1.原子力委員会の計画及び方針

(7)発電用原子炉施設の安全解析に関する気象指針

(昭和52年6月14日)
 原子力委員会

 I  目     的
 この指針は,発電用原子炉施設の平常運転時及び想定事故(重大事故及び仮想事故)時における被曝線量評価に際し,大気中における放射性物質の拡散状態を推定するために必要な気象観測方法,観測値の統計処理方法及び大気拡散の解析方法を定めたものである。
 本指針は,現在における知識と経験を基礎に実際的な利用を考慮して定めたものであり,今後の経験と新しい知見により有益な情報が得られた場合には,見直される性格のものである。
 また,本指針で定めた事項以外の方法を用いる場合があっても,十分な根拠があればその使用は認められるものである。

 II 気象観測方法
1. 気象観測の目的及び区分
 気象観測は,大気中における放射性物質の拡散状態を推定するために必要な気象資料を得ることを目的とし,通常観測と特別観測に区分して行う。
 通常観測は,原子炉施設設置前及び運転開始後において,被曝線量評価に直接関連する気象資料を得るため,原子炉施設の設置前から原子炉施設の廃止までの間継続して実施する。
 特別観測は,原子炉施設設置前の安全解析に際し,敷地及びその周辺の気象特性に関する気象資料を得るため,特定の期間実施する。

2. 観測項目
 通常観測の観測項目は,風向,風速,日射量,放射収支量及び気温差とする。
 特別観測の観測項目は,風向,風速,上層風及び気温差とする。

3. 観測方法
 気象測器は,原子炉施設の敷地内の適切な場所に設けられた露場又は敷地若しくはその周辺の適切な場所に設けられた観測塔,観測柱等に設置する。
 気象測器の種類,測定単位,測定値の最小位数及び気象測器を設置する高さは,第1表及び第2表に掲げるところによる。
 気象庁検定の象対となっている気象測器は,検定に合格したものを使用する。
 測定値(大気安定度を含む)の欠測率は,連続した12か月において,原則として10%以下とする。

4. 観測期間
 通常観測は,原子炉施設の設置許可申請前の少なくとも1年前から開始し,原子炉施設が廃止されるまで連続して行う。
 特別観測の風向及び風速は,原子炉施設の設置許可申請前において,少なくとも1年間連続して観測し,上層風及び気温差は,この期間の適切な時期に観測する。

 III 観測値の統計処理方法
1. 毎時の気象資料
 以上に定める毎時の気象資料を統計の基礎として使用する。
(1) 風向,風速,日射量,放射収支量及び気温差
 風向,風速,日射量,放射収支量及び気温差は,それぞれの観測値の正時前10分間の平均値をもって当該時刻の値とする。
(2) 大気安定度
 大気安定度は,「敷地を代表する地上風」の当該時刻の風速並びに日射量及び放射収支量をもとに第3表によって分類し,これを当該時刻の大気安定度とする。

(3) 風向,風速及び大気安定度のいずれかの気象要素が欠測の場合には,当該時刻の気象資料は欠測扱いとする。
 欠側を除いた観測資料から得られた統計は,1年間を代表するものとする。

2 気象資料の統計整理
(1) 平常運転時の場合
 毎時の気象資料は,次の項目について統計整理する。
 ① 風向別大気安定度別風速逆数の総和
 ② 風向別大気安定度別風速逆数の平均
 ③ 風向別風速逆数の平均
 ④ 風向出現頻度
 ⑤ 風速0.5~2.Om/sの風向出現頻度
 上記の①②及び③の統計整理に当つては,有風時(風速0.5m/s以上)の観測資料はそのまま使用するが,静穏時(風速0.5m/s未満)の場合には,風速はO.5m/s,風向は風速0.5~2.Om/sの風向出現頻度に応じて比例配分することとする。
(i) 風向別大気安定度別風速逆数の総和(Sd's))は次のように計算する。

(ii) 風向別大気安定度別風速逆数の平均(Sd's)は,(III-4)式により計算する。

(iii) 風向別風速逆数の平均(Sd's)は,(III-5)式により計算する。

(2) 想定事故時の場合
 毎時の気象資料は,風向,風速及び大気安定度について毎時刻ごとに整理する。

 IV 基本拡散式
 平常運転時及び想定事故時における放射性物質の空気中濃度は,風向,風速,その他の気象条件が全て一様に定常であって,放射性物質が放出源から定常的に放出され,かつ,地形が平坦であるとした場合に,放射性物質の空間濃度分布が水平方向,鉛直方向ともに正規分布になると仮定された次の拡散式を基礎として計算する。
 この場合,拡散式の座標は,放出源直下の地表を原点に風下方向をx軸,その直角方向をy軸,鉛直方向をz軸とする直角座標である。

 濃度分布の拡がりのパラメータσy及びσzは,風下距難と大気安定度の関数として示されるが,この関数関係を第1図及び第2図に示す。

 V 平常運転時の大気拡散の解析方法
1. 被曝線量計算に用いる地表空気中濃度
 平常運転時の被曝線量計算に用いる地表空気中濃度は,(IV-1)式から導かれる(V-1)式を用いて計算する。
 建屋等の影響により(V-1)式が用いられない場合は,(V-2)式により計算する。
 ただし,風洞実験の結果等により地表空気中濃度の補正が必要なときは,適切な補正を行う。

2. 年間平均濃度の計算
(1) 放射性物質の年間平均濃度の計算に当たっては,風が放出点からみて着目地点を含む方位(着目方位)に向かう場合及びその隣接方位に向かう場合の寄与を合算する。
(2) 着目方位の年間平均濃度の計算は,連続放出の場合には,風向別大気安定度別風速逆数の総和を用いる。
 間欠放出の場合には,着目方位及びその隣接方位に対する風向出現頻度(3方位の出現頻度の合計)と年間放出回数をもとに,その3方位に向かう合計回数を二項確率分布の信頼度を67%として求め,これを3方位の風向出現頻度で比例配分する。また,風速については,風向別大気安定度別風速逆数の平均を用いる。
 ただし,放出回数が多く,放出時間が長い場合には,各方位への放出回数は風向出現頻度に比例するものとする。
(3) 着目方位の年間平均濃度の計算に当たっては,風向が1方位内で一様に変動するとして濃度の平均化を行う。

 VI 想定事故時の大気拡散の解析方法
 想定事故時の被曝線量計算に用いる放射性物質の地表空気中濃度は,単位放出率当たりの風下濃度(相対濃度と定義する)に事故期間中の放射性物質の放出率を乗じて算出する。
1. 被曝線量計算に用いる相対濃度
(1) 相対濃度は,毎時刻の気象資料と実効的な放出継続時間(放射性物質の放出率の時間的変化を考慮して定めるもので,以下,実効放出継続時間という)をもとに方位別の着目地点について求める。
(2) 着目地点の相対濃度は,毎時刻の相対濃度を年間について小さい方から累積した場合,その累積出現頻度が97%に当たる相対濃度とする。
(3) 被曝線量計算に用いる相対濃度は,上記(2)で求めた相対濃度のうち最大の値を使用する。

2. 相対濃度の計算
 相対濃度(χ/Q)は,(VI-1)式により計算する。

 この場合,(χ/Q)iは,実効放出継続時間の長短,建屋等の影響の有無に応じて,次により計算する。
 ただし,風向実験の結果等により(χ/Q)iの補正が必要なときは,適切な補正を行う。
(1) 短時間放出の場合
 短時間放出の場合における(χ/Q)iの計算に当たっては,風向が一定と仮定して(VI-2)式により計算する。

(2) 長時間放出の場合
 長時間放出の場合における(χ/Q)iの計算に当たっては,放出放射性物質の全量が一方位内のみに一様分布すると仮定して(VI-3)式により計算する。

(3) 建屋等の影響による補正
 建屋等の影響により前述の式が用いられない場合は,(χ/Q)iは,次式により計算する。
① 短時間放出の場合

② 長時間放出の場合

 VII 放出源の有効高さ
 放出源の有効高さは,排気筒の地上高さ,排気筒の吹上げ高さ,建屋及び地形による影響等を総合的に検討して定める。
 この場合,排気筒の吹上げ高さについては,(IV-1)式により求める。
 △H=3W/U・D………………………………………………………(VII-1)
 △H:吹上げ高さ(m)
 W:吹出し速度(m/s)
 D:排気筒出口直径(m)
 U:風速(m/s)

 VIII 風洞実験
 敷地の地形が複雑な場合又は放出源に対する建屋等の影響が著しいと予想される場合には,放出源の有効高さ等の妥当性を検討するため,それぞれの幾何学的条件を取り入れた模型を用いて風洞実験を実施する。

付   記
 指針は気体状の放射性物質が放出源から数kmに拡散される場合の地表空気中濃度の算出を中心に記述したものである。指針に明記していない事項については,指針の趣旨を踏まえ,当面次のように取り扱うこととする。
1. 放射性雲からのγ線量は,地表空気中濃度を用いずに,放射性物質の空間濃度分布を算出し,これをγ線量計算モデルに適用して求める。
 想定事故時のγ線量については,相対濃度(χ/Q)の代りに,空間濃度分布とγ線量計算モデルを組み合わせたD/Q(相対線量と定義する)を使用して指針と同様な考え方により求める。
2. 放射性物質が高温高圧の冷却材とともに外気中に放出されるような想定事故時には,蒸気雲の形成,上昇,移動,拡散等を考慮して適切な方法により地表空気中濃度を求める。
3. 国民遺伝線量の計算のように放射性物質の拡散が広域にわたるような場合には,適切な風速,拡散幅,大気安定度等を仮定して地表空気中濃度を求める。

 解   説(略)


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