1 原子力第1船の開発

 我が国では,昭和38年に日本原子力船開発事業団を設立するとともに「原子力第1船開発基本計画」(昭和38年7月決定,昭和42年3月,昭和46年5月改訂)を決定した。

(1)原子力第1船の建造

 基本計画によれば,総トン数約8,000トン,主機出力約10,000馬力,航海速力約16ノットの特殊貨物の輸送及び乗組員の養成に利用できる原子力第1船を昭和47年度末までに完成し,以後2年間の実験航海を行うこととしている。
 事業団は,この基本計画に基づき,第1船の開発を進めてきた。
 一方「むつ」の原子炉ぎ装工事,燃料交換,廃棄物処理,その他の運航支長業務を行う定係港については,昭和42年11月,青森県むつ市に定係港の設置が決定して以来,約80,000平方メートルの用地を確保して核燃料交換棟,燃料貯蔵設備,廃棄物処理設備等の施設の建設を進め,昭和47年7月にはほとんど完成した。

(2)出力上昇試験から入港まで

 事業団は,昭和47年9月,核燃料を炉心に装荷し,臨界,出力上昇試験の準備を進めたが,同月末地元漁業者から陸奥湾内での臨界,出力上昇試験の実施を中止するよう要望された。事業団では,「むつ」の安全性,臨界,出力上昇試験の実施方法等について説明を行うとともに,試連転の実施について折衝を続ける一方,事業団において試験の実施場所の検討を重ね,日本海,さらには太平洋と変更し,地元の了解を得るための努力を重ねてきた。
 また,関係官庁でも,青森県,むつ市,青森県漁連等と連絡をとりながら本問題の解決に努力がなされてきた。
 その結果,昭和49年8月26日,漁民による出港阻止の混乱はあったが,地元関係者の大方の理解と協力を得られたため,午前0時45分定係港を出港した。「むつ」は,8月28日午前9時に青森県尻屋崎東方800kmの試験海域に到着し,試験を開始し,11時34分初臨界に達した。
 その後ゼロ出力における諸試験を進めていたが,9月1日午後5時17分,熱出力1.4パーセントで試験中,格納容器上部甲板に設置されているモニターの指示値が毎時0.2ミリレントゲンに達し警報を発した。
 政府は,直ちに科学技術庁及び運輸省と合同で「むつ放射線しゃへい」技術検討委員会を設置して放射線漏れの原因を調査することとした。同委員会が事業団に派遣させた専門家グループの「むつ」における実地調査の結果,「むつ」の原子炉を停止し,試験を中止し,帰港することとしたが,青森県漁連,むつ市等地元関係者が「むつ」の定係港入港に反対した。このため政府は,鈴木善幸総務会長を政府代表として青森県に派遣する等地元関係者との話し合いを積極的に進めた結果,昭和49年10月14日,政府代表,青森県知事,むつ市長及び青森県漁連会長との4者間で,原子力船「むつ」の定係港入港及び定係港の撤去に関する合意協定書を締結するはこびとなり,「むつ」は,昭和49年10月15日,出港してから約50日ぶりに定係港に入港することとなった。

(3)現状

イ 「むつ」の放射線漏れ調査結果について

 「むつ放射線しゃへい」技術検討委員会には,遮蔽に関する技術的専門事項を調査するため,遮蔽小委員会が設置されたが,同委員会は,昭和49年11月5日以下の所見を中間報告として取りまとめた。
① 臨界ゼロ出力試験及び低出力上昇試験の結果からは,炉心に異常は認められないこと。
② 格納容器上方向への放射線漏れは,原子炉容器と上部一次遮蔽体との隙間からのエネルギーのかなり高い中性子によるものであるとみられること。
③ 下方向へ漏れた中性子が,格納容器上方向への中性子漏洩に寄与する度合は,かなり低いと考えられること。
④ 一次遮蔽体の半径方向の遮蔽性能には異常は認められないこと。
⑤ 格納容器内のガンマ線のレベルには,異常は認められないこと。
⑥ 上甲板で認められたガンマ線は,漏れ出た中性子が,二次遮蔽体中の鉄構造物等により吸収されるため,二次的に発生する捕獲ガンマ線が主成分であるとみとめられること。

ロ 新定係港について

 合意協定書において,入港後6カ月以内に新定係港を決定し,2年6ヵ月を目途に現定係港の撤去を完了することになっている。
 このため現在,科学技術庁,運輸省,日本原子力船開発事業団3者で,新定係港推進本部を設置し,新定係港の選定を行っている。また,現定係港の撤去については,昭和49年11月29日使用済燃料交換用キャスクを青森県から撤出し,12月1日すでに日本原子力研究所の施設に保管を完了している。使用済燃料貯蔵池の埋立てについては,11月29日に作業を着手し,昭和50年1月29日に終了した。クレーンの鍵は,すでに10月23日に青森県に預けられている。
 一方政府は昭和49年10月29日,放射線漏れの原因を調査するため,臨時に「むつ」放射線漏れ問題調査委員会(大山義年委員長)を開催したが,同調査委員会は,昭和50年5月13日,調査報告書を政府に提出した。報告書では,政策,組織,技術及び契約の4点について問題点が指摘されるとともに,今後もこの原子力第1船の開発を進めるとした場合の進め方について6項目の提言がなされた。
 原子力船「むつ」からの放射線漏れは,極めて微量であったとはいえ,これを一つの契機として原子力行政について国民全般の信頼感を強く揺がしたことは,原子力委員会として極めて遺憾とするところである。
 原子力委員会は,同調査委員会の提言を貴重な見解として尊重し,今後の施策にできるかぎり反映させて行くこととしており,昭和50年6月10日には,原子力第1船「むつ」の開発計画を継続すべきであること,「むつ」の原子炉内の放射能は,現在極めてわずかで,改修に際して危険は無いと判断され,また,「むつ」自体も適切な改修は不可能ではないと考えられるが,このためには,「むつ」の技術的総点検と必要な改修を原子力開発事業団の責任において行わせることとし,その結果については,国の責任において十分な審査を行う等前提条件を満たすことが必要であるとの考えを明らかにした。
 また,原子力委員会は,昭和50年3月18日,原子力船開発の今後のあり方を検討するとともに,それをふまえて原子力第1船の開発計画,日本原子力船開発事業団のあり方等について見直しを行うため,「原子力船懇談会」を設置し,ひろく識者,関係者の意見を聞きつつ,検討を進めている。


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