第Ⅰ部 総論

第1章 原子力開発利用の現状と課題

(原子力開発の利用の20年)
 我が国の原子力開発利用は,昭和31年1月1日施行された原子力基本法に基づいて,平和の目的に限り,民主,自主,公開の原則のもとに進めてきており,今年で20年目を迎えるに至った。そこでまず,この20年間における原子力開発利用の大きな流れを振り返ってみる。(なお,この20年間の主要な事項は〔資料編〕に「原子力開発利用年表」として示した。)
1 昭和30年代は,我が国原子力開発利用のようらん期として,その骨格が形成された時期であった。すなわち,原子力基本法の施行と同時に,原子力行政の民主的運営を図るための原子力委員会と,原子力行政の総合的推進を担当する原子力局(昭和31年5月科学技術庁発足に伴って同庁に移管)が総理府に設置された。その後政府は,日本原子力研究所(昭和31年6月),原子燃料公社(昭和31年8月),放射線医学総合研究所(昭和32年7月),日本原子力船開発事業団(昭和38年8月)等の原子力関係研究開発機関を設置し,また,民間においても,(社)日本原子力産業会議(昭和31年3月),日本原子力発電(株)(昭和32年11月)等の原子力関係機関の設立,原子力産業体制の編成,電気事業者における原子力関係組織の整備等が行われた。これらの政府及び民間の原子力関係機関等は,今日,我が国の原子力開発利用の中核的役割を担っている。また,この時期には,原子炉等規制法(昭和32年12月施行),放射線障害防止法(昭和33年4月施行),原子力損害賠償法(昭和37年3月施行)等の原子力関係法令が整備されるとともに,放射線審議会(昭和32年6月)が設置された。さらに,国際原子力機関(IAEA)への加盟(昭和31年10月調印),日米,日英原子力協力協定の締結(昭和33年6月調印)等により,国際協力の素地ができた。さらに,米国からの技術導入により建設された日本原子力研究所の動力試験炉(JPDR)が我が国で最初の原子力発電に成功した(昭和38年10月)。
2 昭和40年代に入り,電気事業者により原子力発電施設の建設が本格的に開始されるとともに,国のプロジェクトとして新型動力炉等の開発を進めることとなった。
 すなわち,まず日本原子力発電(株)が英国から導入したコールダーホール改良型原子炉が昭和41年7月,我が国初の商業発電を開始するとともに,電気事業者は,米国からの技術導入により,軽水型原子力発電施設の建設に本格的に取り組み始め,同年には,日本原子力発電(株)の敦賀発電所,関西電力(株)の美浜発電所,東京電力(株)の福島第一原子力発電所と建設が相ついで開始された。その後,我が国の原子力機器メーカーはその導入技術の消化に努め,逐時国産化率を高めていった。一方,昭和30年代に蓄積された原子力研究の成果をもとに,我が国独自の技術による新型動力炉を自主開発しようとする気運が高まり,政府は,昭和42年,原子燃料公社を母体として動力炉・核燃料開発事業団を設立し,高速増殖炉実験炉「常陽」,新型転換炉原型炉「ふげん」等の建設を開始した。また,日本原子力船開発事業団において原子力船「むつ」の建造を行った。さらに,我が国に適した核燃料サイクルの確立をめざして,ウラン濃縮,再処理,放射性廃棄物の処理処分等の研究開発を動力炉・核燃料開発事業団等において実施した。
3 最近数年の状況をみると,昭和48年末の石油危機を契機に,石油代替エネルギー源として原子力発電に対する期待が急速に高まったが,一方,昭和48年頃より原子力発電所の立地をめぐって反対運動が拡大してきた。さらに,ここ1~2年来,核拡散防止のための保障措置強化をめぐって国際的な動きが活発になってきており,原子力開発利用をとりまく環境は内外ともに非常に複雑になってきている。

(エネルギー政策上の必要性)
 我が国経済社会の発展と国民福祉の向上を図るためには,安定したエネルギーの供給を確保することが不可欠である。我が国における国民一人当りの年間エネルギー消費量は,昭和49年度で約3.2Kl(石油換算)で,これは米国の1/3程度,西ドイツの1/2程度であり,今後の経済発展と国民生活の向上に伴い,エネルギー節約のため最善の努力をしても,なおエネルギー需要の増大は免れないと考えられる。
 また,我が国一次エネルギーに占める石油の割合は約75%(発電量の約63%)にも達し,これは米国の約46%,フランスの約66%,西ドイツの約52%に比べて極めて高く,この結果,我が国は世界における石油の取引量の10数%を占めるに至っている。世界の石油需給関係は,石油危機後一時沈静化の状況にあるが,長期的にみると,米国の石油輸入量の増大傾向,中東産油国での生産制限の動きなどから,世界的に需給関係がひっ迫することが予想され,将来の石油の安定確保が懸念される。また,石油危機の経験に照らしても,予測しがたい状況の下に,突然需給関係がひっ迫することも懸念される。他方,石油はエネルギー源としてだけでなく,生活に欠かせない化学製品等の原料として極めて有用な資源であり,この人類の貴重な財産である石油資源を発電のために大量消費することは,人類にとって大きな損失であるとの考えが強くなっている。このような観点から,昭和48年末の石油危機を契機として,石油に代替しうるエネルギー源の開発が極めて重要であることが世界的に広く認識されるところとなり,昭和50年に国際エネルギー機関(IEA)が設立され,代替エネルギー源の開発についての国際協力の強化が図られてきている。このような国際協力強化の動きと並行して各国においても,省エネルギー化への努力とともに,石油に代替するエネルギー源の開発に真剣に取り組んできている。海外の石油資源に大きく依存している我が国としては,他のいずれの国にも増してこのような努力を傾注すべきことはいうまでもないところであり,エネルギー供給構造における石油への依存度を極力低減させていくことがエネルギー政策上の最重要課題となっている。
 これらの事情を背景として,昭和50年12月の総合エネルギー対策閣僚会議は,輸入石油依存度の低減,エネルギー源の多様化,原子力発電の推進,省エネルギー化等を内容とする総合エネルギー政策の基本方向を明らかにした。政府は,これまでも石油に代替しうる新エネルギー源として,原子力,太陽熱,地熱等の研究開発を強力に推進してきているが,このうち,太陽熱発電は未だ研究開発段階にあり,また,地熱発電等は大規模開発が困難であり,近い将来においては,ともにエネルギー源として多くを期待できない。
 これに対し,原子力は,ウラン―235 1gが完全に核分裂した際に得られるエネルギーが石油の約2Kl分に相当するなど,比較的少量の核燃料により豊富なエネルギーが得られるため,燃料の輸送及び備蓄が化石燃料に比べて容易であること,消費した燃料以上の燃料を生ずる高速増殖炉の開発により資源枯かつの不安を解消することも期待できること,経済性の面でも在来火力発電に比べてすでに優位にたち,発電コストに占める燃料費の割合が小さい(石油火力では約70%原子力では約25%)ため,今後予想される原油等エネルギー資源価格の値上りに対しても発電コストへの影響が少ないこと,環境への影響が少ないことなどの利点を有している。このように多くの利点を有する原子力は,エネルギー資源に乏しい我が国にとってエネルギー供給の安定化を図る上で特に大きく貢献しうるものである。原子力発電は,軽水炉を主流としてすでに実用段階にあり,世界全体で約700基,約5億6,300万KWが運転または建設,計画中で,そのうち約180基,約8,300万KWが運転中である。我が国でも全発電設備量の約6.6%を占め,その運転状況も安定化しつつあることから,今後最も期待できるエネルギー源と見なすことができる。
 原子力委員会としては,石炭等のエネルギー資源に比較的恵まれている米国,フランス,西ドイツ等欧米各国においても,脱石油化をめざして原子力発電に傾斜したエネルギー政策(1985年での原子力の一次エネルギーに占める割合の目標は,米国:12.1%,西ドイツ:14.6%,フランス:25.0%,日本:9.6%)をとっていることを考慮すると,エネルギー資源に乏しい我が国としては,エネルギー政策上の最重要課題として原子力開発利用を進めていく必要があると考える。

(原子力開発利用をめぐる現状)
1 我が国の原子力発電の現状は,運転中のものが12基,約660万KW,建設中のものが12基,約1,053万KW及び国の計画に組み入れられているものが4基,約366万KWの,合計28基,約2,079万KWであり,昭和58年頃までにはこれらがすべて運転に入ると予想されている。
 我が国の原子力発電所は,昭和49~50年度にかけて,配管クラック等の点検,修理等のため発電を停止したことにより,全体として低い設備利用率となったが,昭和50年度後半から,修理や点検を終了して逐次運転を再開し,その後は比較的順調な運転を行っている。この結果,原子力発電所の設備利用率は,昭和49年度の48.2%,昭和50年度の41.9%から昭和51年度前半(4~9月平均)の63.4%と飛躍的に向上してきている。(原子力発電所は毎年一回定期検査を行うため,設備利用率はフル稼動の場合でもおおむね85%が限度である。)これまでに起こった機器のトラブルはその状況,原因等からみると,新技術の実用化の初期には一般によく見られる機器の不具合等による初期故障と考えられ,原子力発電所の基本的安全設計の不備または,公衆に放射線による影響を与えるような事象につながる可能性を示すものとは考えられない。しかし,安全確保を大前提とする考え方から,早期に原子炉を停止して慎重な点検,修理を行っているものであり,その後の官民あげての信頼性向上の努力により,次第にこれらのトラブルの発生も少くなりつつあるものと判断される。しかし,運転経験の短かい現状においては,あらゆるトラブルに適切に対処しつつ,慎重な運転に努める必要がある。
2 天然ウランの確保,ウラン濃縮,再処理,放射性廃棄物の処理処分等のいわゆる核燃料サイクルについては,世界的に見ても,原子力発電の進展とともに逐次整備されつつある状況である。
 我が国も,これまでウラン濃縮,再処理等を海外に依存する一方,それぞれの研究開発を進めつつ,原子力発電の進展を図ってきたが,ウラン資源を海外に依存する我が国としては,今後の原子力発電の本格化に対処していくためには,我が国に適した核燃料サイクルの確立が必要である。一方近年,核拡散防止の強化の観点から,従来の核燃料物質等に対する保障措置強化に加えて,再処理技術等の輸出規制の動きが出てきており,このような国際情勢の動きに留意しつつ,我が国の核燃料政策に取り組むことが必要となってきている。
3 研究開発の分野では,我が国の核燃料サイクルの現状にかんがみ,国のプロジェクトとしてこれまで進めてきた高速増殖炉及び新型転換炉の開発,再処理施設の建設,濃縮技術の開発がそれぞれ進展し,これまでの開発成果が評価される段階に至っており,今後,この評価を踏まえて,新たな開発段階を迎えようとしている。また,安全研究,信頼性実証試験,放射性廃棄物の処理処分研究等当面緊急を要する研究課題があるほか,核融合,多目的高温ガス炉の開発等新たな研究開発課題が生じている。
4 原子力開発利用への期待が高まるなかで,これに対する反対も強まっていることは否定できない。すなわち,昭和49~50年度に生じた原子力発電所の機器のトラブルにより,その点検修理に慎重を期し,このため運転停止が長期化したことが原子力発電の安全性への不安感,経済性に対する疑問等を国民に与える結果となったことは否めない。昭和40年代後半における環境問題に対する関心の高まりと呼応して,原子力施設の立地に対する反対運動も一層強くなり,一部は原子力発電所の設置許可に対する異議申し立て,あるいは,設置許可処分の取消しを求める行政訴訟にまで至っている。さらに,原子力船「むつ」についても,昭和49年9月に出力上昇試験の過程で生じた放射線漏れ問題から,漁民を中心とした反対運動に直面している。
 こうした動向は,原子力開発の進んでいる諸外国においても,程度の差はあれ同様である。例えば,米国の一部の州では原子炉設置許可をめぐる法廷闘争や原子力発電所の建設制限を求める州民投票が行われ,これまでの州民投票の結果はすべて否決されたものの,これらの請求運動は未だ必らずしも終焉したとはいえない。また,西ドイツでは,冷却塔からの水蒸気による農業に対する影響を主な問題点として環境保全をめぐる反対運動等の動きが,活発化してきている。このような諸外国における反対運動の動きは,それぞれの国の置かれているエネルギー事情や環境と密接に関連し合っており,そうした背景となるエネルギー事情等の違いを十分理解して評価すべきであるが,間接的に我が国にも影響を与えていることは否めない。
 これら反対運動の論点は,従来の原子力発電所の安全性の問題に加えて,使用済燃料の輸送,再処理,プルトニウム利用,放射性廃棄物の処理処分等核燃料サイクル全般についての安全性問題,原子力発電のエネルギー源としての評価の問題等にまで広がってきていることが指摘されよう。
5 国際情勢として注目すべきことは,昭和49年のインドの核実験を契機として,世界的に原子力利用に伴う核拡散への懸念が急速に高まり,核物質等の輸出規制の強化,核物質防護の要請等,核拡散防止を強化しようとする動きが活発になってきていることである。我が国では本年5月,核兵器不拡散条約(NPT)が国会で承認され,平和の目的に限って原子力開発利用を進めるとの我が国の姿勢を改めて内外に明確に示したところであるが,我が国としては,今後とも国際協調を図り,核拡散防止及び原子力の平和利用の確保のために努力していく必要がある。
6 原子力行政体制については,政府は,本年1月,科学技術庁に原子力安全局を設置し,安全の確保に関する責任体制の明確化を図った。また,昭和50年1月に発足した内閣総理大臣の私的諮問機関である「原子力行政懇談会」は,開発と規制を分離するため原子力委員会と原子力安全委員会に分割すること,安全規制行政の一貫化を図ること,国民の意見を原子力行政に反映させるため公開ヒアリング等を実施すること,等を骨子とする原子力行政体制の改革,強化に関する意見を,本年7月にとりまとめており,その具体化が今後の課題となっている。

(原子力開発利用推進のための課題)
 このように我が国の原子力開発利用をめぐる現状は厳しく,国際的にも極めて流動的な状況となってきている。このような状況下にあって,国民の理解と協力を得つつ,原子力開発利用の着実な推進を図っていくことが原子力委員会に課された責務と考えるものであるが,その際,原子力委員会としては
 第1に,平和利用に徹し,流動的な国際情勢に適切に対処すること(第2章)
 第2に,原子力発電所をはじめとするすべての原子力施設について,総合的な安全対策を一層強化すること(第3章)
 第3に,原子力発電の開発計画と整合性のとれた,我が国に適した核燃料サイクルを確立すること(第4章)
 第4に,当面する問題の解決から将来のエネルギー源獲得まで広範多岐にわたる課題について,研究開発を総合的計画的に推進すること(第5章)
 第5に,原子力開発利用の必要性,安全性,進め方等について,国民の理解と協力を得ること(第6章)
 を重要な課題と考え,そのための施策を積極的に推進することとしている。


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