II 原子力委員会等の計画および方針

5 原子力懇談会報告

(昭和45年8月13日)

  ま え が き
 わが国の原子力船の開発については,昭和42年4月に原子力委員会が策定した「原子力開発利用長期計画」において,第1船の建造を行なうことにより,船体と舶用炉を一体とした原子力船建造に関するわが国の技術体系が早期に確立されるものと期待され,また,原子力船は,50年代には実用化される見込みであり,これらの原子力船の建造運航は民間企業が中心となることが期待されるとして,この方向に沿った調査研究がすすめられてきた。
 当懇談会は,わが国の原子力船開発の推進に資するため,改めて内外海運界の動向および海外における原子力船開発に関する動向などを十分に把握し,わが国の原子力船開発に関する将来のあり方について検討することを目的として,昭和44年6月に設置され,別紙に示す構成員により,約1年にわたり審議を重ねた。この間,原子力船に関する諸問題を詳細に検討するために,2つの検討グループを設け,主として海外における舶用炉開発の現状と問題点,商船の大型化,高速化の見通しなどについて検討を行ない,これら2つの検討グループの検討結果をもとに概ね次のような論調を得た。
  別   紙
   原子力船懇談会構成員(順不同)
  座長 与謝野 秀  原子力委員会委員
     新津 利秋  日本郵船株式会社
            常務取締役
     山田 知之  大阪商船三井船舶
            株式会社専務取締役
     村上 外雄  石川島播磨重工業
            株式会社理事
     木下 昌雄  日立造船株式会社
            常務取締役
     横須賀正寿  三菱原子力工業株
            式会社取締役
     若林 良一  日本原子力事業株
            式会社取締役
     山県 昌夫  財団法人日本海事
            協会名誉会長
     安藤 良夫  東京大学工学部教授
     地田 知平  一橋大学商学部教授
     五弊 淳次  社団法人日本造船
            研究協会常務理事
     米田冨士雄  社団法人日本船主
            協会副会長
     山田 泰造  社団法人日本造船
            工業会専務理事
     森  一久  日本原子力産業会
            議事務局長
     佐々木周一  日本原子力船開発
            事業団理事長
     村田  浩  日本原子力研究所
            副理事長
     見坊 力男1) 運輸省官房審議官
     大坂 保男2) 科学技術庁原子局次長


(注)1)第1回,第2回,第3回は,内村信行
(前運輸省官房審議官)
2)第1回,第2回,第3回は,礒西敏夫
(前科学技術庁原子力局次長)

1 外航商船の大型化,高速化の動向
(1)世界経済の発展に伴って,世界における貿易量は,大幅に増加しており,これに対処して,商船の船腹量の拡大がはかられているが,このなかで外航海運における顕著な傾向は,タンカーの大型化と定期貨物船のコンテナ化である。
(2)タンカーは,1港積,1港場げまたはそれに近い形態でピストン輸送されるが,一般に高載貨率が期待でき,また特に高速力の必要性がないので,建造費および輸送費の低減を目的として,近年非常に大型化が進んでいる。現在最大級のものは,運航中のもので326,000重量トン,建造中のものでは370,000重量トンに達しており,新造船の平均値としては200,000乃至250,000重量トン程度となっている。
(3)コンテナ船による輸送は,荷役の合理化による輸送時間の短縮など輸送合理化を可能にする革命的な輸送方式であり,流通機構の近代化,国際的な一貫輸送体制のもとに,世界の主要定期航路は今後大部分コンテナ化されることは必至であると思われる。
 このような情勢に伴つて,1,000個積23ノット程度のコンテナ船が多数建造されているが,アメリカでは1950個積30ノット高速コンテナ船8隻を建造中であり,イギリス,西ドイツおよびわが国においても2,000個積26乃至27ノット級コンテナ船を発注,建造または計画を進めているなど,一部のコンテナ船の高速化が進んでいるのが注目される。
(4)商船の大型化,高速化など外航海運の将来の動向は,各国の異なった海運政策のもとに行なわれる複雑な国際競争によって左右されるものであり,長期にわたり正確に予測することは非常に因難であるが,タンカーの大型化,コンテナ船の高速化の傾向は,今後も続くものと思われる。当面の可能性に絞れば,最大級のものとして,タンカーは500,000重量トン15ノット程度,コンテナ船は2,000乃至3,000個積30ノット程度の出現が考えられる。
2 各国における舶用炉研究開発の動向
2.1現 状
(1)舶用炉など原子力船実用化のための研究開発は,「原子力開発利用長期計画」の策定を行なった昭和42年当時に比して,世界的に必ずしも活発とはいえない現状にある。特に世界の主要海運国であり,かつ原子力の分野では先進国であるアメリカ,イギリスにおいて特筆すべき具体的進展は認められない。
(2)アメリカでは,現在のところ経済性のある原子力船の建造には,なお舶用炉の研究開発が必要であるとの考えもあり,これまで原子力船隊の建造が種々計画されたが実現するに至っていない。
(3)イギリスでは,1965年に原子力船の経済性はまだ十分ではないとし,原子力船の建造延期を決定して以来,この基本的な考えを変えていないと思われる。またベルギーと共同で研究開発を進めてきたVulca-inは,当初舶用としても考慮されていたが,舶用炉としては経済性が十分ではないということから,現在では小型発電用炉としての開発が主目的となっている。
 なお,オランダがユーラトムの協力を得て原型炉の建設を行なってきた舶用炉(NERO)は,すでにその建設が中止されている。
(4)現在,舶用炉の研究開発を意欲的に行なっているのは西ドイツである。西ドイツは第1船オットー・ハーン号を1968年に完成させ,実験航海を続ける一方,第1船に塔載した加圧水炉を実用炉としての性能と経済性をさらに満足させるための改良研究を進めている。
2.2  舶用炉の技術的問題点と今後の見通し
(1)実用舶用炉として満足すべき条件は,安全性,信頼性およぴ経済比にあることはいうまでもない。
 これまでに建造,運航された原子力船の炉はすべて加圧炉であるが,この炉の船用炉としての安全性および信頼性は,サバンナ号,などの実験航海,商業航海を通じて全面的に実証されている。しかし,サバンナ号やわが国の「むつ」に使用されている炉は,一次系主要機器が分離した,いわゆる分離加圧水炉といわれるものであり,この型の炉は比較的大型となるので小容量である限り経済性は十分ではない。
(2)分離型加圧水炉を改良進歩させた炉の概念のひとつとして,一次系全体をひとつの圧力容器内に収容することにより,炉の軽量コンパクト化をはかろうとするいわゆる一体型加圧水炉がある。この型の炉は当初アメリカで研究されたが,その後アメリカでは進展がみられず,かわって,西ドイツが研究を進め,FD R(Fortschrittlichen Driickwas-ser Reaktor)としてオットー・ハーン号に塔載された。西ドイツではすでに述べたようにさらに経済性を高めるための改良FDRの開発を行なっているが,これが現在のところ世界で進んだ商用舶用炉であると考えられる。
(3)一般に,舶用炉は陸上発電用炉のように大容量化により経済性の向上をはかることは,現在の海上輸送方式の上では限界があるので,炉の軽量化,コンパクト化により価格の低滅を達成せざるを得ないが,安全性などの点からやはり限界があり,上記3条件を同時に満足させることは容易ではない。
 結局,実用舶用炉の技術的課題は,安全性を十分に確保しつつ,どこまで小型化ができるかにあると思われるが,この課題を十分克服できるような炉は現在実現しておらず,また将来どのような炉が最も実用性をもつことになるのか,現時点では明確にし難い。
 しかしながら,当面は,これまでの原子力船や発電用炉において技術的に最も蓄積の多い加圧水炉,特に一体型加圧水炉を中心とした研究開発が進むものと考えられる。また,長期的に見た場合は,ガス炉特に高温ガス炉などの出現も予想される。
3 原子力船の実用化の見通し
(1)原子力船は,少量の燃料で長時間高速運転が可能であること,大量の燃料の積載が不要であることなど,在来船では不可能なすぐれた特性を有しておりこれを商船として利用した場合,きわめて柔軟性のある運航が可能である。この特性は高速船においてよりその長所を発揮するものと考えられる。商船の高速化については,すでに述べたように,近年コンテナ船の高速化が進み,現在,アメリカの30ノット船はじめイギリスや西ドイツなどの26乃至27ノット級の船の建造が行なわれている。これらのコンテナ船の所要出力は,80,000乃至120,000馬力であり,在来推進機関が使用されることになっているが,このような大出力になると,在来推進機関では種々問題が生じる。特に問題となるのは燃料消費量である。アメリカの30ノット船は航路にもよるが,1航海に10,000トン以上もの大量の燃料油を消費することになり,貨物を積載できる割合が大幅に減少するなど船舶としての機能が著しく低下する。この問題を解決するものとして原子力船の実用化に対する期待が一層高まりつつある。
(2)しかし商船として,原子力船を実用化するためには,原子力船が在来船と経済的に競合できかつ安全性,信頼性が十分であることのほか,入出港航行の自由が在来船におけると同様十分に保証されていること,燃料交換施設,修理施設などの諸施設が整備されていることなどの条件が満足されなければならない。
 現在,世界で就航または建造されている原子力船はすべて実験船であって,実用的な原子力船はまだ実現していないが,その原因は,上記のような諸条件が現在ではなお十分に満足されていないためと思われる。
(3)特に原子力船の経済性については,どの程度の機関出力をもつた原子力船が在来船と競合し得るのか現在世界的に見解は一致していない。
 これまでわが国では,加圧水炉の改良研究を進めることにより,1970年代後半には,原子力推進機関の建造費は,在来推進機関のそれの2倍程度,核燃料費は軸馬力時あたり2ミル以下になるものと見込み,およそ120,000馬力の商船において原子力船は在来船と競合し得ると考えてきた。しかしその後の研究結果からフランスでは,1985年の時点において,楽観的にみても120,000馬力以上でなければ原子力船の経済性はないので,原子力船の実用化は当分困難であるとしており,一方西ドイツでは,1970年代初期には,原子力推進機関の建造費は在来推進機関のそれを少し上まわる程度となるので,40,000乃至50,000馬力で原子力船は在来船と競合し得ると考えている。
(4)原子力船の経済性の見通しに関するこの見解の相異は,船用炉についての技術進歩の見通しの相異に起因している。一般に,西ドイツの見通しは楽観すぎ,フランスはやや悲観的であるように思われるが,わが国としては,舶用炉,特に,一体型加圧水炉など進歩した舶用炉に関する技術的な資料が十分にないので,いずれが妥当な評価であるか的確な判断を行なうことは難しい。原子力船の経済性の見通しを得ることは,原子力船の実用化の時期およびR発の目標を定める上で特に重要であるので,原子力船の実用化の今後の推進にあたっては,このためにはまず一体型加圧水炉などに関して検討を行なうことが必要であると思われる。
(5)また,原子力船の入出港,航行の自由が保証されるためには,原子力損害賠償に関する国際条約の締結ならびに原子力船についての特別な国家補償制度損害賠償責任保険および船体保険などの保険制度の確立が必要であるが,これらを全面的に解決することは実際上相当困難なことと予想される。
4 わが国の原子力船開発の今後の進め方
(1)原子力船は在来船では得ることのできないすぐれた特性を有しているので,これを商船として利用することはきわめて有意義なことである。
 今後その実用化を進めるにあたっては,安全性およぴ信頼性とともに商船としての経済性の確保を考慮することとし第1船の建造,運航によって得られた成果を十分に生かしつつ,今後も国産技術を主体とした開発を行なうべきである。これをより効果的に推進するために状況に応じて諸外国との協力も考慮する必要があろう。
(2)商船の大型化,高速化の動向,世界各国における舶用炉の研究開発の状況,原子力船の経済性に関する各国の見通しなどを総合的に判断すると,わが国としては,原子力船の実用化を推進するためには,さらに舶用炉についての広範な調査研究を行なうことが必要である。このために,一体型加圧水炉を主眼とした舶用炉の設計研究を早急に行ない。舶用炉の技術的,経済的問題点を明らかにするべきである。原子力船実用化のための方策は,その研究結果と第1船の成果,コンテナ船の高速化など内外海運界の動向,各国における船用炉開発の進展状況などをあわせて,改めて検討することが適切である。
(3)原子力船の実用化のためには,そのほか原子力船の入出港,航行の自由が,在来船におけると同様十分に保証されなければならないが,現時点では,その保証を全面的に得ることは相当困難なことと予想されるので,一層国際的国内的にその解決のための努力を行なわなければならない。


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