第6章 原子力船の研究開発
1.原子船第1船「むつ」の開発

 近年,世界の造船,海運界においては,拡大する貿易量に対処するため,船舶の大型化,高速化を図る傾向が著しいが,これに必要とされる高出力推進機関としては,在来推進機関では,消費燃料の増大などの点に問題が生じるために限界が予想され,また,石油の国際的需給問題からも原子力船の実用化に対する期待は大きい。
 原子力船の実用化のためには,在来船と経済的に十分競合でき,かつ,安全性,信頼性が十分である原子力船の技術開発に努めることはもとより,原子力船の安全に関する国際基準の制定,出入港及び航行の自由のための制度確立等の諸問題を解決しなければならない。
 造船海運国の我が国としても,将来に予想ざれる原子力船時代に備えて,原子力船の研究開発を着実に進めていくことが必要であるばかりでなく,実用化を促進するために原子力船の安全性等に関する国際的な基準の早期確立に積極的な役割を果すべきである。
 我が国では,昭和38年に日本原子力船開発事業団を設立するとともに,「原子力第1船開発基本計画」(昭和38年7月決定,昭和42年3月及び昭和46年5月改訂)を決定した。
 この基本計画によれば,総トン数約8,000トン,主機出力約10,000馬力,航海速力約16ノットの特殊貨物の輸送及び乗組員の養成に利用できる原子力第1船の開発を行うこととしている。
 日本原子力船開発事業団は,この基本計画に基づき,原子力第1船「むつ」の開発を進めてきたが,昭和49年9月,「むつ」の出力上昇試験の際生じた放射線漏れのため,その開発計画は一時停滞の止むなきに至り,現在,青森県むつ市の定係港岸壁に係留の状態にある。

(1)原子力船「むつ」の開発の見直し

 このような事態に対処し,政府は「むつ」放射線漏れの原因を調査するため,総理府において「むつ」放射線漏れ問題調査委員会(昭和49年10月29日閣議決定)を開催し,専門的な調査検討を求めたが,同調査委員会は,昭和50年5月13日,調査報告書を政府に提出した。報告書では,政策,組織,技術及び契約の4点について問題点を指摘するとともに,「むつ」は技術的にみて全体としてはかなりの水準に達しており,適切な改修によって所期の目的を十分達成し得るものであるとの結論がなされ,今後の開発の進め方について6項目の提言を行っている。
 原子力委員会は,昭和50年6月10日,「むつ」からの放射線漏れは,極めて微量であったとはいえ,これを一つの契機として原子力行政について国民全般に広く不信感が発生したことは極めて遺憾とするところであり,同調査委員会の調査報告及び提言を貴重な見解として尊重するとともに,今後の施策にできるかぎり反映させていく旨の見解を発表し,あわせ,「むつ」の開発計画を継続すべきこと及び「むつ」の改修に当っては開発主体である日本原子力船開発事業団の技術水準の向上をはかること,国の責任において十分な審査を行うこと等前提条件を満たすことが必要であるとの考えを明らかにした。
 さらに,原子力委員会は昭和50年3月18日に「原子力船懇談会」を設置し,原子力船開発の今後のあり方,それを踏まえての原子力第1船の開発計画,日本原子力船開発事業団のあり方等について抜本的な見直しを行ってきた。
 同年9月11日,同懇談会は,「むつ」を初期の基本方針に則して完成させ,国産技術による原子力船建造の貴重な経験を積むと同時に,実験航海を通じ原子力の船舶への適合性及びその安全性に関する試験研究を行い,各種データの蓄積を図るとともに,機器の改良試験を行うなど「むつ」を効果的に活用すべきであること,さらに,将来の実用化に備えるため「むつ」の開発と併行して基礎研究,改良舶用炉・開連機器等舶用炉プラントとしての広範囲な研究開発等を進める必要があることなどの報告書をとりまとめた。
 これを受けて原子力委員会は,昭和50年9月23日,将来の原子力船実用化時代に備え,我が国としては世界の大勢に遅れることのないようエネルギー政策のみならず,造船・海運政策の観点から「むつ」の開発を積極的に推進することとし,そのため,現行の「原子力第1船開発基本計画」を原子力船の実用化に至るまでの研究開発との関連を考慮しつつ改訂すること,「昭和51年3月31日までに廃止するものとする。」と規定されている「日本原子力船開発事業団法」を必要な期間延長すること等について決定した。
 一方,政府は,「むつ」の安全性の確保において責任の所在を明確にすべきであるとの指摘に応えるため,科学技術庁と運輸省は合同して,専門家からなる「むつ」総点検・改修技術検討委員会(昭和50年8月12日決定)を開催し,日本原子力船開発事業団が策定する「むつ」の総点検,改修計画について国の立場から厳重にチェックする体制を整備した。同検討委員会は慎重審議の結果,昭和50年11月25日日本原子力船開発事業団の遮蔽改修・総点検計画は妥当であり,この実施にあたっても「むつ」周辺環境の安全は十分保持し得る旨の第1次報告書をとりまとめた。
 政府は,これら委員会等の意見を踏まえ,昭和50年12月12日,原子力船関係閣僚懇談会において「むつ」の開発を継続すべきことを決定した。
 また,現行の日本原子力船開発事業団法の改正法案(廃止するものとされている期限を10年間延長)を本年1月第77回国会に提出したが,継続審議となり,引き続き第78回国会でも審議を行ったが,議了に至らなかった。

(2)新定係港及び修理港

 政府は,「むつ」放射線漏れの際,青森県,むつ市及び青森県漁連との間で締結した合意協定書に基づき,「むつ」の新定係港を決定すべく,科学技術庁,運輸省及び日本原子力船開発事業団からなる新定係港推進本部を設け,その選定作業を進めてきたが,「むつ」について修理,点検を行い,その安全性を確認することが先決であるとの判断から,まず,「むつ」の修理,点検を行う修理港を決定し,その後しかるべき新定係港を選定することとしている。
 修理港については,本年2月10日,内閣総理大臣から長崎県知事及び佐世保市長に対し,佐世保港を修理港として受け入れることについて,協力を依頼し,現在,長崎県及び佐世保市等において検討が進められている。一方,政府及び日本原子力船開発事業団は,直接地元住民を対象とする説明会の開催等により地元の理解と協力が得られるよう努力している。


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