第1章 原子力発電推進の必要性と今後の進め方

1 エネルギー情勢と原子力の位置づけ

 (世界のエネルギー情勢)
 エネルギー問題は,世界が抱えている緊急に解決しなければならない重要課題である。エネルギー源の主流となっている石油については原油価格の高騰,エネルギーの多消費先進国での石油消費節約による需要の低下等により,現在,世界的な需給は安定しているが,昭和54年の原油生産の約50%を占めたOPEC諸国においては,昭和55年に入り,その大半が減産政策を打ち出しており,さらにイラン及びイラクの間で紛争が始まったこと等から今後の原油生産の見通しには依然として不確実な要因が多い。また中長期的にみても,OPEC諸国の原油の大幅な増産は期待できず,アラスカ,北海,メキシコ等の非OPEC地域の生産増を見込んでも,石油需給のひっ迫化傾向は避けられないものと見られる。
 エネルギー問題は, 一国の問題にとどまらず,各国の経済活動に直接影響を及ぼすものであるため,国際的レベルでの対応が必要とされる。この観点から昭和55年5月,経済協力開発機構国際エネルギー機関(OECD-IEA)閣僚理事会が開催され,①中長期的なエネルギー構造変化の達成状況をはかる目安として,国別の石油必要量の試算値を作成する,②昭和60年の現行lEAグループ全体の石油輸入目標を相当程度下回るよ-う努力する,③石油輸入削減の努力を昭和60年以降も続け,その結果昭和65年におけるIEA全体としての石油依存度が約40%に低減するものと期待される等の合意がなされた。さらに,6月にイタリアのベネチアで開催された第6回主要国首脳会議においても,①昭和65年までに代替エネルギーの生産及び利用をサミット国全体で1,500~2,000万バーレル/日増大させる,②石炭の生産及び利用を昭和65年までに倍増する,③原子力の拡大利用を図る,④ベースロード用石油火力発電所の新設を原則として行わないこととし,石油から他の燃料への転換を加速する,⑤昭和65年までにサミット国全体で石油依存度を約40%に低下させる等の趣旨の宣言が採択され,エネルギー問題の解決のため各国が最大限の努力をすることが要請された。特に,ベネチアサミットにおいては,原子力発電がエネルギーのより確実な供給のために極めて重要な貢献をしており,原子力発電能力を増大しなければならないことが指摘された。
 世界の原子力発電については,各国の原子力発電拡大の努力にもかかわらず,その伸びは近年やや鈍化する傾向にあるが,昭和54年には新たに10基約1,000万kWの原子力発電所の運転が開始されており,主要各国とも,原子力に相当の比重を置いて,今後ともその規模を増大させることにより,エネルギー問題の解決を図ろうとしている。
 即ち,世界の先進国のエネルギー事情を見ると,フランスにおいては,昭和55年4月,総エネルギー供給の構成比を昭和65年時点で,原子力,石油,石炭・天然ガスをそれぞれ30%ずつとし,このため原子力発電規模を現在の約7倍にまで急速に高めるとのエネルギー10カ年計画が発表され,また,大規模な北海油田の発見により,エネルギー事情に恵まれている英国においても,昭和54年12月,新しい原子力政策として昭和57年より原子炉を毎年少くとも1基ずつ発注し,10年間で1,500万kWの原子力発電所を建設する計画が発表された。
 世界の原子力発電規模の約40%を占め,世界一の原子力発電国である米国では,発電用原子炉め発注は昭和50年から5年間で合計7基であり,また昨年スリー・マイル・アイランド(TMI)原子力発電所事故を経験したことなどにより,原子力発電所建設計画のキャンセルが相次いではいるものの,エネルギー省の1979年年次議会報告書においては,原子力発電の規模を,昭和53年の約2,500万kWから昭和65年には1億2,100万kW~1億3,900万kWへと2倍以上にまで拡大することとしている。また昨年来停止されていた原子力発電所の新規許認可業務については,昭和55年に入って2基が試運転を,2基が本格運転を認められるようになった。
 西ドイツにおいては,昭和52年以来国のエネルギー開発計画は発表されていないが,国内に豊富に賦存する石炭の活用を優先しつつも,あわせて,原子力発電を安全確保を大前提としつつ推進する方針であり,長期的には高速増殖炉及び多目的高温ガス炉の開発を精力的に進めることとしている。

 (我が国における原子力の位置づけ)
 天然資源に恵まれない我が国は,国民の生活水準の向上を図っていくためには,各種の天然資源を輸入し,多量のエネルギーを使って工業製品を生産し輸出するという,いわゆる工業立国の道をとってきており,今後ともこうした道をとっていくことになると考えられる。従って高度な国民生活水準を維持し,さらに向上させていくためには,産業用,生活用両面にわたり多量のエネルギーが必要とされる。世界的なエネルギー情勢がひっ迫している今日,エネルギー資源を海外に大きく依存し,しかもエネルギー多消費国である我が国としては,エネルギー多消費的な産業構造の改善や省エネルギーの推進とともに,新しいエネルギー源の開発を進めることが最優先の課題である。
 先進各国の一次エネルギー供給全体におけるエネルギーの海外依存度を見ると,米国及び英国は約2割,西ドイツは約6割,フランス及びイタリアは7~8割という依存度を示しているが,我が国はこれら諸国よりもさらに高く,87%(昭和54年度)を海外に依存している。特に我が国の一次エネルギーの72%(昭和54年度)を占める石油については,その99%以上を海外から輸入している。したがって石油供給に支障が生じた場合には,直ちに産業活動のみならず国民の日常生活も不安にさらされることとなるため,石油依存からの脱却を図ることが,我が国にとって緊急の課題となっている。これらの状況に加えて,我が国は,昭和54年6月に開催された東京サミットにおける合意を踏まえ,一次エネルギー供給全体における海外石油への依存度を現在の72%から昭和65年度において50%にまで低減させることとしている。
 このように,石油依存度を低減させることは,我が国に課せられた国際的責務でもあるが,我が国において,海外石油依存度を今後10年間に20%以上低減することは容易なことでなく多大の努力を必要とするものであり,省エネルギー,石油代替エネルギーの開発等に対する強力な取り組みを進めていかなければならない。
 一方,原油価格は,昭和54年9月の1バーレル当たり22.1ドル(CIF価格)から昭和55年9月の34.6ドル(同)へと高騰しており,物価騰貴の大きな要因として国民生活を脅かすとともに,貿易収支の面においても重大な影響がでてきている。すなわち,昭和54年においては,我が国の輸入総額約24兆2千5百億円のうち,エネルギーの輸入は41%の約9兆9千8百億円を占めており,そのうち石油(原油,粗油及び石油製品)を輸入するために約8兆3千7百億円という巨額の外貨を支払っているが,これは,我が国が自動車,鉄鋼,テレビ,ラジオ,カメラ及び腕時計の輸出によって得ている外貨の合計額(約8兆3百億円)をも上回るものである。石油需給のひっ迫につれ,今後も石油価格は上昇していく傾向にあり,物価の安定や貿易収支の改善の面からも,石油依存からの早急な脱却が必要である。
 石油代替エネルギーについては,各種のエネルギーの開発が進められているが,石炭及び原子力以外は,その技術開発に相当の期間を要するとともに量的には基幹エネルギーとしての寄与を期待することは難しい。また,石炭についても,石炭の安定供給の確保,流通コストの低減及び物流施設の整備,使用設備及び関連設備費用の低減,環境保全技術の開発等種々の問題があり,石炭のみに過大な期待をもつことができない。
 一方,原子力は,立地の推進,核燃料サイクル-の確立,国際問題等打開しなければならない多くの課題はあるものの,既に実用段階に達しているとともに,経済性面,燃料の備蓄面でも有利であり,さらに,高速増殖炉が導入されれば利用可能な資源量は飛躍的に増大するなど石油代替エネルギーの中核として位置づけられるべきものである。
 このような観点から,中川科学技術庁長官(原子力委員会委員長)は,昭和55年9月,ウィーンで開催されたIAEA総会において,我が国代表として一般演説を行い,代替エネルギーの本命である原子力開発利用を促進することが不可欠であるとの我が国の基本的姿勢を述べたところである。
 我が国の将来の原子力発電規模については,昭和55年11月28日の閣議において,石油代替エネルギーの供給目標として,昭和65年度において,原子力発電により,2,920億キロワット時,原油換算7,590万キロリットルとすることが決定されたが,この目標を達成するために必要な設備容量は,5,100~5,300万キロワットと見込まれており,原子力委員会としては,この目標の達成に向かって努力を傾注していかなければならないと認識している。


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