第3章 1980年代への展望と今後の課題
2.研究開発成果の実用化

〔研究開発利用に関するプロジェクト推進の意義〕
 前章にその進展状況を示した研究開発利用は,先に策定した長期計画に沿って進められているものであるが,近年において大きな進展を遂げ,その実用化へ向けての展開が課題となっているものも多い。特に,前節で述べたような,今後の我が国のエネルギー供給の一端を担っていくという観点から,国が中心となって進めているこれらの研究開発利用に関するプロジェクトのうち,高速増殖炉,新型転換炉,ウラン濃縮等主要なものについて,あらためてその推進の意義を述べることとしたい。
 原子力を長期にわたり利用していくためには,その燃料となるウラン資源の長期的,かつ,安定的確保を図る必要がある。このため,海外探鉱等にも努めているが,ウランの資源量については,全世界で430万トン程度と見込まれるなど,資源量にも限界があり,軽水炉のように天然に存在するウランの中に0.7%しか含まれていないウラン-235のみを燃料としていたのでは,2,000年以降の早い時期に資源面から制約を受けることが予想される。
 現在,鋭意研究開発を進めている高速増殖炉は,天然ウランの99.3%を占めるウラン-238を有効に利用できることから,ウラン利用効率がウラン-235のみを利用する現在の軽水炉等に比べて数十倍にも飛躍的に増え,その結果,高速増殖炉の実用化により,このウラン資源のもつ制約を事実上取り除くことができる。また,高速増殖炉の実用化によって,事実上核燃料の海外依存から脱却できウラン価格の変動にも大きく左右されないで済む等,その実用化は早い方が効果も大きい。
 高速増殖炉の本格的実用化の時期としては,昭和70年代を目標としているが,新型転換炉は軽水炉から高速増殖炉への基本路線を補完する中間炉として,高速増殖炉と同様に軽水炉の使用済燃料から回収されるプルトニウムや減損ウランを有効に利用でき,高速増殖炉の実用化の時期との関連において重要な意義を持つものである。
 これらの新型動力炉は,軽水炉の使用済燃料を再処理することによって回収されるプルトニウムを利用することを前提としており,かかる観点からも再処理を事業として確立することが不可欠である。東海再処理施設の運転経験を通じて蓄積された技術と経験を活用しつつ民間再処理工場の建設,運転を進めようとしているのもこのためである。
 また,当面の原子力発電の主流を占める軽水炉の燃料製造に必要不可欠なウラン濃縮については,我が国は現在のところ全面的にその役務の供給を海外に依存しているため,自主性の確保と供給の安定化の観点からウラン濃縮技術の開発を推進し,ウラン濃縮実用プラントの保有を急がねばならない。
 これらの研究開発利用に関するプロジェクトは,長期的観点に立った国家プロジェクトとして推進され,我が国の自主的な技術基盤の蓄積を図るとともに,その実用化を通じて原子力の研究開発利用における我が国の自主性の確保に貢献していくことが期待されている。
 これまで,我が国においては,自主的に研究開発を進めた場合のリスク負担を避ける等の観点から,海外からの導入技術に依存する傾向がみられた。
 しかしながら,近年,特に原子力分野においては,核不拡散強化の観点から機微な技術の国際的移転が制約を受けてきており,安易な導入期待が許されなくなってきているなど,我が国の原子力研究開発利用を安定的かつ円滑に進めるためには,必要な原子力関連技術を自主的に保有することが不可欠となっている。かかる観点からすれば,それぞれの研究開発の成果については民間への円滑な移行を通して積極的に実用化されうるよう努力すべきである。このことは巨大な資金を投入した国家プロジェクトとしての所期の目標を達成するという観点からも大きな意義を有している。

 〔研究開発成果の産業化〕
 我が国の原子力分野における研究開発の多くは,当初より国と民間との円滑な交流を図ることを目的として特殊法人による研究開発機関を中心として推進するという方策をとってきているが,これらの機関における研究開発成果が現われてくるに従い,プロジェクトによっては,これまでの政府主導型の研究開発から民間主導による産業として移行していく時期を迎えている。
 このため,これまでの国の研究開発の成果を受け継ぐべき産業界にあっては,それぞれの役割,分担に応じて,適切な体制の整備を図る等所要の検討を進めることが期待される。
 また,これらの研究開発プロジェクトは,それぞれの特性に応じ,いずれも産業化に当たっての需要量等の見通しについて一層明確化していくことを必要としており,また,民間への円滑な技術移転のための制度面,体制面の諸施策の検討に積極的に取り組む必要がある。
 高速増殖炉については,技術的,経済的データの整備を行うとともに,実用化時期,開発規模,実用化方策等についての検討が必要であり,また製造産業としての自立のため,原型炉の建設段階からメーカー体制等の諸準備を進める必要がある。新型転換炉については,チェック・アンド・レビューを急ぐとともに,その結果に基づく実証炉の建設計画,実用化後の導入規模等について検討を進める必要がある。
 再処理事業については,新型転換炉,高速増殖炉等の実用化時期と導入のテンポ,軽水炉でのプルトニウム利用等についての見通しを踏まえ,民間再処理施設の建設に必要な資金の確保,技術の確証,立地の推進等について所要の措置を強力に講じていく必要がある。
 ウラン濃縮事業については,技術的な見通しは得られたと考えるが,今後は遠心分離機のコストの低減化を図るなど,事業化のための条件整備が求められている。我が国としては,自主性の確保等の観点から海外依存度の低減を図り,加えて我が国の原子力産業の基盤の強化等をも十分配慮し,将来の国内需要の相当部分を満たすとの基本的考え方の下に今後積極的にこれを進める必要がある。

 〔研究開発利用の財源確保と計画的・効率的推進〕
 我が国の原子力関係経費は昭和54年度には,一般会計予算が約1,700億円,電源開発促進対策特別会計が約281億円,合計約1,982億円に達し,一般会計予算全体の0.45パーセントを占めるまでに至っている。
 このような,近年の我が国の原子力関係経費の規模は,米国には及ばないが,ほぼ英,仏,独等の欧州先進国の水準に達し,研究開発成果もこれら諸国と比肩しうるまでになっており,一般的には,必ずしも過少と評価されるものではない。
 しかしながら,その内容については過去からの総合的な技術力の蓄積の差があるほか,他のエネルギー資源の賦存量の違いもあり,原子力に対する依存度も自ずと異ってくる。
 我が国においては,昨年9月の長期計画において示したように,1980年代以降における原子力利用の一層の拡大という要請に応え,国民にその成果の還元を図っていくためには,なお一層の研究開発努力を必要としている。特に当面は,国のプロジェクトとしてのウラン濃縮原型プラント,高速増殖炉原型炉「もんじゅ」等の大規模な施設の建設,運転を行い,研究開発成果を実用化していくための基盤の整備を行う段階にきており,そのためには,研究開発資金の急増は避けられず,昭和53年度から昭和62年度までの10年間で総額約4兆円(昭和52年度価格)の資金が必要であると見込んでいる。
 現下の厳しい財政事情の下にあっては,このような資金の確保に困難が予想されるが,資金の不足による研究開発の遅れは自主的な核燃料サイクルの確立の遅れ,高速増殖炉等新型動力炉の導入の遅れ等をもたらし,結果としてエネルギー供給の不安定をもたらすことを考慮すれば,今後の原子力研究開発利用が長期計画に沿って総合的,計画的に推進されるよう,所要の資金の確保に特段の努力が払われることを強く期待するものである。
 一方,これらの原子力関連経費の執行に厳正を期すことは言うまでもないが,今日の財政逼迫下では,特に研究開発プロジェクトの性格,優先度に応じ,重点的,効率的な配分をすることが重要となってくる。原子力委員会としても,今後各プロジェクトの進捗状況,実績を踏まえ適宜これを再評価し,研究開発機関,産業関係各界の体制をも考慮しつつ,原子力研究開発利用に投入される資金,人材その他の資源が我が国全体として効率的,計画的に遂行されるよう努めていくこととしている。


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