第3章 安全の確保

(安全確保の基本的考え方)
 原子力委員会は,原子力開発利用の推進にあたっては,従来から,国民の健康と安全を確保することを大前提として,原子力施設の安全を十分に確保するとともに,原子力施設から出される放射性物質によって周辺公衆に影響を及ぼさないことを最優先するという立場を一貫して堅持してきたところである。
 すなわち,原子炉の設置にあたっては,以下の基本的考え方に基づいて安全審査を行った上で,その許可をしている。

 この基本的考え方が,原子炉施設等の詳細設計,建設及び運転にあたって具体化されつつ,行政庁による規制が行われている。
 このような設計から建設・運転に至る各段階での種々の安全対策により,我が国においては,これまで原子力施設周辺の住民や財産の安全を脅かすような事故は全く発生していない。故障が発生しても,その故障に対する安全システムが正常に作動し,初期の段階で異常が発見され,所要の点検,修理を経て運転再開に至っているなど,これまでとってきた安全確保の措置が適切であったことを示している。
 原子力委員会としては,今後の原子力発電の拡大に対処して,国民の健康と安全を確保するため,原子炉の標準化,安全基準の定量化,安全研究の推進等によって,安全性の一層の向上を図るとともに,規制の強化を図ることとし,国民の理解と協力を得つつ,原子力開発利用の健全な発展を期するものである。

(原子力安全局の設置)
 原子力開発利用の進展に伴い,原子力安全に係る行政の責任体制を明確にし,総合的な安全対策の強化を図るとの観点から,政府は,本年1月,科学技術庁に安全規制を担当する原子力安全局を設置し,行政体制の強化を図った。
 原子力安全局は,本年3月,安全確保策の当面の基本方針として,①原子力の安全確保に関する総合的な施策の企画立案機能の強化を図ること ②原子炉施設についての安全確保,信頼性向上に努めること ③再処理や放射性廃棄物対策等を含めた核燃料サイクル全般に関する安全確保に万全を期すること,及び ④環境放射能の監視や放射線管理に万全を期すること,を明らかにした。原子力委員会としては,この方針を了承し,今後これに沿って安全確保に万全を期することを強く求めるところである。

(安全審査の充実強化)
 原子炉の安全審査については,原子炉等規制法に基づき,従来から「原子炉安全専門審査会」において専門的な調査審議を行わせ,その審議結果を踏まえて,原子炉の設置について原子力委員会として最終的な判断を行ってきた。
 他方,原子炉以外の施設についても,原子炉等規制法に基づき科学技術庁が主管して規制を行ってきた。原子力委員会としても「再処理施設安全審査専門部会」において,再処理施設の安全性の評価及び核燃料加工施設等についての安全審査指針を定めてきた。
 また,核燃料物質等の輸送についても,国際原子力機関(IAEA)の放射性物質安全輸送規則が1973年に改訂されたことに対応して,昭和50年1月,「放射性物質等の輸送に関する安全基準」を決定し,これを受けて科学技術庁原子力安全局では本年3月,「核燃料輸送物審査検討会」を設置して輸送物の審査体制の強化を図っている。
 このように,原子力委員会としては,原子炉以外の核燃料サイクル関連施設の安全性についての調査審議を行ってきたところであるが,今後の原子力発電の進展に対応した核燃料物質等の利用の本格化に対処して,核燃料の再処理,製錬,加工及び使用の各施設並びに核燃料物質の輸送等核燃料サイクル全般にわたって,専門家による安全性の調査審議を行う体制の整備が急務であると判断し,前述した「再処理施設安全審査専門部会」を発展的に解消して,本年4月,常設の「核燃料安全専門審査会」を設置した。これにより,原子力委員会としての安全審査については,「原子炉安全専門審査会」と「核燃料安全専門審査会」との二本立てによる安全審査体制を確立した。
 また,政府は,安全審査体制のより一層の強化を図るため,科学技術庁及び通商産業省の安全審査担当官の増員を行ったほか,日本原子力研究所に「安全性試験研究センター」を設置して,従来から進めてきた安全研究を強化するとともに,情報の提供,電子計算機による安全解析プログラムの開発,安全審査に係る安全解析等の安全審査補佐機能の強化を図った。

(原子炉安全規制の一貫化)
 原子炉施設については,原子炉等規制法に基づき,原子力委員会の安全審査を経て内閣総理大臣の設置許可がなされるが,その後の建設・運転に際しての安全規制については,研究炉,発電炉,舶用炉についてそれぞれ,科学技術庁,通商産業省,運輸省が分担して行っている。これについては,原子炉の設置許可から建設・運転に至るまでの安全規制体制における一貫性に欠けるという批判があり,「原子力行政懇談会」においても,これについての意見が出されている。原子力委員会としては,このような要請を受けとめ,当面の措置として,詳細設計以降の許認可にあたって,必要に応じ,関係省庁は原子力委員会の「原子炉安全専門審査会」の意見を求めることとし,原子力委員会において安全規制体制の一貫化を図ることとした。

(安全審査に係る基準及び指針の整備と安全研究の実施)
 原子炉施設の安全審査に係る基準や指針については,原子炉等規制法,それを受けた原子炉の設置,運転等に関する規則に基づく,「許容被ばく線量等を定める件」さらに,これらの法令上の基準を具体化するためのものとして,「原子炉立地審査指針およびその適用に関する判断のめやすについて」,「原子炉安全解析のための気象手引」,「軽水炉についての安全設計に関する審査指針」等があり,原子力委員会は,これらの基準や指針に基づいて原子炉の安全審査を行ってきたところである。
 これらの基準や指針の整備については,原子力委員会に「原子炉安全技術専門部会」を設置し,内外の研究成果,実証試験結果を集め,その整備を図ってきたところであり,例えば,昭和50年5月に「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の安全評価指針」を内外の知見を結集して決定した。
 さらに,日本原子力研究所を中心に反応度安全,熱工学的安全,燃料安全,構造安全等各分野にわたって安全研究を積極的に進めてきており,このような安全研究の成果や原子力発電所の建設・運転の経験の評価,安全研究についての国際的情報交換等を踏まえて,より精緻な安全基準や指針の整備を進めている。

(原子力発電の信頼性向上)
 原子力委員会としては,原子力発電施設の信頼性向上が,原子力発電の安全性に対する国民の不安を解消する上で極めて重要であると考えている。
 この信頼性の指標とも言える設備利用率は,電気事業者や原子力関係メーカーの努力により最近向上してきているが,未だ十分とは言えず,引き続き,民間における原子力発電の信頼性向上の努力に期待するものである。また,政府においては,通商産業省において「原子力発電設備改良標準化調査委員会」等を設置し,原子力発電設備の改良標準化を推進するとともに,(財)原子力工学試験センター等において各種試験を実施し,原子力発電の信頼性向上に努めている。

(従事者被ばく管理の強化)
 原子力施設従事者の被ばく管理については,従来から,放射性同位元素取扱施設等について放射線障害防止法により,また,原子炉施設等について原子炉等規制法により,厳しく行っている。今後の課題としては,下請け従業員を含め,原子炉施設等で従事する従業員の被ばく線量を一貫として把握することにつき,単に規制の手段によりその把握を図るだけでなく,一元的な被ばく線量登録管理システムを整備して一層的確な障害防止を行うことが重要である。さらに,従事者の被ばく線量の低減化を図ることそのものが重要であり,通商産業省で進めている原子力発電施設の改良標準化の一環として,定期検査等の作業に際して従事者に対する被ばく線量を低減するような原子炉等の配置,構造又は遠隔操作や遠隔監視について検討が行われている。

(環境への放射性物質放出の低減化)
 原子炉施設等から,気体,液体状で環境に放出される極く微量の放射性物質による施設周辺公衆の被ばくについては,従来から,原子炉等規制法等により,施設周辺公衆の許容被ばく線量を年間500ミリレムと定め,厳重な規制を行っている。
 さらに原子力委員会は,放射線による被ばくは“容易に達成しうる限り低く保つことが望ましい”とする国際放射線防護委員会(ICRP)の考え方に沿って,できる限り低く押えるよう措置してきたところである。このような観点から,昭和50年5月「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針」を決定し,発電用軽水炉を設置し,運転する者に環境への放射性物質の放出をできる限り少くする努力を進めさせるための定量的な目標を定めた。これは,今後新設される発電用軽水炉から放出される放射性物質による周辺公衆の被ばくを全身被ばく線量で年間5ミリレム以下,甲状腺被ばく線量で年間15ミリレム以下とするものであり,この値は,全身被ばくの場合,ICRP勧告の1/100であり,また,自然放射線レベルの約1/20で,その変動の範囲に入るものであり,長期にわたって実質上公衆に放射線による悪影響はないといえるレベルである。これらの目標値は,被ばく線量と障害との関係からの障害発生の可能性をどこまで低減するかという観点から検討したものではなく,発電用軽水炉施設のこれまでの設計,運転の経験から見た場合の実現可能性の評価に基づいて定めたものである。
 原子力委員会は,さらに,この指針を適用するにあたっての必要事項を「原子炉安全技術専門部会」で検討させ,本年9月,「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対する評価指針」を作成した。本評価指針は,放射線審議会においても了承されている。

(環境放射能調査等)
 原子力委員会は,国民の健康と安全の確保,環境保全を原子力開発利用の大前提としているところであるが,政府においても,環境放射能の監視体制を強化するため,原子力施設設置者が行う原子力施設周辺のモニタリングに対する指導の強化,電源三法による地方公共団体の行う周辺モニタリングに対する助成等を積極的に進めている。また,国自ら行う環境放射能調査については,昭和38年以来,関係機関の協力を得て実施してきており,原子力委員会は,原子力施設周辺の放射線監視の結果を環境放射線モニタリング中央評価専門部会において評価することにより,原子力施設周辺の地域住民の健康と安全を確認するよう努力しているところである。現在まで,原子力発電所の運転に伴って周辺公衆に影響を及ぼしたという事実は生じておらず,周辺住民の健康と安全は十分に確保されている。
 また,環境放射能に関する研究,低レベル放射線の影響研究等これらを支える研究についても,放射線医学総合研究所,日本原子力研究所,動力炉核燃料開発事業団等で進めているところである。

(温排水対策)
 原子力発電所から排出される温排水については,水質汚濁防止法等により規制されており,原子力発電所の立地に際し,通商産業省においてその影響審査を行っている。温排水の環境に及ぼす影響については,原子力発電所特有の問題でなく,火力発電所等でも共通の課題であり,科学技術庁,通商産業省,環境庁,水産庁,地方公共団体,民間等において種々の調査検討が進められている。
 さらに,(財)海洋生物環境研究所が昭和50年12月に設立されるなど,影響解明のための体制が整備されつつあり,今後,関係省庁,関係地方公共団体及び民間で一層調査研究が推進されることを期待するとともに,原子力委員会としても,必要に応じ,所要の措置を講じていく考えである。


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