第1章 原子力発電推進の必要性と今後の進め方

2 原子力発電の推進と今後の方向

 前節において述べたように,エネルギー資源に乏しい我が国が,国民生活の水準を維持し,向上させていくためには,今後積極的に原子力発電を推進してゆかなければならない。このため,我が国は,当面,軽水炉の定着化による発電規模の拡大を図るとともに,高速増殖炉及び新型転換炉の開発を進め,昭和70年代には高速増殖炉の実用化を実現し,更に,21世紀には,究極のエネルギー源である核融合の実用化を目指すこととしている。しかしながら,原子力発電を中心とする原子力の研究開発利用は,巨大な科学技術体系であり,個々の研究開発プロジェクトが大規模であるのみならず,関連する分野も広範であり,基礎的研究段階から実用化まで長期間を要し,巨額の研究開発資金と優秀な人材の確保が必要とされる。従って,これらのプロジェクトを推進していくためには,国の総力をあげた取り組みが必要とされる。
 原子力の開発利用を進めるに当たっては,安全性の確保が大前提であり,安全性の確保こそが原子力発電の推進について国民の合意を得るための基本的要件である。
 我が国における安全性の向上については,原子力安全委員会の設置,安全規制の一貫化,安全審査・検査等の厳格な実施,安全研究の推進,軽水炉の改良・標準化等の信頼性の向上をはじめ様々な施策が進められてきた。一方,我が国が原子力の研究開発に取り組んでから既に20数年経つており,この間には原子力施設の建設・運転の経験及び研究開発の成果により多くの知見が蓄積され,それに基づいて安全性の向上が図られてきた。さらに,米国TMI原子力発電所事故の教訓を踏まえて,運転管理監督体制の強化,安全基準の充実,安全研究の充実等が図られるとともに,万一の事故に備えた防災対策の充実が図られてきた。
 原子力委員会としては,このような多くの経験と様々な対策により,我が国においては安全性は十分に確保されていると考える。しかしながら,些細なトラブルも国民の不安の因となりかねない現状を考慮すれば,原子力発電のより一層の定着化と拡大-を図るに当たっては,今後とも原子力施設の設計段階から建設・運転に至るまで細心の注意を払い,一層の安全性の向上を図っていくことが重要である。

 (軽水炉の定着化)
 軽水炉は,経済的にも技術的にも実証された発電用原子炉として世界で最も広く利用されている炉型であって,昭和55年6月現在,世界で運転中の軽水炉は154基約1億700万kW,建設中・計画中のものを含めると506基約4億7,000万kWに達している。また,その設計,建設,運転に至る諸々の技術データは,長年にわたって蓄積されており,実用上十分な信頼度を有する原子炉である。我が国における商業用発電炉は1基(ガス炉)を除き,全て軽水炉で,現在運転中のものが20基約1,480万kW,建設中・建設準備中のものを含めると34基約2,770万kWに達しており,今後とも高速増殖炉が本格的実用段階に入るまでの間,長期間にわたり原子力発電の主流をなす炉であり,その定着化を図ることが重要である。今後は,さらに軽水炉の改良・標準化,負荷変動に追従しうる高性能燃料の開発等を進め自主技術の蓄積を図り,これらの技術開発の成果を軽水炉の設計・建設・運転に積極的に取り入れるとともに,品質保証活動の一層の充実を図り,海外技術に安易に依存することなく,軽水炉技術を完全に我が国自らのものとすることに努めていくことが必要である。
 このような努力が,安全性,信頼性の一層の向上にも貢献することとなり,我が国に適した軽水炉の定着化が進められるものである。

 (新しい炉の開発)
 発電用原子炉の炉型については,軽水炉から高速増殖炉へ移行させることが我が国の基本路線であるが,この基本路線を補完する炉として新型転換炉の開発を進めており,既にその原型炉が順調に運転されている。新型転換炉は軽水炉の使用済燃料を再処理して回収されるプルトニウム,減損ウラン等を有効に利用できる炉であって,燃料資源の弾力的活用に優れた性能が期待できるため,高速増殖炉の実用化時期との関連において特に重要な意義をもつものであり,昭和60年代の実用化に向けてその開発に努力する必要がある。このため,現在原子力委員会において,新型転換炉実用化の意義,技術的評価,経済的評価等につき検討を行っているところである。
 高速増殖炉は,プルトニウムを燃料とし,かつ,消費した以上のプルトニウムを生成する炉であり,将来の発電用原子炉の基幹をなすものである。ウラン資源の制約を考慮すれば,できる限り早期に高速増殖炉を実用化することが望まれ,昭和70年代に本格的な実用化を図ることを目標としてその開発を進める必要がある。他方,実用化に際しては,高速増殖炉の使用済燃料の再処理が必要であり,その研究開発もあわせて積極的に進めなければならない。
 さらに,長期的には核融合が期待される。核融合エネルギーは,実用化された暁には半永久的なエネルギーの供給を可能とするものとして,実現に大きな期待が寄せられ,特に,エネルギー資源に恵まれない我が国としては,21世紀の実用化を目標としてその研究開発を推進してゆく必要がある。

 (核燃料サイクルの確立)
 原子力発電が安定したエネルギー源としての役割を果たしていくためには,核燃料を安定的に確保し,その有効利用を図ることが極めて重要であり,特に,最近の核不拡散強化をめぐる厳しい国際情勢に鑑みるとき,その必要性は一層痛切なものとなっている。このため,天然ウランの確保はもとより,核燃料の濃縮及び加工,国内再処理事業の推進,プルトニウム利用の推進及び放射性廃棄物の処理処分対策について,積極的な施策を講じ,我が国として自主性を確保できるような核燃料サイクルを,早期に確立することが重要である。
 核燃料サイクルの確立のためには,まず第一に,ウラン資源の確保の面における努力が必要である。
 ウラン資源の乏しい我が国は,必要な天然ウランの大部分を海外に求めざるを得ない。昭和60年代後半までに必要な天然ウランについては既に確保されているものの,今後の世界的なウラン需要の増大に対処し,安定的にウランを確保していくためには,供給の多角化を図ることが重要であり,新規長期契約の確保はもとより開発輸入の比率を高めるため,海外における探鉱開発を積極的に進める必要がある。このため,政府は,動力炉・核燃料開発事業団による海外探鉱活動を逐年強化する一方,民間企業における探鉱活動の推進のため,金属鉱業事業団等の成功払い融資及び出資並びに開発に対する債務保証を拡充強化していくこととしており,民間企業における積極的な探鉱活動の展開が望まれる。
 第二に国内におけるウラン濃縮体制等の確立が必要である。
 我が国の原子力発電に必要な濃縮ウランについては,現在のところ全面的に海外に依存しており,昭和65年頃までに必要とされる濃縮ウラン役務は,米国エネルギー省及びフランスを中心とするユーロデイフ社との契約により確保されている。しかし,近年核不拡散の強化を目的として,濃縮ウランの供給に伴い種々の制約が課されるようになってきており,国内において核燃料サイクルを確立し,我が国の原子力平和利用における自主性を確保するとともに濃縮ウランの安定供給確保を図るとの観点から,濃縮ウランの相当部分を国産化する必要性が高まっている。我が国は,遠心分離法によるウラン濃縮技術の開発を国のプロジェクトとして推進しているが,パイロットプラントの建設・運転により,基本的な技術は確立されつつあり,今後,その開発成果を踏まえ,ウラン濃縮の早期国産化に向けて官民の協力による積極的な努力を進めていく必要がある。また,これに加えて化学法ウラン濃縮技術についても,その確立を図っていくこととしている。
 なお,燃料の加工については,軽水炉用燃料及び研究開発用燃料のいずれについても既に国内における生産体制は整っている。しかしながら,低濃縮ウラン燃料の加工については,未だ企業基盤が総じて脆弱であり,今後はさらに,負荷変動に追従しうる燃料の開発など一層の技術開発を続ける必要がある。また,現在,動力炉・核燃料開発事業団で開発が進められているプルトニウム燃料の製造技術については,新型炉の実用化に備え,新型炉の開発と併行してこれを民間に移転していくよう努めなければならない。
 第三に,核燃料サイクルの要となる再処理事業の推進が必要である。
 再処理についての我が国の政策の基本は,限られたウラン資源を効果的に活用し我が国のエネルギー供給の安定確保に資するため,使用済燃料を再処理し,その中に含まれる燃え残りのウランの再利用及びプルトニウムの活用を図ることであり,これを自主的に進めていくために,国内での再処理体制の確立を図ることとしている。
 このため,東海再処理施設の建設・運転を通じ,我が国における再処理技術の確立を図るとともに,これにより再処理需要の一部を賄うこととしてきた。今後必要となる本格的な商業再処理工場については,電気事業者を中心とする民間企業の共同出資により,昭和55年3月に日本原燃サービス(株)が設立され,その建設を進めることとなっているが,今後の再処理需要から見て,昭和65年頃の運転開始を目途に速やかに建設に着手しなければならず,国際的な核不拡散強化の動きに対応し早急に国際的な理解を取り付けるほか,資金面,技術面にわたる国の強力な支援が必要である。
 第四に,放射性廃棄物の処理処分対策を推進する必要がある。
 原子力発電所等において発生する低レベル放射性廃棄物については,固化処理し,または減容して容器に封入するなどして各施設において安全に保管されているが,原子力施設において発生する低レベル放射性廃棄物の量は,最近ではドラム缶にして年間5〜6万本程度であり,昭和54年度末までの累積量は約28万本に達している。この量は,今後の原子力発電の拡大に伴いさらに増大することが見込まれるものであり,最終的な処分をできるだけ早く開始することが必要である。処分の方法としては,処理の形態に応じて海洋処分と陸地処分とを組み合わせて実施するとの方針のもとに,海洋処分については昭和56年度以降できるだけ早い時期に試験的海洋処分を開始することを計画しており,陸地処分については昭和50年代後半かか地中処分の実証試験を行うこととしている。

 海洋処分については,ロンドン条約(廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約:昭和50年8月30日発効,我が国は昭和48年6月22日署名,昭和55年10月15日批准書寄託,同年11月14日我が国について発効)及びIAEAの勧告及びOECD-NEAの国際基準等により国際的な規制の体系が確立され,さらにOECD-NEAには海洋投棄の協議・監視機構も整備されているところである。このような体系のもとで欧州諸国(英国,オランダ,ベルギー及びスイス)は毎年併せて10万キュリー弱の処分を継続的に行っている。我が国においては,これまで,法制面では国による安全性確認の規定を新たに設けるとともに国際基準に則した基準の整備を行ってきている。また技術面では処分される固化体の安全性確認試験,処分予定海域の海洋調査など安全性について十分な調査検討を行ってきた。これらの成果を踏まえて,昭和51年8月に科学技術庁によりとりまとめられた海洋処分に関する環境安全評価について,原子力安全委員会がその内容を再評価し,昭和54年11月には環境の安全は十分に確保されるとの結論が得られている。処分を実施するに当たっては,内外の関係者の十分な理解と協力を得る必要があり,そのための努力を進めてきているところであるが,未だ国内の水産業界等の了解を得るに至っておらず,国際的にも太平洋の一部地域を中心として強い反対が示され,さらにこれに関連して国民の一部にも疑問の声があがっているのが現状である。このような現状に鑑み,原子力委員会としては,海洋投棄の安全性は前述の如く十分に確認されていること,国際的に確立された規制の体系のもとで実施されるものであること,深海底という人間の生活環境から十分離れたところに隔離するものであること等について,今後とも広く内外の十分な理解を求めていくことが重要であると考える。
 一方,陸地処分については,海洋処分に適さないもの,回収可能な状態で処分しておく必要のあるもの等を陸上の施設に貯蔵し,あるいは地中に処分することとしているが,これについても早急に処分方法等を確立することが必要である。このため,我が国の立地条件を踏まえた上で陸地処分サイトの選定,安全な陸地処分の技術の開発,安全評価方法等の検討を進めており,今後陸地処分を早急に実施すべく,これらの施策を鋭意推進するとともに,処分用地の確保に努めていかなければならない。
 再処理施設において発生する高レベル放射性廃棄物については,半減期が長く,かつ高い放射能を有するため,当分の間は再処理施設において厳重な安全管理の下に貯蔵し,その後は安定な形態に固化し,さらに冷却のため一定期間(数十年程度)貯蔵した後処分することとしている。高レベル放射性廃棄物は,その量が低レベルのものに比較し極めて少く,当面は安全に貯蔵することとし,その処分を行うまでには十分な時間的余裕があるもので,原子力委員会が昭和51年10月に決定した「放射性廃棄物対策について」に基づき,計画的に研究開発を進めているところである。
 なお,現在,放射性廃棄物処理処分の推進方策をさらに具体化するため,原子力委員会放射性廃棄物対策専門部会において審議を進めている。


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