第8章 原子力船
1. 原子力第1船の開発

(1)概要

 近年,船舶の大型化,高速化傾向は著しいものがあるが,これに搭載するタービン,ディーゼル機関等在来の主機関では,大量の燃料油を消費するため経済的な種々の問題点が生じてきており,また石油の国際的な需給問題もあって原子力船の実用化に対する期待が高まりつつある。
 しかしながら,原子力船が実用化されるためには,在来船と経済的に十分競合でき,かつ,安全性,信頼性が十分である原子力船の技術開発に努めることのほか,陸上サービス施設の整備,出入港および航行の自由のための制度確立等の諸問題を解決しなければならない。
 わが国の原子力第1船「むつ」は,青森県むつ市の定係港に係留されており,昭和47年9月に核燃料の初装荷を行なったが,地元漁業関係者の反対のため昭和48年6月20日現在,出力上昇試験が行なえない状態である。
 将来の原子力船実用化のためにも,関係者の理解と協力を得て試運転を実施する必要がある。
 「むつ」は,わが国における原子力船の開発を総合的かつ効果的に進めるため,日本原子力船開発事業団においてその開発が進められているわが国の原子力第1船であり,完成すれば世界で4隻目の原子力船となるものである。
 日本原子力船開発事業団の具体的な開発業務は,原子力委員会が決定した「原子力第1船開発基本計画」(昭和38年7月決定,昭和42年3月,昭和46年5月改訂)に基づき実施されており,総トン数約8,000トン,主機出力約10,000馬力,航海速力約16ノットの特殊貨物の輸送および乗組員の養成に利用できる原子力第1船を建造し,以後約2年間の実験航海を行なうこととしている。さらに,当該開発のため必要な陸上付帯施設の整備,乗組員の養成訓練等を行ない,日本原子力船開発事業団法存続期限である昭和50年度末までにすべての開発業務を終了することとなっている。
 なお,原子力船「むつ」の主要目および原子力第1船開発スケジュールは,第8-1表および第8-2表に示すとおりである。

(2)原子力船「むつ」の建造工事

 原子力船「むつ」の建造については,昭和45年7月以来定係港において三菱原子力工業(株)により原子炉ぎ装工事が進められ,昭和46年11月には原子炉据付け工事が終了した。
 以後,原子炉機器,制御系統の作動試験および炉心内流動試験等の原子炉機能試験を続け,昭和47年6月にこれらを終了した。これに引続き原子炉格納容器の漏洩試験,計器類の調整,原子炉部各機器の点検,最終仕上げ塗装等が進められた結果,昭和47年8月25日すべての原子炉工事を完了して事業団に引渡された。
 事業団は,昭和47年9月,核燃料を炉心に装荷し,臨界,出力上昇試験の準備を進めたが,同月末地元漁業者からむつ湾内での臨界,出力上昇試験の実施を中止するよう要望されたため,日本原子力船開発事業団では,「むつ」の安全性,臨界,出力上昇試験の実施方法等について説明を行なうとともに試運転の実施について折衝を続ける一方,科学技術庁,運輸省,青森県,むつ市等でも本問題の解決に努力がなされている。
 今後のスケジュールとしては,地元漁業関係者の了解が得られ次第,約6ケ月にわたり出力上昇試験を行なって「むつ」を完成させることとしており,完成後は約2年間にわたる実験航海を行なって,操船技術の習得等乗組員の「むつ」に対する慣熟を図るとともに,「むつ」の安全性および性能を確認し,また出入港の経験を得ることとしている。

(3)定係港の建設等

 「むつ」の原子炉ぎ装工事,燃料交換,廃棄物処理,その他の運航支援業務を行なう定係港については,昭和42年11月,青森県むつ市に定係港の設置が決定して以来,約80,000平方メートルの用地を確保して核燃料交換棟,岸壁,岸壁クレーン,曳船等必要施設の工事を進めている。
 昭和47年度は,これらの工事を進めた結果,昭和47年5月燃料貯蔵設備および燃料交換装置が完成した。また,廃棄物処理設備についても昭和47年7月完成し,これにより定係港主要施設の建造工事はほぼ完成した。
 現在定係港においては,定係港の本格的運営に備え「むつ」を自めこれら諸設備の操作訓練,計器の調整,保守点検等を行なうとともに,乗組員訓練用原子炉プラント・シミュレータによる乗員の訓練,定係港周辺の環境放射能調査等を続けている。
 このほか,原子力船の就航にそなえて保安規定等の安全規定を整備したほか,実験航海の実施計画,安全説明書,操作手引書等の作成を進めている。

(4)原子力船の研究開発

 わが国の原子力船の研究開発は,第1船「むつ」の建造により,船体および舶用炉を一体とした原子力船建造に関する技術体系を確立し,第2船以降の実用原子力船の建造は,民間企業が中心となって行なうことが期待されている。政府としては,円滑な実用化が進められるよう適切な措置を検討する必要があるという基本方針に沿って調査研究をすすめている。
 原子力船の経済性は,舶用炉の価格によって大きく左右され,また原子力船実用化の技術的問題点の大部分は舶用炉にある。しかしながら安全にして経済的な実用舶用炉は世界的にもまだ実現しておらず,今後の研究開発に期待するところが大きい。実用的な舶用炉は,一次系機器の一体化,炉心の長寿命化,高出力,高密度化を図るとともに,遮蔽,格納容器等安全防護設備の小型軽量化を達成し,かつ振動,動揺,衝突等,船舶特有の問題に対して十分安全なものとしなければならない。
 原子力委員会は昭和47年6月に策定した原子力開発利用長期計画において,今後舶用炉の研究開発の促進等適切な措置を講ずるとの方針を明らかにしているが,この方針にしたがい,昭和47年度は,前年度にひきつづき運輸省船舶技術研究所において基礎的研究として原子力船の遮蔽および環境,安全,不規則形状物の遮蔽効果,半潜水船の推進性能,中性子線の遮蔽,舶用炉の小型化の研究が実施されている。また(社)日本造船研究協会では原子力平和利用研究委託費により舶用一体型加圧水炉の概念設計に関する試験研究を前年度にひきつづき実施した。
 原子力船が実用商船として運航されるためには,前述のとおり在来船に比し経済的に十分成り立つこと,安全性,信頼性が十分であること,および国際法上航行,入出港の自由が在来船におけると同様十分に保証されていること,燃料交換施設,修理施設などの諸施設が整備されていることなどの条件が満足されなければならない。とくに原子力船の経済性については,どの程度の機関出力をもった原子力船が在来船と競合し得るのか,現在世界的に見解は一致していない。このことは,ひとえに舶用炉の技術進歩および価格の評価の相違に起因している。わが国においても,原子力船の経済性に関する試算が行なわれており,1970年代後半の時点で約12万馬力以上でなければ原子力船は在来船と競合し得ないというのが今までの見通しであった。しかし,日独原子力コンテナー船共同評価研究の検討結果として,船舶の建造期間の短縮,核燃料サイクルコストおよび機器コストの低減,プラント重量の軽減,保険料,廃棄物処理システム等の技術的,経済的問題の解決を図るとともに将来の燃料油価格の如何によっては,8万軸馬力,速力約28ノット,約1,850個積のコンテナー船で,同型の在来船とも競合し得るという見通しも得ている。


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