第7章 放射線利用
1 放射線利用の動向

 我が国における放射性同位元素(ラジオアイソトープ)及び放射線発生装置の利用は原子力利用の中でも早くから着手され,活発な放射線利用技術開発の進展に伴って,急速な発展を遂げた。
 今日では放射線利用は基礎科学の分野から工学,農学,医学等の応用分野まで広汎な分野において重要な地位を占めるに至り,放射性同位元素や各種放射線発生装置を使用する事業所は,医療,農業,工業等の各分野において逐年増加しており,本年3月末現在では, 3,334事業所にのぼっている。
 このような放射線利用における実用化の進展とともに,各分野での研究開発も,積極的に推進されており,そのため放射性同位元素の需要も毎年増加してきている。これら放射性同位元素の供給については,外国からの輸入のほか日本原子力研究所を中心として,需要の多い核種に重点を置いて国産化を進めており,とくに海外に依存することの困難な短寿命核種については,日本原子力研究所,放射線医学総合研究所,理化学研究所等で積極的に製造の研究開発を進めている。
 原子炉の使用済燃料から回収される放射性同位元素の利用に関する研究については,日本原子力研究所で,90Sr,137Cs,147Pm等の核種を各種線源として使用するための加工技術の研究が進められている。

(1)医学利用

 放射線の医学利用はエックス線を用いる診断,高エネルギー放射線発生装置やテレコバルト等を用いる治療及び放射性同位元素を用いる診断治療(核医学)の3分野にわたって行われている。
 エックス線診断は,臨床医学のすべての領域にわたって広く利用されており,最も重要な検査法の一つになっている。この分野では診断機器及び診断法の開発が,最近数年間に著しい進歩を見せており,とくに間欠ばく射法,高感度イメージインテンシファイア(エックス線けい光像を増倍する電子管)を用いる撮影法等が導入され,胃の集団検診等に応用されて大きな成果を挙げている。
 放射線治療の対象は主として悪性腫瘍であり,ガンセンターを中核とする診断施設の整備とあいまって,着実にその成果をあげている。しかし従来の電子線,ガンマー線及び高エネルギーエックス線による治療にはある程度の限界があり,他の治療法との併用による治療効果が期待されている。また,治療効果の良い高LET放射線(速中性子線,陽子線,熱中性子捕獲法によるアルファ線)による治療の実用化が要望されており,原子炉を用いた脳の悪性腫瘍治療法の研究が進められているほか,放射線医学総合研究所及び東京大学医科学研究所のサイクロトロンが完成し,放射線医学総合研究所の医療用サイクロトロンにおいては,本年2月から本格的な治療研究を開始して,特に放射線抵抗性のある悪性黒色腫等に著しい治療効果を挙げている。
 しかしながら,今後の悪性腫瘍の治療には手術,化学療法等との有効な併用が必要であり,さらに免疫療法の併用が今後の研究の焦点と考えられる。
 放射線治療の場合には,治療成績の向上の結果として,後障害の発生も増加する傾向があり,その防止のためコンピュータを利用する的確な治療システムが開発され,普及しつつある。
 放射性同位元素を利用する診断は,99mTc及びサイクロトロン生産核種に代表される短寿命核種の開発利用と,シンチカメラとそのコンピュータによるデータ処理を中心とする放射線計測技術の進歩及びラジオイムノアッセイ法(血液中の微量物質を放射性同位元素で標識したタンパク質と結合させて測定する方法)の開発により急激に発展しつつある。我が国では医学利用核種ごとに短寿命核種を自国内で生産し供給する体制は確立されていないが,昭和49年度から稼動を始めた放射線医学総合研究所及び東京大学医科学研究所の医用サイクロトロンを中心として,陽電子ラジオアイソトープの利用等の研究が推進され,さらに新しい応用分野を開拓することが期待される。

(2)工業利用

 放射線の工業利用は化学,紙パルプ,鉄鋼,機械,電気,造船,建築,土木等広汎な業種におよんでおり,その利用技術もゲージング,トレーサー,非破壊検査,螢光エックス線分析,放射化分析等多岐にわたっているほか,エネルギー利用技術についても着実に進展している。ゲージング利用については工程管理のシステム化に対応して,厚み計,密度計,レベル計,水分計等が検出用線源として有効に利用されているほか,環境汚染物質の分析手段として,イオウ分析計及びラジオガスクロマトグラフィー装置が関係個所に多数設置され,公害監視に重要な役割りを果たしている。
 環境汚染物質の分析には,螢光エックス線分析及び放射化分析技術もうまく運用されている。
 放射性同位元素を線源とする非破壊検査法については鉄鋼,機械,造船業を中心として普及し,従来から用いられている60Co,192Ir線源に加えて低エネルギーガンマ線源として170Tm線源が利用されるようになった。
 トレーサー利用については,物質の移動調査,工程解析の手段として広く利用され,35Sによるエンジン・オイル消費量の測定,85Krによる半導体電子部品のリーク試験が行われている。ラジオアイソトープ希釈法による食塩電解槽内の水銀計量技術については,日本原子力研究所が197Hgを用いる方法の改良とマニュアル化を行い,ソーダ工業界に広く普及した。
 エネルギー利用については,147Pm等を利用した自然発光塗料の時計用文字板のほか,煙探知器,放電管類の暗黒効果除去にみられるように放射線による電離現象が広く利用されている。また,新しい利用が期待されている252Cf中性子源については,国内では100μg程度までの強力な中性子源として,原子炉特性実験,核燃料の検査等を中心に使用され始めており,今後分析技術あるいは非破壊検査等における利用研究が広まるものと予想される。
 使用済燃料から,90Sr,137Cs,147Pm等の有用核種を分離精製し,これを熱源や線源として用いる研究が日本原子力研究所で行われている。
 その他国立試験研究機関においても,それぞれのラジオアイソトープの特性を生かした試験研究が広く進められている。

(3)農業利用

 農林水産業関係の試験研究における放射線利用は,利用分野が広範であり,照射研究(品種改良,食品照射,放射線重合の利用),トレーサー利用(生理生態研究,肥料,農薬施用法の改良,地下水流動機構の解明等)及び放射化分析法(極微量元素の検出定量等)等による試験研究が国立試験研究機関を中心として進められている。
 作物の品種改良における利用は,農業技術研究所放射線育種場を中心として,突然変異の作出,育種技術の開発,改良等が進められており,すでに多くの作物で有用な形質変異が見出され,水稲,大豆,麦類については農林省育成の新品種として登録が行われ,普及段階に移されている。
 トレーサー利用は,農業研究における放射線利用の草分けの分野である。
 その内容は広範にわたり,農林水産生物及び病原菌,害虫,病源ウイルスの生理生態に関する研究,施肥法,農薬施用法の改良等の分野で不可欠の方法となっている。
 また,地下水中に存在する天然放射性同位元素(222Rn)濃度の測定により河川水,地下水を含めた地域的水流動を解析する方法を開発するとともに人工的に地表水を地下水に転化し,かん養された地下水の流動を制御することにより水資源の高度利用を図る技術の開発研究を行っている。
 放射化分析の分野では,その農業利用を進めるための簡易迅速な放射化分析法の開発を行っており,この応用面ではEu等のアクチバブルトレーサーを利用したサケ,マスの回遊追跡調査等が進められている。

(4)放射線化学

 放射線の化学反応への利用は,放射線化学の工業利用を中心に発展するとともに,研究開発の面では公害防止への放射線の応用,無公害プロセスへの放射線の応用等に進展が見られた。
 工業化の例としては,配線用電線の放射線架橋による耐熱化,医療用具などの放射線殺菌は,引き続いて盛んに行われた。これに加えて,鉄板や合板の塗装における放射線硬化プロセスや塗料の製造等が電子線加速器等を用いて工業化された。
 塗料の放射線硬化は,工程の高速化というねらいより,むしろ溶剤などを使わない無公害プロセスとしての価値が大きい。
 重油燃焼時の排煙を放射線で処理すると,硫黄酸化物と窒素酸化物とが同時に除去できることが明らかにされている。この実用化研究が進められ,民間企業,日本原子力研究所及び大学相互間の協力によりパイロットプラントが建設ざれる予定である。
 原子炉近辺で使用する電線等の有機材料の耐放射線性は重要な研究項目である。これについて,いくつかの耐放射線性の有機材料が見出され,実用に供された。また,ウラン濃縮などに欠くことのできない耐六フッ化ウラン性にすぐれた有機材料の開発が行われた。
 廃テフロンを放射線分解して,資源として再利用する技術は,高分子材料の潤滑促進剤の製造法として実用化された。
 このほか,新有機材料として,耐熱性有機ガラス,耐衝撃性ポリ塩化ビニル,機械的強度のすぐれたポリエチレンなどを,放射線化学反応を利用して合成する研究が進められた。
 基礎研究としては,放射線化学反応の初期過程の探究,高圧下あるいは薄膜の状態などの特殊な条件下での放射線化学反応の研究が進められている。

(5)食品照射

 原子力委員会は,昭和42年9月,食品照射の実用化を促進すべく,その研究開発を「原子力特定総合研究」に指定し,「食品照射研究開発基本計画」を策定した。これに基づき現在,国立試験研究機関,日本原子力研究所,理化学研究所において研究開発が進められている。
 この研究開発の推進にあたっては,各実施機関の関係者の学識経験者及び関係行政機関の関係者からなる「食品照射研究運営会議」を原子力局に設置し,研究計画の調整,成果の評価等を行い,総合的な研究開発が進められるように図っている。
 対象品目としては当初馬鈴薯,玉ねぎ及び米であったが,昭和43年7月に,小麦,ウィンナーソーセージ,水産ねり製品,みかんを追加し,7品目とした。

 このうち,馬鈴薯については,昭和46年6月所期の成果を達成し,昭和47年8月放射線照射が許可となった。これを契機に農林省では「農産物放射線照射利用実験事業」として馬鈴薯の生産地照射をとりあげた。この事業により北海道の士幌馬鈴薯施設運営協議会が日本原子力研究所の技術指導のもとに照射施設の建設に着手し,昭和48年12月に完成,直ちに操業に入り昭和50年度は約2万1千トンの照射が行われ,これらの馬鈴薯は4月〜5月の端境期に市販され市場価格の安定におおいに寄与している。
 その他の品目については,昭和50年度も,基本計画に従って各実施機関がそれぞれの研究テーマについて前年度に引き続き以下の研究開発を積極的に行ってきた。
 玉ねぎについては,実用照射線量の決定,大規模照射によるコンテナ貯蔵試験等を行って実用照射技術を確立するとともに,安全性試験についても,毒性試験を実施中である。
 米,小麦については,前年度に引き続いて毒性試験を実施するとともに照射技術に関してパッケージ連続照射の検討を開始した。
 ウインナーソーセージについては,安全性試験の中の栄養成分の変化に関する試験を終了するとともに,毒性試験も引き続き実施中である。
 水産ねり製品については,照射効果に関する試験を終了するとともに,安全性試験の中の栄養成分の変化に関する試験及び毒性試験を実施中である。
 みかんについては,安全性試験用試料を作成するため日本原子力研究所大阪研究所にある電子線加速器を大量照射,均一照射ができるよう改造するための検討を行った。


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