第2章 安全の確保
6.原子力損害賠償制度の充実

(1)制度の概要

 原子力の研究開発利用を推進するに当たっては,安全の確保を図ることが大前提であるが,これと同時に,万一原子力災害が発生した場合にも被害者の保護に万全を期すため,あらかじめ損害賠償制度を確立しておくことは,国民の不安感を取り除くとともに,原子力事業の健全な発展という観点からも重要である。このため,先進諸国においては,原子力の分野について一般の民事賠償制度とは異なる特別の損害賠償制度を設けており,我が国においても,昭和36年に「原子力損害の賠償に関する法律」及び「原子力損害賠償補償契約に関する法律」が制定され,原子力損害賠償制度が確立された。
 この制度により,原子力事業者は,原子力損害を与えた場合には無過失で損害賠償責任を負い,かつ,この責任は当該原子力事業者に集中され,機器メーカー等の関連企業には及ばない。また,原子力事業者は賠償の確実な履行のため,原子炉の運転等に際し,一定額までの損害賠償措置(通常民間の責任保険及び政府補償契約の締結)を講じ,科学技術庁長官の承認を受けることを義務付けられる。更に政府は,損害額が上記措置額を超え,かつ,必要がある場合には原子力事業者に対し援助を行うこととなっている。
 現在までに本制度に基づく賠償例はない。また損害賠償措置の承認件数は次表のとおりである。

(2)原子力損害の賠償に関する法律の一部改正

 第87国会において「原子力損害の賠償に関する法律の一部を改正」する法律が成立し,昭和54年6月12日法律第44号として公布された。改正の内容は次のとおりであり,これにより原子力損害賠償制度の一層の充実が図られることとなった。

 改正の概要

① 従業員損害
原子力事業者の従業員が業務上受けた損害は従来,原子力損害賠償制度の対象となっていなかつた。これは,従業員については労災保険制度があるためこれに委ね,一般第三者の被つた原子力損害に対する保護をまず優先させるべきであるという考えに基づくものであった。この点については立法当時より,「労災保険ではカバーし切れないものがあるのではないか」等の意見が強く,国会の付帯決議においても従業員損害について立法その他の措置を講ずべきであるとされていた。このため,原子力委員会では専門部会等を設置し検討を行い,従業員損害を原子力損害賠償制度の対象とすべきこと,労災保険制度との関係は,労災保険の補償を超える部分について補償を行うようにすべきことを結論とした。この結論にかんがみ,従業員損害も原子力損害賠償制度の対象に含めることとするが,労災保険制度でカバーされる部分は,第一次的にこれによることとする旨の法改正が行われた。
② 賠償措置額の引上げ
原子力事業者が原子炉の運転等を行うに際してあらかじめ講じておくべき賠償措置額の額は,従来最高60億円であった。この額は昭和46年に定められたものであるが,その後物価上昇が著しく実質的に目減りしている。このため,今回の改正により60億円を100億円に引き上げることとした。
③ 適用期限の延長
政府の行う原子力損害賠償補償契約及び原子力事業者に対する援助の規定は,適用期間が昭和56年12月31日までに限定されているため,これを昭和64年12月31日まで,延長することとした。
以上が改正点の概要であり,この改正は,昭和55年1月1日より施行される予定である。


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