状等を考慮し,分類,管理することが望ましい。

5. 低レベル放射性廃棄物の処分
5.1 海洋処分
5.1.1 基本的考え方及び現状
 海洋処分は,安定な固化体とした低レベル放射性廃棄物を深さ4,000メートル以上の海底に処分するものであり,その実施に当たっては,次のような原子力委員会の基本的方針のもとに進められている。
① 事前に安全評価を行った上で,国の責任のもとに試験的海洋処分を行い,その結果を踏まえて本格的海洋処分を行う。
② 国際的協調のもとに行う。
③ 内外の関係者の理解を得て行う。
 我が国においては,これまで環境安全評価,法令の整備等の諸準備が行われており,現在,内外関係者の理解を得るための努力が続けられている。
 即ち,昭和51年,科学技術庁において環境安全評価がとりまとめられ,昭和54年,原子力安全委員会においてその評価内容は妥当であり,安全は十分に確保されることが確認されている。
 また,海洋処分の国際的協調に関しては,我が国は,昭和55年「廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約」(ロンドン条約)を批准し,また,昭和56年には,OECD/NEAの「放射性廃棄物の海洋投棄に関する多数国間協議監視制度」に参加した。
 更に,海洋処分の実施に関し,内外関係者の理解を得ることについては,昭和51年以来,国内水産関係者等への説明が行われており,また,太平洋関係諸国等に対しても専門家を派遣し,国際的な基準に基づき,安全性を確認の上で海洋処分を行うとの我が国の基本的な考え方,海洋処分の計画の内容等について説明が行われている。

5.1.2 海洋処分の進め方
 このように海洋処分実施のための諸準備が進められてきているところであるが,できるだけ早い時期に試験的海洋処分が実施できるよう,今後とも,国内的には水産業界等の理解を得るため,なお一層説明の努力を重ねるとともに,対外的にも,あらゆる機会をとらえ,関係諸国等の理解を得るよう努めていく必要がある。

5.2 陸地処分
5.2.1 基本的考え方
 陸地処分に当たっては,低レベル放射性廃棄物の特性に応じて固化体や処分施設等の人工バリア及び土壌や地層という天然バリアにより総合的に安全性を確保できるようその処分方式を決定することが必要である。
 処分方式としては, トレンチ,ピット,構造物又は地下空洞内への処分が考えられる。
 今後,これらの処分方式について検討を行い,その安全性を確保し,処分に移行するものとするが,処分を行った後も,必要に応じ環境モニタリング等が行えるよう措置し,一般公衆の安全の確保,環境の保全に配慮しつつ,順次,管理の軽減を図っていくことが考えられる。

5.2.2 陸地処分の進め方
(1) 安全評価手法の整備
 陸地処分を進めるに当たっては,処分による低レベル放射性廃棄物の一般公衆に与える影響を評価し,安全性を確認するための安全評価手法の整備を行う必要がある。
 この安全評価手法は種々の基礎データ及びそのデータを用いて放射性核種の環境移行から一般公衆の被曝までを評価できる安全評価モデルから成り立っている。
 これらに関する試験研究は,これまで(財)原子力環境整備センター,日本原子力研究所を中心として行われてきており,基礎データについては,固化体からの核種の短期浸出性,土壌における核種の移行等主として核種の挙動に関するものが得られている。今後,これらのデータに加えて,核種の長期浸出性,土壌の環境条件の変化に対する核種の移行,処分施設の構造材等人工バリアの健全性等に関するデータの蓄積を図る必要がある。
 一方,安全評価モデルについては,種々の環境における放射性核種移行モデル,人間の被曝線量の評価モデル等放射性核種の環境移行から一般公衆の被曝までを評価できる総合安全評価の実施に必要な個々のモデルが得られている。今後は,個々の安全評価モデルと今後得られるデータを用いた解析による結果と,解析条件を模擬したシミュレーション試験の結果を比較するなどして,安全評価モデルの改良を行う必要がある。
 以上のように,安全評価手法については,基礎的なデータ及び個々の安全評価モデルにより基本的なものは得られているが,今後,上で述べたようにデータの蓄積と個々のモデルの改良を行い,精度良い総合安全評価を行う手法を開発していくものとする。
 なお,このような試験研究の実施に当たっては,実験室におけるコールド及びホット試験並びに野外におけるコールド試験を組み合わせて行うことが効率的である。

(2) 処分施設に関する法令,指針の整備
 陸地処分の円滑な実施を図るため,今後の処分の本格化に対応して処分の体制の整備を図るとともに,処分に関する法令及び処分施設の安全審査に際し,統一的な観点からの評価が可能となるよう陸地処分施設の設置に関する指針の整備が重要であり,国において,我が国の各種指針,諸外国の指針等を参考にしつつ,これを進める必要がある。

(3) 処分の実施
 陸地処分の実施に当たっては,民間において立地,環境調査等を進めるとともに,処分施設の安全評価を行う必要がある。その後,当該施設において低レベル放射性廃棄物の搬入,収納,埋戻しに至る一連の処分技術を実証するため,試験的に処分を実施し,引き続き本格的な処分に移行するものとする。

6. TRU廃棄物対策
6.1 基本的考え方
 再処理工場,混合酸化物燃料加工施設等から発生するTRU廃棄物については,現在,その発生量は限られているが,今後,民間における再処理工場の運転,プルトニウム燃料利用の本格化等により発生量の増加が見込まれることから,TRU廃棄物の処理処分対策の推進が必要である。
 TRU廃棄物は,長半減期の放射性核種が含まれており,長期間の隔離を必要とするという点で高レベル放射性廃棄物と類似性があるが,遮蔽が容易で発熱量も少ないこと,放射性廃棄物の種類が多く,その性状が多様であること等の相異点も有している。このため,TRU廃棄物の処理に当たっては,第3章に述べたように,放射性廃棄物の発生量の低減,減容,安定化の諸点を配慮するとともに,処分に当たっては,高レベル放射性廃棄物と同様の長期間にわたる隔離を目標とした地層処分を行う必要があると考えられる。

6.2 技術開発の現状と今後の進め方
 TRU廃棄物の処理については,現在,動力炉・核燃料開発事業団において,その減容,安定化の観点から可燃物を対象とする酸消化法,金属廃棄物の溶融法,焼却灰その他の不燃物等を対象とするマイクロ波溶融法等の技術開発が行われている。
 今後は,これらの技術開発を一層推進するとともに,大型機材等の除染,解体技術,有用核種の回収技術,TRU廃棄物とベータ・ガンマ廃棄物との区分管理,処理の基準化等についても,調査研究を進める必要がある。
 TRU廃棄物の処分については,高レベル放射性廃棄物に関する研究開発によって対応できる部分もあると考えられるが,TRU廃棄物の処理方法が高レベル放射性廃棄物の場合と異なることから,固化体の特性,処分環境下での放射性核種移行等TRU廃棄物に特有の課題について所要の研究開発を行う必要がある。

7. その他
7.1 陸地処分関連施設の立地促進
 陸地処分関連施設の立地に関する関係者の合意の形成については,基本的に設置者が主体となって行うべきであるが,国としても立地手続の明確化を図るとともに,関係省庁,地方公共団体との密接な連繋により当該施設の必要性,安全性等に関し,その理解を得るための努力を重ねることが重要である。また,当該施設の立地の促進が,原子力発電施設設置の円滑化に資することを考慮し,いわゆる電源三法(発電用施設周辺地域整備法,電源開発促進税法及び電源開発促進対策特別会計法)の活用を図り,広報対策,地域振興策等を講じていく必要がある。
 なお,このような陸地処分関連施設については,我が国では事例がなく,今後,これらの立地を円滑に進めるため,海外において実際に行われている陸地処分等の例も参考にしつつ,我が国に適した施設の具体例を明らかにしていくことが必要と考えられる。

7.2 極低レベル放射性廃棄物の合理的な処理処分
 原子力施設から発生する固体状の放射性廃棄物のなかには,そもそも放射能で汚染されていないもの及び放射能による汚染の程度が極めて低いいわゆる極低レベル放射性廃棄物も含まれている。
 放射性廃棄物の処理処分は,その放射能レベルに応じて適切に行うことが重要であり,極低レベル放射性廃棄物は,放射能で汚染されていないものと同等に取り扱うなど合理的な処理処分を行う必要がある。
 このため,これまでに実施された国内での調査研究の成果,海外での実施状況等を踏まえ,合理的に処分できる放射能レベルの設定,設定した放射能レベルの確認方法,具体的な処分方式,処分の実施体制を十分検討し,所要の法令,体制の整備等を図る必要がある。特に,将来,原子力施設の解体に伴って大量の廃棄物が発生すると考えられることから,その合理的な処理処分は極めて重要な課題である。

7.3 廃棄の事業制度
 低レベル放射性廃棄物を処理処分するに当たっては,それぞれの原子力事業のもつ特性を踏まえ,効率的に行うことが必要である。
 RI使用施設等から発生する低レベル放射性廃棄物については,放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律において,放射性廃棄物を業として廃棄しようとする者(廃棄業者)が規定されており,廃棄業者により放射性廃棄物の集荷,貯蔵及び処理が実施されている。今後,RI利用の拡大に伴い,放射性廃棄物の発生量の増加等に対応するため,これらを共同して処理する体制の拡充を図る必要がある。
 原子力発電所,核燃料加工施設等から発生する低レベル放射性廃棄物については,核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(原子炉等規制法)において,その処理処分は各原子力事業者が行うこととされている。しかし,核燃料加工事業等については,放射性廃棄物をそれぞれの施設内で処理することが適切でない場合もあることから,放射性廃棄物を共同して処理することが必要であると考えられる。
 更に,今後,低レベル放射性廃棄物の試験的海洋処分の実施,陸地処分の研究開発を経て,処分が本格化することが見込まれる。
 以上のような低レベル放射性廃棄物の共同処理の進展,処分の本格化に対応するため,これらの放射性廃棄物の集荷,貯蔵,処理及び処分に係る所要の体制を整備するとともに,原子炉等規制法における廃棄業者の位置付け等所要の法制整備を図る必要がある。

7.4 低レベル放射性廃棄物の輸送
 我が国における新燃料,使用済燃料等の放射性物質の輸送は,IAEAの放射性物質安全輸送規則に基づいて整備された輸送に関する諸規則により安全に実施されてきており,既に十分な経験が積み重ねられている。
 低レベル放射性廃棄物の輸送についても,基本的にこれらの輸送と同等に実施できるものであり,安全性については問題ないと考えられる。
 しかしながら,低レベル放射性廃棄物は一度に大量のものが輸送されると考えられるので,輸送の効率化を図るため,輸送システム等について検討する必要がある。
 なお,上記IAEAの規則は,放射性物質の輸送をめぐる最近の動向を踏まえ,現在,改訂作業中であり,我が国も同作業に貢献しているが,本規則を参考にして我が国の輸送規制が行われていることから,この動向にも十分注目しておく必要がある。

(vi) 長期計画専門部会報告書

昭和57年6月25日
原子力委員会
長期計画専門部会

 はじめに
 当専門部会は,昨年3月に設置されて以来,「原子力研究開発利用長期計画(昭和53年9月12日,原子力委員会決定)」の見直しに必要な事項の調査・審議を行ってきたが,その調査審議結果を踏まえ新長期計画案を取りまとめたのでここに報告する。
 新長期計画案の取りまとめに当たっては,昭和53年9月以降の内外情勢の変化に的確に対応し得るものとすべく努めたところであるが,中でも主要な情勢変化として特に考慮した点は次の3点である。
① 石油代替エネルギーの積極的な開発導入が強く求められるようになり,その中核として供給安定性・経済性に優れた原子力発電に対する期待が一層高まったこと。
② 国が中心となって進めてきた大型研究開発が着実に進展し,そのうちのいくつかが実用化を達成していく段階を迎えていること。
③ 国際核燃料サイクル評価(INFCE)において原子力平和利用と核不拡散は両立し得るとの結論が得られ,原子力平和利用を積極的に推進することについて国際的な理解が進んだこと。
 本報告書は,以上の諸点を十分考慮に入れ,21世紀を展望しつつ,今後10年間における原子力開発利用に関する重点施策の大綱とその推進方策を新長期計画案として取りまとめたものであり,今後本報告の線に沿って我が国の原子力開発利用が従来にも増して積極的に推進されることを強く希望する。
 (以下本文は原子力開発利用長期計画(昭和57年6月30日,原子力委員会決定)の本文と同じ)

(vii) 長期計画専門部会基本問題分科会(抜すい)

昭和57年2月9日
長期計画専門部会
基本問題分科会

 はじめに
 当分科会は,昨年11月,原子力発電の円滑な推進方策等に関する検討結果を,「基本問題分科会報告書(I)」としてとりまとめたところであるが,今般,高速増殖炉開発の進め方及び自主開発技術の実用化方策について検討を行い,ここにその結果をとりまとめたので報告する。

1. 高速増殖炉の実用化方策
 当分科会は,高速増殖炉の実用化方策について検討するため,高速増殖炉小委員会を設け,実証炉以降の開発の進め方,高速増殖炉燃料に係る核燃料サイクル等についてとりまとめを行ってきた。
 このたび,高速増殖炉小委員会から別添のとおり報告を受け,同報告を基に当分科会として検討した結果,当分科会としては,高速増殖炉小委員会の報告は妥当であると考える。
 なお,今後の開発スケジュールについては,実証炉の着工に至るための諸条件の実現性を考慮しつつ,原子力発電計画,他の原子力プロジェクトの計画等との整合性を図る必要があると考える。

別添 高速増殖炉の実用化方策に関する調査検討報告書

昭和56年10月28日
長期計画専門部会
基本問題分科会
高速増殖炉小委員会

1. まえがき
 我が国の将来にわたるエネルギーの安定供給の確保のためには,石油代替エネルギーの中核としての原子力の開発が不可欠である。現在,原子力発電は軽水炉に主体が置かれているが,将来のエネルギー供給の安定自立を図るための根幹として,ウラン資源を飛躍的に効率よく利用し得る高速増殖炉を自主技術として早急に確立し,実用化を推進することが課題である。
 我が国で高速増殖炉開発について,本格的な検討が開始されたのは,1964年10月原子力委員会に動力炉懇談会が設置されてからである。1966年5月には動力炉開発の基本方針が策定され,高速増殖炉と新型転換炉の開発がナショナルプロジェクトとして取り上げられることになり,1967年10月に動力炉・核燃料開発事業団が設立され,続いて1968年3月には「動力炉・核燃料開発事業団の動力炉開発業務に関する基本方針」が決定され,高速増殖炉の自主開発が具体的に開始された。この基本方針に基づき,高速増殖炉は,プルトニウムとウランの混合酸化物燃料を使用したナトリウム冷却型の実験炉と原型炉を開発することになった。
 高速実験炉「常陽」は,第1期熱出力5万kWで1970年2月に設置許可を得て,同月3月に着工,1977年4月に臨界達成,1978年10月から熱出力5万kWで運転を開始,1980年2月から熱出力を7万5千kWに上昇して運転を継続している。
 高速増殖原型炉「もんじゅ」は,電気出力約28万kWの我が国初の高速増殖発電炉であり,1968年から予備設計を開始,その後概念設計,調整設計,製作準備設計を経て,1980年12月設置許可申請を行い,現在,行政庁による安全審査が進められている。
 高速増殖炉は,核燃料の有効利用上優れた特徴をもつ一方,プルトニウム燃料を使用すること,冷却材にナトリウムを用い500°C以上の高温で運転することなどこれまで経験の少ない工学的問題があり,自主開発を行うには広い分野にわたる研究開発が必要である。したがって,まず,実験炉について炉物理,ナトリウム機器,燃料・材料,安全性等に関する研究開発を進めてきたが,その後原型炉の設計の進捗に伴い,研究開発は,次第に原型炉のためのものに移行し,現在は原型炉の安全審査及び工事認可のためのものを中心に行われている。
 以上のように高速増殖炉の実験炉及び原型炉については,動力炉・核燃料開発事業団が中心となって開発推進してきた結果,原型炉の着工を間近かに控える段階にまで至った。今後高速増殖炉の早急な実用化を図るため,核燃料サイクルを含めた高速増殖炉開発の進め方について,これまでに得られた知見を踏まえ,基本的な考え方を整理し,実証炉以降の開発スケジュール,開発体制,研究開発,資金計画等の諸問題に関する調査検討を行い,開発計画の円滑な促進を図ることとする。

2. 内外における高速増殖炉をめぐる状況
(1) 実証炉に関する海外の動向
 実験炉を含む世界の高速増殖炉開発状況及びそのスケジュール(表-1参照)を見ても世界の先進国すべてが高速増殖炉開発を進め,現在ほぼ原型炉段階から実証炉開発の段階に進もうとしている。
 現在,高速増殖炉開発計画が最も進んでいるのはフランスである。既に電気出力25万kWの原型炉phenixを1973年臨界以来順調に運転してきており,また電気出力120万kWの実証炉Super.Phenixが1983年末臨界の予定で順調に建設中である。さらにミッテラン政権登場以前は,1985年より1年半おきに電気出力150万kW大型炉を2基ずつ,合計6基着工する予定で,経済性向上を重視した合理化設計が行われてきた。しかし,ミッテラン政権は,現状ではSu-pere-Phenixの建設継続は認めたがそれ以降の政策決定はSuper-Phenix完成後に行うこととしている。
 また,燃料サイクルについてはPhenixの使用済燃料を再処理しつつ再処理研究を行うことを目的としてマルクールに再処理設備(TOR)の建設を進めているほか将来の高速増殖炉サイクルの確立のために燃料加工及び再処理プラント(PURR)の建設計画を進めている。
 アメリカは高速増殖炉開発に最も長い歴史をもっているが,1977年核不拡散の観点からカーター政権は高速増殖炉商業化の無期延期,電力出力38万kWの原型炉CRBRの建設中止の政策を打ち出し,議会と対立した。議会は高速増殖炉開発の継続を図るため,電気出力100万kWの大型炉の概念設計研究(CDS)を開始させた。CDSは1978年10月から開始され,1981年3月完了し,現在議会でこの内容及び今後の進め方について検討を行っている。
 1981年に発足したレーガン政権は高速増殖炉開発に積極的であり,CRBR建設継続予算を議会に提出し了承されている。またレーガン政権によるCRBR早期完成の指示に応じエネルギー省(DOE)は原子力規制委員会(NRC)に許認可早期再開を要望,NRCはCRBRプロジェクト室を新設した。またレーガン政権はエネルギー開発は民間を主体として行う政策を発表しており,DOEは民間参加割合を高めることを要請し,これを受けて民間電力においても今後の対応策の協議を始め,高速増殖炉に関しては炉型を含め技術的な面についても更に幅広い検討を行う模様である。
 また再処理については,高速増殖炉等のための再処理試験施設(HEF)の概念設計を本年完成させている。
 イギリスでは電気出力25万kWの原型炉PFRを1974年臨界にし,運転を行っている。一方電気出力130万kWの実証炉CDFRの設計が行われており,これに関しては従来,1983年公聴会,1985~86年着工と発表されていたが,イギリスでは石炭産業の保護,北海油田の開発,経済の低迷による電力需要の伸びなやみなどから,高速増殖炉を早急に開発するインセンティブは強くないこと,当面原子力関係ではAGRの建設,PWRの試験的導入で忙しく,これがCDFRの建設を遅らせている。また,イギリスでは実証炉建設を1国で行うには資金的負担が大き過ぎるという考え方から他国との共同開発を望んでいる。
 また,再処理についてはDFR用再処理施設を改造し,PFR燃料の再処理を進め,あわせて研究開発を実施しているほか,CDFR計画に対応した再処理プラントを計画中である。
 西ドイツは電気出力130万kWの実証炉SNR-IIの概念設計を進めている。しかし,1973年から建設を進めている電気出力30万kWの原型炉SNR-300が安全審査の遅延,建設差し止め裁判,原子力開発政策の混迷のために計画より大きく遅れ,最近は建設遅延による建設費の上昇のため資金問題も出ている。従来SNR-IIはSNR-300運開1年後に着工の予定であったが,SNR-300の運開が遅延しており(現在1985~86年の予定),また,議会はSNR-300の建設終了までしか認めていないなど高速増殖炉開発政策が未確定であり,SNR-IIの具体的建設計画は固まっていない。なお,有力民間電力が中心となって炉型比較検討を行うこととしている。
 ソ連は,特に同国西部はエネルギー資源に乏しく,需要の大きいソ連ヨーロッパ部をかかえているため,高速増殖炉開発は最優先プロジェクトになっている。我が国に伝わっている情報量は十分ではないが,ン連は既に電気出力15万kWの原型炉BN-350,電気出力60万kWの原型炉BN-600を運転している。また電気出力160万kWの実証炉BN-1600の設計を進めており,1985~86年着工と報道されている。それ以降の具体的な計画は発表されていない。

(2) 国際協力
 我が国としては自主技術により,高速増殖炉を開発することを基本として開発を進めてきているが,開発を効率的に推進するため研究開発に関して動力炉・核燃料開発事業団は,アメリカ,イギリス,フランス,西ドイツとの間に協力協定を締結し,技術情報交換,施設の利用,共同研究を行って多大の成果を得てきている。
 技術情報交換は,技術資料の交換,専門家会議やセミナーを開催しての討議によって行われてきており,今までに入手及び提供した技術資料は各国ともそれぞれ数百件,国によっては1000件を越えている。また専門家会議やセミナーの開催は日米間で66回その他で37回に達している。我が国が高速炉開発に着手した初期の段階では,我が国から出す資料数に比べ,高速炉開発が進展していた諸国から入ってきた資料の方が多く,我が国の研究開発に有効に活用されたが,最近では対等の立場での情報交換が行われるようになり,相互の設計・評価,安全審査などに活用されるようになってきている。
 施設の利用については,例えば「もんじゅ」炉心の設計に当たりイギリスのZEBRA炉を利用して共同実験を行った。また高速炉を使用しての燃料・材料の照射試験は,我が国では「常陽」が運転を開始するまで実施できなかったが,イギリスのDFR,フランスのRapsodie,Phenixを利用して,有効な照射試験を行い,我が国で加工した燃料・材料の健全性を確かめることができた。
 共同研究では,アメリカのZPPRを使用した日米共同大型炉臨界実験,フランスのCABRIを使用した国際的な安全性研究計画,アメリカのTREATやACRRを使用した日米共同安全性研究,アメリカのEBR-IIを使用した日米共同燃料健全性試験等がある。これらの共同実験は海外の施設を利用して,我が国で実施するには困難な試験を行うことができたばかりでなく,相互の費用の節約と所要期間の短縮に効果をあげている。
 また,政府間協定に基づく米国NRCやソ連との間の情報交換,IAEA,OECD/NEAの国際機関を通じての情報交換なども行い,有効な情報を得て活用している。

(3) 我が国における実証炉概念の検討状況
 我が国では「常陽」,「もんじゅ」の設計を通じて集積した技術及び関連する R&Dの成果を踏まえて,動力炉・核燃料開発事業団が昭和52年度から大型炉設計研究を,また電気事業者が昭和年53度から実証炉概念設計を,互いに協調しつつも,各々の経験に基づく特徴を生かしながら進めている。
 両者とも,実用規模の電気出力100万kW級のループ型ナトリウム冷却炉を対象とし,エンジニアリング面での最適化,信頼性及び安全性の向上,稼動率の向上等基本的な考え方を定めた上でいくつかの候補概念を設定して検討している。
 現在動力炉・核燃料開発事業団は着工期間までに確立できる見通しのある技術的進歩を加味するという考え方をとっており,一方電気事業者は,信頼性,運転の容易性,保守の容易性を重視した考え方をとっている。両者の設計主要目についてはかなり共通部分が多いが,ループ数,冷却材出口温度,燃料ピン径等一部について一致していないところがあり,更に検討調整を進める必要がある。また両者とも,大型化に伴い冷却材の炉容器への流入方式,ポンプ位置,燃料出入方式等一部に「もんじゅ」と異なった概念を検討している。なお,電気事業者ではループ型炉を基本として検討しているが,将来の炉型選定に対する弾力性を確保するためにタンク型炉についても耐震性試験を中心として検討している。
 我が国としては「常陽」,「もんじゅ」の経験を十分に活用し,更に海外の技術開発の成果等をも十分勘案して,将来の実用化を指向した実証炉として,炉型選択を含め種々の設計概念を早期に調整し,実証炉の基本仕様を確立する必要がある。

3. 実証炉以降の開発の進め方
(1) 開発段階の考え方
 高速増殖炉を自主技術として開発するには実験炉段階,原型炉段階,実証化段階の各段階を経て本格的実用段階に至らせることが必要である。
① 実験炉段階
 実験炉は,高速中性子を用いてプルトニウムを増殖するナトリウム冷却型高速炉を建設,運転することによって原型炉以降の開発に必要な基礎的技術経験を蓄積するとともに燃料・材料の照射にも活用することを目的とした炉である。
② 原型炉段階
 原型炉は,大型炉に至る中間規模の発電炉を開発しその設計,建設,運転の経験を通じて高速増殖発電プラントの性能,信頼性,安全性を実証するとともに将来の実用炉プラントへの大型化に対する技術的可能性を見極め,また,経済性についても評価する材料を得ることを目的とした炉である。
③ 実証化段階
 高速増殖炉を本格的実用段階に至らせるには,実証炉を含む数基の100万kW級炉を建設,運転して実用規模の発電プラント技術の実証,習熟,性能向上及び経済性の確立を図るための実証化段階が必要である。
 実証炉は,実用規模ヘスケールアップした発電プラント技術について信頼性を中心に実証し,あわせて実用炉の経済性の見通しを得ることを目的として,100万kW級の炉を1基建設する。
 また,実証炉に続く実証化段階においては実証炉で得られた技術の習熟と性能向上等により,コストダウンを図り経済性を向上させて実用発電プラントとして妥当な建設単価に至らせることを目的として,100万kW級の炉を数基建設する。
④ 本格的実用段階
 実用発電プラントとして経済性の達成された炉の段階である。

(2) 実証化段階の開発スケジュール
 21世紀にかけての我が国のエネルギーセキュリティの確保及び我が国の高速増殖炉産業の国際競争力育成等を考慮すると,21世紀初頭には本格的実用化を達成することが必要になるものと考えられる。高速増殖炉の本格的実用化には長期間を要し実際の運転経験を積んで初めて実現できると考えられるので,実証炉の着工目標を,後述するように,現時点で可能性のある最も早い時点の1990年頃に置くべきである。
 実証炉の開発スケジュールを検討した結果,このように着工目標を置くことは下記により可能であると考えられる。
① 先行炉での設計,建設,運転に関する技術的経験を,後続炉の設計,建設,運転に対し,各々の段階で適確な反映を図ることが必要であるが,「もんじゅ」の臨界は1987年を目標に置いており,仮に数年遅れても「もんじゅ」の経験を実証炉に十分反映できる。
② 資金分担及び開発体制の決定,立地の選定,確保,安全審査等に必要な期間を適切に見込む必要があるが,資金分担及び開発体制を1983年頃までに決定すれば,これらに必要な期間を確保できる可能性がある。ただし,これはスケジュールを確保する上で最も重要になる。
③ 基本設計,安全審査及び工事認可のために必要な研究開発の所要期間を適切に見込む必要があるが,1983年頃から本格的に着手すれば,着工までに約7年間あり,研究開発の成果を各々の必要な時期までに十分反映できる。
 なお,実証炉用核燃料サイクル施設については7章で後述するように必要時期に対処し得る。
 本格的実用段階までに建設すべき実証炉に続く炉の開発については,実証炉の開発と並行して実証炉の着工数年後から着工し順次に数基建設することが考えられるが,そのスケジュールについては,技術の習熟,性能向上等を勘案して経済性向上の見通しを立てながら決定すべきであり,今後の課題である。
 なお,実証化段階以降の高速増殖炉開発スケジュールの試案を表-2に示す。

(3) 実証化段階における開発体制と各機関の役割分担
① 基本的考え方
 実験炉は,高速増殖炉開発における基礎的役割から,その建設,運転は国により行われている。
 原型炉は,我が国で初めての高速増殖発電炉であり,国が主体となって建設,運転を行い,民間は協力を行っている。その際の資金分担の考え方として,電気事業者は同規模出力の軽水炉建設費相当の資金を拠出し,プラント製造事業者は研究投資として応分の額の資金を拠出することとしている。
 実証炉は,その技術が原型炉段階で実証されており,実用規模であることから,建設,運転にあたっては民間が積極的役割を果すことが望まれるが,スケールアップに伴うリスクもあり,国の協力を必要とする。
 実証炉に続く実証化段階では,実証炉により既にリスクが大幅に低減しているが,コスト高は避け得ないので経済性のある実用炉として確立するため,電気事業者及びメーカーが主体となり相互に協力して技術の習熟と性能向上を図り建設費の低減に努力すべきである。しかし,不確定要素があり,必要に応じて国の協力も考えられるが,今後の検討課題である。
② 実証炉の開発体制と各機関の役割分担
 実証炉開発に当たっては,その建設費に加えて大型化や核燃料サイクルに関する研究開発及び施設の建設に要する費用を含め多額の資金を要し,かつ多くの人材を投入することが必要である。実証炉を1990年頃着工するためには,用地確保,許認可手続き,地元対策などが研究開発に劣らぬリードタイムを要するので,実証炉の発注,受注及び研究開発を含む全体の開発体制を,遅くとも1983年頃までに確立することが強く望まれる。
 発注体制については,電気事業者が主体的役割を担うことが望ましいが,この場合実験炉及び原型炉段階で動力炉・核燃料開発事業団が果たした役割を,実証炉以降は電気事業者が果たせるよう留意する必要がある。また,発注主体は,決定後,速やかに立地の選定,所要の許認可手続き等諸準備を進める必要がある。
 受注体制のあり方については,今後の検討課題である。実験炉及び原型炉の段階では動力炉・核燃料開発事業団がその開発目標の達成の責任を負って技術開発を推進してきたが,実証炉以降は受注側が遂次責任をより大きく負えるようにすべきである。すなわち受注側は高速増殖炉プラントシステムエンジニアリングを始めとする技術を定着させ,系統機器の製造とそれに必要な研究開発が円滑に行えるよう技術の継承と蓄積を図るとともに,高速炉エンジニアリング社の位置付けの検討をも含め,発注体制に対応できる体制を確立する必要がある。
 研究開発については,民間の役割を増大させながら,引き続き国が主体となり,動力炉・核燃料開発事業団を中心に実施する必要がある。また,動力炉・核燃料開発事業団に蓄積された技術的経験及び施設を利用して,安全設計基準の整備,安全審査等に関する技術的協力,運転要員の教育訓練などが行えるような体制を確立する必要がある。
 なお,このような開発体制を確立するためには,人材の交流を通じて行うものも含め適切な技術の継承を図る必要がある。すなわち実験炉及び原型炉の建設,運転及び研究開発を通して蓄積された技術が電気事業者及びメーカーによって継承されるよう具体的方策を講じる必要があるほか,原型炉段階までに動力炉・核燃料開発事業団において高速増殖炉の設計,建設に従事する技術的経験者を実証炉段階で電気事業者及びメーカーへ適切に配置できるよう,人材の交流を行う必要がある。
 なお,実証炉開発の主要課題の関係を表-3に示す。

4. 研究開発
(1) 研究開発の考え方
 実証炉のための研究開発は,「常陽」及び「もんじゅ」のために行われた研究開発の成果,「常陽」の運転実績など先行炉の経験を有効に活用する必要がある。また,実証炉の研究開発には大型化に伴って必要な項目,安全性,信頼性向上のために必要な項目,従来と異なる設計概念のために必要な項目が重要になるものと考えられる。
 これらの研究開発項目の中には,着工の6~7年前から着手すべきものが多く,各項目のリードタイムを十分考慮した所要の計画に従って遅滞なく着手する必要がある。
 またこれらと並行して実証炉のみならずそれ以降をも含めた高速増殖炉開発全般にわたる長期的,共通的な研究開発を着実に進めることも重要である。
 更に,高速増殖炉の早期開発の必要性から実証炉は保守的な概念を採用せざるを得ないこともあり得るので,この場合には,実証炉に引き続いて建設される炉において採用することを目的として,核燃料サイクルを勘案し,サイクル全体のダブリングタイムを短縮するため増殖性の向上を図るなど性能向上,改良のための研究開発を進める必要がある。

(2) 研究開発の実施方法
 各研究開発項目は,実証炉基本仕様の確立後,詳細に決定される。それまでの間,動力炉・核燃料開発事業団はこの設計概念の確立のために必要な研究開発及び長期的,共通的研究開発について先行して行うとともに,所要施設の建設,装置の整備等先行する必要のある業務に着手する必要がある。
 また,リスクの大きい研究開発は,国の負担により,動力炉・核燃料開発事業団が中心となって,大洗・東海の技術者や施設など国の研究機関を十分に活用して進め,更にデータ,計算コード,基準等のソフトの研究開発の充実を図る必要がある。
 今後は電気事業者も高速増殖炉の実用化を指向して運転保守の改善に関する研究課題等について,また,メーカーも機器,材料の試作,改良等について自主的に研究開発を進めることが望ましい。
 なお,研究開発を効率的に実施するには,動力炉・核燃料開発事業団,各研究機関,電気事業者,メーカーの密接な連絡,協調が必要である。これを更に効果的に実施するため,電気事業者,メーカーなどの大洗工学センターの試験活動へのより積極的な参加及び各機関による適切な分担が望まれる。

5. 今後の国際協力のあり方
 実証化段階においては,今まで以上に国際協力を積極的に活用し効率的に進める必要があり,国と民間がそれぞれの役割分担に応じて自主開発を補完し,全体として整合性をとりつつ国際協力を進める必要がある。
 特に,時間と経費がかかり特定の大型施設を要する炉物理実験,安全性の炉内実験などは国際的共同実験を行うなどして研究開発を効果的に進めるほか,国際的な基準類の検討評価等国際協力をより円滑かつ効率的に進めて行く必要がある。

6. 所要資金
(1) 建設費
 実証炉の建設費については,内外の経験及び実証炉の概念設計の進捗に基づいて推定し,資金分担及び開発体制について検討するための材料として準備することが当面の課題である。
 海外の情報によれば,フランスのSuper-Phenix及びアメリカのCDSでの建設単価の見積りは同規模の軽水炉の2~3倍程度となっている。
 また,ウランの価格の高騰を考えても,本格的実用段階で軽水炉と競合できるためには,1.3倍程度でなければならないという試算がなされている。
 実証化段階を通じて技術的な習熟と性能向上によりコストダウンを図るが,実証炉はある程度割高にならざるを得ないので,その建設単価の目標は同規模の軽水炉の2倍程度と考える。

(2) 研究開発費
 実証炉の研究開発費については,動力炉・核燃料開発事業団の1980年度までの設計研究に基づき,実証炉の工事認可までに必要な研究開発及びそのための試験施設の所要資金として約1,300億円という試算がある(表-4実証炉のための研究開発項目及び所要資金参照)。
 ただし,これには,長期的,共通的研究開発費及び燃料サイクル関係研究開発費は含まれていない。また,この試算は,1981年度価格での試算であり,エスカレーションは含まれていない。
 なお,炉型選択の問題や設計の基本概念の違いにより資金の若干の変動はあるが,研究開発の70%程度は炉型にかかわらず共通的であると予想される。

7. 実証化段階における核燃料サイクル
(1) プルトニウム燃料成型加工
 現在,動力炉・核燃料開発事業団において「常陽」用及び「ふげん」用のプルトニウム燃料製造施設が稼動している。次の段階として「もんじゅ」用燃料を供給することを通じて,作業被曝の低減と大量加工技術の取得を目的とした高速増殖炉燃料製造技術開発施設(製造能力5t/年)を1981年に着工する予定である。この施設は,遠隔操作技術と自動制御システムを採用しており,1986年から操業を開始する計画である。また,実証炉燃料については,同施設の設備増強を行い製造能力を15t/年とすることにより,1995年頃から対応できる。
 また,実証炉後の実証化段階における燃料需要に対応するため一層大規模な成型加工施設が必要であるが,設備容量の大型化について,今後,技術的フィージビリティ及び経済性の観点からの検討を実施した上で,具体的な高速炉の建設計画と対応させながら燃料供給体制の具体化を図る必要がある。

(2) 高速増殖炉燃料再処理
 高速増殖炉燃料再処理技術については,動力炉・核燃料開発事業団において,高速炉協定をベースとした国際協力を進める一方,大学,日本原子力研究所,産業界の全面的な協力を得て,東海再処理工場の経験を取り入れつつ自主技術の確立をめざしている。具体的には,「もんじゅ」等の燃料を処理しつつ再処理技術の開発を行うため,1990年代初め頃に運転を開始することを目途とした高速炉燃料再処理試験施設(パイロットプラント)の計画を進めている。
 このパイロットプラント計画に必要なプラント設計とともにプラント機器,システムの開発を実規模で進める一方,高レベル放射性物質研究施設(CPF)において照射燃料を使用しての再処理工程の研究を行っている。
 パイロットプラントにおいては,「もんじゅ」について炉心燃料のみを優先的に処理することによって,実証炉の炉心燃料の再処理もあわせて行い得る容量を有するので,取りあえずこのパイロットプラントで実証炉燃料の再処理を行うことも考えられる。
 また,実証化段階の高速増殖炉数基の運転に対応する大型プラントの開発が必要であるが,再処理技術の開発にかなりの資金,期間及び要員等が必要であることを勘案してパイロットプラントの経験を基に適切な計画を立案し,開発を進める必要がある。この際,燃料供給の面からの再処理プラントの必要性については,時間的余裕があると考えられるが,再処理技術は十分な経験を必要とし,実用化のためには多くの課題を有していることを考慮して計画を進めることが重要である。

(3) 実証化段階における核燃料サイクル産業化への課題
 実証化段階における高速増殖炉にかかわる核燃料サイクルについては,燃料被履管等の燃料用部材供給,ブランケット燃料加工,あるいは燃料輸送等在来の軽水炉燃料サイクルにおける既成産業が十分対応して産業化が達成し得る分野がある。
 しかしながら,プルトニウム燃料成型加工及び高速増殖炉燃料再処理については,実証炉段階においては産業化し得る需要規模に至らないこと,あるいは更にかなりの技術開発を必要とするものと考えられることを勘案しながら,大型施設の建設,運転及び研究開発の体制を今後検討する必要がある。
 また,産業界は本格的実用段階に対応する核燃料サイクル産業の基盤確立のため,原型炉用として建設が計画されている高速増殖炉燃料製造技術開発施設及び高速炉燃料再処理試験施設への運転等,これらの技術開発に積極的に参加することが望ましい。

8. あとがき
 以上,高速増殖炉の実用化方策に関して調査検討を行った。
 検討に当たり,基本的視点として,高速増殖炉の本格的実用化が必要となる時期は,世界及び日本の熱中性子炉による原子力発電の進展状況とそれに伴うウラン需給関係によって変動するものであるが,一方,着実な技術開発には長期の年月を必要とするため,たとえ実用化の必要な時期が若干遅れることがあるとしても,技術開発のテンポをゆるめることはできないと考えた。具体的な内容については,検討事項が多く短期間では十分に検討しつくされない事項もあったが,前述の基本的な考え方に従って,下記の要点について合意され,方向づけが行われた。
① 我が国のエネルギーセキュリティの確保及び国際競争力育成等の観点から,21世紀初頭には高速増殖炉の本格的実用化を達成することが必要になるものと考えられ,そのためには,実証炉の着工目標を1990年頃に置き国と民間が一体となって努力する必要がある。
② 本格的実用段階において経済性の達成された実用発電プラントを建設するためには,実証化段階が必要であり,実証炉を含む数基の100万kW級の炉を建設,運転し実用規模の発電プラント技術の実証,習熟及び経済性の確立を図ることが重要である。
③ 実証炉は,国の協力を必要としつつも,その建設,運転は民間が積極的役割を果たすことが望まれる。発注体制については,電気事業者が主体的役割を果たすことが望ましく,また受注体制については,受注側が今まで以上に大きな責任を負い,発注体制に対応できる体制を確立する必要がある。更に,研究開発については,民間の役割を増大させながら,引き続き国が主体となり進める必要がある。
④ 当面,実証炉の設計概念を早期に整理し基本仕様を固めるとともに,実証炉の発注,受注及び研究開発を含む全体の開発体制を1983年頃までに確立し,実証炉の開発を遅滞なく進める必要がある。
⑤ 実証炉のため先行的に実施する必要のある研究開発,施設整備については遅滞なく着手する必要がある。
⑥ 国際協力については,国と民間が役割分担に応じて,自主開発を補完し,全体として整合性をとりつつ,より積極的に進める必要がある。
⑦ 実証炉用核燃料サイクル施設については,当面,原型炉用施設の設備増強等により対処するが,大型施設について,リードタイムを十分考慮しながら具体的な高速増殖炉の建設計画に応じて,その建設,運転及び研究開発の体制について今後検討する必要がある。
 以上の考え方に基づき高速増殖炉の開発を促進する必要があるが,表-5に示したような重要課題について今後具体的に検討し,施策を早期に確立して,高速増殖炉の実用化を促進することが急務である。
 そのため,今後は,関係者により継続的に具体的検討が行える場を設け,内外の状況を踏まえながら高速増殖炉実用化のための施策の確立を図ることが肝要である。

(viii) 長期計画専門部会核燃料サイクル分科会報告書(抜すい)

昭和57年2月16日
原子力委員会
長期計画専門部会
核燃料サイクル分科会

 はじめに
 我が国は,長期にわたり安定したエネルギーの供給を確保するため,石油代替エネルギーの中核として原子力の開発利用を積極的に推進してきている。原子力によるエネルギーの安定的な供給にとって,それを支える核燃料サイクルの確立が不可欠であり,従来より技術開発を鋭意推進し,その実用化に努めてきたところである。
 この技術開発の結果,使用済燃料の再処理については,動燃事業団の東海再処理工場が昨年初めから本格運転を行っており,また,ウラン濃縮については,同事業団のパイロットプラントが全面運開を迎えつつあるなど核燃料サイクル上の重要な技術が着々と確立されてきた。そのほか,製錬・転換技術,プルトニウム燃料加工技術等の進展も考え合わせれば,我が国の核燃料サイクルは,技術的には確立できる見通しが立ったものと考えられる。従って,今後重要視すべき課題は,これらの技術を経済的に実用化していくことであるといえる。
 このような観点から見れば,今後の技術開発の主眼点は,技術の大型化や合理化であり,官民相協力してその課題を追求していくことが重要である。また,事業化を図っていく場合,動燃事業団等の技術開発成果を円滑に民間に移転していくことが肝要であり,この点に十分配慮した施策の推進が期待される。
 核燃料サイクルに係る事業化を図っていくうえで,再処理工場やウラン濃縮工場等大規模な施設の立地の推進が重要な課題となり,原子力発電所に対する国民の理解を得ることと合わせて,核燃料サイクルの重要性,安全性についても十分理解を得るよう努力を重ね,地方振興の観点からも十分配慮して,立地の総合的な推進を図ることが望ましい。また,核燃料サイクルの確立に即して法令等の整備に係る検討を進め,また安全研究を充実させることが重要であり,これらにより更に一層立地の円滑化が図られることも期待される。
 一方,我が国を取りまく国際的な環境に眼を転ずれば,国際核燃料サイクル評価が一昨年2月に終了し,核不拡散と原子力平和利用は両立しうるとの結論が得られ,我が国がウラン濃縮,再処理,プルトニウム利用等を推進しうる国際的な理解が進んだと考えられる。我が国としては,今後とも核不拡散に係る国際的な体制の強化に貢献し,合わせて発展途上国を含む国際的な原子力の平和利用の推進に大きな役割を果していくことが重要である。
 以上のような認識に立ち,我が国の自主的な核燃料サイクルの確立に向けて長期的に展望し,当面する重要な課題を摘出し,それらを計画的,総合的に推進するために必要な施策について以下のとおり報告書を取りまとめた。本分科会報告書が,原子力の開発利用を積極的に推進していくための確固たる礎を築くうえで重要な示唆を与えることを期待する。

 I 核燃料サイクル確立のための重要課題 (略)

 II 核燃料サイクル確立に係る共通的課題
1. 重要技術の移転とその事業化
(1) 移転,事業化を図るべき重要技術
 我が国においては,自主的な核燃料サイクルの確立を目指し,その主要な分野に関して動燃事業団を中心に長年にわたって研究開発が推進されてきた。その結果,製錬・転換技術,ウラン濃縮技術,プルトニウム燃料加工技術,再処理技術等優れた技術水準に達したものが開発されつつあり,今後これらの技術を民間に移転し事業化を図るという観点から適切な措置を講ずべき段階を迎えている。
 濃縮については昭和60年代前半に商業プラントを,また,再処理については昭和60年代中頃を目途に民間再処理工場を,それぞれ運転開始する計画が示されており,プルトニウム燃料加工についても早期に民間が参画していく必要性が指摘されているところである。
 このような重要技術を事業化していくに当たっては,これまで技術開発を進めてきた動燃事業団の成果及び技術開発能力を十分活用していくことが望ましい。このため,これらの成果等を事業主体及び将来事業化を進めていく民間に積極的に移転していく必要があり,事業化の各段階に応じて動燃事業団と事業主体等との積極的な協力が図られるべきである。

(2) 技術移転のあり方
 動燃事業団の研究開発は民間の技術能力を活用しつつ実施され,また,設計,製作等の過程を通じて,民間のポテンシャルも成長してきている。このように従来から研究開発の実施に伴う民間との交流により技術の移転が行われてきたともいえるが,今後は,従来の技術交流に加えて重要技術の事業化を積極的に進めるという観点から技術移転を促進する必要がある。
 かかる観点から今後の技術移転のあり方について展望すれば,次のとおりである。
① 技術情報の移転
 民間が事業規模の施設を設計,建設,運転する際,関連する技術情報が不可欠であり,動燃事業団の有するような技術情報を,事業主体等のニーズを十分配慮しつつ設計,建設,運転の経験を加味し,生きた情報として引き継ぐことが重要である。
② 施設の委託運転
 核燃料サイクルに係る各施設については,その運転によって得られる経験が重要であり,事業主体が動燃事業団の施設運転に携っていくことが望ましい。このため人的交流を促進するとともに,動燃事業団の関連施設の運転を各分野の状況に応じて事業主体等に委託していく可能性について検討していくべきである。
③ 施設の移転
 動燃事業団においては,研究開発を目的として各種の核燃料サイクル施設が建設され,また,建設されようとしている。各分野により相異はあるが,施設によっては,その規模及び採算性からみて将来の当該分野における事業の一部として活用することが可能であり,また,事業主体における訓練施設としても活用することが期待される。
 なお,技術移転を図る上で,上記のように技術情報や施設の移転等が重要であるが,これに加え,技術開発に携わり,施設の運転に従事してきた技術者,運転員が,ノウハウを含めて当該技術について経験を蓄積していることから,技術移転に際してこれらの技術者等が民間の事業化に積極的に参加していくことが期待される。

(3) 技術移転の推進方策
 以上のような具体的な技術移転を進めていく上で法制面及び財政面から見た場合,いくつかの検討課題がある。
 委託運転については,各分野の状況に応じ,段階的に実施されるものと考えられるが,今後,必要に応じ,法制度等のあり方を含め検討を加える必要がある。また,動燃事業団の技術情報や施設の移転については,原子力の開発及び利用の促進に寄与するという目的に沿い円滑な移転が図られるよう,動燃事業団法の運用等が図られることが望まれる。
 なお,核燃料サイクル関連の情報の中には,ウラン濃縮,再処理及びMOX燃料加工技術のように核拡散を防止する上で慎重を要するものもあり,これらの移転に当たっては,その適切な管理のあり方について検討を行う必要がある。
 また,前述のとおり,国が推進してきた研究開発の成果については,積極的に技術移転を図り,広く民間において活用されることが望ましいが,一方でその成果を受けて事業化が図られる場合は,当該技術成果に係る開発資金が国に還元されるべきであるという見解もある。しかし,原子力分野においては,実用化を迎える段階に至った技術の開発資金については民間の応分の負担を求めており,国の研究開発成果の民間移転に当たっては,このような背景も十分踏まえ,技術移転が過度の経済的負担を伴うものとならないよう配慮する必要がある。このような観点から,当該技術情報,施設等の貸与,譲渡又は必要に応じ現物出資等について,個別の事例に即した具体的な検討を加える必要がある。

2. 核燃料サイクル関連施設の立地促進
 原子力エネルギーを安定的に確保するためには,原子力発電所の円滑な立地推進が必要であることはいうまでもないが,この原子力発電を支えるためには,ウラン濃縮施設,再処理施設,放射性廃棄物処理処分施設等,核燃料サイクルの要となる各施設の円滑な立地が不可欠である。このような核燃料サイクル関連施設の立地は,原子力発電所のように既存の例が少なく,従来これらの施設に関しては,原子力発電に対する理解を得る一助としての広報活動が行われるにとどまっていたのが現状である。
 今後は,核燃料サイクルそのものの理解を深めるよう働きかけるとともに,核燃料サイクル関連施設と原子力発電所の密接なる関連性を訴え,ウラン濃縮施設,再処理施設,放射性廃棄物処理処分施設等個々の施設の特徴を十分配慮して,立地に対する地元住民の理解を得ることが重要である。
 近い将来,原型プラント及び商業ブラントの立地が見込まれているウラン濃縮施設については,我が国が厳に平和利用に限って原子力開発を行っている現状が十分理解されるような努力が必要である。
 再処理施設については,使用済燃料からプルトニウム及びウランを回収して再利用するという,資源に乏しい我が国にとって重要な施設であること,原子力発電所と同様に,放射能の環境放出等の安全性を十分に確保しつつ計画を進めること等について理解を得る努力が必要である。
 更に,放射性廃棄物処理処分施設に関しては,その施設が長期間にわたって機能することから,その安全性の確保については長期的な観点に立って十分な管理を行うという基本姿勢を示すことが必要である。
 核燃料サイクル関連施設の立地点の選定及び立地点における合意形成については,基本的には民間が主体となって行うべきであるが,その際上記のような特質を十分踏まえ,積極的な広報活動等を展開していく必要がある。
 また,国としても,立地手続の明確化を図るとともに,立地の初期段階から国民における公報活動を支援していくこととし,公開ヒアリング,シンポジウム開催等により,当該施設の安全性,必要性,重要性等に関し,国民の理解,なかんずく地元住民の理解を得るための努力を重ねていくとともに,地方公共団体が自ら行う広報活動に対して助成を行うなど積極的な支援策を講ずることが重要である。
 核燃料サイクル関連施設の立地の円滑化に資するためには,上記のような広報活動を関係省庁,地方公共団体及び民間が密接な連携を図りつつ進めていくほか,幅広い総合的な地域振興策を講じていくことにより,関連産業の誘致も含め地元の雇用促進が図られるよう配慮する必要がある。
 また,核燃料サイクル関連施設の立地の円滑化のためには,これらが安全に運転されるという実績を示すことが最も重要であり,研究開発の段階から施設の安全運転に努め,その実績を積み重ねていくよう努力すべきであり,合わせてこれら施設の安全研究を進め,その成果や現状について広く国民の理解を得るよう努力することも重要である。

3. 法令等の整備
 我が国の核燃料サイクルの確立に当たっては,その進展に応じて関係法令等の整備を図っていくことが不可欠であり,当面,次のような課題について検討を行う必要がある。

(1) 事業化に即した法令等の整備
 核燃料サイクル施設については,原子炉等規制法により,事業区分に応じた規制が行われているが,昭和54年の同法改正により再処理事業が内閣総理大臣の指定となった例に見られるように,核燃料サイクルの進展に伴って適切な法令等の整備が行われてきている。
 このような観点から,今後新たに事業化が図られるウラン濃縮事業については,同事業が核不拡散上極めて機微な技術を取り扱うものであり,核物質防護,情報管理等に配慮しつつ,今後の規制のあり方について十分検討を行っていく必要がある。

(2) 回収ウラン利用の本格化に備えた安全規制の充実
 民間再処理工場の運転に伴い,昭和60年代後半には再処理からの回収ウランの利用が本格化していくことが考えられる。回収ウランの有効利用という観点から,今後,再転換,再濃縮など所要の研究開発を行っていくことが重要であるが,同時に回収ウランの加工に関する安全基準等について検討を行っていくことが必要である。

(3) 処理処分に関する基準の拡充
 原子力発電所,加工施設,再処理施設等,核燃料サイクルから発生する放射性廃棄物については,昭和53年の原子炉等規制法の改正により,事業所外廃棄の確認制度及び海洋投棄に関する技術的基準が整備され,放射性廃棄物のセメント固化体の海洋投棄が可能となっている。一方,発生する放射性廃棄物は多種多様であり,それぞれに適した新しい処理技術が開発されつつあり,その進展に応じ処理処分に関する基準を順次整備する必要がある。

(4) 放射性廃棄物の廃棄に係る事業化の推進
 放射性廃棄物の廃棄については,現行の規制では事業所内又は事業所外を問わず,その事業者に責任を帰属させているが,今後の発生量の増大に対して技術的,経済的に円滑に対応するため,放射性廃棄物を専ら事業として貯蔵,処理処分する体制の検討が必要と考えられる。このため,廃棄に係る事業者の育成を図るとともに,事業の規制のあり方等所要の法令整備等について検討を進めていく必要がある。

(5) 極低レベル放射性廃棄物の合理的な処分
 原子力施設から発生する固体廃棄物については極めて放射能汚染の程度が低いもの等が含まれている。放射性廃棄物は,その放射能汚染の程度に応じて適切に取扱うことが必要であり,極めて放射能レベルの低いものについては放射能で汚染されていない廃棄物と同等の処分を行うなど,放射能汚染の程度に応じた合理的な処分法を確立することが必要であり,国内での調査研究の成果,海外での実施状況,処分を行うに当たっての実施体制等を十分検討した上で,法令面及び体制面の整備を図る必要がある。
 なお,原子炉等の解体に当たっては大量の廃棄物が発生するので,上記のような点を考慮し,安全で合理的,かつ経済的に廃棄物を処分することが重要な課題である。

(6) 核物質防護
 核燃料サイクル分野の事業化の進展に伴い,ウラン濃縮施設,再処理施設等核不拡散上重要な施設の建設,運転が進められることとなるが,これら施設の建設,運転には核燃料等の供給国との協力が不可欠である。これらの国は二国間原子力協定の改定等によって,我が国に対し核拡散防止のための保障措置の充実,十分な核物質防護措置の実施等を求めてきていることもあり,我が国としては,現在実態的に,これらの国際的要求の水準を満しているが,今後の原子力施設の増大に対しても万全の措置を取りうるよう特に核物質防護に係る基準の適用等に関し,法令等の整備を検討していくことが重要である。

4. 核燃料の備蓄
 我が国は,核燃料サイクルの確立を図り,石油代替エネルギーとしての原子力の信頼を高める努力を重ねてきているが,ウラン資源については,そのすべてを海外に依存している状況であり,ウラン資源供給国等における政策の変更,事故等による工場の操業停止は,我が国のエネルギー確保上常に潜在的な不安定要因となっている。
 このような事態に対しても十分なエネルギー安全保障を確保することが重要であり,核燃料サイクルの確立を図るに当たっては,この観点から核燃料の備蓄について配慮することが重要である。
 核燃料の調達は,採掘された後,転換,濃縮及び加工を経て原子炉に装荷されるまで長期間を要するため,各電気事業者は,初装荷燃料はもとより取替燃料についても相当な時間的余裕をもって調達している。
 従って核燃料サイクルにおいては,原子炉装荷時期の異なる核燃料が各種の施設に滞留し,又はそれらの間を輸送中であり,それ自身に備蓄的な性格があると考えられる。
 核燃料の備蓄については,まず第1には,この核燃料サイクルの備蓄的性格を生かし,十分余裕をもって核燃料の調達を行うことが重要であり,更に,予期しえない核燃料の供給途絶にも効果的に対処しうるよう,適切な形態及び量の備蓄を行うことを検討する必要がある。また,この備蓄の主体については,原子力発電所の安定的な運転に必要な核燃料調達の一環として民間において行うことが望ましく,国としては総合的視野に立って,制度的,財政的な支援方策を講ずることにより,民間における備蓄に必要な条件整備を図っていくことが重要である。
 なお,使用済燃料の再処理により得られる回収ウランについては,今後の技術開発の進展に応じてその潜在的な資源的価値が高まっていくと思われ,これを備蓄に当てることも考えられる。

5. 国際協力の推進
(1) 原子力開発利用の推進と核不拡散問題
 原子力は石油代替エネルギーの中核として位置づけられ,各国ともその開発利用に努力を傾注している。
 一方,原子力の開発利用には核拡散のリスクが伴うことから,現在核兵器の不拡散に関する条約(NPT),IAEAによる国際保障措置及び二国間協定等により核不拡散が担保されている。
 昭和49年のインドの核爆発実験,NPT非加盟国を含めた世界的な原子力開発利用の進展などから核拡散を危ぶむ国際的な世論が高まり,供給国を中心に核不拡散の措置を一層強化しようとする動きが現われた。
 このような原子力の開発利用と核不拡散の両立の問題は,「国際核燃料サイクル評価」(INFCE)において検討され,結論として,
(i) 原子力の開発利用と核不拡散は効果的な核不拡散措置を取ることにより両立し得ること。
(ii) 今後の原子力開発利用に係る核不拡散措置については,既存の二国間協定及び慣行等を基礎に,二国間による諸規制が徐々に発展され,将来は国際的に合意された条件による規制に代替されるべきである。
との方向が確認された。

(2) 核不拡散問題に係る国際協力
① 我が国の基本姿勢
 原子力開発利用を進める上で,各国が協調し長期的に安定した国際秩序を確立していくことは不可欠の条件である。
 我が国は原子力基本法の下で原子力の開発利用を厳に平和目的に限って進めてきており,また,NPT体制の維持・強化,国内保障措置制度の確立等,国内外において核不拡散の努力を払ってきた。
 核拡散を防止する国際的システムを確立し,エネルギー源としての原子力の信頼を高めていくことは,原子力先進国としての我が国の責務であり,今後ともその役割を十分に果す必要がある。
② 二国間協議への対応
 我が国は,米国,カナダ,オーストラリア等との間に,原子力平和利用に関する協力協定を締結している。これらの協定の実施等に係る二国間協議においては,上記のINFCEの結論,欧州原子力共同体等の諸国の動向等を踏まえ,現在のケースバイケースによる諸規制の運用を長期的に予見可能な包括的承認システムに代替する等の交渉を行っていくことが重要である。
 また,二国間協定で要求されている国籍別管理の問題についても,二国間及び多国間の協議の場において合理的解決が図られるよう努力する必要がある。
③ 保障措置の改良と国際制度の検討への対応
 INFCEの結論を具体化すべく,保障措置の改良及び国際制度の検討も進められており,我が国はこれらに積極的に寄与する必要がある保障措置に関しては,国内において保障措置体制の一層の拡充,整備を図るとともに,IAEA保障措置の一層の充実のため,関連国際プロジェクトにも積極的に参加する必要がある。
 また,現在IAEAを中心に国際プルトニウム貯蔵(IPS)構想,核燃料等の供給保証等,核不拡散を担保しつつ原子力の開発利用を推進するための国際制度について検討が行われており,今後ともこれらに積極的に参加し,我が国の立場を十分反映させていくことが重要である。
 特にIPS構想は,再処理により分離されたプルトニウムのうち余剰のプルトニウムを国際的な管理の下で貯蔵することにより,核拡散を防止しつつ,プルトニウム利用の円滑化を図ろうとするものであり,今後プルトニウムを本格的に利用しようとしている我が国にとって重要な制度である。我が国としては,IPS制度が核拡散の防止に十分に機能すること,また,同時に,プルトニウムの円滑な平和利用が阻害されないことを基本として,同制度が早期に設立されるよう積極的な努力を行う必要がある。
 また,IAEAに設置された供給保証委員会(CAS)では,INFCEの結論を受けて,「核不拡散を考慮しつつ原子力資材,技術等の供給が長期的に保証される方策」に関して審議されており,この観点からの供給保証に関する今後の国際協力のあり方について,国際的合意を築く努力が重ねられている。我が国は,今後とも供給国と受領国との間の新しい秩序作りに積極的に貢献していく必要がある。

(3) 原子力開発利用の推進における国際協力
 我が国は,ウラン濃縮,再処理,廃棄物処理処分など核燃料サイクルの各分野において技術的課題はもとより,社会的,経済的な課題を有しており,欧米諸国においてもほぼ同様の問題に直面しているといえる。
 このため先進国に共通のこれらの課題について,関係国が相互に情報,技術等交流を深めることによってその解決を容易ならしめることが期待され,このような観点からの国際協力が必要である。
 また,将来,我が国が世界の原子力市場において,資材,技術,役務及び情報等の供給国として応分の役割を担うことが期待され,このような国際協力を核不拡散を担保しつつ円滑に行うために,我が国が取るべき方策について検討を行うことが必要である。
 なお,このような我が国の核燃料サイクルにとって必要な国際協力を推進するに当たっては,関連する国際協議の場に積極的に参加することは勿論であるが,今後ともあらゆる機会を通じて関係国との協調を図り,我が国の考え方が反映されるような国際世論の形成に努めていくことが重要である。

(ix) 長期計画専門部会原子炉多目的利用分科会報告書

昭和57年3月
原子力委員会
長期計画専門部会
原子炉多目的利用分科会

 はじめに
 当分科会は,昨年4月に長期計画専門部会の下に設置され,将来の多目的利用の原子炉として,最も大きな期待が寄せられている高温ガス炉について,その利用系を含めた研究開発の推進方策について検討するとともに,既存の炉として,技術的に最も安定しつつある軽水炉の多目的利用の課題と進め方についても検討した。本報告書は,これらの検討結果をとりまとめたものであり,その内容を要約すれば次のとおりである。
 我が国における原子力利用は,電力分野においては積極的に推進されているが,エネルギー消費全体の約70%を占める非電力分野においても原子力を有効に利用することが,エネルギー供給の安定的な確保上極めて重要である。また,電力分野における原子力の経済的優位性は,今や,ゆるぎないものとなっているため,非電力分野における原子力の利用は,高いエネルギーコストに悩む我が国の基礎産業の基盤強化に資することが考えられるほか,多目的利用を通じた地域社会の発展への寄与等も期待される。したがって今後,原子炉の多目的利用実現のための方策を,従来にも増して積極的に推進していく必要がある。
 多目的利用のための原子炉のうち,高温ガス炉は,より広範で効率的な利用の可能性があり,多目的利用の原子炉の本命となるものであるが,既に,日本原子力研究所(原研)には,この分野で多くの技術的蓄積があり,実験炉の建設を具体化できる段階に達したものと認められる。
 高温ガス炉の利用系については,工業技術院の大型プロジェクトである「高温還元ガス利用による直接製鉄」に関する研究開発において,その技術的見通しが得られているほか,石炭の液化・ガス化,水の熱化学分解法による水素製造等についても研究開発が進められている。また,化学工業等の熱エネルギー需要の多い産業においては,長期的に低廉かつ安定な石油代替エネルギーの導入を待望している。
 このような状況を踏まえると,発電だけでなく非電力分野におけるエネルギー供給のため,多目的高温ガス炉の実用化方策を本格的に検討する時期になったものと判断される。即ち,我が国の長期的なエネルギー安全保障等の観点からみれば,できるだけ早期に多目的高温ガス炉の実用化を図ることが望ましく,国際協力も含め,研究開発の効率化を図ることなどにより,その実用化を極力加速する方策を採るべきである。
 このような見地から,原研の大型構造機器実証試験ループ(Helium Enginee-ring Demonstration Loop; HENDEL)による実証試験計画等を推進するとともに,当面の重要なステップである実験炉については,速やかに建設に着手することが適当であり,現在の研究開発の進捗状況を踏まえ,遅くとも昭和60年代半ばの運転開始を目途に,原研において建設に着手すべきである。
 高温ガス炉の利用系の今後の技術開発については,HENDELの活用を考慮するとともに,実験炉に接続することが考えられる利用系プラントについても,将来有望とみられる利用系技術の開発及び実証にも寄与することを目的として,できる限り汎用性のあるプラントになるよう配慮することが適切である。
 一方,軽水炉の多目的利用については,我が国では,既に,十数年来にわたる軽水炉の建設,運転の経験があり,軽水炉に係る我が国独自の技術的基礎も次第に確立してきている。したがって,利用系設備との連結における技術的課題や利用可能な温度が低いなどの考慮すべき点はあるものの,条件によっては,比較的早期に軽水炉の多目的利用が実現する可能性があるものと判断される。しかしながら,損失の少ない熱輸送システムの確立を含めての経済性確保の問題及び立地に関して国民の理解を得る等の社会的問題があり,官民協力して,これらの問題を克服するための本格的な検討を進めていく必要がある。
 軽水炉の多目的利用の実現は,原子炉の多目的利用に関する国民的理解の増進,利用産業の体制の確立等に多大の貢献をするものであり,このことは,多目的高温ガス炉の将来における円滑な実用化にもつながるものである。この意味からも,軽水炉多目的利用の早期実現を図ることは,原子炉多目的利用の推進に大きな意義を有するものと考えられる。

 〔I〕 原子炉多目的利用の必要性及び意義
1. 非電力分野における核熱利用の必要性及び意義
 我が国の石油代替エネルギーとしては原子力,石炭及びLNGがその中心になるものと考えられており,特に原子力については,供給能力の点で最も大きな伸びが期待されている。しかしながら,原子力の利用は,現在電力分野に限られており,しかもエネルギー消費全体の約70%を占める非電力分野においては,依然としてその70%強が輸入石油に依存しているという状態にある。
 21世紀におけるエネルギー供給については,今日以上に電力化が進み,エネルギー供給全体に占める電力の比重が増すものと予想されるが,非電力分野のエネルギー需要も,現在より格段に増大するものと予測される。このため,今からこの分野において,低廉かつ安定な熱エネルギーの導入を図る方策を促進し,量及び価格の両面で入手が困難となると予想される石油については節約に努めることとし,今後は,熱エネルギーとしての利用形態から,次第に工業原料等付加価値の高い利用状態への転換を図っていく必要がある。
 原子力は,大量かつ低廉なエネルギー供給が可能であり,既に,電力分野においては,石油や石炭よりも経済的に優位に立っていることから,非電力分野においても,原子力は,我が国のエネルギー安全保障に大きく貢献するだけでなく,欧米諸国に比べて,現在相対的に高いエネルギーコストに悩む我が国の基礎産業の基盤強化に資するものであり,更に,地域産業の振興及び民生需要への熱供給による地域社会の発展への寄与,といった効果が期待される。

2. 原子炉多目的利用の可能な分野(日本の温度別熱需給分析)
 我が国の民間産業等の現状における熱需要の温度別分布を調べると,200°C以下,800~900°C,1,200~1,300°C近傍に需要のピークがあり,900°C以下で需要の約60%を占めている。
 200°C以下では,民生用の熱需要が,最も大きな割合を占めているが,産業別では,化学工業の割合が大きく,また,800~900°Cでは,鉄鋼業,窯業(主にセメント業),化学工業,1,200~1,300°Cでは,鉄鋼業の熱需要がそれぞれ主要な割合を占めている。
 エネルギー多消費産業といわれるもののうち,化学工業,紙・パルプ工業等においては,その大部分の熱需要が900°C以下の温度範囲内にあり,また,将来有望な新技術である,石炭のガス化・液化,水の熱化学分解法による水素製造においても,必要温度は,約900°C以下の範囲内にある。更に,現在主に1,200~1,300°Cの高温領域の熱需要が多い鉄鋼業においても,直接還元製鉄が採用できれば,その必要温度を約900°C以下にすることが可能である。
 将来,上述したような分野において,積極的に核熱の利用を行い,安定的に低廉な熱エネルギーを確保することは,国民経済の発展のため極めて有意義である。
 核熱供給を行う原子炉としては,より広範で効率的な利用が期待できる高温ガス炉又は既存の炉として,技術的に最も安定しつつある軽水炉が考えられるが,高温ガス炉については,900°C程度の高温の熱需要のある領域,あるいは,900°C程度の高温から低温にいたる幅広い熱需要が,まとまってあるような場合に適している。しかしながら,高温ガス炉の本格的実用化までには,なお,相当な時間を要するものと思われるので,既に,発電用として実用化されている軽水炉により,既ね300°C以下の低温領域における民生用及び産業用として蒸気,温水等の利用を図ることが,当面の有効な方策であるものと考えられる。

 〔II〕 原子炉多目的利用研究開発の現状
1. 多目的高温ガス炉研究開発の現状
(1) 炉の研究開発
 米国や西独等の諸外国においては,これまでのところ発電用の高温ガス炉の実験炉及び原型炉の建設,運転の実績がある。これに対し,我が国では,当初から,直接,高温の核熱を産業等に利用することを目指して多目的高温ガス炉の開発を進めている。核熱を直接,産業等に利用する場合は,発電を行う場合(原子炉出口温度750°C~850°C,利用温度約500°Cに比べて原子炉出口温度をより高温にし,温度を下げずに,炉外に取り出す必要がある(原子炉出口温度約1,OOO°C,利用温度約900°C)。このためには,燃料をはじめとする炉内構造物の健全性及び耐久性等に,万全を期する必要がある。
 また,高温ガス炉から,1次ヘリウム冷却材を介して得られた核熱を,中間熱交換器において,2次ヘリウム冷却材に伝え,更に,この熱を,改質器等の反応器を介して,炭化水素,水蒸気等に伝えるので,これらの機器の材料は,高温複合渦流中における耐熱性,耐蝕性及び耐摩耗性の点で,非常に苛酷な条件を要求される。
 このため核熱の直接利用を目指す我が国の多目的高温ガス炉開発においては,優れた耐熱性等を有する燃料,材料の開発が必要不可欠であり,この点は,実験炉や原型炉の建設,運転の実績がある米国や西独に比べて,高温ガス炉建設の経験がない我が国にとって,技術開発上の大きな課題が残っていると考えるべきである。

① 多目的高温ガス炉の特長
 高温ガス炉は,以下に示す一般的な特長をもっている。
 イ) 高温ガス炉の燃料は,高温における放射能の閉じ込め性能をよくするため,ウランの酸化物を,炭素やけい素で三層又は四層に被覆した粒子を,黒鉛とともに焼き固めた形状としている。また,耐熱性,熱伝導性もよいため,1,000°C以上の高温にも耐え得る。冷却材としては,高温でも安定なヘリウムを使用している。
 ロ) 軽水炉等の他の炉型(利用温度300°C程度)に比べて,冷却材の原子炉出口温度が高いため,発電に利用する場合には,高い熱効率が期待できる。
 ハ) 燃料要素,減速材などに,大量の黒鉛を利用しているので,熱容量が大きく,炉心温度の変化が穏やかであるため,冷却材喪失事故等の異常時の対応に時間的余裕がある。
 ニ) 減速材,冷却材などに黒鉛,ヘリウム等を利用しているので,燃料として,低濃縮ウランを使用することができるのみならず,高濃縮ウランとトリウムを組み合わせて利用すれば,炉物理的特性からトリウムを効率よくウラン-233に転換することが可能となり,このため,トリウムを燃料として利用する1つの方法となり得る。
 ホ) 熱効率が高いので,同規模の他の原子炉に比較して,周辺環境への熱影響が少なく,また,水を冷却材として使用しないので,放射性廃棄物の発生も少ない。
 我が国が目指す多目的高温ガス炉は,以上の特長に加え,原子炉から得られる高温の熱(1,000°C程度)を,中間熱交換器を介して高温(900°C程度)のまま炉外に取り出すので,その熱エネルギーを,直接様々な産業に利用できるという特長をもっている。

② 日本原子力研究所における研究開発の現状
 日本原子力研究所は,昭和44年以来,熱出力50MW原子炉出口温度約1,000°C実験炉建設を目指し,以下のような研究開発を進めてきている。
 イ) 基礎的研究
 炉工学については,炉心構造物,高温二重配管等の機器に関する試験研究が行われるとともに,半均質臨界実験装置(SHE)により,炉物理実験等が行われてきている。また,燃料,材料については,被覆粒子燃料,黒鉛材料の開発及び諸特性試験,耐熱合金の開発試験等広範な研究が行われ,多くの成果が得られている。これらの成果は,実験炉の詳細設計に反映される。
 また,将来トリウムを,高温ガス炉の燃料として使用することについての基礎研究も進められている。
 ロ) 大型構造機器実証試験ループ
(Helium Engineering Demon-stration Loop;HENDEL)による実証試験
 HENDELは,実験炉とほぼ同じ高温・高圧ヘリウム条件下において,実験炉に組み込まれる主要機器・部品の機能及び健全性を実証するもので,昭和53年度から建設に着手され,昭和57年度からは,実際に試験が行われることになっている。これによって得られるデータは,実験炉の建設及び運転に際して,重要な基礎資料となる。
 ハ) 実験炉の設計研究
 昭和44年に実験炉の試設計が着手されて以来,概念設計,システム総合設計等が実施され,既に,実験炉の基本的構成は確立されており,昭和55年度からは,実験炉の建設を目指した詳細設計が進められている。

③ 今後の研究開発課題
 日本原子力研究所では,上述のように,精力的に研究開発が進められているが,今後克服すべき主な研究開発課題としては,次のようなものが挙げられる。
 イ) 燃料及び耐熱材料
 多目的高温ガス炉は,海外で開発が進められている発電用高温ガス炉に比べ,その運転温度を,一層高くすることを目指しているので,燃料も使用中の健全性,異常高温時の安全性等に万全を期する必要がある。このため,想定される使用条件下における実験データの蓄積を図り,信頼性の一層の向上を目指す必要がある。また,長期的には,日本原子力研究所の半均質臨界実験装置及び実験炉の燃料製造を行うことを通じて,技術の蓄積を図り,燃料の量産技術及び供給体制を確立し,将来の実用化に備える必要がある。
 耐熱材料については,当面,ハステロイ-XRが中間熱交換器等に使用されることが考えられているが,中間熱交換器等は,熱的,機械的に,最も苛酷な条件下に置かれるため,高温・高圧ヘリウム条件下における長時間クリープ試験及び疲労試験や高温渦流に対する耐久試験を含め,同機器等に用いられる材料の,信頼性の一層の向上に努める必要があり,従来の「高温還元ガス利用による直接製鉄の研究開発」で開発された超耐熱合金を含め,今後,更に,優れた新たな合金材料の開発も行っていく必要がある。
 ロ) 主要機器の安全性実証
 多目的高温ガス実験炉を構成する機器のうち,高温・高圧ヘリウム中で作動するものについては,従来にない新しい技術を必要とするものがある。このため,実験炉の建設,運転に備え,HENDELにより,実験炉を構成する炉床部,中間熱交換器等の重要な機器・部品の実規模試験を実施し,機器の安全性を実証する必要がある。
 ハ) システムの確立
 現在確立している基本的構成を基に,上記諸種の研究開発の成果を取り入れながら,今後,実験炉の建設を前提として,詳細なシステムを確立していくことが必要である。
 また,安全確保の観点から,冷却停止時や水分混入時など,異常時におけるシステムの挙動についても詳しい実験的研究を行っておくことが必要である。

(2) 利用系の技術開発等
① 核熱利用を前提とした技術開発
 「高温還元ガス利用による直接製鉄」(いわゆる原子力製鉄)の研究開発は,昭和48年度から昭和55年度まで,工業技術院において実施された。これは,現行の高炉,転炉製鉄方式に伴う公害問題の解決,稀少資源である原料炭依存からの脱却,エネルギー源の多様化等の観点から,高温ガス炉を熱源として想定し,利用系として必要な基礎的要素技術を確保することを目的とするものなのである。8年間の研究開発により,実験炉に接続する直接製鉄パイロットプラント建設に必要な基礎技術が確立されるなど,以下のような具体的な成果が得られている。
 イ) 高温熱交換システム
 1.5MW規模の高温ヘリウム熱交換実験装置を建設し,1,000°C以下で,約2,000時間の熱交換実験が行われた。これによって,高温ガス炉から供給される1,000°Cのヘリウムの熱を,プロセスに伝達する熱交換技術確立の見通しが得られた。
 ロ) 還元ガス製造システム
 取扱いが難しく,用途の限定されている減圧残査油から,直接製鉄に必要な還元ガスを,効率的に製造する基礎技術が開発された。
 更に,この技術を石炭,重質油などに応用し水素,メタンなどの生成ガスを都市ガス,化学原料などに利用できる可能性があることなどが示唆された。
 ハ) 材料
 高温高圧条件下で使用するための超耐熱合金,高温断熱材料の研究開発が行われ,超耐熱合金については,確証試験の結果,目標性能を満たす複数の合金が選択された。また,高温断熱材料については,その試作材について,確証試験及び特性試験を実施し,その信頼性が確誌された。
 ニ) その他
 パイロットプラント規模の,直接製鉄施設の概念設計が実施された。
 なお,直接製鉄パイロットを,実験炉に接続するに当たっては,今後,システム,主要構成機器及び材料についての耐久性,信頼性の実証等のための研究開発が必要である。

② 核熱利用が考えられる分野イ)石炭液化・ガス化
 イ) 石炭液化・ガス化
 石油代替エネルギー政策の一環として,石炭から取扱が容易な流体燃料を生産するため,石炭の液化,ガス化技術について,研究開発が進められている。この石炭の液化・ガス化におけるガス化反応の熱源として,現在は,主に,石炭の一部を燃焼させるプロセスが考えられているが,この熱源として核熱の利用が考えられる。
 しかしながら,その実用化に際しては,まだ多くの技術的課題が残されている。
 ロ) 水の熱化学分解法による水素製造
 水素は,貯蔵,保安等について留意する必要があるものの,
  i 原料が資源的に無限にある。
  ii 燃焼の際に大気汚染物質(SOx,CO等)を出さない。
  iii 輸送が容易である。
  iv 燃料,化学工業の原料等広範な用途がある。
 等の優れた特長をもち,将来の2次エネルギーとして有望視されている。水素は,主に,ナフサ等のスチームリフォーミングによって製造されているが,現在水素エネルギーの実用化を目指して,水の分解による各種の水素製造法の研究開発が行われている。水の熱化学分解法による水素製造は,多量に高温の熱が必要にされることから,熱源として高温ガス炉の利用が考えられる。
 ハ) 還元ガス (CO,H2)製造
 還元ガスは,工業技術院の「高温還元ガス利用による直接製鉄の研究」開発において,鉄鉱石の還元用として検討されてきたが,それ以外にも化学原料,産業用及び民生用燃料等広範な利用が可能である。
 還元ガスの原料としては,減圧残査油等が考えられるが,還元ガスの製造のためには,いずれも高温の熱が多量に必要となる。
 減圧残査油を原料とした還元ガス製造システムにおいては,減圧残査油を水蒸気分解して得られた軽質炭化水素を更に水蒸気改質することにより,還元ガスにするとともに,軽質炭化水素を抽出した残りの副生ピッチについても,高温水蒸気により水性ガス化させ,還元ガスに変換する。この場合,軽質炭化水素の水蒸気改質及び副生ピッチの水性ガス反応を行う際に,多量に必要となる高温水蒸気の製造熱源として,核熱の利用が考えられる。このシステムにおいては,減圧残査油を化学製品等への原料として,活用できることが特長である。
 ニ) 化学工業における熱供給
 我が国の重要な基幹産業の一つである化学工業では,近年の石油価格等の高騰に伴い,諸外国に比較して,生産コストに占めるエネルギーコストの割合が著しく増加し,国際競争力を失いつつあり,特に素材産業において,それが著しい。
 このため,安定かつ低廉なエネルギーの開発が急務となっており,また,石油を主原料とする石油化学工業においては,原料自体の転換を迫られている。
 このような状況の下で,長期的見地から,化学工業分野におけるエネルギーの安定供給を確保するためには,核熱の利用をその有力な方途として考慮すべきである。このため,今後は,具体的な例に即して,技術的,経済的な実証を試みるなど,将来の実用化についての真剣な検討が望まれる。
 ホ) 発電
 我が国の高温ガス炉は,今まで,熱の直接利用を目的として開発されてきたが,欧米諸国の高温ガス炉開発の経験,同炉の技術的特長等を踏まえ,今後は,発電も有力な利用の分野の一つとして検討していく必要がある。
 高温ガス炉を利用した発電では,ヘリウムガスタービン直接サイクル発電と蒸気タービン発電とが考えられるが,いずれもタービンの入口温度が高いと予想されるため,在来の軽水炉より高い効率の発電が可能となる。
 蒸気タービン発電は,既に,西独,米国において実績があり,供給される蒸気温度が500°C程度と高いため,45%程度の高い効率の発電が可能であるが,更に,高効率の発電を目指して研究開発が行われてきているのが,ヘリウムガスタービン直接サイクル発電である。
 ヘリウムガスタービン直接サイクル発電は,高温ガス炉から発生する高温ヘリウムガス(800°C以上)によって,直接タービンを回転させるため,50%以上の非常に高い効率の発電が可能となる。
 海外における研究開発状況からみて,ヘリウムガスタービン直接サイクル発電の研究開発において,多くの解決すべき技術的課題が残されていることが判明してきた。このため,高温ガス炉を発電用として利用する場合には,蒸気タービン発電の方が,ヘリウムガスタービン直接サイクル発電に比べると,技術的経験が多く,実用化は容易であると考えられる。

③ 核熱利用実用化モデル
 高温ガス炉の核熱エネルギーを,産業に利用する場合の一つの実用化モデルとして検討されたものに,2次エネルギーセンター構想があるが,これは,核熱導入促進の一つの方法となるとして考えられたものである。
 即ち,本構想は,各産業におけるエネルギー利用形態の違い,利用箇所の分散等を踏まえ,高温ガス炉を既存の個々の産業に直接導入していくよりも,高温ガス炉を中核として,石炭の液化・ガス化による合成燃料の製造及び水の熱化学分解による水素の生産など,一旦核熱を2次エネルギーに変換し,それを各種産業分野に必要に応じて供給する方が,核熱を一層円滑に利用できるとして考えられたものである。
 つまり,2次エネルギーセンターにおいては,核熱エネルギーと石炭,重質油等の重質化石燃料を組み合わせてクリーンで使い易い各種の2次エネルギー,例えば,還元ガス,合成天然ガス,合成原料油,水素,電力等を製造し,それらの2次エネルギーが,その時点における需要形態に応じて,供給されることになる。即ち,製鉄業に対しては,還元ガスの形態,都市ガス業に対しては,合成天然ガスの形態,更に,化学工業に対しては,合成燃料ガスあるいは合成原料油等の形態で供給される。
 本構想には,多くの克服すべき諸課題が残されているが,今後の石油需給のひっ迫化,核熱-石炭処理系の技術的進捗等を勘案すると,将来は,経済的にも成り立つ可能性もあり,中長期的なエネルギー安定供給の見地から,その実用化のための検討を,更に,進めることが適当である。

(3) 海外における高温ガス炉研究開発の現状と将来計画
① 西独
 西独では,高温ガス炉(球状燃料(ペブルベッド)型)に関し,これまでのところ,主として,高効率発電を目的とした研究開発が行われてきたが,一方では,我が国と同様,核熱の直接利用を目的とする開発にも力を入れてきている。
 まず,高効率発電については,蒸気タービン発電用実験炉AVR(15MWe,燃料;高濃縮ウラン/トリウム)を開発し,同炉は,1967年から高い稼働率で順調に運転された。
 AVRは,設計上は炉心出口温度が850°Cとされたが,当初の運転は,650°Cで行われ,その後運転経験を積み重ねて,1974年には,炉心出口温度950°C,タービン供給蒸気温度505°Cを達成している。1978年には,蒸気発生器の故障により,一時運転が停止されたが,1979年には再起動され,現在まで炉心出口温度850°C程度で順調に定格出力運転が続けられている。長年にわたる運転経験を通じて,高温条件下における実験炉構成機器の挙動,球状燃料を使った大型炉の開発に必要な貴重な設計データ,技術経験等が蓄積されつつある。
 また,AVRの後続プロジェクトとして,AVRの大型化及びトリウム燃料の使用を目的とした蒸気タービン発電用原型炉THTR(300MWe原子力炉出口温度750°C,タービン供給蒸気温度530°C燃料;高濃縮ウラン/トリウム)が,1971年に着工された。しかし,許誌可に関する基準強化と技術的実証を求める手続き等のため,大幅に工期が遅延しており,現在,原子炉本体については90%程度,発電システムについては50%程度完成しているが,運転開始は1984年頃になるとみられる。
 THTRのあとの大型プロジェクトと目されていたHHT計画(ヘリウムガスタービン直接サイクル発電675MWe原子炉出口温度850°C)では,50%以上の高効率の発電を目指し,1970年代前半から研究開発が進められてきたが,ヘリウムガスタービンシステムの技術的問題点に加えて,西独内電力需要の低迷が加わり,更に財政上の問題から,中止に近い状態に置かれている。
 このためHHT計画に代わるTHTRの後続プロジェクトについて,現在,検討が行われてきているが,そのねらいは,産業界の生産能力の維持にあると言われている。
 一方,核熱の直接利用については,上述したAVR,THTRの建設,運転の経験を継承発展させ,日本の多目的高温ガス炉構想と同様に,直接核熱を産業用の熱源として利用しようというものであり,将来の西独の高温ガス炉計画の本命と考えられている。
 この核熱の直接利用については,現在,PNP計画が立てられ,国内から産出されるかつ炭,石炭をガス化することを主目的として,原型炉(500MWt,原子炉出口温度950°C)の開発から始めようという構想になっている。また,同計画では核熱の直接利用を目指すため,我が国同様,高温ヘリウムの中間交換器の研究開発がとりわけ重視されている。PNP計画のスケジュールについては,中間熱交換器の研究開発の遅れや,西独原子力界の低迷の影響を受けて,原型炉の建設決定の時期も,当初予定の1985年より遅れる模様である。
 また,PNP計画に関連して,核熱エネルギーの有望な遠隔輸送技術の開発が進められている。この輸送技術では,核熱エネルギーを一旦化学物質(還元ガス)に変換し,それを輸送し,輸送地において熱に再変換しようというものである。現在,同技術については,パイロットプラント EVA/ADAM(II)による試験が行われている。

② 米国
 米国では,高温化による発電効率の向上を目指して,高温ガス炉の開発が行われてきた。
 まず,ゼネラルアトミック社が,蒸気タービン発電用実験炉ピーチポトム炉(40MWe,原子炉出口温度728°C,タービン供給蒸気温度538°C,棒状燃料,高濃縮ウラン/トリウム)を建設し,1967年よリ,運転を始め,所期の目的を達して,1974年に運転を終了した。
 更に,同社では,世界で最初の高温ガス炉として,蒸気タービン発電用原型炉フォートセントブレイン炉(330MWe,原子炉出口温度785°C,タービン供給蒸気温度538°C,ブロック型燃料;高濃縮ウラン/トリウム)を建設し,同炉は1974年に臨界に達した。しかしながら,出力上昇の過程で,冷却ポンプから一次系への水の漏込み,炉心出口温度の揺動等,機器や炉心部でのトラブルが続き,長期間低出力運転を余儀なくされた。その後,設計に改良を加えることにより,これらのトラブルは克服され,1979年からは,コロラド電力会社において,70%出力の営業運転が行われており,1981年11月には,試験的に100%出力運転に成功している。
 これまでの研究開発の成果から,米国では,発電用高温ガス炉については,商業化一歩手前の段階にまで進んでいると言える。
 次の段階としては,蒸気を供給しうる発電炉(2,240MWt,原子炉出口温度693°C,タービン・プロセス供給蒸気温度538°Cブロック型燃料;中濃縮(20%)ウラン/トリウム)を建設する 「リードプラントプロジェクト」と称する計画が検討されており,1994年の完成が目標とされている。
 同計画の狙いは,原子炉出口温度を下げ,炉の安全余裕度を増加させることにより,許認可手続きを迅速にし,併せて産業界の生産能力を維持しつつ,将来の高温ガス炉に対する需要に備えることにあると言われている。また,核熱の用途としては,全部電力とするか,電気と蒸気の供給とするか,二通りの考えがあるが,電気と蒸気の供給の場合は,蒸気については,米国の各産業への利用及び中部山岳地方に大量に埋蔵されているオイルシェールから石油を分離するための利用が考えられている。

③ 英国
 英国では,OECD/NEAの国際プロジェクトとして,ユーラトム,北欧3国,スイス,オーストリアの12ヵ国の参加を得て,高温ガス実験炉ドラゴン(20MWt)を英国原子力公社ウィンフリス研究所に建設し,同炉は1964年に臨界になって以来,1976年3月まで運転された。
 同プロジェクトでは低濃縮ウラン,高濃縮ウラン,トリウムについてそれぞれ,棒状,中空円筒状,球状等の各種の燃料について種々の照射試験が行われ,この結果,被覆燃料粒子の直径,被覆層の厚さ,重金属含有量等に関する最適範囲,燃料からのFP放出量等に多くの知見が得られたほか,炉心核設計,ヘリウムの流動特性等,高温ガス炉の設計に不可欠な多くの知識が集積された。
 これらの成果は,米国のピーチボトム炉及び西独のAVRの建設に反映された。
 なお,ドラゴンプロジェクトの中心となっていた英国が,北海油田の発見以来,原子力開発をスローダウンさせ,その結果,同プロジェクトは資金不足が生じ,1976年3月に中止を余儀なくされたわけであるが,ドラゴン炉の成果からみて,高温ガス炉の先行炉としての目的は達したものと判断される。

2. 軽水炉多目的利用の現状
(1) 日本における軽水炉多目的利用の現状
 現在,我が国において,軽水炉を電力以外に本格的に利用しているものはないが,発電所内で使用する水を得るための海水淡水化の熱源としての利用や,発電の際に,付随的に発生する温排水の養殖漁業への試験的利用など,極くわずかの例がある。
 一方,軽水炉は,300°C程度の蒸気供給が可能であるので将来,化学工業,紙パルプ製造業,海水淡水化,民生需要への熱供給等が期待される。軽水炉の熱利用については,十数年にわたる我が国の軽水炉の運転経験と,その間の研究,改良により軽水炉技術が,我が国固有のものとして確立されてきていることを考えると,基本的な技術上の問題点は,少ないと考えられる。
 しかしながら,軽水炉による熱供給を考える場合,輸送に伴う損失を極力少なくするという経済性の観点から,需要地近郊に設けることが望ましいが,必ずしも需要地近郊立地が可能だとは限らないので,損失の少ない熱輸送方法の確立も含め,我が国に適した立地のあり方を検討する必要がある。また,需要自体も地域的に分散するだけでなく,季節的な変動があるものと考えられる。
 軽水炉の多目的利用を推進するに当たっては,以上のような諸課題を総合的に検討し,克服していかなければならない。

(2) 海外における軽水炉多目的利用の現状
 スウェーデン,カナダ,ソ連等寒冷地で地域暖房が普及している諸外国においては,軽水炉から供給される蒸気,温水の地域暖房利用及び工業利用についての実績があり,また,米国,フランス等においては,軽水炉熱利用に関する具体的な計画が,現在検討されている。
 即ち,北欧では,スウェーデンのオゲスタ発電所(PHWR,10MWe,65MWt)が,ファルスタ団地(人口3万人)へ,1964年から1974年まで地域暖房用の温水(75~120°C)を供給していたが,当時の石油価格との比較により経済性が悪いとされ,以来,運転が停止されている。
 また,同国は,フィンランドと共同で人口5~10万人の都市への地域暖房用の温水供給を目的としたセキュア炉(200MWt,原子炉出口温度120°C)の開発を行い,同炉を1990年頃までに,ヘルシンキの近郊に建設することを計画している。
 ノルウェーにおいては,1962年以来紙パルプ工場への蒸気供給が行われている。
 フランスにおいては,1962年以降,仏原子力庁(CEA)とテクニカトム社が,地域暖房と海水脱塩を目的としたテルモス炉(150MWt,炉心出口温度139°C,熱供給温度120°C)の開発を進めており,現在暖房用の熱源として,パリ南西部のサクレーに建設することが検討されている。
 また,カナダにおいては,現在カナダ原子力公社が,ホテル及びビルの暖房用として,地下立地方式の小型原子炉スロー・ポーク (プール型,2MWt,炉心内冷却水温度190°C,二次冷却水温度80~90°C)を開発しており,チョークリバーに建設することを考えている。同炉は,構造を極めて簡単なものとしているため,低コストで高い安全性を期待できるとされている。このほか,ダグラスポイント炉(CANDU,700MWt,1973~1978年),ブルースA炉(CANDU,2,515MWt×4基,1978年~)により重水工場への蒸気供給を実施している。
 米国では,ダウケミカル社が,これまで石炭利用による自家発電により,ミッドランドにある同社の化学工場へ,電力及び蒸気供給を行ってきたが,将来はコンシューマー・パワー社が建設中の原子力発電所1号炉(1984年運開予定,2,468MWt,PWR),及び2号炉(1983年運開予定,2,468MWt,PWR)により,代替することを計画している。ダウケミカル社では,コンシューマー・パワー社との間で,既に20年の供給契約を結んでおり,電力の価格面では,従来の石炭自家用発電より,20%程度は安くなることが見込まれている。
 ソ連は,国土の殆んどが高緯度にあるため,暖房を非常に重視しており,軽水炉等から得られる熱を,地域暖房に利用している例がいくつかある。北極圏にあるビルビノ発電所(PWR,12MWe×4基,1974~1976年運転開始)は,現在,ビルビノ町へ電気と地域暖房用蒸気を供給している。また,高速増殖炉であるシェフチェンコ発電所(LMFBR,150MWe)は,1973年に運転を開始して以来,発電と同時に海水淡水化用の蒸気を供給し,得られた淡水は,飲料用,農業用等多方面にわたって利用されている。この他,ベロヤルスク発電所,レニングラード発電所でも電気と共に地域暖房用温水を供給しており,同じ目的のために,オデッサ原子力発電所を建設中である。
 このほか,都市暖房熱供給専門の自然循環型軽水炉(AST)の開発を行っており,ゴーリキ市(人口40万人)とボロネジ市(人口90万人)において,500MWtのASTが建設中であり,また,発電と工業への熱供給が可能なVK-50及び有機冷却材を使った小型炉(アルブス炉)の開発も進められている。

 〔III〕 炉の研究開発の推進方策
1. 多目的高温ガス炉研究開発の推進方策
 多目的高温ガス炉は,将来のエネルギーの安定供給に寄与するだけでなく,その研究開発の過程において,国際協力を有効に活用しつつ,自主的な技術の確立を図ることにより,諸産業への直接的な貢献とそれによる国際競争力の向上など,従来の発電炉とは異なる重要な意義をもつものである。
 このため,今後の多目的高温ガス炉の研究開発は,以下のように進めることが適当である。

(1) 炉の研究開発の推進方策
① 多目的高温ガス炉の実用化時期
 日本のエネルギー安全保障を考えると,早期実用化が望ましいが,今日の高温ガス炉に関する内外の技術水準から,今後の進捗状況を見通せば,我が国における実用化の時期は,21世紀の初頭になるものと判断される。

② 多目的高温ガス実験炉の建設
 多目的高温ガス炉実用化のための重要なステップである実験炉については,既に,多くの技術的蓄積がある日本原子力研究所が中心となって建設することが適当である。
 実験炉の目的は,高温熱エネルギーの安定的供給,安全性等を含む高温ガス炉の基本的な技術を確証し,実際の運転経験を積むことである。
 また,実用化に当たっては高温ガス炉の安全規制に関する各種基準等の整備,体制の確立を図る必要があるが,実験炉の設計,建設及び運転を通じて得られる諸データ,経験等は,これらに大きく貢献するものである。
 実験炉の原子炉出口温度は,これまで1,000°Cを目指して研究開発が進められてきたが,主として,現在の材料の開発状況,利用系からの要請及び実験炉の早期実現等を考慮すれば,設計温度を950°C程度とし,例えば,800°C程度の温度から運転を始め,段階的に設計温度の達成を目指すことが適当であり,実験炉の規模は出力50MWt,程度が適当である。これによっても,上述した実験炉の目的は,十分達成できると考えられる。しかし,利用系における熱効率の向上,利用範囲の拡大,関連産業に対する技術的波及効果等を考えれば,今後とも原子炉出口温度は,1,000°C以上を目指して,各部分とも所要の研究開発を行っていくことが必要である。
 また,実験炉の建設時期については,HENDELによる実証試験成果の活用,詳細設計の今後の進展等を考慮すれば,遅くとも昭和60年代半ばの運転開始を目途に建設に着手することが適当である。
 更に,実験炉の建設,運転に当たって,将来の多目的利用の実用化に円滑に移行できるよう,早い時期から,関連業界の積極的協力を求めるべきである。
 なお,実験炉の建設費は,約1,500億円と見込まれる。

③ 原型炉以降の開発の進め方
 原型炉以降実用化までの過程については,原型炉及び実証炉等適当な段階を踏んでいくことが,必要と考えられるが,諸種の経験と技術水準から考えてこのような従来通りの段階を踏む必要がなくなる可能性もある。
 原型炉以降の開発の進め方については,自主技術を基本としつつも諸外国との国際協力も含め,研究開発の効率化を図ることなどにより多目的高温ガス炉の実用化を極力加速する方策を採るべきであるが,スケジュールの目安としては,次のように考えられる。
 まず,原型炉は,実験炉によって確証された多目的高温ガス炉の基本的な技術を,更に改良,向上するとともに,それによって多目的高温ガス炉の経済性について,ある程度の見通しを得ることが目的であり,運転開始の時期は,昭和70年代前半とし,また,その規模は,大型化率の技術的妥当性等を勘案して,500MWt程度とすることが考えられる。多目的高温ガス炉の実用化に当たり,いわゆる実証炉の建設が,必要か否かは,今後の実験炉及び原型炉を通した技術の進展状況及びその時点での経済的,社会的環境を勘案して判断することになろうが,実証炉を建設する場合には,それによって,実用炉の基本性能,安全性,経済性を実証することとし,運転開始時期は,昭和80年代前半が考えられ,その規模は,実用炉と同程度になるとみられる。実用炉の規模は,利用系の規模,同一敷地に複数基の炉を設置する可能性等今後の経済的,社会的環境にも影響されようが,現在の内外の技術水準からみると,1,OOOMWt程度になるものと考えられるので,実証炉の規模も1,000MWt程度となろう。
 原型炉以降の開発については,実験炉の成果を確実に維持発展できる開発体制の下で推進することが肝要であり,また,利用系の開発主体と密接な連携をとることに留意する必要がある。また,その際,民間が,一層積極的に取り組み,その役割を増大していくことが重要である。
 更に,将来の多目的高温ガス炉の立地に当たっては,現実の需要に対応して,原子炉系と利用系が,整合性のとれたシステムとして機能する必要があるが,今後の経済情勢,社会情勢等を十分に勘案し,2次エネルギーセンター構想も一つの参考として,我が国に適した立地のあり方に関する検討を精力的に続けていく必要がある。

④ 国際協力の推進
 高温ガス炉の実際的な経験がない我が国は,実験炉の早期建設と運転によって,技術基盤の確立を急ぐべきであるが,高温ガス炉に関して多くの経験を持っている西独及び米国との国際協力により,研究開発を加速することを考慮すべきである。即ち,自主技術開発の成果の蓄積を基礎として,西独,米国との国際協力を積極的に展開し,資金,要員の効率的活用を図るとともに,開発期間の短縮等に努めることが望ましい。

(2) 利用系技術開発の推進方策
 〔II〕,1,(2)で述べた多目的高温ガス炉の利用系技術については,実用化までの研究開発に,なお多少の期間が必要であるが,いずれも有望なものと考えられ,今後とも,炉の開発と並行して積極的に研究開発を進めていくことが期待される。また,HENDELを利用系技術の研究開発に活用できれば,利用系技術の進展に大きく貢献し得るものと考えられるので,この点につき,積極的に調査,検討の上,実現していくことが望ましい。
 実験炉に接続することが考えられる利用系プラントについては,将来の利用系として,可能性のある各種プロセス(石炭ガス化,還元ガス製造等)の開発及び実証にも活用できるよう,できる限り汎用性のあるプラントとなるよう配慮すべきである。
 一方,今日まで,核熱利用系技術開発の対象として,直接取り組まれてきたものは,いわゆる原子力製鉄だけであったが,今後,炉開発と利用系技術開発との有機的連携を一層強め,高温ガス炉システムとして,その開発を促進していくためには,民間における利用系技術開発への取組姿勢を,一層積極的なものにすることが望まれる。即ち,多目的高温ガス炉の関連産業においては,将来における原子力導入の見地から,現在,国が中心となって推進している利用系技術開発の成果を承継し,発展させ得る体制を整備していくことが重要である。

2. 軽水炉多目的利用の課題と進め方
 軽水炉技術については,我が国において,既に,十数年来の建設,運転に関する経験があり,我が国独自の技術的基礎も次第に確立されてきている。
 したがって,原子炉系と利用系設備との連結における技術的課題や利用可能な温度が低いなどの考慮すべき点はあるものの,条件によっては,比較的早期に軽水炉の多目的利用の実現の可能性はあるものと判断される。
 なお,軽水炉多目的利用に関する経済性については,これまで種々の評価がなされているが,今後,具体的な例に即した経済性について,早急に検討を加える必要があるとともに,損失の少ない熱輸送システムの確立等の技術面の検討なども進める必要がある。
 また,社会的には,立地に対する国民の理解を得ることが,重要な課題である。したがって,軽水炉熱利用による地域振興等地域との調和を図る方策の検討も重要である。このため,原子炉を中心とするエネルギーセンター的な構想も念頭に置きつつ,積極的な立地推進方策を検討すべきである。
 更に,軽水炉多目的利用の実用化に当たっては,熱供給が事業として確立することが必要であるので,制度面を含めた事業化のため,環境整備に努めていく必要がある。
 軽水炉多目的利用実用化のためには,今後,以上のような諸課題の克服が必要であるが,現在,国において調査が進められている中小型軽水炉の利用の可能性,原子力発電所を利用した熱利用の実証試験計画の推進も含めて,実用化のための本格的な検討を進めていく必要がある。
 軽水炉の多目的利用の実現は,原子炉の多目的利用に関する国民的理解の増進,利用産業の体制の確立等多目的利用をめぐる社会的基盤の確立に多大の貢献をするものであり,このことは,原子力発電所の立地促進にも寄与することが期待されるとともに,多目的高温ガス炉の将来における円滑な実用化にもつながるものである。この意味からも,軽水炉多目的利用の早期実現を図ることは,原子炉多目的利用の推進に大きな意義を有するものと考えられる。

(x)国際プルトニウム貯蔵(IPS)に対する我が国の基本的考え方

昭和57年8月
原子力委員会
ポストINFCE問題協議会

 I. IPSに対する基本的態度
1. IPSに対する我が国の対応
 IPSは現行保障制度に加え,プルトニウムを国際的管理の下に置き,その軍事転用を防止する措置を採りつつプルトニウムの平和利用を推進するための構想である。
 我が国は,原子力研究開発利用を厳に平和利用のみに限って推進するとともにNPTに基づくIAEAのフルスコープ保障措置の適用を受けており,現行制度の下においても,我が国において原子力の平和利用が厳格に担保されていることを世界に示して来ている。
 一方,INFCEにおいては,原子力平和利用に支障を来すことなく核拡散の危険を最小限にとどめるための効果的な措置を採ることは可能であることが明らかにされ,さらにIPSの重要性が指摘されたところであり,我が国としてはプルトニウム利用の拡大に伴い,世界的な核不拡散担保の強化のため,効果的なIPS制度を構築していくことは有意義であるとの観点から,西側先進諸国と協調をとりつつ,本検討に積極的に参加していくものとする。

2. 原則
(1) プルトニウムの平和利用を推進しようとする全ての国は本システムに参加するよう勧告されるものとする。
(2) IPSは平和利用の全てのプルトニウムを対象とする。
(3) IPSの管理下にあるプルトニウムはIAEAの保障措置の下に置くものとする。
(4) IPSシステムの実施に当たっては,現在の保障措置制度を最大限に利用するものとし,手続の煩雑化により,プルトニウムの円滑な利用に支障を来すことのないよう考慮する。
(5) IPSに関する手続の最終責任は,当該プルトニウムの所有権を有する国が負うものとする。

 II. IPSの諸手続
3. 登録
(1) 分離された全ての平和利用のためのプルトニウムを対象とする。
(2) 制度に加入した際の初期在庫登録とそれ以降分離される毎の登録とがあり,いずれも保障措置上のデータを基礎とし,不足するデータ(所有国の名称)についてのみ追加提出することにより行う。
(3) 保障措置手続上の「所在国主義」とIPS手続上必要とされる「所有国主義」的な面の整合性を図るため,以下のような手続を採る。
 ・ 登録のための最初の通知は,所在国により行われる。
 ・ IAEAは,所在国と所有国が異なる場合,所有国に内容の照会を行う。
 ・ IAEAは,所有国から了承する旨の回答を得た場合,当該プルトニウムの登録を行うが,疑義等が示された場合は,両国とIAEAが協議する。

4. 余剰プルトニウムの預託
(1) 当面具体的使用計画のないプルトニウム(使用申告が提出され,かつ当該申告がIAEAにより妥当であると認められたプルトニウム以外のもの)は「余剰」として特定の「しきい値」以下のものを除いてIPS貯蔵庫に預託される。
(2) この「しきは値」は保障措置で定める「有意量」(significantquantity)を利用するものとし,しきい値の設定は保障措置の計量管理手続上,及びプルトニウムの円滑な利用を図る上から「施設ベース」とする。
(3) 預託に際し,プルトニウム所有国は,自己のプルトニウムが収納されるべきIPS貯蔵庫を選択する権利を有する。
(4) IPS貯蔵庫間の移送は,返還手続を伴わないで可能とする。

5. 返還(発電炉利用)
(1) 返還申請は所有国が使用の申告をIAEAに提出することにより行われる。
(2) IAEAによる申請内容のチェックは,以下の3点について行われるものとし,これが満足されれば自動的に返還されるものとする。
 ① 使途が平和目的であること。
 ② 返還後のプルトニウムが継続して保障措置下にあること。
 ③ プルトニウムの過剰なストックパイルが避けられること。
(3) 前記③の判定条件は次の通りとし,可能な限り予見可能な形態とする。
 ① 返還申請に従って,プルトニウムが返還されることにより,加工施設の入口部のバッファ量の予想値があらかじめ合意された上限値を超えないこと。
 ② 加工施設のバッファ量の上限値は予め定められた計算式により得られた値を参考にし,施設毎に形態,地理的状況,操業の遅れ等を考慮して定められる。また,この値は,過去の経験により変更され得るものとする。

6. 使用の検証(発電炉利用)
(1) 不当なストックパイルが起きていないか,申請通りに使用されているかを現行保障措置で得られる情報に基づいて検証される。
(2) 申請通りに使用されていない場合や計画以上の滞貨が生じている場合,使用者はIAEAと協議し,必要があれば用途変更の申請,使用施設における封印あるいは再預託等必要な措置をとる。
(3) 返還されてから加工施設の入口部まで,及び加工施設出口以降はバッチフォローアップが行われるが,加工施設内ではプール管理方式をとり,バッチフォローアップは行われない。

7. 登録の解除(発電炉利用)
 登録解除は以下の場合に行われる。
(1) 原子炉へ装荷された場合。
(2) 保障措置の適用除外となった場合。(プルトニウムの回収が不可能となった場合等)
(3) スクラップや残滓が回収のため,再処理の回収工程に入れられたとき。

8. プルトニウムのR&D利用
(1) 原則
 R&D利用は,基礎的研究から核燃料開発・実証研究,プロセス研究,臨界実験装置を用いる研究等多岐にわたるため,以下のように大別するが,発電炉利用の手続を可能な限り適用する。
 ① 基礎的研究:少量のプルトニウムを使用する研究。使用上の自由度を確保する。
 ② 燃料開発・実証研究,プロセス研究等:多量のプルトニウムを使用する研究。発電炉利用の核燃料施設と類似した手続とする。
 ③ 臨界実験装置を用いる研究:多量のプルトニウム在庫を要するが比較的計量管理が容易なので,  C/S(contain-ment and surveillance)を有効に利用する。
(2) 登録,預託
 発電炉への利用の場合と同じ手続とする。
(3) 返還
 ① 使用申告を提出するが,用途は研究の内容にふれない一般的な記述とする。(ガイドライン又はコードによる。)
 ② 余剰プルトニウムのストックパイル防止の基準に関し,多量のプルトニウム使用施設(R&D用核燃料施設等)では,ケースバイケースでバッファストックの上限値を定めておく。
 ③ その他の場合は少量のプルトニウム使用であることに鑑み,返還前のチェックは不要とし,返還後の使用検証でチェックする。
 ④ 臨界実験施設の在庫は全量が使用中であるものとする。
(4) 使用の検証
 ① 基礎的研究では,施設全体(又は施設群)にわたり,そこで使用されるプルトニウムをプールし,全量一括して,使用申告された総量と対照してチェックする。
 ② 燃料施設等では,大規模炉利用の場合の加工施設と同様に行う。
 ③ 何れの場合も,保障措置で得られる情報に基づいて検証されるものとする。
(5) 保存試料,用途変更
 ① 保存試料は使用中であり,元の使用申告に基づくものとして扱う。
 ② 計画の重大な変更,遅れを生じたとき若しくは使用の中断,又は終了後そのまま別の用途に使用する場合には,新しく使用申告を行う。
(6) 登録の解除
 発電炉利用の場合と原則的に同じとする。但し臨界実験装置の炉心に装荷される場合は登録解除されない。

 III. 国際プルトニウム貯蔵庫
9. IPS貯蔵庫の設置の原則及び設計要件
(1) IPS貯蔵庫の設置の原則
 ① IPS制度に加盟するいかなる国もIPS貯蔵庫を持つことが出来るが,IPS貯蔵庫は,原則として再処理施設and/orプルトニウムの成型加工施設に併置される。
 ② IPS貯蔵庫の設置基準は“保障措置が適用されていること”及び“国際的に認められたレベルのPPが適用されていること”とする。
 ③ IPS貯蔵庫の指定は当該国がIAEAと締結するIPS貯蔵庫協定により行われる。
(2) IPS貯蔵庫の設計要件
 ① 貯蔵庫の設計に関する一般要件
 貯蔵庫は新たに建設されるか又は既存の貯蔵施設が利用される。
 当事国及び貯蔵庫の運営者は貯蔵庫が下記の設計要件を満足しているかについてIAEAと協議する。
 ② 設計要件
 i) 貯蔵庫はプルトニウムが安全に保管され,かつ他施設から独立して運営できるものであり,IAEAにより物品及び人の出入りが管理され得る構造とする。
 ii) プルトニウムは貯蔵庫内では完全にアイテム化(個数化)された状態で取り扱われるものとする。
 ③ プルトニウムの化学形態
 貯蔵及び輸送時のプルトニウムの化学形態は,運営上のflexibilityと核不拡散のバランスを取る必要があり,aprioriに特定の形状を除外しないものとする。

10. IPS貯蔵庫の運営要件
(1) IPS貯蔵庫の運営に当たり,あらかじめ当事国と施設運営者は,貯蔵庫の運営上の責任分担を明らかにしておく必要がある。
(2) 施設運営者はIPS貯蔵庫の運営に関する責任を有し,全ての必要な役務を準備する。
(3) IPS貯蔵庫でのプルトニウムの出入りは,IAEA officerの立会いにより管理される。
(4) 緊急時にIAEA officerが不在の場合,予め合意された手続により,施設運営者のみでもアクセスできるものとする。
(5) 上記(4)に係わる措置が採られた場合,当事国/運営者は,速やかにIAEAに通報し,IAEAは在庫確認等必要な措置を採る。
(6) IAEA offlcerの駐在の形態は施設運営者に不必要な負担をかけないよう,プルトニウムの出し入れ頻度,貯蔵庫へのC/Sの適用状況等を勘案して施設毎に,IAEAと協議して定める。
(7) IPS貯蔵庫は治外法権的な国際貯蔵庫とせず,貯蔵庫が存在する国の法律に従い規制されるものとする。

11. 実施協定
(1) IPS協定の体系
 IPS協定の体系は,各国と機関の権利と義務を規定する基本協定(Basic Instrument),基本協定を実施するための運営手続(Administra-tive Procedure),IPS貯蔵庫設置国とIAEAが締結する貯蔵庫協定(Store Agreement)で構成される。
(2) 基本協定(Basic Instrument)
 ① 協定の形式は従来のIAEA保障措置協定のようにモデル協定をつくり,これをベースに各国とIAEAとの間で個別の協定を結ぶ。
 ② IPSの運営はIAEAが主体となりその組織の中で行われるものとし必要な場合事務局長は,IPSの運営に関し,技術的助言を得るため,個人的諮問機関を設置できるものとする。
(3) 運営手続(Administrative Pro-cedure)
 基本協定に基づき,登録,預託・貯蔵,返還,使用の検証及び登録の解除に関する詳細な手続を運営手続で規定する。
(4) 貯蔵庫協定(Store Agreement)
 モデル貯蔵庫協定をつくりこれをベースに各国とIAEAの間で個別の協定を結ぶ。


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