第1章 総   論

 今日,国民の原子力に対する最大の関心は,原子力施設をめぐる環境・安全問題に向けられており,その一つの現われとして原子力発電所建設予定地で一部地元住民による反対運動が起り,原子力発電の計画的遂行と円滑な立地確保が次第に困難となってきている。一方,エネルギーの供給不安に対する世界的な危機意識の高まりの中で,国内に十分なエネルギー資源を有しないわが国にとって,今後におけるエネルギーの安定供給を確保していくためには,その多くを原子力に期待せざるを得なくなることは必至である。
 このような背景のもとで,エネルギーの安定供給という国家的要請に原子力が応えていくためには,原子炉の安全性,環境の保全に対する一般国民とくに地元住民の不安感を払拭し,その理解と協力を得て,原子力の開発利用を推進していかなければならない。
 原子力委員会は,昭和47年6月,環境の保全,安全性の確保を前提に,原子力開発利用を円滑に推進すべきであるとの考え方のもとに,原子力発電の計画的推進,そのための立地確保,核燃料対策さらには,新しい動力炉の開発,核融合の研究,放射線の利用など原子力開発利用全般について,今後10年間における推進方策を原子力開発利用長期計画によって明らかにした。そして,その後における内外の情勢変化なかんづくエネルギー危機に対する緊迫感は,この原子力利用長期計画の実現をいよいよ必須のものとするに至ったといえよう。

(エネルギー供給と原子力)
 今後,省エネルギー化が鋭意促進されるとしても,生活水準の向上と経済社会活動の発展に伴って,エネルギーの需要は,ひきつづき着実に増大するものと予想され,それを充足できるエネルギーの安定供給が不可欠である。
 しかし,近年のエネルギー供給をめぐる国際情勢は,石油輸出国機構(OPEC)の勢力増大に伴う原油価格の上昇傾向,供給不安,国際的なエネルギー資源獲得競争などによってきびしさを増すものと予想される。本年4月,ニクソン米国大統領がエネルギー教書を発表し,いわゆるエネルギー危機を背景にエネルギー安定供給のための諸方策について提案しているが,国内に豊富なエネルギー資源を有する米国と違って,国内のエネルギー資源に乏しく,現在一次エネルギーの約85%を海外に依存しているわが国にとって問題はより深刻である。わが国では,国内エネルギー資源として石炭,水力のほか太陽熱,地熱,潮力などの利用も考えられるが,これらにそう多くを期待することはできず,今後におけるエネルギー需要の増大に対処していくためには,ひきつづき石油および液化天然ガスの安定供給の確保に努めるとともに,燃料の輸送や備蓄が容易で,かつ,適切な管理のもとにきれいなエネルギーを供給できる原子力発電を今後一層増強していくことが必要である。
 現在,わが国の原子力発電は5基182万3千kWが運転中,17基1,365万3千kWが建設中であるが,昭和60年度には,全発電能力の約1/4を原子力発電が占め,総エネルギー供給に占めるウエイトは10%程度になると予想されている。このような原子力発電に対する期待に応えていくためには,国民の理解と協力を得て円滑な立地確保を図り,原子力発電の開発を計画的に推進するとともに,新型転換炉(ATR),高速増殖炉(FBR)などの新型動力炉の研究開発を積極的に進めていかねばならない。
 ATRは,今日主として採用されている軽水炉に比べて燃焼効率がよく,さらにFBRになるとウランのもつエネルギーを最高限度に利用することが可能である。わが国では現在,国のプロジェクトとしてATRおよびFBRをそれぞれ昭和50年代および昭和60年代に実用化することを目標に動力炉・核燃料開発事業団を中心にして開発を進めており,昭和65年頃には,両型炉は全原子力発電規模のかなりの部分を占めるようになるものと推定されている。
 今世紀末あるいは21世紀のはじめに実用化が予想されている核融合は,ウラン235などの核分裂性物質に比べて資源的に豊富な重水などを燃料として,きれいなエネルギーをきわめて安全に供給できるものとして期待されている。わが国では,日本原子力研究所を中心に関係研究機関の協力を得て研究を続けてきたが,同研究所の核融合研究装置(JFT-2)によって,世界に誇りうるすぐれた成果をあげている。今後は,昭和60年代に核融合動力実験炉を建設することを目標に,当面は臨界炉心プラズマの開発に重点をおいて研究を進めていくこととし,このため原子力委員会は,昭和48年5月,核融合研究開発懇談会を設置し,これまでの研究成果をもとに今後における研究開発の具体的方策を立案すべく検討を進めている。

(安全性の確保,環境の保全)
 原子力開発利用は,国民全体の利益を重視し,国民福祉の向上に資することを目標に,安全性の確保,環境の保全を前提にして進めていくべきであると考えられる。
 原子力発電所の建設,運転にあたっては,その当初から原子炉の安全性確保,環境保全の徹底を図り,安全確保の実績を維持してきたところであるが,昭和46年5月の米国における軽水炉の非常用炉心冷却設備(ECCS)の作動に関する実験結果の発表を一つの契機として,原子炉の安全性に関する国民の関心がとみに高まってきた。原子炉の安全性に関しては,わが国においても独自の研究が鋭意進められており,日本原子力研究所では,冷却材喪失事故実験計画(ROSA計画)に基づき一次冷却系破断の際の熱工学的現象の解明など各種の実験を行ない,安全審査のための基礎資料となる貴重なデータを取得している。また,炉心の異常出力上昇時における現象を解明するため,反応度事故実験計画を進めており,このための原子炉安全性研究炉(NSRR)の建設に着手している。
 一方,原子力施設の増加およびその大規模化,集中化などの趨勢の中て,安全審査体制の一層の強化充実が要望されてきたが,本年5月1日から原子力局に安全審査室が設置され,体制の強化を図ったほか,ECCSの作動を解析するためのコードの整備を図ることとしている。
 原子力委員会は,放射性物質の環境への放出をできるだけ低減させるとの方針をとってきたが,今後ともこの方針を堅持していくこととしている。現在わが国では,原子力発電所から放出される放射性物質による周辺監視区域境界における最大被ばくは,γ線全身で一般に5ミリレム/年程度以下と算出されており,自然放射能に比べてきわめて低い値である。環境に放出された放射性物質の監視については,関係法令により施設設置者にきびしく義務づけられているが,さらに地元住民の納得を得やすくするために,必要に応じて地方公共団体が中心となって放射能の監視,評価体制が設けられている。また,国としても従来から東海地区で科学技術庁の水戸原子力事務所がモニタリングを実施してきたが,新たに福井,福島地区についても専門職員を派遣常駐させて,関係地方公共団体と協力してモニタリングを開始した。
 環境保全に関連して,原子力発電所から放出される温排水の環境とくに海洋生物に及ぼす影響が大きな関心を集めている。温排水の影響については,まだ十分に解明されておらず,今後海洋生物に及ぼす影響を中心課題として温排水に関する調査研究を総合的,組織的に進めていく必要がある。一方,法律に基づき温排水の排水基準を可及的すみやかに設定すべく環境庁で検討が進められているが,同排水基準の設定前においても,温排水の影響をできるだけ小さくするために,立地地点の特殊性に応じて可能な限り影響軽減手段を講ずるよう努力がなされている。さらに生態学,海洋学など関係分野の専門家からなる評価機関が近く政府に設置される予定であり,現在までに得られた科学的知見,今後推進する調査研究の成果に基づいて温排水を環境保全との関連等で評価することとなっている。
 原子力開発利用が原子力発電を中心として進展するとともに,発生する放射性廃棄物の量が急増し,その処理処分の如何が,原子力開発利用の進展に大きな影響を及ぼすものと考えられる。とくに早急な解決が望まれている低いレベルの放射性固体廃棄物の処理処分については,原子力委員会は,昭和50年代の初め頃までにその見通しを得ることにしている。このため,日本原子力研究所,動力炉・核燃料開発事業団等で必要な研究開発を実施するとともに,試験的海洋処分の見通しを得るための海洋調査および陸地処分のための基礎調査を関係機関で進めている。一方,国際原子力機関(IAEA)において,現在,放射性廃棄物の海洋投棄に関する基準の作成作業が進められており,その結論を尊重するとともにわが国の研究開発の成果を取り入れて,放射性廃棄物の処理処分を実施していく方針である。
 現在まで,以上のように種々の対策を講じてきたが,今後,原子力施設がますます多様化,大規模化することが予想され,環境の保全,安全陸の確保が一層重要性を増すものと考えられる。そこで原子力委員会は,環境・安全専門部会を設置して,原子炉の安全性,環境放射能,放射性廃棄物の処理処分等に関する研究開発の進め方,規制および監視のあり方などについて検討してきたが,近くこれらについて具体的方策が明らかにされる予定である。

(核燃料の確保)
 わが画の核燃料政策の基本方針は,核燃料の安定供給を確保し,かつその有効利用を図ることである。ここ当分の間,原子力発電の主力は濃縮ウランを用いる軽水炉であることから,とくに濃縮ウランの供給確保がもつとも重要な課題となっている。
 現在のところ自由世界におけるウラン精鉱の需給はまだ買手市場で価格もやや軟調であるが,数年先の先物契約では価格の上昇傾向が現われている。
 また国際石油資本のウラン資源開発への進出,ウラン鉱山会社によるOPECのような組織結成の動きなどもあって,先行き必ずしも楽観を許されない。
 このような情勢のもとで,原子力発電が将来のエネルギー供給の主体となるためには,わが国独自の探鉱活動はもとより,国際的な共同開発等によるウラン資源の確保策を一層強化することがきわめて緊要である。
 このため,昭和47年度から海外ウランの探鉱について成功払い融資制度が導入されるとともに,ウラン資源供給源の多角化を図るという目的もあって,日豪および日仏の原子力協力協定が締結された。
 自由世界の濃縮ウラン需要は,米国現有濃縮工場の今後の増強計画を加味しても,1980年代初期にはその供給能力を上廻るものと予想されている。また米国原子力委員会は,昭和48年5月,民間企業による新濃縮工場建設を促進するために必要な措置の一環として,初装荷用濃縮ウランの引取時期の8年前契約締結,濃縮料金の1/3の前払いなどを主たる内容とする新濃縮役務基準を策定した。このような情勢から,これまで濃縮ウランのほとんどすべてを米国に依存してきた自由世界の各国は,1980年以降における濃縮ウランの需給バランスの逼迫に対処するために,国際共同濃縮事業などによる自給体制の確立を一層促進する必要性にせまられている。
 わが国は,ひきつづき米国からの供給確保に努めるとともに,国際濃縮計画への参加を考慮しつつ,ウラン濃縮技術の自主開発を促進するという方針のもとに濃縮ウランの確保策を推進してきた。日米原子力協力協定に基づく米国からの濃縮ウランの供給については昭和48年末までに着工予定の発電用原子炉に必要な濃縮ウランを入手できることになっていたが,原子力発電計画の進展により,これを拡大する必要が生じたため,昭和49年以降着工が予定されている発電用原子炉(設備容量約4千万kW)に必要な濃縮ウランの人手が可能となるよう協力協定を改訂するため,議定書の署名を行なった。また,昭和47年度においては濃縮ウランの安定確保策の一環として米国から1万トンSWU(分離作業単位)の濃縮ウランを購入する特別契約を締結した。
 ウラン濃縮技術開発については,原子力委員会は昭和47年8月,ウラン濃縮技術開発懇談会の報告に基づき,遠心分離法により昭和60年までにわが国において国際競争力のあるウラン濃縮工場を稼動させることを目標に,そのパイロットプラントの建設,運転までの研究開発を原子力特別研究開発計画として取り上げ,動力炉・核燃料開発事業団を中心として強力に推進することを決定した。また,ガス拡散法については,国際共同濃縮事業へのわが国の参加をより意義あるものとするため,基礎的研究を継続することとしている。
 国際共同ウラン濃縮事業へのわが国の参加については米国およびフランスのガス拡散分離技術に基づき,それぞれ濃縮工場の米国立地および欧州立地に関する技術的,経済的可能性などについて,共同で調査検討を進めてきた。今後はこれらの成果をふまえて,さらに所要の検討を行ない,わが国としての方針を決定することにしている。一方,英国,西独,オランダ三国の遠心分離法による共同濃縮計画の管理運営会社であるURENCOを中心として,わが国を含む16機関が参加して,本年6月ACE(Association for Contrifuge Enrichment)が設立され,遠心分離法に関する技術的,経済的要因の調査検討が開始されることとなった。
 わが国において今後必要とするエネルギーを確保していくことは,上述のように次第に困難となってくるものと予想され,エネルギー供給の一翼を担う原子力が果たすべき役割はますます増大していくと考えられる。一方原子力発電などの原子力の開発利用を円滑に進めていくためには,国民の理解と協力を得ることが一層重要になってきている。
 そこで原子力委員会としては,安全審査体制を充実強化し,安全性研究を拡充するとともに,環境に放出される放射性物質の低減,排熱の厳重な管理などによって,従来に引き続き,安全性の確保と環境の保全に万全を期することとしている。
 併せて,公聴会の開催などによって,地元住民の意見を的確に把握するとともに,国民への普及啓発活動を通じてお互いの信頼感を高め,かつ,原子力施設周辺地域の住民の福祉向上を図る等によって国民の理解と協力を得つつ,原子力施設の設置運転が円滑かつ計画的に行なわれるよう鋭意努力を続けることとしている。
 原子力委員会としては,国民生活に緊要なエネルギー供給の確保など原子力がわれわれの生活をより豊かでより安全にしていくために果たすべき役割を認識し,内外における諸情勢に適切に対処して,今後新たな決意のもとに原子力の平和利用を進めていく方針である。


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