第7章 放射線利用

5 放射線利用に係る研究開発

放射線利用に係る研究開発については,近年,放射線利用技術の高度化,多様化に伴い,関係機関にまたがる研究課題が増加しており,特に,放射線化学及び加速器利用の分野の研究開発については,関係機関における研究課題を調整し,総合的計画的に進める必要性が高まってきた。このため,原子力委員会は,昭和55年11月25日放射線利用専門部会を設置し,放射線化学及び加速器の医学利用の研究開発等について,調査審議を行い昭和56年10月に報告書をとりまとめた。その検討結果は新しい長期計画に織り込まれた。
 放射線利用に係る研究開発は,農林水産業分野については,農林水産省の試験場等で,工業分野については,日本原子力研究所高崎研究所等で,また医療分野については,放射線医学総合研究所を中心に行われている。
 まず,農林水産業分野においては,放射性同位元素は生理生体研究,施肥,農薬施用法の改善,地下水流動機構の解明に利用され大きな成果をあげている。また,アクチバブルトレーサーにより,魚類の回遊状態の追跡も行われている。
 さらに,放射線による品種改良が農業技術研究所放射線育種場等で実施されており,これまでに多くの有用作物を育成している。
 工業分野においては,放射線化学については,日本原子力研究所高崎研究所を中心として,理化学研究所,国公立の試験研究機関等において,機能性高分子材料の開発,低温放射線重合による高分子材料の開発,プラスチックの放射線改質,高分子材料の耐放射線性の研究等を実施している。

 環境保全については,日本原子力研究所高崎研究所において,排煙中のNOx,SOx の除去,廃水処理,汚泥処理等への放射線利用についての研究を進めている。また,国立公害研究所において,放射性同位元素を利用して,汚染物質の生物への影響の解明,土壤中の元素の動態の解明等を進めている。
 この他,252Cfを用いたオンライン分析技術の開発が日本原子力研究所を中心に進められている。

 医療の分野においては,診断及び,治療について研究開発が進められている。
 11C,13N,150,18F等のポジトロン核種は99mTc等,従来利用されていた放射性同位元素と異なり,生体構成元素であるため,これらポジトロン核種を用いた診断は,従来のX線CT装置による診断では不可能な脳,心臓等における代謝及び機能診断が可能であり,早期実用化が望まれている。現在,放射線医学総合研究所において,通商産業省工業技術院等の協力のもとに,ポジトロンCT装置の開発が進められている。また,診断に用いる短寿命RIについては,放射線医学総合研究所において,医用サイクロトロンによる短寿命核種の生産,短寿命RI標識有機化合物の製造技術等に関する研究開発が進められるとともに,国立療養所中野病院においても,理化学研究所で開発し既に民間企業で実用化された超小型サイクロトロンを用いて同様の研究が進められている。
 放射線による治療については,低LET放射線である電子線,エックス線及びγ線による治療は,既に実用化されているが,低LET放射線より生物効果の強い放射線である速中性子線,陽子線等の高LET放射線による治療については,現在,研究開発が進められているところである。

 今後の悪性腫瘍の治療には,手術,化学治療法等と放射線治療との有効な併用が必要であり,さらに免疫療法と放射線治療との併用による治療成績の向上に関する研究も進められ,これらの研究の今後の発展が期待されている。
 現在の放射線治療,ことに外部照射では,病巣以外の正常組織の被照射線量が多く,これが放射線後遺症発生の原因となっており,その防止のため,コンピュータを利用する高精度治療システムが開発され普及しつつある。


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