§2 基礎研究

1 物理分野

 物理分野については,原子核の構造や核反応を中心とした原子核物理の研究,世界的な水準にある素粒子の理論的研究等が大学を中心として行なわれているが,原子炉の熱中性子を利用した物理研究は,原子炉材料の開発の観点から,とくに積極的にすすめられ,燃料,被覆材,循環系材料等についてかなりの成果がみられた。
 とくに,原子力研究の中心課題のひとつである物理学については,原研の各種原子炉や大学の研究炉および民間企業等の臨界実験装置を用いて,各種の実験,測定が行なわれた。
 中性子束分布の測定は炉物理の重要因子であり,そのボイドによる変化,パルス運転時の変動等について実験的,理論的研究が行なわれ,さまざまな場合に応じた原子力計算コードの開発が原研に設置されている原子力コード委員会を中心として行なわれた。また,炉の出力密度,熱伝達関数,過渡現象等の研究も研究炉を作用して行なわれた。
 高速増殖炉の開発に関する研究については,基礎研究の重要性にかんがみ,高速炉の炉物理研究が原研の高速臨界実験装置(F-C-A)を用いて行なわれ,また,大学等においても,その理論的研究,シミューションによる研究等が行なわれた。高速炉については,さらにナトリウム関係の基礎研究が積極的に行なわれた。
 原子核物理は,原研の物理部,理研,東京大学原子核研究所,大学等で,サイクロトロン,電子シンクロトロン,バンデ・グラフ加速器等を用いて,各種の反応断面積の研究が行なわれ,原子核の構造,性質等が調べられた。
 とくに重要な高速中性子の各種の核に対する反応断面積,エネルギースペクトル測定が飛行時間測定法を用いてひろく行なわれ,熱中性子による各種の核に対する吸収,散乱等の断面積が,原子炉の熱中性子を用いて測定された。これらの研究成果は,原子炉設計等に積極的に反映されている。
 このほか,原子炉を用いた研究として,熱中性子の散乱による半導体,磁性体,結晶構造の研究が,大学,民間企業等で行なわれている。また,放射線計測に関する基礎研究が,大学をはじめ国立試験研究機関,原研,民間企業等で実施されている。

2 化学分野

 化学分野については,放射線化学,放射化学,核化学,核燃料化学,化学工学,原子炉化学等に関し,幅広い基礎研究が42年度に引きつづき,大学,国公立試験研究,原研等において行なわれた。
 放射線化学については,放射線有機合成反応,放射線テロメル化反応,木材のモノマー含浸処理,ポリエステル繊維の延伸処理,また,ラジカル重合における重合速度あるいは生成高分子の分子量の線量率依存性,高分子物性の研究等が原研,大学,民間において行なわれた。
 放射化学,核化学,核燃料化学については,炭化ウラン中の酸素の定量,チッ化ウランの生成条件の熱力学的安定性,プルトニウムの混合酸化物中の定量,放射化学的方法によるプルトニウム同位体化の測定等の研究が原研,大学を中心に行なわれた。
 化学工学については,ウランその他の元素に関しての分離精製と物理化学的性質,イオン交換法あるいはクロマトグラフィーによる分離濃縮等の研究が原研,理研,大学等を中心に行なわれた。
 原子炉化学については,放射性希ガスの安全処理,その他各種核分裂生成物の挙動等に関する研究が原研を中心に行なわれた。
 核燃料関係については,プルトニウム―ウラン混合酸化物燃料の国産化に対応した研究,ウラン,トニウムおよびこれらの酸化物,炭化物,窒化物等に関する物性研究などが原研等で行なわれた。材料に関しては,銅,モリブデン,タングステンの照射損傷,ジルコニウム合金の改良,ベリリウム,ニオブ,バナジウム等の新材料の研究などが原研,大学等で行なわれた。
 また,再処理については,ウラン・プルトニウムのフッ化物揮発法による試験,再処理廃液の処理,気体状核分裂生成物の吸着,吸収処理法等に関する研究が原研,動燃事業団を中心に行なわれた。

3 生物分野

 生物分野では,遺伝学,生理学,医学,農学等に関し,生体の機能の研究,放射線の生物学的影響を解明する研究等が,42年度に引きつづき大学国立試験研究機関等において行なわれた。
 遺伝学については,昆虫,微生物等を用いて,突然変異の誘発等遺伝的障害についての研究,エックス線,中性子線等のRBE(生物学的効果比)の測定,個体の放射線感受性と生物学的性質との関連,胸線細胞のエネルギー代謝機構に及ぼす放射線の影響についての研究が科学技術庁放射線医学総合研究所(放医研),遺伝研等において行なわれた。
 生理学については,生体の代謝制御および調整機構に及ぼす放射線の影響についての研究等が放医研ですすめられた。
 生化学については,核酸,蛋白質に対する放射線の作用,結核菌体の微細構造と代謝活動に関する研究等,分子生物学においては,デオキシリボ核酸(DNA)の構造に関する研究等が放医研,国立試験研究機関,大学等ですすめられている。
 医学については,腫瘍の放射線抵抗性の解析,ラジオアイソトープ標識による臓器血行動態の計測法の開発とその病理学的応用,脳疾患の診断に関する研究,発がん機構の分子生物学的研究等が放医研,国立がんセンター,国立病院等で行なわれた。
 放射線の生物学的影響についての研究は,動物実験による放射線障害の回復,放射線障害の防護剤および回復促進剤の研究をはじめ,培養細胞による放射線致死効果に関する研究,プルトニウムの内部被ばくの影響に関する研究,ラジオアイソトープ投与時の人体被ばく線量評価に関する研究等が大学,放医研等において行なわれた。
 農学については,植物の放射線感受性に関する遺伝的解析,家畜疾病に対する分子生物学的研究,魚類の栄養,生理に関する研究等が国立試験研究機関で行なわれた。


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